連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第九話
「うんうん。みんな上達しているね」
1人ずつ同じ曲を演奏させてそれを聞いていた瑞揶はにこりと笑ってみんなに素直に評価を告げた。
もう8月に差し掛かり、しっかりした練習も1ヶ月は続けている。
たった1ヶ月といえど、1日あれば初めて使う楽器でも弾ける瑞揶と瑛彦の指導の賜物といえる。
出したい音の出し方を覚えることさえできれば演奏だけは可能であり、瑞揶と瑛彦はこの点を徹底的に練習させた。
それから1曲弾けるように練習し続けた結果だった。
ただ、まだつたない動きであったり、間違いもある。
完璧に仕上げるには、まだ時間が掛かるだろう。
「ふん、当然の結果だ」
「アンタはバチ叩いてただけでしょうが」
「煩い!! 叩くのだっていろいろ技術が必要なんだよ!!」
「ふーん」
「なんだその興味なさげな声はぁ!!?」
ナエトと沙羅は夏であっても犬猿の仲なのは変わっていない。
いつものように口喧嘩を始めギャーギャーと喚いている。
「相変わらず賑やかだよねぇ、ここは」
「あの2人が喧嘩してるだけだけどね……」
環奈がのほほんと呟くのに対し、理優が苦笑する。
こっちの2人もいつもと変わらず座ってお茶を飲んでいる。
そんな中、レリは端の方に座って室内全体をぼけっと眺めていた。
なんだか退屈そうだけど、声をかけるか少し悩む瑞揶だった。
主に毒舌の餌食になるか悩んでいるだけであるが。
うーんと唸っている瑞揶も、背後からポンと手を置かれる。
「ん……瑛彦?」
「文化祭までにはなんとかなりそうなレベルだな」
「そうだね〜……」
なんとかなりそう、というだけでも良かった。
何も演奏できず、辞退することになれば部も存続できないから。
「ところでよ、折角の部活なんだし、合宿でもどうよ?」
「絶対遊んで終わるでしょ? ダメだよそれは。行くなら個人で行くことにしよ?」
「えーっ。別に良いじゃねぇかよ〜? なぁなぁ、そんな水臭い事言うなよぉ」
「なんでそんなに行きたいのさ……」
「夏の合宿といえば海! そして、女の子の水着!!」
「そんな不純な理由なら、なおさら行かないし……」
どこまでも呆れさせてくれる瑛彦なのであった。
「沙羅っち! 合宿行こうぜ!! 青春だろ!?」
「行くわ!!!!」
「ダメだからね?」
『…………』
夏休みの合宿はこうして潰えたのだった。
部長の沙羅よりも瑞揶の方が権利のある部であった。
◇
「あつーっ……」
リビングで沙羅がソファーに寝そべり、暑さを嘆く。
エアコン点いてるし、扇風機まで独占してるのになんなんだろう。
「沙羅ー? だらしないよ。25℃設定だし、扇風機いらないでしょ?」
「今日の気温、38℃だったじゃない。ああ、外に出たせいで体の中がまだ暑い……」
「学校行っただけでしょ……。僕も行ったし、もう帰ってから2時間経つし……」
外はもう真っ暗闇で、外も言うほど暑くはない。
寧ろ僕にはリビングが寒すぎるぐらいだし……。
しかし、ふと疑問に思うのは、沙羅とここまで温度の感じ方が違う点。
もしかすると、
「沙羅、風邪引いた?」
「……かも」
「うわぁ……やっぱり」
だったら寧ろ寒く感じるはずなんじゃと思いつつも、魔人のことはわからないからおいておく。
晩御飯は食べた後だからもう寝るだけだし、沙羅の生命力というか活力を省みれば、明日には治ってそうだ。
沙羅の顔色を見ると、若干頬が赤く、瞳は今にも閉じそうだった。
息は荒くない。
うとうとしてるし、このまま寝かせればいいのだろうか?
「沙羅、僕、どうすればいい?」
「んー……大丈夫よ、大したことないわ。普通に話せてるし……痛みもないし」
「でもだるそうだし……なんでも言ってね?」
「……。じゃあ冷蔵庫のプリンは全部もらうわ」
「む……きょ、今日全部食べるなら……」
「……本当になんでも聞くのね。食べないから安心しなさい。部屋に戻って寝るわ」
言いながら沙羅は立ち上がり、ふらふらしながら歩いていく。
心配でその後ろをゆっくりと追うけど、転ぶことなんてなく部屋に入っていった。
なんだかもやもやしながらも翌日を待ち、朝食は一応卵雑炊とサンドイッチを用意してリビングもエアコンを点けて待機していた。
「…………」
1人でテレビを見ていると、いつの間にか8時を回っていることに気付く。
夏休みとはいえ、沙羅は遅くても7時に起きてくるはずだった。
どうしたのか聞きに2階へ上がり、沙羅の部屋をノックした。
「沙羅、起きてるー?」
ドアに声を投げかけてみる。
しかし、一向に返事は返ってこず、押し入ろうとしたとき
ゴトッ
そんな無機質な物音が、部屋から聞こえた。
起きたのだろうかと思いもう1分待つも、物音はしなかった。
「……沙羅、入るからね」
言葉を待たずしてドアノブに手をかける。
押し回し、少し物が散乱している彼女の部屋に入った。
そこで見た光景に、僕は目を見張らせた。
「ハァ……ハァ、ハァ……」
布団もかけずにベッドの上で悶え、苦しそうに荒い呼吸をする沙羅が、必死に頭の下の枕を持っていた。
さっき落ちたのはおそらく沙羅の頭の真横の位置にあるフルートのケースだろう。
声が出せないから、きっと物音でSOSを――。
「沙羅!!」
僕はさらに駆け寄り、なりふり構わず超能力を行使した。
沙羅の体調がよくなって欲しい。
そんな純粋な願いを籠めると、握った沙羅の手から熱さが引き、荒い沙羅の呼吸も収まる。
「……ハァ……ふぅ。落ち着いた……? 瑞揶の力……よね?」
「うん……あんまり風邪とかを治しても抗体とかできないからダメなんだけど、沙羅が異常なほど苦しそうだったから……」
「ありがとう……。ほんと助かったわ」
「あはは……僕は能力を使っただけだよ」
そう、僕はたまたま治せる能力があったから治しただけ。
使えば楽になる道具を使用したに過ぎないんだ。
「……改めて思うけど、アンタ能力って便利よね」
「うん……便利だよ」
その便利さゆえに、国からの依頼を受けなくちゃいけない身であり、毎週1日潰されるのは辛いけど……人のためになれることは、喜びでもある。
当然、汚いこともやらされたりするけど――僕がこうして生きていて、実験とかされてないだけマシなんだ。
研究できないように最初からできていた体という事もあるけれど、僕はこの能力で、今も沙羅を助けられた。
「……アンタが持ってる分には、恐ろしい力じゃないわね」
半ば呆れた様子で沙羅が皮肉っぽく言う。
僕は苦笑しかできなかった。
凶悪な力ともなりえる、なんていうのは最初からわかっているんだ。
罪のある僕が、更に罪を重ねることを何故わざわざしなくてはいけないのだろう――?
悪いことをしないのは当然だが、瑞揶はこの疑問を胸にぶら下げているが故に、人の嫌がるまねをしないだけなのだ。
「しかし、私も情けないわね。これが夏風邪ってやつなのかしら? 魔人に対して悪質すぎるわ」
「あはは。次からはもっと、体調管理に気をつけてね」
「そうね……。とりあえず、寝汗凄いからシャワー浴びてくるわ」
「うん。リビングで待ってるね」
僕の言葉に、沙羅は顔を顰め、壁掛けの時計を見やる。
時計の針は8時15分を指しており、いつもなら食器も片付けてゆっくりしているはず。
「……朝食、まだ食べてない……わよね?」
沙羅が恐る恐るといったように尋ねてくる。
リビングで待ってるといっただけでわかったようだ。
「食べてないよー。ほら、その……1人で食べたら寂しいし」
「む……ごめんなさい」
「いいんだよーっ。それより、風邪ぶり返さないようにねっ」
にこやかに笑って言うと、沙羅は少し顔を赤らめて頷いた。
「ほんと、優しいわよね……」
「……沙羅がそう言うなら、そうなんだろうねっ」
「ええ……いつもありがとう」
「…………」
驚きのあまり、僕は硬直した。
沙羅に感謝の言葉を言われるなんて、思わなかった。
いや、普段からありがとうと言っているのを耳にするけど、こんな、日頃の感謝のように言われるなんて思わず――。
「わ……わ……」
上手く言葉が出なかった。
こんなに労いの言葉が嬉しかったなんて、僕自身思わなかった。
だって、こんな労いの言葉をかけてくれた人間は、今までいなかったんだから――。
「えいっ」
「!!? ちょっ!? 瑞揶!!?」
口では言い表せず、思わず抱きついてしまった。
抱きしめてみると、自分より一回り小さくて、なんだかこどもだなぁと失礼なことを考えてしまう。
でも、この子は僕の家族なのだ――。
「僕の方こそ、いつもありがとうだよっ。沙羅、大好き〜」
「ちょっと! 汗かいた後なんだからやめなさいよっ!」
「え〜? その割にはなんか沙羅の声も嬉しそうだけどな〜?」
「だぁ〜もうっ! 寝起きなんだから止めなさい!!」
「は〜い」
仕方なく沙羅から身を離す。
赤くなって俯いている様子で、照れてるなんて彼女らしくないなと思いながらも、風邪のせいかと納得する。
「さ、朝ごはん食べよ」
「ええ……その前に、シャワーだけ浴びるから……」
まだ少し元気のない声で頷く沙羅の手を引きリビングへと向かったのであった。
優しさから始まった朝は、こうして始まったのであった。
しかし、その日の夜。
2人の生活が、初めて脅かされる事態が、起きたのでした。
あまりに唐突の出来事であっても、それは――
力を持つ人間の定め――。
1人ずつ同じ曲を演奏させてそれを聞いていた瑞揶はにこりと笑ってみんなに素直に評価を告げた。
もう8月に差し掛かり、しっかりした練習も1ヶ月は続けている。
たった1ヶ月といえど、1日あれば初めて使う楽器でも弾ける瑞揶と瑛彦の指導の賜物といえる。
出したい音の出し方を覚えることさえできれば演奏だけは可能であり、瑞揶と瑛彦はこの点を徹底的に練習させた。
それから1曲弾けるように練習し続けた結果だった。
ただ、まだつたない動きであったり、間違いもある。
完璧に仕上げるには、まだ時間が掛かるだろう。
「ふん、当然の結果だ」
「アンタはバチ叩いてただけでしょうが」
「煩い!! 叩くのだっていろいろ技術が必要なんだよ!!」
「ふーん」
「なんだその興味なさげな声はぁ!!?」
ナエトと沙羅は夏であっても犬猿の仲なのは変わっていない。
いつものように口喧嘩を始めギャーギャーと喚いている。
「相変わらず賑やかだよねぇ、ここは」
「あの2人が喧嘩してるだけだけどね……」
環奈がのほほんと呟くのに対し、理優が苦笑する。
こっちの2人もいつもと変わらず座ってお茶を飲んでいる。
そんな中、レリは端の方に座って室内全体をぼけっと眺めていた。
なんだか退屈そうだけど、声をかけるか少し悩む瑞揶だった。
主に毒舌の餌食になるか悩んでいるだけであるが。
うーんと唸っている瑞揶も、背後からポンと手を置かれる。
「ん……瑛彦?」
「文化祭までにはなんとかなりそうなレベルだな」
「そうだね〜……」
なんとかなりそう、というだけでも良かった。
何も演奏できず、辞退することになれば部も存続できないから。
「ところでよ、折角の部活なんだし、合宿でもどうよ?」
「絶対遊んで終わるでしょ? ダメだよそれは。行くなら個人で行くことにしよ?」
「えーっ。別に良いじゃねぇかよ〜? なぁなぁ、そんな水臭い事言うなよぉ」
「なんでそんなに行きたいのさ……」
「夏の合宿といえば海! そして、女の子の水着!!」
「そんな不純な理由なら、なおさら行かないし……」
どこまでも呆れさせてくれる瑛彦なのであった。
「沙羅っち! 合宿行こうぜ!! 青春だろ!?」
「行くわ!!!!」
「ダメだからね?」
『…………』
夏休みの合宿はこうして潰えたのだった。
部長の沙羅よりも瑞揶の方が権利のある部であった。
◇
「あつーっ……」
リビングで沙羅がソファーに寝そべり、暑さを嘆く。
エアコン点いてるし、扇風機まで独占してるのになんなんだろう。
「沙羅ー? だらしないよ。25℃設定だし、扇風機いらないでしょ?」
「今日の気温、38℃だったじゃない。ああ、外に出たせいで体の中がまだ暑い……」
「学校行っただけでしょ……。僕も行ったし、もう帰ってから2時間経つし……」
外はもう真っ暗闇で、外も言うほど暑くはない。
寧ろ僕にはリビングが寒すぎるぐらいだし……。
しかし、ふと疑問に思うのは、沙羅とここまで温度の感じ方が違う点。
もしかすると、
「沙羅、風邪引いた?」
「……かも」
「うわぁ……やっぱり」
だったら寧ろ寒く感じるはずなんじゃと思いつつも、魔人のことはわからないからおいておく。
晩御飯は食べた後だからもう寝るだけだし、沙羅の生命力というか活力を省みれば、明日には治ってそうだ。
沙羅の顔色を見ると、若干頬が赤く、瞳は今にも閉じそうだった。
息は荒くない。
うとうとしてるし、このまま寝かせればいいのだろうか?
「沙羅、僕、どうすればいい?」
「んー……大丈夫よ、大したことないわ。普通に話せてるし……痛みもないし」
「でもだるそうだし……なんでも言ってね?」
「……。じゃあ冷蔵庫のプリンは全部もらうわ」
「む……きょ、今日全部食べるなら……」
「……本当になんでも聞くのね。食べないから安心しなさい。部屋に戻って寝るわ」
言いながら沙羅は立ち上がり、ふらふらしながら歩いていく。
心配でその後ろをゆっくりと追うけど、転ぶことなんてなく部屋に入っていった。
なんだかもやもやしながらも翌日を待ち、朝食は一応卵雑炊とサンドイッチを用意してリビングもエアコンを点けて待機していた。
「…………」
1人でテレビを見ていると、いつの間にか8時を回っていることに気付く。
夏休みとはいえ、沙羅は遅くても7時に起きてくるはずだった。
どうしたのか聞きに2階へ上がり、沙羅の部屋をノックした。
「沙羅、起きてるー?」
ドアに声を投げかけてみる。
しかし、一向に返事は返ってこず、押し入ろうとしたとき
ゴトッ
そんな無機質な物音が、部屋から聞こえた。
起きたのだろうかと思いもう1分待つも、物音はしなかった。
「……沙羅、入るからね」
言葉を待たずしてドアノブに手をかける。
押し回し、少し物が散乱している彼女の部屋に入った。
そこで見た光景に、僕は目を見張らせた。
「ハァ……ハァ、ハァ……」
布団もかけずにベッドの上で悶え、苦しそうに荒い呼吸をする沙羅が、必死に頭の下の枕を持っていた。
さっき落ちたのはおそらく沙羅の頭の真横の位置にあるフルートのケースだろう。
声が出せないから、きっと物音でSOSを――。
「沙羅!!」
僕はさらに駆け寄り、なりふり構わず超能力を行使した。
沙羅の体調がよくなって欲しい。
そんな純粋な願いを籠めると、握った沙羅の手から熱さが引き、荒い沙羅の呼吸も収まる。
「……ハァ……ふぅ。落ち着いた……? 瑞揶の力……よね?」
「うん……あんまり風邪とかを治しても抗体とかできないからダメなんだけど、沙羅が異常なほど苦しそうだったから……」
「ありがとう……。ほんと助かったわ」
「あはは……僕は能力を使っただけだよ」
そう、僕はたまたま治せる能力があったから治しただけ。
使えば楽になる道具を使用したに過ぎないんだ。
「……改めて思うけど、アンタ能力って便利よね」
「うん……便利だよ」
その便利さゆえに、国からの依頼を受けなくちゃいけない身であり、毎週1日潰されるのは辛いけど……人のためになれることは、喜びでもある。
当然、汚いこともやらされたりするけど――僕がこうして生きていて、実験とかされてないだけマシなんだ。
研究できないように最初からできていた体という事もあるけれど、僕はこの能力で、今も沙羅を助けられた。
「……アンタが持ってる分には、恐ろしい力じゃないわね」
半ば呆れた様子で沙羅が皮肉っぽく言う。
僕は苦笑しかできなかった。
凶悪な力ともなりえる、なんていうのは最初からわかっているんだ。
罪のある僕が、更に罪を重ねることを何故わざわざしなくてはいけないのだろう――?
悪いことをしないのは当然だが、瑞揶はこの疑問を胸にぶら下げているが故に、人の嫌がるまねをしないだけなのだ。
「しかし、私も情けないわね。これが夏風邪ってやつなのかしら? 魔人に対して悪質すぎるわ」
「あはは。次からはもっと、体調管理に気をつけてね」
「そうね……。とりあえず、寝汗凄いからシャワー浴びてくるわ」
「うん。リビングで待ってるね」
僕の言葉に、沙羅は顔を顰め、壁掛けの時計を見やる。
時計の針は8時15分を指しており、いつもなら食器も片付けてゆっくりしているはず。
「……朝食、まだ食べてない……わよね?」
沙羅が恐る恐るといったように尋ねてくる。
リビングで待ってるといっただけでわかったようだ。
「食べてないよー。ほら、その……1人で食べたら寂しいし」
「む……ごめんなさい」
「いいんだよーっ。それより、風邪ぶり返さないようにねっ」
にこやかに笑って言うと、沙羅は少し顔を赤らめて頷いた。
「ほんと、優しいわよね……」
「……沙羅がそう言うなら、そうなんだろうねっ」
「ええ……いつもありがとう」
「…………」
驚きのあまり、僕は硬直した。
沙羅に感謝の言葉を言われるなんて、思わなかった。
いや、普段からありがとうと言っているのを耳にするけど、こんな、日頃の感謝のように言われるなんて思わず――。
「わ……わ……」
上手く言葉が出なかった。
こんなに労いの言葉が嬉しかったなんて、僕自身思わなかった。
だって、こんな労いの言葉をかけてくれた人間は、今までいなかったんだから――。
「えいっ」
「!!? ちょっ!? 瑞揶!!?」
口では言い表せず、思わず抱きついてしまった。
抱きしめてみると、自分より一回り小さくて、なんだかこどもだなぁと失礼なことを考えてしまう。
でも、この子は僕の家族なのだ――。
「僕の方こそ、いつもありがとうだよっ。沙羅、大好き〜」
「ちょっと! 汗かいた後なんだからやめなさいよっ!」
「え〜? その割にはなんか沙羅の声も嬉しそうだけどな〜?」
「だぁ〜もうっ! 寝起きなんだから止めなさい!!」
「は〜い」
仕方なく沙羅から身を離す。
赤くなって俯いている様子で、照れてるなんて彼女らしくないなと思いながらも、風邪のせいかと納得する。
「さ、朝ごはん食べよ」
「ええ……その前に、シャワーだけ浴びるから……」
まだ少し元気のない声で頷く沙羅の手を引きリビングへと向かったのであった。
優しさから始まった朝は、こうして始まったのであった。
しかし、その日の夜。
2人の生活が、初めて脅かされる事態が、起きたのでした。
あまりに唐突の出来事であっても、それは――
力を持つ人間の定め――。
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