連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第三十一話

 夏祭り以来、夏休みの部活も今日で最後という時まで理優は部活に姿を現さなかった。
 電話しても音信不通……ともなればさすがに心配してしまう。

「どうする? みんなで理優の家に押しかけてみる?」

 僕はみんなに聞いてみた。
 理優の家は顧問の先生に聞けば教えてもらえるだろう。

「確かに、押しかけるのもありかもしれないわ。けど今は夏休み中だしね。無理に来いとは言わないし、私達も休んでたじゃない?」
「うん……」

 沙羅が真っ先に言葉を返し、僕はぐぅの音も出なかった。

「僕もサイファルの言う通りだと思う。理優が来ないのは何か事情があるからだろう。アイツは部活をサボるような人柄でもないしな。解決するまで待つべきだ」
「アタシも難しいこと言ってるナエトに賛成かな」
「難しいことなど一言も言ってないんだが」

 ナエトくんとレリも探さない方針で行くそうな。
 残った瑛彦と環奈のうち、環奈はバイトだから居ないし、多数決なら家に押しかけない方針で決定かな。

「ぬあー、癒しがねぇー!」

 行かないことが決定すると、瑛彦が頭を抱えて悶え出した。
 理優は確かに癒し系キャラだからね。
 僕も同族がいないのは悲しい。

「あ、そうだ!」

 突然閃いたように自分の掌を叩き、飛び起きる瑛彦。
 そして僕の両肩を掴み、お願いしてきた。

「瑞揶の姉さん召喚してくれ」
「瑛彦、帰っていいよ」

 そんなこんなで夏休み最後の部活も過ぎ去っていく。
 時は8月29日、夏休みも残すところ2日となった。







 その日の深夜、僕は突然鳴った携帯に起こされた。

「んにゅ……メール? 沙羅から?」

 携帯をとって確認すると、メールの送信者は沙羅だった。
 家の中同士なのに、なんだろう。
 不思議に思いつつ文章を確認すると、部屋に来い、とのことだった。
 携帯に表示されてるデジタル時計は1時を指していて、こんな時間にどうしたのかと急ぎで彼女の部屋に向かった。
 ノックを3回すると、すぐにどうぞと声が掛かる。
 部屋の中に入ると、電気の点いた明るさに目を細める。
 少しぼやけた視界では少し眠そうな様子の沙羅が映り、ベッドに座って僕を見ていた。
 僕の姿を見つけるなり、一言。

「……ねむっ」
「なら寝ればいいのに……どうしたの?」
「ん……まぁ少し話をね」
「はぁ……」

 ちょこんと、僕は沙羅の隣に腰を下ろした。
 沙羅の部屋は掃除のためによく来るけど、あまり物が置いてなくて、だけど家具とかはピンクが基調の女の子らしい部屋だった。
 ベッドにある僕の作ったぬいぐるみを僕は一つ手元に置いて、沙羅が話し始めるのを聞く。

「……別に瀬羅のせいってわけじゃないけど、夏休み、海にも行けなかったわね」
「まだ2日あるよ〜っ。まぁ、予定が狂っちゃったのはそうだけど、仕方ないさ」
「そうね……」

 元気のない様子で相槌を返してくる沙羅。
 寝ぼけてるからか、海が楽しみからだったからか。

「楽しみだった?」
「……楽しみだったわ」
「行く〜?」
「いや、瀬羅と残りの2日は家で過ごしたいわ。だからいいの」
「にゃー……」
「…………」

 猫みたいに鳴いたらほっぺをつねられた。
 痛いです……。

「でも、旅行は行けてよかったわ。山登りはめんどくさかったけど、楽しかったし」
「あはは、そうだね〜。次行くときは、もうちょっと体力つけとくよ」
「もう行かないわよ……」

 ため息まじりに沙羅が言った。
 行かないのは残念だなぁ。
 まぁ、今度はまた違うところに行けばいいか。

「あと、花火したいのよ。買っといて」
「わかった〜。じゃあ31日は花火たくさんしようかっ」
「料理豪勢にして、軽くパーティーにしましょ」
「わーっ、そうしよ〜っ」

 送別会というわけではないけど、1ヶ月会えないわけだから盛り上げるのもいいと思う。
 いっぱい料理作って、お菓子も作って、花火して。
 きっと楽しくなる筈だ。

「楽しみだね……」
「そうね……」
「…………」
「…………」

 お互いに無言になる。
 お話は終わりかな?
 だったら、沙羅はもう寝かせてあげよう。

「沙羅、お話が終わりなら、もう寝た方がいいよ。夜更かしし過ぎだし……」
「……そうね」
「じゃあ、僕は――」
「待って」

 立ち上がろうとして、呼び止められる。
 沙羅は少し恥ずかしそうな様子で目をそらしながら、僕の服の裾を掴んできた。
 いつもと違う彼女に僕は内心慌てるも、平成を装って対応する。

「どうか、した?」
「……瑞揶、私を抱きしめてくれない?」
「…………」

 とんでもなく、とんでもなく驚きの言葉が沙羅の口から飛び出た。
 いつもの高飛車な性格からは考えられないセリフ。
 しかし、よく考えてみると沙羅は僕の膝を枕にしてきたり叩いてきたり、人肌恋しいのかもしれない。
 じゃあ仕方ないかなぁ、ということで、

「ぎゅーっ♪」
「……おおっ」

 優しく横から抱きしめると、沙羅が感嘆した。
 僕の身長ぐらいだと、沙羅はすっぽり収まって抱き心地がいい。

「……あったかいわね」
「えぇー? まだ夏だから暑苦しくない?」
「ううん。なんか、ホッとするあったかさ……」
「……そっか」

 じゃあやっぱり、人肌恋しいんだなぁと実感しつつ、優しく沙羅を抱きしめる。
 魔人だからなのか、彼女の体はちょっと冷たい。
 けど、段々と暖かくなってきた。

 何も喋らずに抱きしめる。
 すると、沙羅が寝息を立て始めていた。
 眠かったからか、あっさり夢の中らしい。

「……おやすみ、沙羅」

 優しく沙羅をベッドに寝かしつけ、頭を撫でてから電気を消して退室する。
 沙羅の部屋の扉を閉めて自分の部屋に戻ろうとした時――後ろから衝撃があった。

「うわぁっ!?」
「大きな声出さないで」
「せ、瀬羅……?」

 何が当たったのかと思ったら瀬羅の体で、僕は抱きしめられていた。
 し、姉妹揃って夜更かしとは、どうなんだろう……。

「……さーちゃんと何してたの?」
「夏休みの思い出話……かな? あとは31日にパーティーしよーって」
「……それだけ?」
「それだけだよ?」
「…………」
「な、なに?」
「ううん、なんだか馬鹿らしくなっちゃって……」
「?」

 抱きつかれる腕は離れ、僕は瀬羅に向き直る。
 疲れたように眉毛をハの字に曲げていた。

「瀬羅ちゃん、どうかしたの?」
「ううん、なんでもない」
「あ、物のついでで悪いんだけど、沙羅が人肌恋しそうだから、時々抱きしめてあげて。僕はほら、男だし……」
「……了解っ。私に任せてっ」
「うん」

 約束を取り付け、僕たちは微笑みあう。
 これで沙羅も大丈夫だろう。

「……じゃあ、寝よっか」
「うん。おやすみ、瑞揶くん」
「おやすみ〜」

 ほどなくして瀬羅とも別れ、僕は部屋に戻り、すぐ眠りについた。







(以外だなぁ――)

 少女は思う。
 すぐ側にいる、横たわった瑞揶を見ながら。
 少年の眠るベッドに腰掛け、少女は考える。

(沙羅ちゃんが好きになると思ってたのに、お姉さんが現れて、先に好きになっちゃうなんて……)

 瀬羅の登場は、少女にとってイレギュラーであった。
 強気な沙羅が1人いれば、瑞揶が恋をした時に解放されると思っていた。
 だって、沙羅は人の背中を押す力があるから――。

 しかし、姉がいるとなるとどうなるかわからない。
 いや、おそらく、明後日の別れの際に告白はされると踏んでいる。
 女の勘、というやつかもしれない。
 今の自分が“女”と呼称されるのかは曖昧模糊だけど――なんて。

 しかし、それ故に結果も見えている。
 いや、それは今までの経験から明らかだ。

(瑞揶くんは、確実にフる。そのあと、どうなっちゃうのか――)

 できれば自分が会って止めたい。
 しかし、自分が実体化する事は瑞揶くんの幸せではない――。

 だって、私達は一度終わってるのだから――。

(……瑞揶くん。貴方は最近、顔つきが少し変わった。悩む事が多くなった。

 一体何を考えているの――?

 少し、大人になったの――?

 私は――。

 …………。

 ……。

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