連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二話

 病院に入ってすぐ、カウンターで面会を申し出る。

「くっ、くくく工藤さんのあのゲホッゲホッ!!」

 いきなりむせる瑛彦の代わりに、僕が受付のお姉さんに申し出る。

「工藤さんの面会に来ましたっ!」
「は、はい……えーと、工藤さんは3名いるのですが……」
「えっとあの! 理優さんですっ! 16歳ですっ!」
「……あぁ、あの毎日面会に来てる子のお友達ね。501の部屋に居るから、行ってあげなさい。あと、病院では静かに」
「あっ、はっ、はいっ」

 受付のお姉さんから指摘を受けつつ、そそくさと2人でエレベーターに向かった。
 面会に来てる子と聞いて、僕達は少し落ち着いて5のボタンと閉じるボタンを押し、5階に着くのを待つ。

「取り敢えず、無事そうで良かったね……」
「あぁ、そうだな……」

 エレベーターの中で瑛彦とそんなやり取りをし、5階に着くと歩いて501を探す。
 だいたい番号から端っこの方にあると推測し、実際に501の部屋を見つける。

「ノックするね?」
「ああ」

 瑛彦の許可を取り、トントントンと僕がノックをする。
 室内からは「どうぞ」という、理優のか細い声が聞こえてきた。
 瑛彦が病室の扉を開き、中に入った。

 続いて入った僕が見た病室は個室で、まだ日中だからカーテンも開き、日差しが差し込んでいる。
 まず目に入ったのはこっちを向いている椅子に座った少女――理優。
 目の下にはクマが、頬は少しへこんで影ができている。
 もともと色白だった理優だけど、しばらく見ないうちに痩せこけていた。
 ワンピース1枚を着てるだけだから、腕が細くなったのがわかる。

 彼女の後ろのベッドには白い布団を掛けられて眠る一人の女性がいた。
 黒髪で、理優に似ているかもしれない。
 ホースのついた、半透明な緑のマスク越しに見える寝顔はどこか苦しそうだ。
 理優のいる反対側からは点滴スタンドが立っており、一定間隔で聞こえる電信音から事の重大さを理解する。

「……瑛彦くんに、瑞揶くん。来てくれたんだ……」
「たりめーだろ。心配させんな、理優っち」
「携帯で連絡とろうとしたのに繋がらないんだもの。家の電話番号は知らないから……」
「……そっか。ごめんね、迷惑かけちゃった……」

 顔を伏せて申し訳なさそうに理優が呟く。
 明らかに暗い彼女。
 いや、それもそうか、彼女の知人が倒れてるのだから。

「……理優、その人は?」

 僕が尋ねると、理優は顔を上げて、それからベッドで眠る人の方に向き直った。

「……この人? この人はね――私のママだよ……」

 寂しげな口調で彼女ベッドに手を置いて、横たわる女性の正体を告げた。



 それから程なくしてレリが、続いて沙羅、環奈、ナエトくんが病室に集まってきた。
 空気が重苦しい。
 とても夏休み明けの日とは、思えないほどに――。

「……みんな来たから、説明するね。これからも、迷惑かけるかもだから……」

 半分目を伏せた理優が、現場に至るわけを話し始める。







 それは私が生まれてすぐの話。
 まだ赤ちゃんの頃のこと。
 パパが、交通事故で死んじゃったらしい。
 ママはそのことをすごく悲しんだけど、女手一つで私を育てようと決めたらしいの。

 それから1年、2年と時間が経って、私は5歳になった。
 その頃にはもう、私が【人を呪う】超能力の持ち主だって、わかってたみたい。
 ママはいろんな不幸にあって、家はいつも貧しかった。
 だけど、私が癇癪を起こすと死ぬような呪いを使ってしまうかもしれない。
 だから、私は大切に育てられていた。

 幼稚園に行くと、他の園児に露骨に避けられた。
 小学校でも、そう。
 何か変なことがあると、全部私のせいになった。
 ママも何度も謝りに行ったって言っていた。
 その頃にはもう私も物心つくようになって、人の評判や自分の立ち振る舞いとか考えるようになった。

 だけど、その時からかな――

 ――ガンッ!

「この子は――」

 ――ガンッ!

「どうして私までこんな目に――」

 ――ガンッ!

「許さない――」

 ママは、私に暴力を振るうようになった。
 超能力はもう殆どコントロール出来ていて、その事に安心したのか、遠慮なく私に暴力を振るった。
 毎日、毎日、アザができても私が泣いても、気にせずママは私に暴力を振るった。

 それでま私はされるがままに過ごした。
 痛いとか苦しいとか言わなかった。
 だって、私のせいでママが不幸な目にあってるんだもの。
 不幸な目にあってても、それでも料理とかは作ってくれて――私の、1人だけの大切なママだった。

 中学でも、私の待遇は変わらなかった。
 呪う力があるせいで、友達もできない。
 でも、いじめたら呪われるかもしれないといじめにもあわない。
 私は本当の孤独の中にいた。
 苦しいな、そう思っていた――。


 高校生になって、初めて友達ができた。
 こんな幸せがあるんだと思った。

 体のアザとか見られたくないから、クラスがみんなと違うのはホッとした。
 体育の着替えとかで、見られたくないから。

 そして、部活に入って、楽器――アコーディオンも買った。
 もちろん、お金の掛かるものだったから、ママには内緒。
 それで、夏休みにはアルバイトをたくさんシフトを入れて、頑張ろうって。
 少しずつ変わる自分を感じられていて――。


「この楽器は何――?」

 8月の中旬、お盆をバイトで潰してた時。
 ママに楽器が見つかった。

「私を不幸にしておいて、生意気な――」

 そう言って、ママはアコーディオンで私を殴った。
 重量のあるそれで殴られ、私は一撃で倒れた。

「こんなの――」

 そしてママは、アコーディオンを壊した。
 瑛彦くんが選んで買ってくれて、初めて入った部活で練習した楽器。
 みんなとの繋がりを持てる楽器。
 それを叩き落として――。

「――ママぁああ!!!」

 私は初めてママに怒った。
 初めて自分の意志で人を呪ってしまった。


 その日から、お母さんは動かなくなった。
 どんどんと衰弱していって、今までずっと入院している。
 入院の費用は保険と、あと親戚が出してくれているらしい。
 でも、もう、いつ死んでもおかしくないって診断が出ている。

 私には【呪う】力しかない。
 呪いを治すことができない。

 私が悪いんです。
 人を不幸にする力しかないのに、幸せになろうとしたから。
 だから、一番近くにいたママすら不幸にして、もう後は死を見送るしかない。
 呪いなんて病気はなくて、治しようがないんだもの――。


 ――――。




「だから私は……せめて、最後までママを看取りたい。ずっと心で詫び続けながら……」

 途中になって泣きながら、理優はそう話した。
 僕達は6人も居るのに、誰も言葉を発することはできなかった。
 話の内容が重過ぎた。
 いきなりの話に、誰もが反応できずにいるんだ。

 ただ、彼女だけは違った。
 生きた年数が違う環奈だけは。

「理優、そんなに自分を責めなくていい。生まれ持った能力とアンタの優しさは別物なんだから、仕方ないことについて自分を責めなくていいじゃないの」
「……環奈、ちゃん。でも……」
「私も、理優は悪くないと思うわ」

 理優の言葉をさえぎり、環奈の意見に沙羅が賛同する。
 そういえば沙羅も、嫌な生まれだった筈だ――。

「理優、私はアンタを甘やかした意見を言ってるんじゃないの。私達は生まれた能力も親も選べない。それは仕方ない、って言うでしょ? 誰がどう考えても仕方ない事はあるのよ」
「……でも、私が怒らなかったら、ママはこんな風にならなかった……」
「毎日暴力を振るわれて怒らないほうが変よ。それも仕方ない。こうして納得できるわ」
「…………」

 理優は再び目を伏せた。
 自分は許される。
 だとしてもそれを受け入れる事ができないんだろう。

 なんとなく、僕の姿と重なって見えた。
 僕だって本当は、霧代の事は許されるのかもしれない。
 全部あの死神が理不尽にも起こした事だから。
 だけど、そうだからといって、

 納得できない。

 自分が悪い。
 そう思い始めてしまったら、僕なら――

「――まぁ、その事についてはいいのよ」

 この不穏な空気を断ち切るように、沙羅が言葉を続けた。
 コツコツと歩いて、理優の前に立つ。

「問題なのは、理優。貴女が母親を――元気にさせたいかってこと」
「――え?」

 理優は顔を上げ、沙羅の瞳を覗き込む。
 沙羅の瞳は真摯なもので、嘘をついてる様子はない。
 呪いを治す、そんなことができると言うのは、おそらく――

 沙羅が振り返り、僕に向き直る。
 ああ、やっぱりか。

「瑞揶、アンタなら治せるでしょう?」
「うん。可能だと思う」
「よかったわ……。てことで、瑞揶なら治せる。だから、アンタが本気で治したいと思うなら、アイツに頼めば良いの」
「…………」

 理優は眉を顰めて悩んでいるようだった。
 しかし、その表情からはほんの少しの懐疑も見て取れる。
 本当に治せるのか、というもの。
 僕の能力は理優も知っているはずだ。
 だけど、当然ながら現実味がないんだろう。

 しかし、治せるのは事実だ。
 ここはまだ何も言わない。

「ただ、オススメはしないわ。アンタの母親が元気になったら、またアンタを毎日殴るんでしょ?私はそんなの勘弁よ」
「でも……」
「まぁ、そうよね。でも、幸いにもすぐ死ぬってわけじゃないんでしょ? 時間はある。ここのみんなはアンタの友達なんだから――なんでもいいから、相談しなさいよ」
「……。……うんっ」

 友達という単語を聞いて、理優はまた泣いていた。
 涙を流す彼女の頭を沙羅が撫でる。

 凄いなぁって、思った。
 沙羅、君は本当に人を励ますのが得意だ。
 こうやって人を励まして、解決できてしまう。
 僕達5人は、2人の様子を見守るしかなかった。

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