連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第十六話

 理優の一件が解決し、まったり音楽部のメンツは散り散りになっていった。
 それでも、今日の終わりには一度クラスで集まって今度の片付けの時の連絡をし、解散することになる。

「あーきーひーこーっ」
「……ん? なんだ?」

 瑞っちが棒読みで俺の名前を呼んだ。
 なんか目を閉じて口はぽかんと空いてる。
 みかんでもあれば口に突っ込んでやったが、手元にあるのは何故か野球ボールだけなのでこらえる。

「あのねーっ、理優が呼んでたよ? メールしたのに返ってこないから伝えてって、僕に電話来た〜っ」
「ん? あぁ、そうか」

 言われて漸く俺は携帯の電源を切ってたのを思い出す。
 演奏するときは邪魔にならないように切ってるんだが、点けるのを忘れていた。

「んで? どこ?」
「僕は聞いてないよーっ。メール見てだって〜っ」
「そっか。サンキュ」
「うん。僕は沙羅に呼ばれてるから、また後でね〜」
「おー」

 にゃむにゃむと言いながら瑞っちが踵を返す。
 きっとあれは眠いんだなと思いながら、俺は携帯の電源を点けた。
 メールボックスを開いて確認すると、新着が3件ぐらい。
 その中で理優のものを見つけて読むと、

〈こんにちは、瑛彦くん。
 って、さっきも会ったから変かな?
 とりあえずね、お話ししたいことがあるから、帰りのHR終わったら校舎裏に来てくれますか?
 返信不要〉

 まぁ割と長い内容の文面だったが、呼び出される意図がわからなかった。
 わざわざ俺だけ呼び出すなんて――普段の俺なら告白でもあるかと喜ぶところだが、

 俺は今回、全然活躍できなかった。

 情けないし、かっこよくねぇ。
 だから告白なんて夢は見ず、もっと現実的な内容を予想する。
 そうだな、世話になってた響川の2人に何かお礼するとか、それが無難だろう。
 そんな事を思いながら、俺は校舎裏に向かった。

 外に出ると、もう日は傾いてあれだけ青かった空が暖かなオレンジに塗り替えられている。
 夕日が見守る校舎裏には、ただ1人、理優っちの姿が見つかった。

「よっす」

 短く声を掛けると、彼女も俺に気付いてこちらを向き、優しく笑った。

「瑛彦くん……疲れてるのに、来てくれてありがとうね」
「いやぁ、別に疲れてねーよ。俺より理優っちのが疲れてんだろ」
「……あはは、そうかも」

 理優っちは苦笑した。
 仲直りをした後、理優っちは葉優さんと文化祭を回って、それからどうしたかはわからんが、間違いなく、一番疲れてるのは理優っちだ。

「もう大丈夫なのか?」
「うん……みんなにも、迷惑かけちゃったね」
「気にすんじゃねーよっ。誰も迷惑だなんて思ってねーはずだ。そんな心の狭い奴らじゃないぜ、みんな」
「……そうだね」

 ポツリと呟くと、理優っちは壁を背にし、自分の胸の前で手を編んだ。
 俺もなんとなくそれに倣って壁に寄りかかる。
 眼に映るのは、眩しいぐらいの夕日と落ち着く色の空で、自然と心が落ち着く。

「……ねぇ、瑛彦くんっ?」
「ん?」

 改まって理優っちに呼ばれる。
 視線を彼女に戻すと、前髪で目が隠れていて表情は読めなかった。
 ただ、口は酸っぱそうにしている。
 紅くなってるのは、夕日のせいか、判断がつかない。

「……ここに呼んだ理由は、ね?」
「……おう」
「……瑛彦くんに、伝えたい事がありまして……」
「……。…………」

 理優っちの言葉を聞いて、俺は閉口した。
 待つんだそれは、本当におかしいぞ。

「……おいおい、相手間違えてんじゃねぇのか? 好きになるんなら瑞っちだろ」
「えっ……なっ、なんでっ?」
「俺は今回、何もできてねぇ。その点、瑞っちはなんでもしてくれただろ」

 そう、結局俺は何もできなかった。
 瑞っちはなんでもできたのに。
 もちろん、能力というのはあるかもしれない。
 けど、励ますことの1つも俺はできなかったから、告白なんて受ける資格なんて無いというのに――。

「……瑛彦くんは、私じゃ、ダメかな?」
「いいに決まってるけどさぁ……」

 割と即答だったと思う。
 別に理優っち嫌いじゃねーし、可愛いし、響川家で一緒に過ごしててもこういう嫁いたらなぁとか思ってたし。
 まぁ、それは半ば冗談でもあったわけだが、彼女になるというなら万々歳な訳で、本来ならこうして瑞っちの方に話を向けるのは俺的にもよろしくないわけだが。

「それにね、瑛彦くん」
「あん?」
「瑞揶くんには沙羅ちゃんが居るよ?」
「…………」

 あれは家族だろう、と言おうとしたが理優の目は割と本気だったから押し黙る。
 あまり深く立ち入らないでおこう。

「……なぁ、マジで俺なんかでいいのか?」

 瑞っちにはなびかないらしく、退路がないからこう聞くしかない。
 理優っちは可愛らしくこくこくと頷いて、俺に抱きついてきた。

「私は瑛彦くんが好きなのーっ。付き合ってくださいっ」
「……本気か?」
「本気ですっ」
「……ならば良かろう」

 理優っちがいいなら、俺もそれでいい事にした。
 バカでどうしようもない俺だが、そうだな。
 何もできなかったのだし、最後にこの子の想いぐらい、叶えてやる。
 それが男ってもんだよな――。



「ああっ、こうしてると理優っちの胸の感触が……!!」
「瑛彦くんのバカ! 変態! 離して離してっ!」
「離さねーよばーか」
「うぅぅううう……!」

 まぁ、最後まで変態なのが俺なんだけど。
 そんな事よりも、今日の響川家は賑やかになりそうだなぁと思うのだった。







「……むーっ」
「何を唸ってんのよ……」

 隣を歩く瑞揶が眠そうに半目を開いてこっくりこっくりと船を漕いでいる。
 今日は帰りに買い物して行く予定だったけど、理優は告白しに行ったから何も買ってこないだろうし、瑞揶はこんなだから無理かもしれない。

「ほら、起きなさい」
「……沙羅ーっ、おんぶ〜っ」
「子供みたいなこと言ってんじゃないわよ」
「……昨日は遅く寝たもん。充電切れだよぅ……」

 こっくりこっくりと顎を動かしながら瑞揶は歩く。
 昨日は理優の母親に呼ばれて、寝るの遅かったから眠いのだろう。
 仕方がないから、私はおんぶしてやることにした。

「ほらっ、乗って」
「……ふにゅあー」

 変な声を出しながら私の背中にべったりくっついてくる瑞揶。

「よい、しょっと……」

 ゆっくりと立ち上がって、軽くジャンプして持ちやすく調整。
 その時、背中に彼の股ぐらいのところから柔らかい感触がしたが……うん、瑞揶も男なのよね。

「……すぅ……すぅ……」
「……あら? 寝た?」
「……ぷく……ぷく……」
「……どんな寝息の立て方よ」

 可愛いから良いんだけど、なんて。
 高校生が高校生を、しかも異性をおぶっているのは客観的に見てあまり良くないだろう。
 とりあえず、私は一回家を目指した。
 もうだいぶ見慣れた響川の表札も今では目もくれず、鍵を開けてとっとと家の中に入る。

「ただいま〜……って、返事ないか」

 悲しい物言いを一つ残して玄関を後にする。
 リビングに着いたらさっそくソファーに瑞揶を下ろそうとするも、なんか抱きつかれてて取れなかった。

「……どうしたものかしら」

 とりあえず、ソファーに座って考える。
 正直、私としてはこのままでもいい。
 瑞揶に抱きつかれてる部分はあったかくて、なんだかドキドキする。
 むしろ一生このままでも――いや、やっぱそれなら起きててもらった方がいい。
 これじゃ夕飯も困るし、どうしたものか――。

「…………きりよぉ」

 その時、瑞揶がポツリと呟いた。
 なんかふにゃふにゃな言葉だったけど、寝言?なに?

「…………霧代」
「…………」

 瑞揶は同じ言葉を繰り返した。
 きりよ? なによそれ?
 霧吹き……いやいや。
 もしや、人の名前?

「…………ぐえっ」
「――えっ?」

 唐突な出来事だった。
 私の肩からぼたぼたと血が垂れる。
 紅く、サラサラとした血液は、瑞揶の口から出たものだった。

「み、瑞揶……!?」

 血の気が引く。
 私は無理やり彼を振りほどき、彼を寝かせて心臓部に手を押し当てた。
 鼓動はあるし、正常に動作している。
 死ぬ事はまずないだろう。

「……あれ?」

 パチリと瑞揶が目を開けた。
 その目元にあった雫が垂れ、彼の瞳が私に向く。

「……あれ? 沙羅?」
「瑞揶……アンタ……」

 なんの夢を見たの――?
 そう問おうとした。
 こんな血をぶちまける夢なんて、知らないから。
 だけど――

「わっ!!? えっ!!? うそっ!? 沙羅に血が!!!!? 大丈夫!? 大丈夫!?」

 なんか、すごく私が心配されて、彼は飛びついてきた。

「え、いや……この血、アンタが吐いたものなんだけど……」
「え!? 本当!? 沙羅、どこも怪我してないよね? 平気? おかゆ食べる?」
「食べないから……つーかさっきまでの眠気どこいったのよ、アンタ……」
「だ、だって僕は、沙羅が心配で心配で……ううっ」
「いや、なんで泣くのよ……」

 鼻水垂らして泣き出す瑞揶に、もはや聞こうとしたことすら忘れてしまう。
 なんだかなぁ……まぁ、平和だからいいかなぁ。

「ほら、ティッシュ」
「うぅ……ごめんね……」
「……いいのよ。家族だし」
「うん……ちなみにねっ? 血を吐いたのは、僕が病弱なのにっ、頑張ってたからだと思うっ……」
「……ああ、そうね」

 最近は元気だけど、そういえば瑞揶は体が弱かった。
 8月にも、7月にも熱を出している。
 もう9月も半ばだし、また倒れるんだろう。
 そのきざしがこれということなのか、それは知らないけど、とりあえず安心だ。

「今日はゆっくりやすみなさい」
「ううん……沙羅に寝かせてもらってたから、だいぶ楽になった。ありがとうね」
「……ええ」

 いつも通りの彼の笑顔が直視できず、顔をそむけてしまう。
 それでツンツンと頬を突かれるけど、辞めさせることはできそうになかった。

 瑞揶も起きたことだし、本当なら買い物に行くべきなんだろう。
 でも、もうちょっと瑞揶に遊ばれてたい。
 だから、買い物の事は言わないで、理優たちが帰ってくるまで、2人でじゃれ合うのだった。

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