連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第十四話

 文化祭の後、みんな楽器を持つ力も無いなかで最後の調整を行い僕達は帰宅した。

「あうーっ、疲れたよ~っ……」
「情けないわよ。ほら、起きて夕飯の準備して。私は掃除とお風呂沸かしやっとくから」
「夕飯、私もお手伝いするっ!」
「俺だけ暇になるじゃんかよ。沙羅っち、なんか仕事くれ」

 帰宅早々、響川の面々は家事をし始める。
 僕と理優で夕飯の準備、沙羅と瑛彦で他の家事を行い、夕飯も全員食べて時間は8時を回る。

「……ぐおー……」
「なんでここで寝るのかしら。イライラするんだけど……」
「まぁまぁ、今日は仕方ないよ……」

 リビングのソファーを独占する瑛彦を見て、沙羅は諦めたようにフローリングに座っていた。
 理優は瑛彦の目の前に中腰で立って寝顔を見物していた。
 テレビを見る事はなさそうだね。

「今日は疲れたから、僕はもう寝ようかな……」
「……えっ? もう寝るの?」
「ん?」

 僕が寝ようか迷っていると、沙羅が驚いて顔を上げる。
 でも僕と目が合うと視線を逸らされたし、なんなんだろう?

「どうしたのーっ? なにか明日必要なものでもある?」
「いっ、いや……特に用がある、わけでもないけど……」
「むー……?  ……あっ」

 なんとなく、沙羅の言いたい事がわかった。
 最近は良くハグしてあげてるから、甘えたいんだろう。
 いつも強気な沙羅が甘えてくるなんて、ちょっとおかしいなっ。

「あははっ……そっか。沙羅、おいで」
「えっ? ……いや、理優とか見てるし……」
「じゃあ理優~っ、来て~っ」
「はぁっ!?」
「ん?」

 僕が呼ぶと、理優は立ち上がってとてとてとやって来た。

「沙羅を抱きしめるよっ!」
「えっ、ちょっ」
「了解だよっ、瑞揶くんっ!」
「いやいや、ていうかなんでアンタ達意気投合して――キャッ!?」

 沙羅は最後まで言葉を続ける事はできなかった。
 正面からは理優、背中からは僕が抱きついて圧迫されたためである。

「沙羅ちゃん可愛い~っ!」
「ちょ、ちょっと理優、瑞揶。暑い、まだ九月中旬なのよ?ちょっと、」
「沙羅の髪の匂い~っ。甘い匂いだ~っ」
「だーっ! 後ろから嗅ぐんじゃないわよっ!ちょっと!なんなのよこれは!」
『沙羅(ちゃん)を愛でる会?』
「……愛玩動物じゃないんだけど」

 いろいろ文句を言いつつも、抵抗を全くしないあたり沙羅もまんざらではないのだろう。
 たまにはこうやって、みんなで集まるってハグするのも悪くないよね……。

 その時、僕のズボンから振動を感じた。
 惜しくも沙羅から離れ、ブーブーと揺れる機械を取り出す。

「――――」

 携帯のスクリーンに表示された番号を見て、僕は淡い笑みを浮かべた。
 ほのかな哀しさの混じった笑みだろう。
 あぁ、来たか――そう思った。

「……どうしたのよ?」
「……瑞揶くん?」

 僕の表情を読み取ったのだろう、2人が心配そうに声を掛けてくる。
 僕は大丈夫だと言わんばかりににこりと笑った。

「電話だから、ちょっと出てくるね。部屋に行くから、よろしく」
「……わかった」

 理優はすぐに引き下がってくれた。
 だけど、

「…………」

 沙羅だけは、ずっと視線を僕から外さなかった。
 しかし、電話に出ないといけないため、彼女を無視して僕は部屋に向かった。
 部屋の扉をしっかり閉め、窓も塞いで結界を組み、僕はようやく通話に応じた。

「――もしもし、葉優さん?」







 駅や大通りには蝶が集うネオンライトの明るみがあるだろうに、月光と古ぼけた街灯のみが照らす小さな公園に、僕は小走りでやってきた。
 公園のベンチの一つに葉優さんが座っていて、僕の姿を見つける。

「……急に呼んで悪かったわね」
「いえ、お気になさらず」

 挨拶もなしに会釈して、僕は間を一つ開けて隣のベンチに腰掛ける。
 葉優さんは何も言わず、ただ目線を伏せた。
 僕の方から、いつもの優しい声で問いかける。

「……それで、どうしましたか?」
「……電話でも言ったでしょう? 少し、話したいだけよ……」
「……そうですか」

 僕は電話で呼び出されてここに来た。
 要件は話があるとのこと、条件は誰も連れてこないことだ。

「……理優について、何か?」

 単刀直入に問いかける。
 彼女が僕を呼ぶ理由は、理優の事でしかないだろう。
 話をするとのことなら、尚のこと……。

「……理優には、酷いことをしてきたわ――」

 唐突に葉優さんが語り出す。
 その独白を、僕は彼女の方に体を傾けて聞いた。

「自分が不幸になったのは紛れもなくあの子のせい。でも、母親は辛いことを耐えるものよ。なのに私は、理優に八つ当たりをした。暴力を振るった。もう元の親子には戻れない」
「理優は、普通の親子に戻りたいと願ってますよ」
「そういうことじゃない。私は――私自身を許せない。それに、今更親ヅラするのは、卑怯よ」
「……卑怯?」
「理優の好意に甘え過ぎてる。自分の方が大人なのに、そんなことは許されない」
「…………」

 なんとなく、葉優さんの言い分は理解できた。
 仲直りはしたいようだ。
 呪い云々はもう何年も続いていることで、自分の間違いに気付いてるんだろう。
 けど、年長の自分が甘えるのは悪い。
 今更親として接する権利はない。
 そういう風に思ってるんだろう。
 だったら、僕が言うことは一つだけ。

「……あのさ、葉優さん」
「……なに?」
「間違ったことをしたなら、謝るべきだよ。悪い事をした自覚があったなら、どんな事がであっても謝るべきだと思う」
「…………」

 僕の言葉に、葉優さんはまた目を伏せた。
 謝る、それができるならとっくにしてるんだろう。
 だけど、もう悪い親を演じるしかできないんだよね。

 ああ、これはどこか、瀬羅の言い分に似ている気がする。
 悪いことをしたら、悪い人であり続けないといけない。
 良い人になったら、罪を償わなきゃいけないから――。

 葉優さんは良い人に戻れない。
 無限に続く悪の道に、立たされてしまったのだから。
 そんなものは、早く謝って抜け出せばいいのに、苦しんで悩んでるんだね。

「……理優は、もう呪いを制御できるのよ」
「……はい」
「……能力を除けば、あの子は弱い力しか持たない、弱い娘なのよ」
「……はい」
「……あの子にしたことが、私は許されると?」
「許されますよ……」

 当然の様に僕は肯定した。
 葉優さんは僕の瞳を覗き込む。

「……どうしてそう思うの?」
「……理優は優しいですから」
「……。……そうね」

 納得したように葉優さんは微笑んだ。
 謝ればいい。
 それだけで全部変わるはずだ。

「……確か、まったり音楽部だったわね」
「そうです」
「変な部活名ね」
「ま、まぁ……はい……」
「明日は行くわ。一応、理優にも伝えておきなさい」
「! ……はい。しっかり伝えますっ」

 僕がしっかりとした笑みを返すと、葉優さんはフッと笑って立ち上がった。
 今日の談判はこれで終わりのようだ。

「今日はありがとう。少し、気が楽になったわ」
「あはは、僕で良ければなんでも相談してください。力になりますから」
「……そうね。またお願いするかもしれないわ」
「……はいっ」

 またお願いするかも――というのは弱いが、次がありそうなのはわかった。
 またの機会があれば、それでいい――




「――瑞っちぃぃいいいいい!!!!」
「えっ?」

 遠くから聞こえた僕を呼ぶ声に、思わず反応してしまう。
 声の正体は風のごとき速さで公園に現れ、僕に衝突した。

「いたっ!?」
「ぬぉぉおおおお!!!?」

 僕を吹っ飛ばしても瑛彦の勢いは収まらず、転げ回った挙句、壁に衝突していた。
 その様子を呆然として葉優さんが見ている。
 ……なに?どうしたの?何しに来たの、瑛彦?

「……瑛彦、そんなに急いでどうしたの?」
「いってー! 擦りむいた! ここっ! 治してっ!」
「…………」

 少し治すか悩んだけど、渋々超能力で“怪我がなかった”ことにした。
 元気になった瑛彦は立ち上がり、僕を見てニカッと笑う。

「いやぁさ、起きたら瑞っちがどっかいってるって聞いてさ。これは行かねばと思って」
「来なくていいよ……というかここの場所伝えてないんだけど……」
「俺の勘がここを教えてくれた」
「……あっそう」

 もう正直なんでも良かったから適当に流す。
 僕がつーんとした態度を取ったからか、彼は僕を差し置いて葉優さんの元に向かった。

「お? そこの貴婦人はどなた?」
「理優のお母さんだよ……」
「おお! お母様か! 理優っちを俺にください!」
「…………えーっと?」

 突然娘を求められ、葉優さんはどう対応したものかと悩んでいた。
 僕は瑛彦の耳を引っ張って退かせる。

「ごめんね、葉優さん。瑛彦の言うことは99%テキトーだから気にしないで」
「ええ……。貴方なら理優をあげても問題ないけど、そこの子は悩むわね」
「あはは……」

 判断基準はよくわからないが、瑛彦は断られてしまった。
 愕然として大口を開き、瑛彦は走り去って行ってしまった。
 ちょっと泣いてたけど、まぁいつものことだろう。

「……なんだったのかしら?」
「さぁ……」
「……理優、どういう部活にいるのかしら?」
「まぁ、楽しいところなのは保証しますよ……」

 最後の最後でなんとも言えない空気になってしまい、呆然とする僕達なのだった。

 とにかく、明日にはなんとかなりそうだ。
 理優のためにも、明日の演奏は精一杯頑張ろう――。

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