連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第九話

「立ち話もなんだからっ、座ろう〜っ」

 そう言って愛ちゃんはどこからでもない所からテーブルセットを呼び出して、対面する形で僕を座らせた。
 これは超能力だろうか、よくわからないけど便利だなぁ……。

「えっとねー、まず何を話そうかなぁ〜」

 頰に指を当ててうーんと唸る愛ちゃん。
 なんだかその様子も微笑ましいけど、この小さな女の子は僕の前世の前世だと言った。
 基本的に、前世の人がこうして話しかけてくるなんて事は聞いたこともないし、今の異常を作っている彼女には警戒しなくちゃいけない。

「まずね、ここは瑞揶くんの夢なのね」
「……うん」
「だから時間が無いし、端的に話すけど……私はねーっ、ちょっと長く生き過ぎて、もう転生しようと思ったの。どうせだったら、人間に生まれ変わりたいなって思って、私は人間として生まれた。だけどね――



 男の子だったから、本来その体に入るはずだった精神に、体を返したの。それが貴方なの、瑞揶くん」

 眉をハの字に曲げ、申し訳なさそうに話す少女に、僕は首をかしげた。

「えっと、なんていうか……」
「ごめんねごめんね! 貴方が家事が大好きなのも運動できないのも女の子っぽいのも、みんなみんな私の入る予定の体だったからなの! しかも後世だけで終わるかと思ったら後世の後世まであるし、修羅場何回もあるし! 私の影響を生まれた時に受け過ぎたせいで、瑞揶くんの心にも作用して……こんなことに……!」

 テーブルにおでこをこすりつけて謝ってくる少女。
 ……それは、僕も前世では困ったけど。

「……別にいいよ? 家事ができるおかげで沙羅も楽できてるし、いろんな人の助けになってるから。主にお弁当とかね……」
「えう……でも、瑞揶くんは一生、いやどれだけ生まれ変わっても、男らしくなれないの!! ごめんっ!!」
「あ、あはは……」

 確かに僕は男らしくなりたいけど、もう半ば諦めてるから良いんだよね……。

「あ! でも、今はきゅーくんの能力あるから、男らしくなれる……かも?」
「……きゅーくん?」
「自由律司神だよ〜っ。あの子アキューって名前だから」
「そうなんだ〜っ」

 そういえば、僕は自由律司神さんのクローンだもんね。
 その能力なら男らしく……あれ? 一回やったけどなれてなかったって沙羅に聞いた気がする。
 ダメだ〜……。

「……あれ? 愛ちゃんは自由律司神さんと知り合いなのー?」
「え? あー、それは秘密……。瑞揶くんが知ってたら、きゅーくんに襲われかねないし」
「え? 狙われてるの?」
「狙われてるの〜っ」

 キャーと黄色い声を出して両手を頬に当てて震える愛ちゃん。
 ……恋人さん?

「……いっとくけど、恋人さんじゃないよ? 愛されてるとは思うけど」
「そうなの?」
「うん、愛だからねっ」
「愛なのか〜っ」
「愛なんだよ〜っ」

 2人で微笑み合い、しみじみとする。
 自分の前世の人だけあって、波長が合うみたいだ。

「まぁ一応この記憶は隠しファイルとして記録されるし、教えても良いんだけどね……」
「隠しファイル?」
「にゃーです」
「にゃーです?」
「うん、にゃーです! にゃーにゃー!」

 愛ちゃんが元気よくにゃーにゃー鳴き、それから少しにゃーにゃー言い合って、笑い合う。
 本当に自分と合う面白い人だなって思った。

「あっ! こんなことしてたら時間がなくなっちゃう!! やばい!」
「にゃーです?」
「にゃ…………って、ダメだよ瑞揶くんっ! そう、君にアドバイスしに来たんだからっ!」
「アドバイス?」
「うん」

 愛ちゃんは頷き、さっきまでとは違う真摯な眼差しで僕を見据えた。
 そこには子供らしさも感じぬ、大人の表持ちであった。

「瑞揶くん、喧嘩したでしょ? 早く仲直りしなさい」
「……うん」

 何かと思えば、彼女の口から飛び出したのは単なるお説教だった。
 そうだよね、早く仲直りしないと……。

「あのね、今回のパターンだと、どっちが悪いっていうと沙羅ちゃんだけど、その事は沙羅ちゃんもわかってる。だから多分、彼女から謝ってくるの。その時は何も言わずに許してあげて。沙羅ちゃんには君しかいないんだから、そこは頼んだよ、男の子♪」
「……男らしくないんだけどね」
「言い訳はダメだよ〜っ! 沙羅ちゃんはれっきとした女の子なんだから、譲歩しなさいっ」
「……はーいっ」

 僕が男らしくない原因の人に譲歩しなさいと言われるのも、心が複雑である。
 しかも自分より小さい子だしなぁ……。

「それと――」
「うん……?」



「――霧代ちゃんの事も、貴方は許してあげて」

 彼女の発した言葉に、世界が崩壊を始める。
 真っ白な空間に亀裂が走り、徐々に崩れていく。
 しかし、僕は愛ちゃんの言葉を聞いて思考が停止していた。
 体の体温が低下し始めてやっと思考が回り、質問を返そうとした。

「えっ――どういう――?」
「じゃあね。また会おう、若者よ」

 僕の言葉は少女に届かず、瞬く間に意識は闇に落ちていった。



「……あれ?」

 眼が覚めると、次は自分の部屋だった。
 そんな当たり前のことに何故か疑問を持ってしまうも、それは一瞬の事。
 時計を確認するといつも通りの時間で、僕は朝食の支度をしにリビングへ向かった。

 ソファーで瑛彦が寝ているのを見つけたりしながら今日の献立を考える。
 だけど、その前に別の思考が頭を横切った。
 こんなことをしていていいのか。
 違う、確か――そう、僕は夢を見た。
 愛という名の少女に出会い、沙羅や霧代の事を心配された。
 あの夢がなんだったのかはわからないけど、沙羅と仲直りをしなくちゃいけない。

 そうだ、今はいつも通りの日常じゃない。
 なんかドキドキしてきた……。
 とりあえず、今日の朝食は沙羅の好きなものをたくさん作ることに決定。

「そういえば、沙羅はこの前りんごのうささん作ったらずっと見つめてたっけ……」

 前にあった出来事を思い出し、まだ調理の下ごしらえを何もしてないのにりんごを手に取る。
 りんご半分に切って、また半分、さらに半分にしてうさぎを1個ずつ量産していく。
 この後すぐに沙羅が来てしまうと思うと手が震えた。

 ブシュッ

「いたーっ!?」

 そして指を切ってしまう。
 いや、こんなものは自傷行為に比べればどうってことはないけど、りんごに血が付くと悪いから一旦りんごを置いて手を洗う。
 包丁も置いて絆創膏を探すも、救急箱をどこに置いたか忘れてしまった。
 あれあれ? いつも覚えてるのに、どこだっけ?

 段々パニックに陥ってリビングを右往左往して、転ぶ。
 何かにつまずいたわけじゃない。
 でも転んだ、しかも顔から落ちた。

「……痛いぃ」

 目が涙でにじむ。
 あぁ、鼻血とか出てないと良いなと思いつつ、4つんばいになってティッシュを取りにソファー前のテーブルに向かった。

「……何してるの?」

 その時、どうにも怪訝そうな沙羅の声がした。
 リビングの入り口に目を向けると、じとーっとした目でパジャマ姿の沙羅が僕を見下ろしている。

「……指切った」

 端的に彼女に事の次第を告げる。
 涙声の僕に彼女は何を思ったのか、近付いてきて僕の指を切った方の手を取った。
 彼女は僕の手の上に手を乗せる。
 すると緑色の輝きを放ち、落ち着いた気持ちと共に痛みが薄れていく。
 魔法で治してくれてるんだろう。

「……まったく、こんなことでドタドタしないの。理優も瑛彦も起きるわよ?」
「……はい」

 沙羅に叱責され、返す言葉もなく僕は項垂れる。
 この家の家主なんだからしっかりしないと……。

 僕がしゅんとしていると、沙羅は頬を掻いてため息を吐く。

「なによもう……朝から謝ろうと思ってたのに、調子狂っちゃうわ……」
「……あはは、そっか」

 沙羅は謝ろうとしていたらしい。
 それは愛ちゃんが言ってた通りで、僕はもう許す気満々だった。

「……瑞揶、昨日はごめんなさい。少し言い過ぎたし、感情的になったわ。できたら、私の事嫌いにならないで欲しいんだけど……」
「僕の方こそごめん。もっと言い方があったのに、僕も怒っちゃって……」
「……私の事、嫌いじゃない?」
「嫌いじゃないよーっ。もっと僕のこと信用してくれてもいいのに……」
「絶対嫌われたくないから不安なんだけど……」

 目を逸らし、唇を尖らせて沙羅が言う。
 こういう照れ隠しをする姿はやっぱり沙羅らしい。
 ああ、やっぱり今日も沙羅は変わらない。
 そう思うと、途端に微笑ましくなって笑ってしまう。

「……何笑ってんのよ」
「いや……沙羅にとって、僕ってやっぱり大事なんだなって思って」
「……そうよ。しんみりするから、あんまり言わせないで……」
「あはは、ごめんね」

 沙羅の白い肌が朱に染まる。
 ほっぺたなんて真っ赤でりんごみたいだった。

「僕もね、沙羅の事は大事に思ってるよ……」
「…………は?」
「……え?」

 沙羅は目を丸くして固まる。
 驚愕に染まった顔は赤くなった顔をさらに真っ赤にし、煙が出る勢いだった。
 またそれを、噴火ともいう。

「……なにを言っとんじゃぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
「わーーーっ!?」

 光よりも速く沙羅に襟首掴まれリビングに投げ出される。
 その後にはちょっとした轟音と、人一人分の穴がリビングに残されるのだった。

 なんで怒られたのかわからないけど、後日聞いても答えてくれなかった。

 ちなみに、

「……沙羅ちゃんが、まさか……」

 理優は途中からリビングを覗いていたらしく、

「……ぐぉぉおおおおおおぉ……」

 瑛彦だけはずっと爆睡していたそうな。
 いつも通りの響川家の朝が、今日も訪れるそうな。

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