連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第2話:愛惜のレクイエム

「いい人生を送れて良かったわね、響川瑞揶。恋人ができ、友達がいて、あんまり不自由なかったでしょう?」
「……そうだね」

 クスクスと笑いながらセイは尋ねてくる。
 僕もいい人生だったと思うし、最後まで悔いはなかった。
 だけど、それがなんだというのだろう……?
 もう過去の事だ、それは変えることができない。

「ねぇ、響川瑞揶? 君の人生は、残念ながらここでは終わらないの」
「……どういうこと?」
「また貴方を転生させるわ」
「…………」

 これは少し意外だった。
 もう一回、他の世界で人生を送る。
 悪くない提案だと思う。
 僕が転生したら、その世界で沙羅を生き返らせて、2人で暮らせるから……。

「……どんな世界なの?」
「善と悪の第2世界だったかしら? そこが今面白そうでね、貴方に行ってもらおうと思うのよ。あぁ、質問の回答としては、魔法があって、それが善意と悪意で発動できるって世界よ」
「……そうなんだ」

 ヤプタレアは超能力と魔法のある世界だった。
 今度は魔法だけの世界……どんな場所だろう?

「ま、今説明したって無駄なんだけどね」
「……?」
「ああ、こっちの話よ。気にしないで」

 そう言ってクスクスと笑う死神。
 何故だろうか、その笑みが薄気味悪い。
 僕にとっての好条件を提示しているのだろうか。
 いや、そんな筈はーー

「でね、転生させる前にしたいことがあるのよ」
「……それは、なに?」
「クフフ、本来なら沙羅ちゃんの魂をこの場で引き裂きたい――」
「ッ!?」
「――けど、残念ながら取られちゃったのよ。邪魔をしたのはおそらく愛律司神ね。おかげで楽しみが半減だわ」
「…………」

 どうやら悲惨な事は起こらないようで胸をなで下ろす。
 愛ちゃんのおかげで助かった……。

「ホッとしてる場合かしら? 半減、って言ったのよ。もう半分があるの」
「……なにさ。もたつかないで、早くしてよ」
「ええ、言われなくてもどうするか教えてあげるわ。これからの貴方の事なんだけど――」

 死神が言葉を一度切り、クスクスと笑って告げた。

「ヤプタレアでの貴方の記憶は、転生した際に引き継がないようにするわ」
「…………」

 その言葉を聞いてすぐ、その言葉の意味は理解できなかった。
 しかし、数秒遅れて理解する。

 僕は次の人生を、霧代の事で苛みながら生きていくことになる。
 沙羅の事を忘れ、これまで成長したことを一切無駄だったとして。

「……嫌だ」

 思わず言葉が漏れた。
 沙羅の事を忘れたくない。
 いつも僕に笑いかけてくれた。
 いつも僕の背中を押してくれた。
 いつも僕を好きでいてくれた。
 そんな彼女の顔が脳裏に浮かぶ。
 朝の寝ぼけ目や涙を見せた顔、大きくため息を吐いたり、笑った顔。
 ソファーでだらしない態度をとったり、怒ってビンタをするような情景も、出会った当初の光景だって、今でも鮮明に思い出せる。


 だって、僕が初めて“美しく”見えた女性だから。


 いつもいつも、何を見ても、何も感じなかった。
 その中で、初めて沙羅の事だけは可愛いって、美しいって思えたんだ。
 大切な家族で、不器用だけど優しい少女。
 人生で最も愛した一番のパートナーなんだ。

 忘れたくない。
 脳裏にこびりついた彼女の笑顔が、大好きだから。

「……ククク、いい顔をするわねぇ。やっぱり幸せな記憶は手放したくないの? ねぇ?」
「やめろ……いや、記憶を消させたりなんかしない! 僕はアキューのクローンだ、“自由”の能力で――」
「あぁ、もう貴方はアキューの体じゃないでしょう? 【悠由覧乱】どころか【確立結果】すら使えないわよ」
「え――?」

 そんなことは初聞きだった。
 確立結果すら使えないのなら、僕はこの窮境を脱する術がない。

 絶望が全身をつたう。
 忘れたくない……沙羅の事を、忘れたく……。

「何をそんなに悲しむのかしら? 貴方は死んだ。記憶をなくすのは当然でしょう、ねぇ?」
「そんな……自由の世界の記憶だけじゃないか! 僕は……まだここに生きてるのにっ……!」

 体が死んでも僕は確かにここに居るんだ。
 沙羅と出会った僕が、ここに。
 嫌だ、死にたくない。

「散々自傷行為をしていた貴方が、なんで死にたくないのかしら?」

 違う、違う――。

「いつも自分は死んだほうがいいと思ってたんじゃないのかしら? 今更死にたくないなんて、自分にとって都合のいいようにしか考えてないのね。フフフ……」

 違うんだ、そんな過去の事は――!
 今の僕は、沙羅を愛して――!

「じゃあね、ヤプタレアの響川瑞揶――」
「あっ――――」

 頰を伝う冷たいものを感じながら、一気に肩の力が抜けていった。
 崩れるようにして落ちる体と共に、意識が闇に落ちていく。
 最後に思い浮かべたのは、沙羅のあどけない笑顔。

 その顔は僕の頭から、煙のように消えていった。







 響川瑞揶が倒れた。
 起き上がってまた「霧代、霧代……」と悲しまれるのはさすがに煩いし、2回目となれば聞いても楽しみは半減してしまう。
 灰色の空間にいる彼を転生させるために機械を呼び寄せる。
 手を払うようにすると、ブゥンという音と共に操作パネルが現れ、ピピッと操作する。
 輪廻の輪から外れるからいろんな奴に感付かれるけど、私のように転生させる神なんてごまんといるし、気にせず私は響川瑞揶を転生させた。
 徐々に彼の体は消えてゆき、この空間で私は1人になる。

「ふぅっ」

 そんな息を1つ吐く。
 まさにその時だった――。





 ――パリィン!!!


 ガラスの割れるような音と共に空間の一部が割れて穴が開く。
 その先から現れた少年はさっきまでいた彼と同じ姿の持ち主――。

「――っとぉ。やれやれ、閻魔は話が長い。死ぬもんじゃないな」

 コキコキと首を鳴らしながら歩み寄ってくる。
 私は彼の双眸を捉えると、ニヤリと笑った。
 そして彼も笑みを見せた。

「久方ぶりだなぁ、セイ」
「えぇ。久しぶりねぇ、アキュー?」

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