私とあなたの異世界存亡

シロ紅葉

25

 首を斬り、腕を斬り、頭を斬る。いずれもボウイナイフと鎖鎌によって与えているダメージだ。
 悲鳴の連鎖を聞いて、王の戸惑いが滑稽にみえて、慌てふためく兵士は動きを鈍らせる。
 中には勇ましく、死んでもいいや。ぐらいの覚悟で挑んでくる奴もいる。
 意気はいいのだが、まるで話しにならない腕前なだけに、気の毒に思えてきてしまう。だからといって、手を抜いてやる気は持ち合わせていないが。
 ここまでくれば、身体もすでに異世界の環境に慣れ切り、軽快に事を片付けていける。
 王の側近にいる軍人の数のわりには、それほど多くもなく、すべて終わらせるには、そう時間がかかることでもなかった。

「残りはお前だけだな。異世界の王――」

 またしても積み上がった死体の数々。まあ、生きている者もいるが、首から上を痛めつけてやった連中は大抵死んでいるだろう。
 瑠璃はといえば、俺の指定した位置から一歩たりとも動いていなかった。
 そこには血の一滴すらも飛び散ることはなく、綺麗なままの床が広がっていた。

「……な、なんというすさまじさ。我輩の部下をこうもあさりと蹴散らしてしまうとは」

 うめき声を上げている軍人を拾い上げ、ぶつくさと呟いたかと思えば、みるみる内に出血が止まり始めていた。治療でもしているのだろうか。

「どうか頼む。その力を貸してくれないか? 戦争さえ終われば、元の世界に戻すと約束を誓う」

 王はひざまずき、俺に願う。
 そこまでに切迫詰まっている状況ということなのだろう。だが、俺には関係ないことだ。

「しつこい! 何べんも言わせるな」

 鎖鎌を投擲し、ひざまずいた王の頬を斬る。
 俺たちに残されている時間はないのだ。こうして、押し問答を繰り広げている時間でさえも、惜しいというのに。

「君たちにも事情はあるかもしれないが、我輩とて、この国を守らなければならない。王としての責務があるのだ」
「じゃあ、俺たちに頼らずお前の力だけで何とかするんだな」

 王を名乗っておきながら、見ず知らずの他人の力にすがるのは、果たして正しいのかどうか。部下共は勘違いで俺と殺し合ったぐらいだ。協力関係が結べるかどうかも怪しいところだろうに。
 なりふり構っていられない。と言ったところか。

「……かくなる上は、力づくでしたがてもらうしかないのか」

 立ち上がった王の目には、覚悟が宿っていた。
 空間が裂け、そこに無造作に手を突っ込む。
 召喚魔法だ。あの裂けた空間は、限定的に現実世界と繋がっている。アレの人を召喚させる魔法があるはずだ。その際に空間内に飛び込めば、元の世界に戻れる寸法だ。
 王が空間から引き抜いた手には、一本の日本刀があった。
 立派な鞘から抜き放ち、輝ける鋭利な刃が姿を見せる。刀には詳しくないが、業物の類であろうことは何となく感じた。

「これは異世界に存在するソード。知ているだろう?」
「……日本刀だな」
「に、ニホントウ? 異世界ソードとどう違うのだ?」

 異世界にある刀剣類の武器は、王からすれば同じという認識になっているのだろうか。

「……いや、好きに呼べばいい」

 俺自身もあまり武器の細かい機能や種類などは把握しているわけではないから、訂正をする気は起きなかった。
 朽月は使える物なら、何でも武器にする。いちいち名称や使い方なんか覚えてはいなかった。

「異世界ソード単品でみても、素晴らしいものだが。我輩の力を使えば、こんな扱い方も出来るのだ」

 王が念じた瞬間――日本刀が発火した。
 炎属性の魔法だ。武器に魔法の力を付与させているのか。
 揺らめく炎を纏った日本刀を王が一振りすれば、床が出血するかのように炎上した。

「――! 瑠璃!」

 瑠璃の悲鳴が聞こえ、駆け寄りたい気持ちがあったが、炎に遮られて叶わなかった。

「……兄さん! どこ!? 大丈夫なの?」

 弱弱しい声を張り裂けんばかりに吐き出す瑠璃。むせて零れた咳の方がなお、はっきりと聞こえてくる。

「お前……調子に乗るなよ」
「あの娘に危害を加える気はないよ。ただ、この戦いは、我輩と君との一対一で片を付けたいと思ているだけなのだよ」
「……そうか。なら、約束しろ。俺が勝てば、大人しく瑠璃と一緒に元の世界に戻せ」
「いいだろう。その代り、我輩が勝てば、戦争に協力してもらうよ」

 決まりだ。俺と異世界の王の間で交わした一つの口約束。

 俺は瑠璃の命運を握って戦う。
 王は自国の命運を握って戦う。

 負ければ大切なものを失くしてしまう。
 俺が勝てば、たった一人の命が延命し、代わりに国が滅びる。
 王が勝てば、国は戦う力を手に入れ、代わりに一人の命が死ぬ。
 ――この一戦で決まる。

「さぁ、覚悟しろ――!!」

 日本刀が火を噴き、まずは王が戦場を支配する。
 出鱈目に振り回される日本刀から、炎があちこちに這いずり回る。
 うかつに近づけば丸焼きだ。しばらくは敵のペースに乗って、出方を窺がっていくべきだろう。
 だがしかし、部屋の至る所から火の手があり、次第に逃げ場がなくなってくる。

「どうだ! 我輩の剣捌きの前では手も足も出まい」

 剣捌きと言えるほどのものはない。纏っている炎が厄介なだけだ。それを恐れていると勘違いしているのは、妙に腹立たしかった。
 しかしそれと引き換えに、俺はある一つのことに気づいた。
 王は日本刀の扱い方がまるでなっていない。
 まるでガキ大将が鉄塊を振り回しているかのような乱雑さ。
 わざわざ俺たちの世界の武器を使わなくとも、魔法だけで戦えばいいのではないか。と疑問も湧いてくる。
 これなら、簡単に決着を付けれそうだ。
 とはいえ、やはり近づくのは得策ではないことだろうし、まずは鎖鎌を投擲してみるか。

「……無駄だ」

 王が振り回した日本刀が鎖鎌を弾く。
 そういう使い方も出来るのなら、炎を纏った日本刀というのも、まあ悪くはないか。……にしても、この雑な戦い方は非常にやりづらい。
 俺の方も今までとは違った戦法に変える必要があった。
 ボウイナイフを懐に収納して、王に向かって走り出す。
 重要視するべきは――タイミングだ。
 日本刀から派生する炎に直撃する、その刹那を狙う。果たして、王は目論見通りに日本刀を振った。

“無の境地”

 脳内を空っぽにし、迫る炎にたった一度の好機を使う。
 炎をワンステップで避け、そこからが始まりだ。

“無刀・散華”

 超高速による突貫攻撃であれば、炎に追いつかれることもなければ、日本刀を振る時間すらもない。
 何人たりとも予期することを許されない一撃は、認識すらも騙し通し、手ごたえは追って伝えられる。

「……が、ぐぅぅ……っ、何が起こた?」

 後ろでうめく王はわき腹を抑えてうずくまっていた。
 祖母から教わった体術による“散華”。手刀で叩きつけた一撃は、思った以上に深く決まっていたようで、持っていた日本刀も床に落とされている。
 これは……勝負あったようだな。
 ボウイナイフと鎖鎌をそれぞれ持ち、念のためにゆっくり王へと近づいていく。滲みよる俺に恐れをなしてか、王は焦った風に取り落とした日本刀を手にしていた。

「残念だたな。まだ、武器を握れるぞ」

 握れるのではない。握らしてやっている。
 ある程度の力は残しておいてもらわないと、俺たちが困る。王にはまだ、召喚魔法を使って俺たちを戻す役割があるからな。
 一歩、また一歩とじりじりと王に近づく。
 王はいまだ戦う気力だけは衰えていない様子で、いつ反撃するかも分からんと警戒していた時のことだった。
 不意に日本刀に纏わりついていた炎が消え去り、次の瞬間には煌めいた。
 反応が早かったのは、経験がものを言わせたのか。煌めくと同時に危機感を察知し、疾くその場から退いた。
 ――轟という響き。――爆という衝撃。
 事が終わった後に発生した余波とも言える、至上の一撃。
 線状に紡がれた雷が疾走し、天上を直撃して瓦礫が雨の如く降り注ぐ。
 幸いにも俺の頭上に落ちるような心配はないが、瑠璃との間に瓦礫が積もってしまったことが気にかかった。だが、考えようによっては、これはこれで返って都合が良かったかもしれない。山積みの瓦礫が防壁のような役割を持ち、瑠璃には危害が及ぶようなことはないだろうと安心できるからだ。
 それよりも、俺は目の前のことに集中しなければならない。
 王が持っている日本刀は帯電していた。そこから、大気に亀裂を走らせるかのようにして、雷が迸っていったのだ。
 冗談じゃない。あんなもの、普通の人間が受け止めきれるような代物ではない。
 王はしたり顔を見せ、日本刀を振り回す。派生する雷を眼でよく捉えて、確実に躱してやる。それはいいのだが、自分側に有利と見て取った王は、調子に乗って次々と攻撃してくる。
 天上が砕け、床が砕け、壁が砕け、文字通り瓦礫の山が生み出されていく。
 俺はその散乱した瓦礫を王に向けて思い切り蹴飛ばしてやった。
 瓦礫と雷がぶつかり合い、粉々になって破片が散らばる。……丁度いい武器が見つかったな。とぼんやり頭に浮かんだ。

「小癪な……!」

 自分の有利性が脅かされた王は、それでも雷を放ってくる。俺はそれを躱しざまに瓦礫を蹴り飛ばす。その最中、いくつか手の中にも瓦礫を忍び込ませておいた。
 結局のところ、こちら側にも攻撃の手段を得られたとは言っても、雷によって相殺されてしまう。それでは意味がない。攻撃は当ててこそだろう。
 手にした瓦礫を握りしめ、王は帯電した日本刀を構える。
 俺に当てるのが先か。王に当たるのが先か。まあ、やってみれば結果は出る。
 ボウイナイフは現状、必要ない。武器ならそこらへんに山ほど積み上がっている。
 速度に自信がある俺は、連発してくる雷を避けながら、王への攻撃を窺がう。
 チャンスは日本刀を振った後だ。そこからもう一度振るまでの間に、少しばかりの時間がある。そこを狙って、瓦礫を投げつける。
 だがしかし、距離が空き過ぎていれば、姿勢を戻した王は日本刀を防いでくる。
 瓦礫を蹴り飛ばしたりして、着実に距離を詰めていくしかなかった。

「ええい! ちょこまかと! これならば、どうだ!」

 それは、まったく予想していなかった打開策だった。
 日本刀が急に放電し、辺り一面に雷が迸る。

「――!」

 幾重に広がる雷を一本一本見極め、瓦礫の山へと身を滑りこませてやり過ごし、完全に攻撃が止んだことを確認して、顔を覗かせてみた。
 放電した影響なのかどうか知らんが、日本刀には薄い靄のようなものがかかっていた。
 出るなら今かと思い、山から飛び出して、瓦礫を蹴り飛ばす。

「……そこか!」

 俺はどうやら勘違いをしてしまっていたのだと思い知らされた。
 王が日本刀を振り、涼し気な風を感じた瞬間に、床が凍り付いていたのだ。
 俺が放電の影響なんて勘違いしていた靄のような現象は、おそらく冷気を纏っていたのだろう。よく観察してみれば、日本刀に水滴が張り付いてすらいた。
 炎、雷ときて、氷ときたか。さすがは王を名乗るだけある。使う魔法の種類もそこらの雑魚とは比べものにもならない。雷よりはマシ……か。いや、そうでもないか。むしろ、悪化したとも取れなくはない。地面が凍り付いてしまっては、思うようにも動き回れやしない。それは相手も同じ条件ではあるのだが、比率的に言えば俺の方が動く。やや、不利と言ったところか。さっさと決着を付けなければならなくなってきた。

「そろそろ終わりにしようか」
「Oh……ついに降参してくれるのだな?」

 どこをどう受け止めれば、そう都合のいい解釈ができるのだ? こいつは。

「すぐに終わらせてやるよ」

 武器の調達でもしようかと、次の瓦礫の山へと移動しようとしたが、王が先手を打ってきた。

「もう、その手は喰わないぞ」

 瓦礫の山を氷漬けにし、得意満面にほざく王。

「……そうでもないだろ」

 鎖鎌の分銅が付いている方で氷漬けとなった瓦礫を砕き、氷を蹴飛ばしてやった。

「Oh……! その手があったか!」

 正真正銘の馬鹿だと思った。こんな奴が王を名乗ってもいいのか? だから、戦争なんて仕掛けれられたんじゃないかと勘ぐってしまった。
 そんなどうでもいいことが頭によぎっていた時、例の涼し気な風が頬に張り付いた。
 ――冷気だ。判断と共にその場から跳び退くと床が凍り付く。
 厄介な攻撃だな。炎や雷の場合は目に見えていたが、冷気は肌で感じるしか避ける手段がない。おまけに範囲も分からない。風の吹かない位置を通れと言われているようなものだ。当然、そんなこと事前に察知することなんか出来るわけがない。察知してから、避けるしかない。気の迷いが命取りとなるかもしれなかった。

「異世界人は逃げるのが上手いのだな」

 言いたい奴には言わせておけばいい。返り討ちに合わせてやる。
 考えろ。冷気の攻撃を凌ぐ方法を――。このままでは、床中が滑ってまともに近づくことすら敵わなくなってくる。
 考えたところでまるで手段が思いつかない。武器に使っていた瓦礫も氷漬けにされ、かと言っていちいち氷を砕いて使う時間も勿体ない。
 そもそも目に見えない冷気を潜り抜ける方法なんてあるのか? 考えるだけ無駄じゃないのか? そう思った時、天啓がひらめいた。
 考えても意味がないのなら、考えなければいい。
 そう――無心になればいいだけのことだったのだ。
 なぜ、それが出て来なかったのだろう。無心になって、朽月の秘義“散華”を使えばいい。目に見えない技には、同じ技で挑むしかない。目には目を歯には歯を。――これしかない。

“無の境地”

 一切の感覚を掻き消し、自然と一つになる。
 肌で受け止めていた冷気は、いまや感じることも止めてしまっている。
 無音、無風の寂滅した世界。
 そこに投じる一つの意志。
 駆け抜ける速度もまた、無音、無風。

“無刀・散華”

 技を発動させた事実だけを真っ先に告げる超高速の一撃。
 結果はどうであれ、使用者に追随してくる感覚はすぐに蘇らず、僅かの余韻に浸る。続いて伴ったのは、寒気だった。

 身体を見てみれば、腕、足、胴体が部分的に凍っていた。俺の受けた傷痕はその程度のものだった。
 王はどうなったのか。それを知りたくて、俺は後ろではなく、前を見た。
 音を立てて崩れていく瓦礫の山からフラフラと這い出て、足をもつれさせて転げる王。まともに歩くこともままならず、そのまま瓦礫をベッド代わりにして倒れ込んでいた。
“無刀・散華”で俺がやったことは、祖母から受けた蹴り技だった。アレを見様見真似を成功させた。しかし、俺もこの様だ。果たして成功できたのかどうかも怪しくはある。

「俺の……勝ちだな」

 疲れた。勝利の美酒に酔ってなんていられないな。

「に、兄さん……! だいじょう――きゃ……っ!」

 瓦礫をよじ登って、降りてきたのは瑠璃だった。足場も悪いこともあって、滑り落ちてきてしまっていたが、どうやら無事でいてくれたらしい。勝った喜びなんかより、瑠璃の姿を一目見られたことの方に嬉しさが勝っている。
 さっき滑り落ちたせいか、足から血を流している。そのせいで、妙に危なっかしい足取りで瑠璃は俺に駆け寄ってきてくれた。

「大丈夫? 兄さん」
「俺よりも瑠璃の方こそ大丈夫か」

 怪我を負った足を恥ずかしそうに隠す瑠璃。

「み、見てたの?」
「まあ、な。声を掛けられたものだから」
「~~~……っ! あ、あんな恥ずかしいことは忘れて!」
「あ、ああ。見なかったことにしておくよ」

 頬の火照りは、羞恥心からきているのか、体調の悪さからきているのか。まあ、何も言わないでおくか。

「ちょ、ちょっと兄さん。どうしたの? その……えっと、氷?」
「これか?」

 腕に張り付いた氷を見せてやる。

「え? なんで? 凍ってるの? 何があったのよ」

 現場を見ていなければ、そういうリアクションにもなるだろうな。

「ひゃ……! もう、兄さん。何するのよ」
「いや、こうすれば涼しくならないかなと思ってだな」

 凍り付いた腕を瑠璃の火照った頬にくっ付けてやったら、えらく驚かれた。

「熱も下がるかもしれないぞ」
「話し逸らさないでよ……」

 何があったのかなんて、わざわざ話す必要はないだろう。ただ、勝ったという結果さえ伝わればそれでいい。

「O……Oh。これが異世界人の力か。我輩の完敗、のようだな」

 ゾンビみたいな足取りで気持ち悪く歩いてくる王。瑠璃とは大違いだな。

「約束は守ってもらうぞ」
「分かてるよ。約束通り、君たちを元の世界に戻そう」

 その一言で瑠璃の顔には、喜色が浮かび、それがまた格別にいい笑顔だった。やっと、報われる時がきたんだ。
 まるで、それを讃えるかのように眩しい日差しが天井からこぼれ出してきた。異世界の雨もようやく降りやんだらしい。

「O……Ohhhhhh……なんてことだ……」

 反対に異世界の王は恐ろしいものでも見たような、頭を抱えて見るに堪えない無様な表情をしていた。

「鬱陶しいな。どうした」

 変貌ぶりから何事か起こったのだと推測でき、嫌な予感が走る。俺たちを元の世界に戻す。それとは、おそらく別件の何かがあったのだろう。

「……戦争が開幕する」

 城壁に激しい衝突音が響いたのは、その直後のことだった。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く