標識上のユートピア
二十話
外の空気は冷たく、ただれた顔には心地がよかった。左目で見る景色は明らかに夕方だった。
脳裏にある記憶が蘇る。岸本を殺したのも、今と同じくらいの時間帯だった。
夕焼けに同化するように、フェンスの前に誰かが佇んでいる。赤いパーカーが視界の片鱗に映った。あちらもおれに気付いているはずだが、アクションはなかった。気持ちが悪いくらいに大人しかった。
その傍らには、大きな水溜まりができていた。雨なんか降ってないはずなのに。
「凛奈は?」
パーカーに尋ねる。そいつはおれに背を向けたまま、ある場所を指した。
貯水タンクだ。わざわざ前に回り込む必要はない。直接見なくても分かった。
限りなく黒に近い、チャコールグレーの影が、地面の中で佇立している。
影の主は貯水タンクにもたれかかっているらしかった。手足をだらりと放り出し、首は左に傾いている。肩からはフードが覗いていた。
夕日に照らされ、地面は赤橙色に染まり、影との対比を生み出していた。
「凛奈?」
影を凝視したまま、呼び掛ける。返事はなかった。
自然とパーカー付近の水溜まりに視線が移った。それが水溜まりではなく、血だまりであることに気付く。あまりにも自然に地面に溶け込んでいたのだ。
ことん、と軽い音がした。自分の手から木刀が滑り落ちたのだ。
「凛奈」 
影はピクリとも動かなかった。
影越しにしか話せないなんて、あまりにも悲しい。直接凛奈の顔を見たい。貯水タンクの前に回り込もうと思ったが、強固に全身が動こうとしない。
パーカーが近くに来たが、逃げようという気にも、抵抗しようという気にもならなかった。
「違う」
パーカーが声を発したが、そんなことはどうでもよかった。
せっかく凛奈と再会できたのに、彼女の顔を直視できない。どうしてなのかよく分からなかった。
「違う」
またパーカーが言った。おれにはもう、そこに隠されている感情を読み取ることはできなかった。
「凛奈」
「もういい」
「凛奈」
「止めてくれ」
「凛奈」
「止めろ」
うるさい。凛奈に話しかけているのに、何でお前が返事をするんだ。
「……お前のせいだ」
無視されたのが気に触ったらしく、パーカーの声色が変わった。
その手元が、鋭く光る。
おれは、少しだけ手を伸ばした。木製のものに触れ、それを強く握りしめる。
次の瞬間、おれとパーカーは、同時に互いを殺しにかかっていた。
脳裏にある記憶が蘇る。岸本を殺したのも、今と同じくらいの時間帯だった。
夕焼けに同化するように、フェンスの前に誰かが佇んでいる。赤いパーカーが視界の片鱗に映った。あちらもおれに気付いているはずだが、アクションはなかった。気持ちが悪いくらいに大人しかった。
その傍らには、大きな水溜まりができていた。雨なんか降ってないはずなのに。
「凛奈は?」
パーカーに尋ねる。そいつはおれに背を向けたまま、ある場所を指した。
貯水タンクだ。わざわざ前に回り込む必要はない。直接見なくても分かった。
限りなく黒に近い、チャコールグレーの影が、地面の中で佇立している。
影の主は貯水タンクにもたれかかっているらしかった。手足をだらりと放り出し、首は左に傾いている。肩からはフードが覗いていた。
夕日に照らされ、地面は赤橙色に染まり、影との対比を生み出していた。
「凛奈?」
影を凝視したまま、呼び掛ける。返事はなかった。
自然とパーカー付近の水溜まりに視線が移った。それが水溜まりではなく、血だまりであることに気付く。あまりにも自然に地面に溶け込んでいたのだ。
ことん、と軽い音がした。自分の手から木刀が滑り落ちたのだ。
「凛奈」 
影はピクリとも動かなかった。
影越しにしか話せないなんて、あまりにも悲しい。直接凛奈の顔を見たい。貯水タンクの前に回り込もうと思ったが、強固に全身が動こうとしない。
パーカーが近くに来たが、逃げようという気にも、抵抗しようという気にもならなかった。
「違う」
パーカーが声を発したが、そんなことはどうでもよかった。
せっかく凛奈と再会できたのに、彼女の顔を直視できない。どうしてなのかよく分からなかった。
「違う」
またパーカーが言った。おれにはもう、そこに隠されている感情を読み取ることはできなかった。
「凛奈」
「もういい」
「凛奈」
「止めてくれ」
「凛奈」
「止めろ」
うるさい。凛奈に話しかけているのに、何でお前が返事をするんだ。
「……お前のせいだ」
無視されたのが気に触ったらしく、パーカーの声色が変わった。
その手元が、鋭く光る。
おれは、少しだけ手を伸ばした。木製のものに触れ、それを強く握りしめる。
次の瞬間、おれとパーカーは、同時に互いを殺しにかかっていた。
「標識上のユートピア」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
導く音《みちびくねいろ》
-
6
-
-
何もしてないのに異世界魔王になれて、勇者に討伐されたので日本に帰ってきました
-
3
-
-
ショートストーリーあれこれ
-
3
-
-
破滅の華が散る日まで
-
3
-
-
Fictionalizerのトリニティ
-
3
-
-
私だけの世界
-
4
-
-
悪の組織は少女だらけでした。
-
4
-
-
前世は、女なのに、今世は、男?!なんでやねん!!
-
23
-
-
かわいい吸血鬼メイドがきたので、ハーレム生活を始めようとしたら、却下されました。
-
12
-
-
空薬莢は朱い花と共に
-
6
-
-
勇者な俺は魔族な件
-
105
-
-
魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -
-
30
-
-
家族に愛されすぎて困ってます!
-
550
-
-
生意気な義弟ができました。
-
151
-
-
作者の没スキル集
-
7
-
-
讐志~SHUSHI~
-
6
-
-
転生したら一般村人が確約されているはずがまさかの最強龍王だった!?
-
4
-
-
最高の未来へ
-
0
-
-
一人暮らし
-
10
-
コメント