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標識上のユートピア

玉子炒め

十五話

 天候が悪く、校庭の砂はじっとりと濡れて、一面薄汚い鼠色に見えた。
凛奈は来てくれるだろうか。
一抹の不安がよぎるが、強引にかき消す。
むしろ凛奈は来ない方がいいのだ。アルバイトをするか、別のどこかにいた方がよっぽどましに違いない。
しかし、心のどこかでは別の直感がおれに訴えかけてくる。
凛奈は来なければならない、と。
どちらの予感に従えばいいのか分からなかった。
校舎に入る。赤いパーカーが見えないことで少し安心したが、油断は禁物だ。
鉄パイプを肩に担ぎ、旧校舎に向かう。いつもの教室に作品が展示されているはずだ。
パイプを背中に隠し、ドアを開ける。いつもと代わり映えのない風景だった。違う部分といえば、おれが描いた絵と岸本の未完の作品が綺麗に飾られていることである。
そして、一人の少女がいることだ。
「……凛奈」
 肖像画の前にいる少女に声をかける。彼女は振り向いた。ほんの一瞬、その顔が寂しそうに歪んだのは気のせいだろうか。
「翼、約束通りに来たよ」
 凛奈は朗らかに微笑んだ。穴を穿つような寂寥感など、もう微塵も感じられなかった。昨日のいざこざの影響すらも。
彼女は事を荒立てないのが上手い。自分の感情を胸に秘めておくのが上手いのだ。それが負の感情だったとしても。
「作品はどう?凛奈を意識して描いてみたんだけれど」 
 侘しさを堪えるようにして尋ねる。
凛奈はん、と軽くうなずいた。
「いい感じ」
 想定外に薄いリアクションだった。もうちょっと喜んでもよさそうなのに。
「お前、なんだかいじけてないか?」
「だって、私よりもあの人に似てるんだもん。ほら、バイトのビラに写真貼ってある人。捜索中の……神崎さんとかいったかな」 
 神崎。下の名前は東華だったかな。確かにビラにあった名前だが、それ以前にも面識があるような……。思い出そうとするが、頭がぼんやりしていてできなかった。
顔写真もよく見なかったが、凛奈が言うならきっと絵の少女とも似ているのだろう。
「ま、気のせいだろ」 
 苦笑いしながらたしなめるが、内心嬉しかった。凛奈のこういうところが好きだ。
「ならいいんだけれど。にしても、やっぱり翼の作品、大好きだな。私は絵に疎いけれど、翼の絵を見てると安心するんだ」 
 機嫌を直してくれたらしい。彼女は、なによりも嬉しい賛美をおれに送ってくれた。頑張って描いた甲斐があったというものだ。
不安定な心がほだされる。 
おれが油断するタイミングを狙っていたのだろうか。凛奈と廊下に出た時、最大の鬼胎が音となっておれに襲いかかってきた。
 
 
  
 
突如として鳴り響く、けたたましい警報。 
 
 
 
 
凛奈が強くおれの手を握りしめる。
しなやかな指は小刻みに震えていた。
彼女の怯えを察知し、強くその手を握り返す。
「大丈夫。おれが必ず守るから」
 自分でも不思議なほどに落ち着き払っていた。初めて頭が研ぎ澄まされ、胸の中が震える。武者震いというヤツだと直感的に分かった。
背中からパイプを取り出し、宣戦布告をするように片手で構える。
 
来るがいい、パーカーめ。凛奈だけは殺させない。

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