勇者が救世主って誰が決めた
84_対処と牛歩と愚痴と我慢
唸りを上げて振り抜かれた片刃斧が、真正面から飛び掛かって来た小さな獣を砕き、吹き飛ばす。
斧を振り抜き無防備となった横合いから矢の如き速度で飛来した獣を……魔力を纏う少女の拳が打ち据える。
「む……済まん、アーネ」
「いえ! これくらい!」
言葉を交わしながらも二つ三つと刃を振るう大男であったが、それでも打ち落とし切れずに衝撃が彼を襲う。
一撃の威力には自信があるアンヘリノであったが、周囲を跳び回る小さな標的――しかもそれが圧倒的多数とあっては――さすがに少々骨が折れる。
テオドラの魔力符による運動補佐を以てしても、相性の悪さは拭い切れないようだった。
「乱れ翔べ、嵐よ………風弾、在れ!」
「ナイスショット! ……おらァッ!」
一匹一匹、悠長に誘導刻印など打ってられない。威力は劣るものの手数に優れる――圧縮高気圧の弾丸を乱れ撃ち、牽制に専念するカルメロ。片手に弓を提げ、しかしながら矢を握ることなく……彼は魔力を練り続け、飛来する獣たちを立て続けに撃ち落とす。
地に墜ちたものの未だ息のある個体は、テオドラの細剣が的確に仕留めていく。そんな彼目掛け跳んで来る獣は細剣の護拳で殴り飛ばされ、あるいは左手に握られた短剣で迎え撃たれていく。
いずれの剣も淡く魔力を纏っており、そのためか随分と荒っぽい扱いを受けていた。
膝を曲げ伸ばししていちにーいちにーと準備運動に勤しんでいた白い少女は、名実共に狩人と化した猛禽達へ魔力を注ぐ術者を護衛するべく奮闘していた。
両手持ちで構えた勇者の剣であったものを――握りには余すところなく鞣革が巻かれ、更に鞘の全てを古大蛇の鱗に覆われ、ダメ押しとばかりに鍔の部分を襤褸布のような粗皮で飾られ……白地の露出が皆無となった長物を――棍棒代りにぶんぶん振りまわし、果敢に応戦していた。
武器だけを見てみれば、もはや完全に蛮族のそれであった。
「まーろんそ、まもる。まかせて」
「………助かります。チェス、ピェシ、プルナ。……行け」
向かってくる敵影を的確に叩き落としつつ、鼻息荒くノートが張り切る。その傍らから『待ってました』とばかりに三つの影が飛び出し、縦横無尽に暴れ回る。
小柄な獣が大柄な猛禽たちに襲われ、鋭利な嘴で抉られ絶命する。鋭く長い爪が獣の喉元に突き立ち、脱力した小さな獣が投げ棄てられる。
術者の魔力と守りを得て、猛禽達は勇猛果敢に標的を狩りに掛かる。耐衝撃防護をも施された彼らは、渾身の体当たりを受けても尚宙に留まり……熟練の戦士もかくやという手際で任を全うする。
木々も疎らになり、ごつごつした岩肌と切り立った崖ばかりが目に入るようになって……暫し。
彼等が会敵し、既に少なくない時間が経過していた。
今や一行は、魔物の群れ――いや最早群れと呼ぶのも生易しい――翔栗鼠柱による洗礼を受けていた。
戦況は膠着状態と言ってもいいものか、何一つ進展しないまま時間だけが経過し……今に至る。
翔栗鼠、その単体としては……はっきり言って弱い……小柄な魔物である。
身の丈は八十㎝程。そのおよそ半分を占めるふさふさした尻尾には、豊富な魔力が蓄えられている。その魔力で強化された足回りを活かして周囲の地形を駆け回り、弾丸の如き体当たりで攻撃を仕掛けてくる。
体当たりと言っても鋼鉄や岩石を砕けるようなものではなく、せいぜい一般的な成人男性の殴打程度。痛くないわけでは無いが、我慢出来ない程ではない。
単体では、その程度。
さしたる苦労もなく、あっさりと下せるだろう。
だが翔栗鼠の真骨頂にして……真の恐怖。
それは奴等の種族特性、『伝える』『繋がる』『伝播する』ことに長けた魔力器官により……『交互に意思疏通を行う巨大な群体と化す』という点であった。
「……これで何匹だ!?」
「十以上であることは確かだな!!」
「だな!! アホか!!」
ヴァルター達と、ほんの数歩先で立ち回りを繰り広げる獣人部隊。彼らの周囲では現在夥しい数の翔栗鼠が……文字通り跳び回っていた。
足元の地面を、散在する岩を、点在する樹木を、傍らの壁を、ありとあらゆる地形を足場に目にも留まらぬ身軽さで駆け……それらを足掛かりにして四方八方から飛び掛かってくる魔物、翔栗鼠の群れ。
鋭い牙や爪は持たないため、表層硬化で守りを固めれば怪我を負う危険は少ないが……さすがに数が多すぎる。
「百は行ったかな!!」
「多分な!!」
「あとどれくらいだ!?」
「見て分かれ!!」
周囲どの方向に目を向けても数十の単位で視界に入るくらいには……まるで雲霞の如く犇めき駆け回っているのだ。
上空高くまで飛ぶことが無いのがせめてもの救いであろうか。上空のシアからもたらされる援護射撃と周囲の鳥瞰像にげんなりしつつ、ネリーは対策を考える。
ヴァルター達の現在地は、山の中腹に差し掛かる程度。翔栗鼠の密度は標高が上がるごとに増していき、単純に考えれば山頂付近に奴らの本丸があると見て間違いなさそうだ。その想像を裏付けするかのように、上空からの視界では進行方向――このまま暫く進んだ先に、ひときわ大きな群れの姿が見て取れる。
そしうして更なる情報を得ようと、大規模な群れに焦点を合わせ探るうちに……それの存在に気が付いた。
進行方向やや右手。このまま昇っていく山道からほんの少し脇に逸れた……大岩を二つほど挟んだ位置。
砂礫に覆われた地面にあって、微かな違和感を放つそれは。
上向きに開く扉のようにも……地下へと続く入口のようにも見える。
「おいおいおい……おいヴァル! 何か変なのあんぞ!!」
「変ってどの程度だ! お前の趣向以上にか!?」
「テメェ後でブン殴るからな!! お嬢は渡さねェ!!」
「いいから早くやれ!! わかったから!!」
互いに罵声を浴びせ合いつつも……ネリーの意図するところを察したヴァルター。
彼の快い後押しを得て、ネリーとシアは早速行動を開始した。
「シア! おいで!!」
「ぴゅーい!!」
術者と従者、種族は違えど深い繋がりを持つ二人。
彼女らが取ろうとしている手段は……『奥の手』と言う程ではないが、それでもなかなかの大技。効果は高いがその分魔力の消耗も激しく、長丁場が予想される場面での起用は……賢明とは言い難い。
しかしながら……自分たち以外の七人、彼等の体力・魔力を温存できるのなら。
自分たち二人の消耗と、彼ら七人の温存を秤に懸けるならば。
悪い話では無いと思う。
加えて、とりあえずの光明は見えた。
やはりあれは……おそらく、扉だ。
つまりはあの中ならば………この厄介な雨風も凌げるだろう。
「我が意を、繋げ。響かせ、届け。
拓け、拓け。力よ、注げ」
「ぴーぴー、ぴゅいっぴゅ。ぴちちち、ぴゅっぴぴ。
ぴゅーい、ぴゅーい。きゅぴぴぴ、ぴぴぴゅぴ」
自らの半身とも言える者との、信頼と親愛の証……精神回廊を繋ぐ。
風と風が行き交い、ただでさえ相性の良かった二人の魔力が馴染み、交わり、殊更に力強さを増していく。
詠唱単位が二つになることで詠唱工程が最適化され、互いの精神の内さえ共振した二人の魔力はそれぞれが全く無駄のない軌跡を描き……単独詠唱とは比べ物にならない程の速度・密度で三次元魔方陣が紡がれていく。
十二分に練り上げ紡がれた魔力は立体魔方陣を介し、ついに現実に干渉し始め……
提示された現象――複雑大規模な『魔法』を、発現させる。
「奮え、奮え。風よ奮え。
告げるは、『拒絶』。護りよ、此処へ」
「ぴゅいぴゅい、ぴゅいぴゅい。ちちちち、ぴゅいぴゅい。
ぴゅぴきゅい、ぴぴぴゅち。ぴゆぴゆ、ぴーぴゅ」
二人を中心として……九人のさらに外側を大気が渦巻き、
流れ、荒れ、そして暴れ。ついには風の『壁』が具現する。
「「連弾・暴風結界……在れ」」
号令とともに。腹底に響くほどに重々しい大気の唸り声とともに。
内と外。ありとあらゆるものの往来を、完全に遮断するかの如く。
周囲八方を吹き廻す、ただただひたすら分厚く猛々しい暴風の壁が姿を現し……
尚も果敢に……無謀にも飛び掛からんとする翔栗鼠。奴らに触れる端から打ち払い、巻き込み、巻き上げ、
そして盛大に吹き飛ばしていった。
斧を振り抜き無防備となった横合いから矢の如き速度で飛来した獣を……魔力を纏う少女の拳が打ち据える。
「む……済まん、アーネ」
「いえ! これくらい!」
言葉を交わしながらも二つ三つと刃を振るう大男であったが、それでも打ち落とし切れずに衝撃が彼を襲う。
一撃の威力には自信があるアンヘリノであったが、周囲を跳び回る小さな標的――しかもそれが圧倒的多数とあっては――さすがに少々骨が折れる。
テオドラの魔力符による運動補佐を以てしても、相性の悪さは拭い切れないようだった。
「乱れ翔べ、嵐よ………風弾、在れ!」
「ナイスショット! ……おらァッ!」
一匹一匹、悠長に誘導刻印など打ってられない。威力は劣るものの手数に優れる――圧縮高気圧の弾丸を乱れ撃ち、牽制に専念するカルメロ。片手に弓を提げ、しかしながら矢を握ることなく……彼は魔力を練り続け、飛来する獣たちを立て続けに撃ち落とす。
地に墜ちたものの未だ息のある個体は、テオドラの細剣が的確に仕留めていく。そんな彼目掛け跳んで来る獣は細剣の護拳で殴り飛ばされ、あるいは左手に握られた短剣で迎え撃たれていく。
いずれの剣も淡く魔力を纏っており、そのためか随分と荒っぽい扱いを受けていた。
膝を曲げ伸ばししていちにーいちにーと準備運動に勤しんでいた白い少女は、名実共に狩人と化した猛禽達へ魔力を注ぐ術者を護衛するべく奮闘していた。
両手持ちで構えた勇者の剣であったものを――握りには余すところなく鞣革が巻かれ、更に鞘の全てを古大蛇の鱗に覆われ、ダメ押しとばかりに鍔の部分を襤褸布のような粗皮で飾られ……白地の露出が皆無となった長物を――棍棒代りにぶんぶん振りまわし、果敢に応戦していた。
武器だけを見てみれば、もはや完全に蛮族のそれであった。
「まーろんそ、まもる。まかせて」
「………助かります。チェス、ピェシ、プルナ。……行け」
向かってくる敵影を的確に叩き落としつつ、鼻息荒くノートが張り切る。その傍らから『待ってました』とばかりに三つの影が飛び出し、縦横無尽に暴れ回る。
小柄な獣が大柄な猛禽たちに襲われ、鋭利な嘴で抉られ絶命する。鋭く長い爪が獣の喉元に突き立ち、脱力した小さな獣が投げ棄てられる。
術者の魔力と守りを得て、猛禽達は勇猛果敢に標的を狩りに掛かる。耐衝撃防護をも施された彼らは、渾身の体当たりを受けても尚宙に留まり……熟練の戦士もかくやという手際で任を全うする。
木々も疎らになり、ごつごつした岩肌と切り立った崖ばかりが目に入るようになって……暫し。
彼等が会敵し、既に少なくない時間が経過していた。
今や一行は、魔物の群れ――いや最早群れと呼ぶのも生易しい――翔栗鼠柱による洗礼を受けていた。
戦況は膠着状態と言ってもいいものか、何一つ進展しないまま時間だけが経過し……今に至る。
翔栗鼠、その単体としては……はっきり言って弱い……小柄な魔物である。
身の丈は八十㎝程。そのおよそ半分を占めるふさふさした尻尾には、豊富な魔力が蓄えられている。その魔力で強化された足回りを活かして周囲の地形を駆け回り、弾丸の如き体当たりで攻撃を仕掛けてくる。
体当たりと言っても鋼鉄や岩石を砕けるようなものではなく、せいぜい一般的な成人男性の殴打程度。痛くないわけでは無いが、我慢出来ない程ではない。
単体では、その程度。
さしたる苦労もなく、あっさりと下せるだろう。
だが翔栗鼠の真骨頂にして……真の恐怖。
それは奴等の種族特性、『伝える』『繋がる』『伝播する』ことに長けた魔力器官により……『交互に意思疏通を行う巨大な群体と化す』という点であった。
「……これで何匹だ!?」
「十以上であることは確かだな!!」
「だな!! アホか!!」
ヴァルター達と、ほんの数歩先で立ち回りを繰り広げる獣人部隊。彼らの周囲では現在夥しい数の翔栗鼠が……文字通り跳び回っていた。
足元の地面を、散在する岩を、点在する樹木を、傍らの壁を、ありとあらゆる地形を足場に目にも留まらぬ身軽さで駆け……それらを足掛かりにして四方八方から飛び掛かってくる魔物、翔栗鼠の群れ。
鋭い牙や爪は持たないため、表層硬化で守りを固めれば怪我を負う危険は少ないが……さすがに数が多すぎる。
「百は行ったかな!!」
「多分な!!」
「あとどれくらいだ!?」
「見て分かれ!!」
周囲どの方向に目を向けても数十の単位で視界に入るくらいには……まるで雲霞の如く犇めき駆け回っているのだ。
上空高くまで飛ぶことが無いのがせめてもの救いであろうか。上空のシアからもたらされる援護射撃と周囲の鳥瞰像にげんなりしつつ、ネリーは対策を考える。
ヴァルター達の現在地は、山の中腹に差し掛かる程度。翔栗鼠の密度は標高が上がるごとに増していき、単純に考えれば山頂付近に奴らの本丸があると見て間違いなさそうだ。その想像を裏付けするかのように、上空からの視界では進行方向――このまま暫く進んだ先に、ひときわ大きな群れの姿が見て取れる。
そしうして更なる情報を得ようと、大規模な群れに焦点を合わせ探るうちに……それの存在に気が付いた。
進行方向やや右手。このまま昇っていく山道からほんの少し脇に逸れた……大岩を二つほど挟んだ位置。
砂礫に覆われた地面にあって、微かな違和感を放つそれは。
上向きに開く扉のようにも……地下へと続く入口のようにも見える。
「おいおいおい……おいヴァル! 何か変なのあんぞ!!」
「変ってどの程度だ! お前の趣向以上にか!?」
「テメェ後でブン殴るからな!! お嬢は渡さねェ!!」
「いいから早くやれ!! わかったから!!」
互いに罵声を浴びせ合いつつも……ネリーの意図するところを察したヴァルター。
彼の快い後押しを得て、ネリーとシアは早速行動を開始した。
「シア! おいで!!」
「ぴゅーい!!」
術者と従者、種族は違えど深い繋がりを持つ二人。
彼女らが取ろうとしている手段は……『奥の手』と言う程ではないが、それでもなかなかの大技。効果は高いがその分魔力の消耗も激しく、長丁場が予想される場面での起用は……賢明とは言い難い。
しかしながら……自分たち以外の七人、彼等の体力・魔力を温存できるのなら。
自分たち二人の消耗と、彼ら七人の温存を秤に懸けるならば。
悪い話では無いと思う。
加えて、とりあえずの光明は見えた。
やはりあれは……おそらく、扉だ。
つまりはあの中ならば………この厄介な雨風も凌げるだろう。
「我が意を、繋げ。響かせ、届け。
拓け、拓け。力よ、注げ」
「ぴーぴー、ぴゅいっぴゅ。ぴちちち、ぴゅっぴぴ。
ぴゅーい、ぴゅーい。きゅぴぴぴ、ぴぴぴゅぴ」
自らの半身とも言える者との、信頼と親愛の証……精神回廊を繋ぐ。
風と風が行き交い、ただでさえ相性の良かった二人の魔力が馴染み、交わり、殊更に力強さを増していく。
詠唱単位が二つになることで詠唱工程が最適化され、互いの精神の内さえ共振した二人の魔力はそれぞれが全く無駄のない軌跡を描き……単独詠唱とは比べ物にならない程の速度・密度で三次元魔方陣が紡がれていく。
十二分に練り上げ紡がれた魔力は立体魔方陣を介し、ついに現実に干渉し始め……
提示された現象――複雑大規模な『魔法』を、発現させる。
「奮え、奮え。風よ奮え。
告げるは、『拒絶』。護りよ、此処へ」
「ぴゅいぴゅい、ぴゅいぴゅい。ちちちち、ぴゅいぴゅい。
ぴゅぴきゅい、ぴぴぴゅち。ぴゆぴゆ、ぴーぴゅ」
二人を中心として……九人のさらに外側を大気が渦巻き、
流れ、荒れ、そして暴れ。ついには風の『壁』が具現する。
「「連弾・暴風結界……在れ」」
号令とともに。腹底に響くほどに重々しい大気の唸り声とともに。
内と外。ありとあらゆるものの往来を、完全に遮断するかの如く。
周囲八方を吹き廻す、ただただひたすら分厚く猛々しい暴風の壁が姿を現し……
尚も果敢に……無謀にも飛び掛からんとする翔栗鼠。奴らに触れる端から打ち払い、巻き込み、巻き上げ、
そして盛大に吹き飛ばしていった。
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