勇者が救世主って誰が決めた
76_依頼と褒美と勇者の朗報
「お疲れ様でございます。…………ありがとうございました……依頼人も喜ぶと思います」
「まーかせとけって。このテの収集は得意分野だ」
大繁殖した魔狼狗の駆除と、手当たり次第に搔き集めた植物素材の納品。どうやらネリーの目利きはなかなかのものだったらしく、持ち帰った植物素材の半分以上が収集依頼を出されていたものだった。
そうして無事に引き取られていった素材以外、残る半分弱の植物素材と魔狼狗の素材は帰りがけに商会へと持ち込み、その場で換金してしまう予定である。…ただし毛並みの良い一枚はネリーの私的な事情により確保されている。
「……ですが、本当に宜しいのですか? 相場の半値以下ですが…」
「いや…大丈夫だ。金が必要で請けた訳じゃないからな」
「さすが勇者サマ!! 素敵!!」
「茶化すなバ痛っテェ!!」
「………ありがとう、ございます」
ヴァルターの尻肉を捻り上げつつ……何事も無かったかのように報酬と子細報告書を受け取るネリー。
反応に困った様子で戸惑いを隠しきれない受付係員に背を向け、窓口を後にした。
とりあえずは、今日一日の稼ぎである。目玉となる駆除依頼と、収集依頼が八つ。しめて五万五千Gの報酬金を受け取った三人。尻をさすりながら…幾らか軽くなった大袋を背負ったヴァルターと、得意げな顔のネリー、そして大きな若草色の貫頭衣をすっぽり被った……『魔物』、人鳥。
…驚いたことに、普通の町では騒動は避けられないであろう事態――当然のように魔物が町を闊歩している状況であるにも関わらず、よく訓練されたアイナリー住民たちは『勇者一行』を当たり前のように受け容れていた。
人に害を為す『野良』との区別のため、ヒトに手出ししない子である証として貫頭衣を纏ったシアは…勇者一行の一員として、アイナリーの街に認知されていたのであった。
報酬を受け取り、ほくほく顔で庁舎を後にするネリー達三人。五万五千…三人で分けたとしても一万八千あまり。一日分の稼ぎとしては申し分のない金額だが……それでも正式な依頼報酬の半分以下、三分の一程度の金額でしかない。
これはそもそも、依頼を受ける段階で報酬は相場以下に設定してしまおうという……勇者の好感度アップ作戦の一環であった。
引く手数多の人気依頼で価格破壊は褒められたものじゃないが、今回はなかなか引き受けて貰えずに泣く泣く報酬金額を吊り上げていった末……それでも引き受けられずに残っていた依頼達であった。
三人にとってはさしたる苦労でもなく、長らく滞っていた依頼も消化され、依頼人も金銭面で苦労せずに済むのだ。
誰一人損していない完璧な作戦であると、企画立案者たる長耳族の少女は得意げな顔を崩さなかった。
「やっぱカネが入るのは良いことだよな。心が豊かになるわ!」
「国王からたんまり支給されてんじゃ無いのか?」
「それはそれ、これはこれだ。シアもおいしいごはん食べたいもんなー?」
「ぴゅっぴー」
「…まあ、そうだな。美味いもん食うのは良いな。うん」
なんだかんだでアイナリ―の食事にすっかりホの字の一行は、とりあえず『肩の荷』を下ろそうとアイナリーの商会へと向かうのだった。
………………
「んん。あるたー、おかえみ」
「あっ……おかえり、なさい。…勇者様」
「……ちょっと待て何があった」
「……ちょっと待て待ってマジか」
「? ぴょっぴょぴっぴぴょ」
用事をすべて済ませ、意気揚々と帰路に着いた三人。妙に人通りが多い気がする裏通りを歩き、妙に人が多い気がするいつもの宿屋に辿り着き、――明らかに人が多い気がする飯屋の扉を開いたところで――その光景を目撃し……固まった。
広いとは言えない店内は既に満席、入口付近の長椅子はどうやら順番待ちの客でいっぱいのようだ。店内の空気は張りつめたような、あるいは緊張したような……ある種の異様な空気に包まれている。
静寂という程ではないが、人の多さの割には妙な静けさを見せていた。
普段は人々が酒を煽りつつ、賑やかな時間が流れている時間帯である筈の……宿屋一階の食事処。
飲食客達の普段とは異なる雰囲気、違和感の根元。
そして、ヴァルター達の混乱の原因。
それは……お揃いのロングワンピースの女給服に身を包んだ、小さな二人の給仕の存在。
人々で埋め尽くされた席の間をおっかなびっくり行き来する白い髪の幼女給と、彼女をフォローしながらてきぱきと配膳をこなす宵色の髪の幼女給(?)。
二人の姿だった。
「んい、おさけ……に? にー…に……ばん? に、こ? …ふた、つ? ふたつ、んい」
「おま、お待たせしま……した。……腸詰盛り……みっつ、です」
「えあ………おりょうり、……たぶん、これ? だいじょぶ?」
「の、ノート様! それこっち、……ええと、こちら……です」
「んい…んい………おさけ、みっつ」
「ノート、様ぁ! そちらの方…麦酒では、なく……林檎酒…」
「んいい……んいい………」
普段の二人からは想像もつかない清楚で可憐な装い、そして懸命に仕事に打ち込む様子に……ヴァルターは戸惑い、ネリーは恍惚の笑みを浮かべ、シアはマイペースに囀っていた。
「ああ、お帰りなさいませ。皆様」
「おっちゃん良くやってくれた!! …じゃねえや。最高かよ!! ……じゃねえや」
「ネリー少し落ち着けお前!! ご主人、その………迷惑、掛けてないか?」
夢心地のネリーと引き吊った顔のヴァルター。とりあえず状況を確認しようと胃の痛みを感じながら店主に詰め寄るも…
「迷惑だなんてそんな! お陰様でご覧のように満席、嬉しい悲鳴というやつですよ! それにお客さん…皆様も解って下さっているらしく……暖かく見守って頂いて居ります」
「なあおっちゃん! これは何だ、どうしてこうなった? 私に対するご褒美か!? ならもっと頑張るぞ私は!! 死ぬ気でやるぞ私は!!」
「お前は水でも被ってろ!!」
「ああ、すみません。先ずそこから説明差し上げませんと…」
ノートが持ってきた……どこまで正しいのか定かではない注文と、メアおよびベテラン給仕が持ってきた正確な注文。
不透明な水増しで若干数が怪しいそれらの指示をてきぱきと厨房へ飛ばし、自身は次から次へと注文の酒類を用意しながら対応する主人。『すみません、こんな作りながらで…』と断りを入れた上で、手を止めることもなく説明し出した。
宿屋兼飯屋の女性従業員の手により、紆余曲折を経て着飾られた幼女二人。詰所で一波乱を巻き起こし市内各所を混乱に叩きこんだ後。
道中ノートと一旦別れ、寝床となっている宿へ戻ったメアを待ち受けていたのは……美幼女給仕二人組が拝めるとの噂で多くの人々が詰め掛け、大混乱と化した飯屋と戦場と化した厨房であった。
メアのご主人様たるノートにとって、ここの従業員たちは快適な寝床とおいしい食事、更にはおふろを提供してくれる恩人である。半ば生気を失いつつある顔で忙殺される従業員一同に対し、若干とはいえ心得のあるメアはおすおずと助力を申し出た。
メアの容姿と性格、そして仕事能力は想像以上の働きを見せ……従業員達に大いに歓迎されたのだが。
問題は、後から遅れてやってきた。
宿に戻るや否や、戦場と化した飯屋と厨房を見渡したノートは……おもむろに頷いた。
『メアと同じ女給の装備なんだからそれっぽいこともできるに違いない』などという謎の自信に満ちたノートは、一も二もなくお手伝いを申し出た。
心なしか引き攣った顔のメアが止める間もなく従業員一同に歓迎され、救いの天使よ救いの女神よと崇められるがままに本人がその気になってしまい……結果としてノートはメアの心配どおりの、なんともいえない活躍を見せるに至ったのだった。
しかしながら、メアの予想…心配に反して、店内の混乱は(比較的)控え目で済んでいた。
(お姫大丈夫かな…めっちゃ危なっかしいけど)
(ああ良かった……メアちゃん良くやった…ナイスフォロー)
(天使ちゃん初々しいなあ…最高かよ……)
(麦酒くれっつって『がんばれっ』てされたときは死ぬかと思った)
(俺、酒苦手なんだけど……お姫の持って来てくれたコレは飲める気がする)
(天使ちゃんもやっぱり最高だけど…メアちゃんの気配り上手な)
(((それなー)))
(あれは将来いい嫁さんになるぜ…)
((((それなーーー))))
従業員としては褒められたものではないのだが……客の『美幼女給仕を堪能したい』『彼女らの不器用ながんばりを見守りたい』『彼女らの愛らしい声を聞きたい』という、密かに統一された目的の下……多少の不手際は見過ごして貰っていた。
つまりは、完全に客の好意に甘える形となっていた。
「あるたー、あるたーごはん! わたし、あるたーたべる、おしえて」
「ノート、様……! あの、先にこっちを…!」
「んい…んい…」
「いいから! こっち構わないでいいから! お客さん! 仕事に集中しろ!! ほらメア困ってるから!!」
「んいい……げぼくの、くせに」
「今のは俺悪く無いだろ!!」
店の従業員(見習い)がそんな無駄話をしていても……それを咎めるどころか温かい視線で見守ってくれている、よく訓練されたアイナリー市民達。
彼らの良心の助けもあり、ノートとメアのお手伝いは無事に進んでいったのだった。
………………
そして。
混雑している一階部分ではなく、三階の客室で摂れるような食事を用意して貰い……『先に部屋に戻ってるぞ』と告げて階段を上がろうとしたヴァルター達。
「あるたー、あるたー」
「お嬢? どうした? 可愛いな。何かあったのか? 可愛いな」
「……………どうしたんだ? ノート」
ぱたん、と宿泊者専用エリアの扉をくぐり、白い女給姿のノートが後を追ってきた。
改めて見ると完璧な可愛らしさ……黒のロングワンピースと白いエプロン、袖口のカフスとフリルキャップを纏った、小さな少女。
そしてその手に握られているのは……これまた小さな紙袋。
「んい。あるたー、ねりー、しあ。……んい、おかし、あげる」
「マジで!!?」
「あ……ありがとう」
「ぴぴ!」
思ってもみなかったご褒美に浮かれるネリーとシア。ヴァルターは『思ってもみなかった』と顔に書かれたような表情で困惑していたが、幸いなことに…それに気付く者は居なかった。
「んい、んい、……わたし、おしらせ」
「お知らせだと!? よし来た! バッチコイ!!」
「おま………ちょっと待」
「あるたー、ゆうしゃ、いいこと」
「…………は?」
――お知らせ。勇者、良いこと。
勇者にとっての朗報。良いお知らせ。
既に充分いい目に遭ってるじゃねぇかこれ上更にお嬢にイイコトされてぇのか生意気なと言わんばかりのネリーの視線と、ノートが一体何を言い出すのか気が気じゃないし心の準備が出来る前に勝手に話を進めるな馬鹿長耳族と言わんばかりのヴァルターの視線が……交差する。
お互いに言いたいことを押し留め、ノートの次の言葉……勇者にとっての朗報であるらしき報告を促し………
「わたし、たち。おしごと、とおく。……やま。いく、ゆうしゃ、おしごと。やま、に……いく。んい」
「は?」
「は?」
「ぴ?」
「んい……やま、とおくに、おしごと」
思ってもみなかった報告……彼女いわくの『朗報』に、言葉を喪う三人。
「んい? …んい?」
階段ホールは一瞬で硬直と静寂に支配され、
扉の向こう――一人取り残されたメアの救いを求める悲壮な声が……虚しく響いていた。
「まーかせとけって。このテの収集は得意分野だ」
大繁殖した魔狼狗の駆除と、手当たり次第に搔き集めた植物素材の納品。どうやらネリーの目利きはなかなかのものだったらしく、持ち帰った植物素材の半分以上が収集依頼を出されていたものだった。
そうして無事に引き取られていった素材以外、残る半分弱の植物素材と魔狼狗の素材は帰りがけに商会へと持ち込み、その場で換金してしまう予定である。…ただし毛並みの良い一枚はネリーの私的な事情により確保されている。
「……ですが、本当に宜しいのですか? 相場の半値以下ですが…」
「いや…大丈夫だ。金が必要で請けた訳じゃないからな」
「さすが勇者サマ!! 素敵!!」
「茶化すなバ痛っテェ!!」
「………ありがとう、ございます」
ヴァルターの尻肉を捻り上げつつ……何事も無かったかのように報酬と子細報告書を受け取るネリー。
反応に困った様子で戸惑いを隠しきれない受付係員に背を向け、窓口を後にした。
とりあえずは、今日一日の稼ぎである。目玉となる駆除依頼と、収集依頼が八つ。しめて五万五千Gの報酬金を受け取った三人。尻をさすりながら…幾らか軽くなった大袋を背負ったヴァルターと、得意げな顔のネリー、そして大きな若草色の貫頭衣をすっぽり被った……『魔物』、人鳥。
…驚いたことに、普通の町では騒動は避けられないであろう事態――当然のように魔物が町を闊歩している状況であるにも関わらず、よく訓練されたアイナリー住民たちは『勇者一行』を当たり前のように受け容れていた。
人に害を為す『野良』との区別のため、ヒトに手出ししない子である証として貫頭衣を纏ったシアは…勇者一行の一員として、アイナリーの街に認知されていたのであった。
報酬を受け取り、ほくほく顔で庁舎を後にするネリー達三人。五万五千…三人で分けたとしても一万八千あまり。一日分の稼ぎとしては申し分のない金額だが……それでも正式な依頼報酬の半分以下、三分の一程度の金額でしかない。
これはそもそも、依頼を受ける段階で報酬は相場以下に設定してしまおうという……勇者の好感度アップ作戦の一環であった。
引く手数多の人気依頼で価格破壊は褒められたものじゃないが、今回はなかなか引き受けて貰えずに泣く泣く報酬金額を吊り上げていった末……それでも引き受けられずに残っていた依頼達であった。
三人にとってはさしたる苦労でもなく、長らく滞っていた依頼も消化され、依頼人も金銭面で苦労せずに済むのだ。
誰一人損していない完璧な作戦であると、企画立案者たる長耳族の少女は得意げな顔を崩さなかった。
「やっぱカネが入るのは良いことだよな。心が豊かになるわ!」
「国王からたんまり支給されてんじゃ無いのか?」
「それはそれ、これはこれだ。シアもおいしいごはん食べたいもんなー?」
「ぴゅっぴー」
「…まあ、そうだな。美味いもん食うのは良いな。うん」
なんだかんだでアイナリ―の食事にすっかりホの字の一行は、とりあえず『肩の荷』を下ろそうとアイナリーの商会へと向かうのだった。
………………
「んん。あるたー、おかえみ」
「あっ……おかえり、なさい。…勇者様」
「……ちょっと待て何があった」
「……ちょっと待て待ってマジか」
「? ぴょっぴょぴっぴぴょ」
用事をすべて済ませ、意気揚々と帰路に着いた三人。妙に人通りが多い気がする裏通りを歩き、妙に人が多い気がするいつもの宿屋に辿り着き、――明らかに人が多い気がする飯屋の扉を開いたところで――その光景を目撃し……固まった。
広いとは言えない店内は既に満席、入口付近の長椅子はどうやら順番待ちの客でいっぱいのようだ。店内の空気は張りつめたような、あるいは緊張したような……ある種の異様な空気に包まれている。
静寂という程ではないが、人の多さの割には妙な静けさを見せていた。
普段は人々が酒を煽りつつ、賑やかな時間が流れている時間帯である筈の……宿屋一階の食事処。
飲食客達の普段とは異なる雰囲気、違和感の根元。
そして、ヴァルター達の混乱の原因。
それは……お揃いのロングワンピースの女給服に身を包んだ、小さな二人の給仕の存在。
人々で埋め尽くされた席の間をおっかなびっくり行き来する白い髪の幼女給と、彼女をフォローしながらてきぱきと配膳をこなす宵色の髪の幼女給(?)。
二人の姿だった。
「んい、おさけ……に? にー…に……ばん? に、こ? …ふた、つ? ふたつ、んい」
「おま、お待たせしま……した。……腸詰盛り……みっつ、です」
「えあ………おりょうり、……たぶん、これ? だいじょぶ?」
「の、ノート様! それこっち、……ええと、こちら……です」
「んい…んい………おさけ、みっつ」
「ノート、様ぁ! そちらの方…麦酒では、なく……林檎酒…」
「んいい……んいい………」
普段の二人からは想像もつかない清楚で可憐な装い、そして懸命に仕事に打ち込む様子に……ヴァルターは戸惑い、ネリーは恍惚の笑みを浮かべ、シアはマイペースに囀っていた。
「ああ、お帰りなさいませ。皆様」
「おっちゃん良くやってくれた!! …じゃねえや。最高かよ!! ……じゃねえや」
「ネリー少し落ち着けお前!! ご主人、その………迷惑、掛けてないか?」
夢心地のネリーと引き吊った顔のヴァルター。とりあえず状況を確認しようと胃の痛みを感じながら店主に詰め寄るも…
「迷惑だなんてそんな! お陰様でご覧のように満席、嬉しい悲鳴というやつですよ! それにお客さん…皆様も解って下さっているらしく……暖かく見守って頂いて居ります」
「なあおっちゃん! これは何だ、どうしてこうなった? 私に対するご褒美か!? ならもっと頑張るぞ私は!! 死ぬ気でやるぞ私は!!」
「お前は水でも被ってろ!!」
「ああ、すみません。先ずそこから説明差し上げませんと…」
ノートが持ってきた……どこまで正しいのか定かではない注文と、メアおよびベテラン給仕が持ってきた正確な注文。
不透明な水増しで若干数が怪しいそれらの指示をてきぱきと厨房へ飛ばし、自身は次から次へと注文の酒類を用意しながら対応する主人。『すみません、こんな作りながらで…』と断りを入れた上で、手を止めることもなく説明し出した。
宿屋兼飯屋の女性従業員の手により、紆余曲折を経て着飾られた幼女二人。詰所で一波乱を巻き起こし市内各所を混乱に叩きこんだ後。
道中ノートと一旦別れ、寝床となっている宿へ戻ったメアを待ち受けていたのは……美幼女給仕二人組が拝めるとの噂で多くの人々が詰め掛け、大混乱と化した飯屋と戦場と化した厨房であった。
メアのご主人様たるノートにとって、ここの従業員たちは快適な寝床とおいしい食事、更にはおふろを提供してくれる恩人である。半ば生気を失いつつある顔で忙殺される従業員一同に対し、若干とはいえ心得のあるメアはおすおずと助力を申し出た。
メアの容姿と性格、そして仕事能力は想像以上の働きを見せ……従業員達に大いに歓迎されたのだが。
問題は、後から遅れてやってきた。
宿に戻るや否や、戦場と化した飯屋と厨房を見渡したノートは……おもむろに頷いた。
『メアと同じ女給の装備なんだからそれっぽいこともできるに違いない』などという謎の自信に満ちたノートは、一も二もなくお手伝いを申し出た。
心なしか引き攣った顔のメアが止める間もなく従業員一同に歓迎され、救いの天使よ救いの女神よと崇められるがままに本人がその気になってしまい……結果としてノートはメアの心配どおりの、なんともいえない活躍を見せるに至ったのだった。
しかしながら、メアの予想…心配に反して、店内の混乱は(比較的)控え目で済んでいた。
(お姫大丈夫かな…めっちゃ危なっかしいけど)
(ああ良かった……メアちゃん良くやった…ナイスフォロー)
(天使ちゃん初々しいなあ…最高かよ……)
(麦酒くれっつって『がんばれっ』てされたときは死ぬかと思った)
(俺、酒苦手なんだけど……お姫の持って来てくれたコレは飲める気がする)
(天使ちゃんもやっぱり最高だけど…メアちゃんの気配り上手な)
(((それなー)))
(あれは将来いい嫁さんになるぜ…)
((((それなーーー))))
従業員としては褒められたものではないのだが……客の『美幼女給仕を堪能したい』『彼女らの不器用ながんばりを見守りたい』『彼女らの愛らしい声を聞きたい』という、密かに統一された目的の下……多少の不手際は見過ごして貰っていた。
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「あるたー、あるたーごはん! わたし、あるたーたべる、おしえて」
「ノート、様……! あの、先にこっちを…!」
「んい…んい…」
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「今のは俺悪く無いだろ!!」
店の従業員(見習い)がそんな無駄話をしていても……それを咎めるどころか温かい視線で見守ってくれている、よく訓練されたアイナリー市民達。
彼らの良心の助けもあり、ノートとメアのお手伝いは無事に進んでいったのだった。
………………
そして。
混雑している一階部分ではなく、三階の客室で摂れるような食事を用意して貰い……『先に部屋に戻ってるぞ』と告げて階段を上がろうとしたヴァルター達。
「あるたー、あるたー」
「お嬢? どうした? 可愛いな。何かあったのか? 可愛いな」
「……………どうしたんだ? ノート」
ぱたん、と宿泊者専用エリアの扉をくぐり、白い女給姿のノートが後を追ってきた。
改めて見ると完璧な可愛らしさ……黒のロングワンピースと白いエプロン、袖口のカフスとフリルキャップを纏った、小さな少女。
そしてその手に握られているのは……これまた小さな紙袋。
「んい。あるたー、ねりー、しあ。……んい、おかし、あげる」
「マジで!!?」
「あ……ありがとう」
「ぴぴ!」
思ってもみなかったご褒美に浮かれるネリーとシア。ヴァルターは『思ってもみなかった』と顔に書かれたような表情で困惑していたが、幸いなことに…それに気付く者は居なかった。
「んい、んい、……わたし、おしらせ」
「お知らせだと!? よし来た! バッチコイ!!」
「おま………ちょっと待」
「あるたー、ゆうしゃ、いいこと」
「…………は?」
――お知らせ。勇者、良いこと。
勇者にとっての朗報。良いお知らせ。
既に充分いい目に遭ってるじゃねぇかこれ上更にお嬢にイイコトされてぇのか生意気なと言わんばかりのネリーの視線と、ノートが一体何を言い出すのか気が気じゃないし心の準備が出来る前に勝手に話を進めるな馬鹿長耳族と言わんばかりのヴァルターの視線が……交差する。
お互いに言いたいことを押し留め、ノートの次の言葉……勇者にとっての朗報であるらしき報告を促し………
「わたし、たち。おしごと、とおく。……やま。いく、ゆうしゃ、おしごと。やま、に……いく。んい」
「は?」
「は?」
「ぴ?」
「んい……やま、とおくに、おしごと」
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