勇者が救世主って誰が決めた

えう

73.5_【閑話】少女と女給と贈答祭事

 アイナリー兵員詰所の朝は早い。

 ……一部の部署においては。


 都市内の警邏や外壁外の監視等、場所や重要度にもよるが…昼夜を問わず詰めている者もいる。
 住人たちが寝静まっている間に業務に就く――夜勤の兵員たちが仕事終わりに摂る食事、ならびに起床して来た兵員たちの朝食を賄うため……食堂は陽の昇る前から動き出す。


 現在アイナリー詰所には、再編成を済ませた中隊が三つ駐屯している。周辺監視、市中警邏、そして休息と訓練。ちょうど一中隊ずつでローテーションしている状態である。
 食堂は休息中の兵員や職員達も利用するため、百人以上分の食事を賄わなければならない。


 更にこの日は……いつもの食事量に加えて『もう一手間』加える必要があった。


 この食堂だけではない。今日は市内殆どの台所で『もう一手間』が掛けられる日なのであった。






 「おはようごばいます隊長。お身体の程は…?」
 「お早う、ケイン。……万全とは言い難いな」
 「すごい勢いでしたよね。草摺タセット発注しないと…金属板がへこんでましたもん……」
 「いい音したよなぁ…」

 起き出した兵員達が朝食を摂り、朝の身支度を整える頃。
 昨日腰に深刻な一撃を叩き込まれ、大事をとって医務室で処置を受けていた中隊長リカルドは……顔を曇らせていた。
 現在彼らは第三配置――訓練を主に行っている。予定通りであれば昨日に引き続き基礎訓練と陣形訓練、そして模擬戦を行う筈だったのだが……不慮の事態・・・・・により中隊長が負傷したため、本日の訓練内容が一時危ぶまれていた。

 「しかし動き回るので無ければ……まぁ問題ないだろう。監督するだけなら負担は掛かるまい」
 「隊長がそう仰るなら何も言いませんが………無茶はしないで下さいね? 隊長が倒れたら心配する人多いですし。……更に最近一人増えたでしょう?」
 「その増えた一人が加害者なんだが…」
 「それでも、です。……あの子に悪気は無いんですよ。………多分…」
 「もう少し……ほんの少し慎みがあればな…」


 見た目だけで言えば間違いなく、近年稀に見る程に整った少女。
 …しかしながらその内面は色々と、近年稀に見る程に御し難い少女。
 良くも悪くも予想外の言動が目立つ彼女を想い……大人達は苦笑交じりの溜息を溢さずにはいられなかった。




 ………………



 ――この日。アイナリーでは『月霊祭』が執り行われていた。


 祭り、というほど大それたものではないが…女性の守護者たる月の女神、博愛と施しの女神を祀る日に合わせて……女性から日頃の感謝の気持ちを込めた贈り物を贈る、というのが月霊祭の大筋であった。

 更にアイナリーでは各方面から流入する多種多様な食材によって食文化が非常に発達しており…この街において月霊祭の贈答品は菓子類であることが殆ど。そのため街の女性達は朝早くから――人によっては前日の夜から――家事の合間に贈答用の菓子造りに勤しんでいるのだった。
 そうして仕上がった菓子を、家族や同僚あるいはお得意さんやご近所さん等々…とりあえず手当たり次第に贈り贈られの一日なのである。


 街の女性達がお手製の菓子を老若男女に振舞う…菓子の消費量が跳ね上がる一日。小さな子ども達はもとより、いい歳した大人に至るまで…皆一様にそわそわしているのだった。





 そして………アイナリ―兵員詰所。

 例年は食堂従業員のおばちゃん連合が、手製の焼き菓子を振舞ってくれる程度。市中警邏に励む第二配置の兵員たちはさておき、業務中に女性と接触する機会に恵まれない第一、および休暇日でない第三配置の兵員達にとっては……食堂のおばちゃん達の焼き菓子が、月霊祭におけるほんのささやかな楽しみだった。






 ……はずだった。




 午前中の訓練も恙無く終了し、食堂へと向かうリカルド以下小隊の兵士達。
 今年も今年とて悲しみに包まれる月霊祭と受け入れていた兵員達にとって……眼前に飛び込んできた光景は衝撃的だった。



 「りかるの、もらう、して。おかし、して」
 「すみ…ません、あ…あの、あの、………ど、どうぞ」

 可愛らしい衣装に身を包んだ小さな姿が……二人。
 第三配置の小隊――リカルドをはじめとする兵士達に焼き菓子を手渡し…振舞っていたのだ。


 胸元に掛かる程の長さの、普段は風にたなびくがままの髪は…後頭部で丁寧におだんご状に纏められ。ちょっとだけ背伸びをしたような、珍しくきっちりと決め込んだ頭の頂上を飾るのは…ふわふわしたつばの白いキャップ。
 選択肢と言えばせいぜい亜麻リネン綿コットン、代わり映えのしない至極普通で実用性一辺倒な飾り気に欠けるダサいチュニックは……くるぶしまで届かんばかりの黒いワンピースドレスと白い前掛エプロン、袖口の白いカフスが目を引く……完璧な給仕ハウスメイド服へ姿を変え。

 どこか眠たそうな表情はいつものことながら…小さな胸を張り、どこか得意げな表情の白い少女と。
 同一の衣装――女性用・・・の給仕服に包まれ、顔を真っ赤にしながらも白い少女に付き従う…宵色の癖っ毛の少女(にしか見えない……少年)。

 見る者全てが思わず茫然とするような…儚くも可愛らしい、小さな女給メイドさんが……二人。



 「…………ノー、ト? 何…してるんだ?」
 「んい? …おかし、する、ひ。きいた」
 「……………あの……宿の…ご主人、に………用意、して…貰って……」

 成程……押し付けられた菓子の包み紙には、確かに店名と思しき判が押されている。誰彼構わず菓子を贈っても違和感がない、月霊祭という行事。季節の行事と可愛らしい売り子を巧く使った…とてつもなく効果的な宣伝だと思った。
 ……そしてその話題性。特に男所帯……年若い女の子に餓えている兵員詰所においては。



 「なに!? お姫ちゃん!? 何処だ何処!!」
 「なんだあの格好!! 最高かよ!!」
 「もう一人の子誰だ……? 誰だあの子めっちゃ可愛くね!?」
 「オイ早く来い! ヤベェぞ、天使が天使連れて来た!!」
 「手ぇ握ってくれた……手ぇ握ってくれた……」


 哀しい月霊祭と受け入れ、諦めていた兵士達に……突如として降って沸いた幸運。何を隠そう『お姫ちゃん(メイド服)』と『謎の美幼女(メイド服)』からの贈り物である。
 歓声が歓声を呼び、噂が噂を呼び、彼女たちが現れてから僅かな時間で、既に大きな人だかりとなっていた。


 「もらう、して。どうぞ。……んい。おかし、もらう、どうぞ」
 「……お疲れ、さま…です。……あの、どうぞ……」

 順調に菓子を頒布していく美幼女女給ロリメイド二人。しかしながら当然の帰結として……頒布物は瞬く間に減っていった。
 兵士達だけに留まらず、噂を聞き付け出てきた詰所職員や周辺の天使ちゃんファンクラブ達にも問答無用で振る舞い続けた結果……昼休みの半ばで頒布物が全て捌けてしまった。






 「んいい……おかし、ない。んん、もめんやさい」
 「……ごめん、なさい………あのっ、ごめん…なさい」


 詰めかけた大勢の人々にぺこぺこと頭を下げ、しきりに謝る二人。仕方がないと笑みを浮かべつつ午後の業務に向かう……どこか元気の無い彼ら――月霊祭の菓子が貰えなかった兵士達――を見遣りながら……ノートは考える。
 彼女の、お世辞にも高いとは言えない思考能力では『アイナリーの人々にたくさん喜んでもらえればヴァルターの評価が上がる』という…ひどくふんわりとした方針が、辛うじて記憶されていた。
 そのためノートは……しょんぼりする人々をそのまま逃がそうとはしない。


 「……めあー、めあー」
 「は、はいっ、ノート様」

 なけなしの知恵を絞って考える。性能のよろしくない思考回路を必死に働かせ、がっかりした人ががっかりしなくなる方法を考える。
 そしてそれは……なんとも簡単なことだった。


 お菓子を貰えなくてがっかりしたなら……
 もっと用意して、もっと振る舞えばいい。


 「めあー、おかし。おかし、つくる。……できる?」
 「……お料理、ですか………? すみ、ません……基本的なの、しか……」
 「んいいー……」

 さっそく頓挫してしまった。…たがここで諦めるわけにはいかない。



 ノートは奮起しした。必ずあの美味礼讚な焼菓子を作らねばならぬと決意した。
 ノートには料理がわからぬ。ノートは、勇者の腰巾着である。寝て、起きて、おいしいごはんを食べ暮らしてきた。


 けれども……人々の悲嘆、哀しみに関しては………

 人一倍に、敏感だった。





 「んいい……おかし、しないと……おかし……」
 「…ごめん、なさい……ぼくが………もっと、詳しければ……」


 どうすればいいかは、解っている。
 しかし……自分達には何も出来ない。
 従者メアに偉そうに聴取しているものの……ノート本人の料理スキルは原生人類レベルであった。



 途方に暮れる幼女女給ロリメイド二人。



 だがそこに……救いの女神が舞い降りた。




 「あらあら! 天使ちゃんお菓子作るの?」
 「まー可愛い! こっちの娘は初めましてよね?」
 「兵隊さんの差し入れ作るんでしょ? 力になるわよ!」
 「元々私たちもそのつもりだったし、ね」



 女神たちは………少し・・お歳を召していた。




 ………………



 炊事の女神おばちゃん達による的確な啓示助言導き技術指導によって……暗雲は一気に吹き飛ばされていった。
 昔の経験が役に立ったとでも言うのだろうか。もともと素直な性格であったこと、また多少とはいえ炊事の心得があったからか……女神おばちゃん達すらも驚くほどの上達を見せていた。


 「そうそう。ダマにならないようによーく混ぜて」
 「焼窯オーブンは予め余熱しておくのよ。成型が終わったらすぐ焼けるようにね」
 「固さはそんなもんで良いわ。台に粉広げて。生地伸ばすわよ」
 「ちょうどいい大きさに……ちょっと大きいわね、もう少し小さく……いいわ! そんな感じ!」


 もともと奴隷として、日頃から雑用を押し付けられていたメアは…炊事に関する技能の吸収力が凄まじかった。一を教えれば十を知る程……圧倒的な順応性を見せ、焼菓子の量産計画は順調に進んでいた。
 一方ノートは細かな指示が理解できなかった。


 「その調子でどんどん作っちゃいましょ! ほらほら天使ちゃん! 出番よ! べそかいてないでこっちいらっしゃい!」
 「んい……んい………」


 焼菓子を作る工程のうち、最序盤から戦力外通告をうけていたノートは……単純作業の段階になってやっと現場に復帰できた。細かなコツや知識の必要の無い、ただ『タネを適量丸めて潰す』だけの作業である。これなら理解力に乏しい初心者でも取り組める。

 メアが入念に混ぜ、作ったタネの塊。それを小さくちぎり、手のひらでころころと丸め、ぺったんと平らにつぶして円形にする作業を延々と続ける。
 これくらいの作業ならば、ノートもなんとかこなせるらしい。適材適所、ものは使いようである。

 それなりの数を成型し、おばちゃん達が順次鉄板に並べ、手際よく焼いていく。それにしてもかなりの枚数、消費する材料もかなりの量となっている。


 「……あ、あの…………材料、……いいん……ですか?」

 おそるおそる、といった様子で……辿々しくメアが切り出した。本来そういったことを気にしなければならないメアのご主人様は一心不乱にころころぺったんを続けている。それ以外に気が回らないらしい。

 「だって……ねぇ? 元々私らも作るつもりだったし」
 「私たちが成型やるよりもねぇ……可愛い女給メイドさん達が作ったののほうが皆喜ぶでしょ?」
 「お嬢ちゃんは気にしなくていいのよ。むしろ手伝ってくれてありがとうね」

 事情を説明し、また口々にお礼をのべる女神おばちゃん達。聞けば元々、夕食までに焼菓子を大量生産するつもりだったらしい。
 そこへ可愛らしい人手を見つけ、これ幸いと抱き込んだ形だったようだ。

 とりあえず、迷惑を掛けているわけではなさそうだ。
 色々と気にかける余裕の無い主人に代わり、メアはほっと一安心するのだった。


 「それにしても、ねぇ。天使ちゃんも相変わらず可愛いけど……メアちゃんだっけ? あなたも本当可愛いわねぇー」
 「…あ……あり、がとう………こざいます」
 「あらあら……本当素直でいい子ねぇ…」
 「その服もよく似合ってるわよ。可愛らしいわー」
 「…………………ありがとう……ございます……」


 女子力ストップ高な少年メアは……抵抗を放棄した。




 ………………



 順調に時間は流れ、夕食どき。

 昼間の混乱を避けるため、詰所関係者のみとなった……第二回の焼菓子配付。
 昼間に引き続き丈の長い女給メイド服に身を包んだ、小さな可愛らしい売り子が二人。おばちゃん達と作った大量の焼菓子を、食堂の出口で丁寧に配っていた。



 「おつまめさま、です。おかし、する、どうぞ」
 「……おつとめ……お疲れさま、です。…よかったら……」

 食事を終えた兵員たち一人ひとりに、声を掛けながら手渡ししていく。おばちゃんに貰うのとは桁違いの厚待遇に、受け取った兵員たちは皆幸せを噛み締めていた。


 そうして焼菓子と幸せと希望を配り続けること、暫し。
 喜びに咽び泣く兵員達に混じって、ふと見慣れた……事務方用の制服を纏った男性が声を掛けてきた。

 「……そういうことでしたか。ノートちゃん………初日からサボりとは…感心出来ませんが」
 「んい…? ぎるまーと? ………………あっ」
 「………やはり忘れてましたか」


 完全に忘れていた。
 昨晩、ヴァルターとネリーに言われていたことを…ものの見事に忘れ去っていた。


 『いいな? お嬢。明日朝ごはん食べたらギルバートんとこ行くんだぞ? メアと一緒にお勉強してるんだぞ?』
 『んい。よゆう』
 『俺達は早くに出るからな。日が変わる前には戻ると思うが……くれぐれも迷惑掛けないようにな』
 『だい、じょぶ。まかせて』



 思い出した。たった今思い出した。
 そういえば朝ねぼけてるときに何か言われたような気もした。

 むっくり起きあがってからメアと一緒にお風呂に入り、メアと一緒に朝ごはんを食べたところで……宿屋のご主人から月霊祭のことを聞いた。
 日頃お世話になっている人にお菓子を振る舞う日と聞いて、リカルド達に振る舞いたいと考えた。
 そう相談を持ちかけたところ……なんと主人は快く協力してくれ、宿の一階――食事処の宣伝も兼ねて、月霊祭用の焼菓子を提供してくれたのだった。

 そして話を聞いていた女性従業員に制服を貸し与えられ、半ば強引に二人揃って完璧に着付けを施され………街じゅうの注目を浴びながら兵員詰所に辿り着いたのだった。
 この間メアは羞恥のあまり何度も気絶しかけていた。


 予想外の事態だったからしかたがない、月霊祭なんて知らなかったからしかたがないと自分に言い聞かせながらも……それでも自分の落ち度なのだ。ちゃんと謝罪はするべきだ。

 「んい、んい………もめん、やさい……」
 「……ふふ、大丈夫ですよ。明日から頑張りましょう」
 「んいい……」

 誠意が通じたのか、あっさりと赦してくれた。
 やはり彼は器の大きい人だ、相当の大物に違いない、可能な限り覚えをよくしておこうとノートは籠をあさり……

 「ぎるまーと、ぎるまーと」
 「うん…? どうかしました?」
 「おかし……わたし、おかし………んい」
 「これはこれは……有り難うございます」
 「んい……りかるのが、おせわ、なってます」

 菓子を渡し、丁寧に挨拶をしたつもりのノート。
 彼女の中では財界の大物に面会する程の気合いで挨拶したことになっていた。黄金色ではないがお菓子もちゃんと渡した。


 「こちらこそ……父上がお世話になっております。……そういえば小耳に挟んだのですが…父上の腰は……」
 「んい……りかるの、こし。…わたし、ごねんまさい」
 「……いえ、ノートちゃんのような娘にヤられたとあっては……父上も本望でしょう」
 「やら、れ? ……んい?」


 可愛らしく眉根を寄せ、しゅんと項垂れるノート。

 どうやらそれが……僅かにではあるが、ギルバートの琴線に触れてしまったらしい。


 女慣れしている筈のギルバートでさえ、初対面の際には呆然自失に陥った程の……幼いながらによく整った、美貌。
 宿の女性従業員の尽力によって自然な化粧が施され、ヘアセットや着付けと合わせ…彼女らにして『最高傑作』と言わしめるほどの、普段よりちょっとだけ背伸びして大人びた様子の彼女を目にして……



 将来が楽しみだ、と……思ってしまった。



 それが、つい……口から出てしまった。





 「ふふ、……そうですね。私もノートちゃんのようなに……腰が痛む程お相手して頂きたいもの……で…………す」
 「んい? わたし、も? ぎるまーと、も?」


 ギルバートが『しまった』と思ったときには既に遅く。
 いつものように……彼が普段通り女性に投げ掛けるような……セクハラ紛いの言葉がついつい口から溢れ出ていた。
 そして残念なことに…此処は個室でも書庫でも無く、往来の激しい食堂の出口。しかも非常に目を引くロリメイド二人組のすぐ目の前。



 当然のように……ギルバートの周囲には……


 多くの目と、耳があった。




 「………おい。聞いたか」
 「……聞いたぞ。やっぱりか」
 「あの野郎…ついに本性表しやがったか」
 「腐れロリコン野郎……」
 「お姫が無垢なのを良いことに…」
 「害虫め……」


 周囲の気温が一気に下がったかのような、錯覚。
 にも拘らず嫌な汗が止めどなく滲み、背筋に嫌な寒気が走る。
 そしてやんわりと変態発言された当の本人ノートは全く意に介した様子もなく……

 「んい……ぎるまーと、…おあいて? こし…いた、む? …んい、わたし、がんばる」
 「待って! ごめんノートちゃんごめん少し待って! 勘違いだから! 激しく勘違いだから!!」
 「んん…んい? こ、し? はげしい? ぎるまーと、こし、はげしい、する?」
 「ッアアアア…………」
 「の、ノート……様………それは……」


 周囲の気温は落ちるところまで落ち、次第にピリピリとした緊張感が漂い出す。その場に居合わせ、そして不幸なことに帯剣していた上級士官はこれ見よがしにチャキチャキと鞘を鳴らし……刺すような無言の圧力をギルバートに送り続ける。


 「お姫の腰をどうするつもりだあの変態…」
 「激しくお相手させるってか? 最低だな」
 「ちょっと隊長呼んでくるわ……」
 「会長ネリー様に報告書類作らないと……」


 刻一刻と高まっていく緊張感。
 ギルバートは女性向けの柔らかい笑みを貼り付けたまま……明確に命の危機を感じでいた。

 「んい…? わたし、ぎるまーと、ありがとう、する」
 「の……ノート様、あの、あの……」

 ノートの従者にして、彼女に全幅の信頼を寄せるメアでさえ……主の意味深な発言には戸惑いを隠せなかった。
 ノート本人、ただ一人が……自分の発言がどう聞こえるのか、そしてそれにより周囲を取り巻く状況がどう変化しているのかに……全くの無頓着だった。




 「んん……んい…? ぎる、まーと? おかし、だめ?」

 お菓子が気にくわなかったのか、顔色の優れないギルバートはお菓子が苦手だったのか。そう問うたノートの言葉はしかし……過熱した周囲の人々には別のニュアンスとして捉えられてしまった。
 そしてそれを察知し……いよいよ命の危険を感じたギルバートは……

 「………で、ではまた明日。気を付けて帰るんだよははは」

 不自然さの拭えない、強引な別れの台詞を残し……そそくさと立ち去っていった。
 そしてその背を少なくない人影がぞろぞろと追い始め……

 「の…ノート様! ……ぼく……少し、失礼します…!」

 何かを察知したメアが、意を決した表情で彼らの去った方向へと駆け出し…


 「……んい?」

 残された騒動の張本人はしばし首をかしげ…


 深く考えないことに決め、お菓子の配付を続けた。




 ………………



 そして、翌日。アイナリー兵員詰所。

 今日はちゃんと約束通り来れたぞと、薄い胸を張るノートが目撃したのは……


 「ぎる、まーと…? だい、じょぶ?」
 「………ああ、おはよう。ノートちゃん、メアちゃん…」

 目の下にくっきりと隈の出来た……どう見てもやつれた様子のギルバートの姿だった。

 「メアちゃん……昨日はありがとうね………助かったよ……」
 「そ……そんな……ぼく、なんて……」
 「んい……? めあー、えらい」






 月霊祭の夜以降……とある噂が流れた。

 アイナリーの『天使ちゃん』ノートには……


 宵色の髪の『聖母』が、従者として侍っているという。

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