勇者が救世主って誰が決めた

えう

73_少女の渾身の一撃と勇者

 木剣同士が勢いよく打ち合され、硬質な音が立て続けに響き渡る。地に足を付け堅実に剣戟を繰り出すヴァルターに対して…ノートはひらひらと身を翻し、ぴょんぴょん跳び跳ね、くるくる回りながら器用に避け続けている。
 振りかぶっての横薙ぎは小さな身体を屈めて躱し、上段からの振り下ろしは最低限の動きで避け、速度をもった刺突は往なしながら手を伸ばし、逆に反撃を試みてくる始末。

 剣だけではなく両足も要注意だと思っていたが……それだけではなかった。彼女の更なる攻め手、剣を持たない左手も…決して無視出来ない驚異だった。
 単純に武芸として、剣や槍を巧く使えるように――より洗練された剣技を――と訓練を重ねてきた者達とは根本的に異なる、『武器以外をも武器とする』『使えるものは何でも使う』戦い方。……それはある意味理に適った、非常に戦い慣れしている動きだと感じた。


 得物ぶきではない武器、彼女の四本目の武器――左掌ひだりて。それは剣のように鋭さは持たず、蹴りのように重さは持たないものの。袖口を取られれば体勢を崩され、手首を取られれば捻られ、上着の裾を掴まれれば自由を封じられ。的確な位置に突き入れられるだけでも呆気無く勢いをがれる。
 非力な筈の彼女の手では…確かに長々と掴み、封じ続けることは出来ないだろう。だがほんの一瞬だけ力を加えるのであれば――こちらの重心をほんの少し崩すだけであれば、十二分に脅威であった。

 袖口を引き寄せられると同時に足を払われれば、転倒は免れない。
 手首を捕られれば剣の軌道が止まり、その隙に組み付かれる。
 靡く衣服の裾を掴まれれば、動きそのものを阻害され…攻めも守りも思う儘に出来なくなる。

 正面切っての驚異度……いわゆる『攻撃力』は見た通り、お世辞にも高いとは言えないだろう。その筈なのに、押し切れない。なかなかどうして……一筋縄では行かない。


 「やり辛い……なッ!」
 「んひひ!」

 攻撃に出たこちらの勢いは虚しく空を切り、その方向ベクトルを絶妙に逸らされ、利用され、逆にこちらの身を危機に曝す。踏み込みの重心移動は捻じ曲げられ、振り下ろした剣は絡め取られるように引き寄せられ……攻勢に出ようとする度に転がされそうになる。
 本当……やり辛いったらありゃしない。


 攻め手は緩めているわけでは無い。しかしながら相変わらず勝機は見えない。……このままでは埒が明かない。何の進展も見出だせない。


 間合いを図るように重心低く構えながら……打ち合いを続けること、かれこれ数十合。


 (…………仕掛けてみるか)

 軽く後ろに飛び退き、剣を両手で握り締める。
 技量では彼女に敵わないだろうと、力で攻めようとして此の有り様である。……ならば及ばないなりにも、自分も小手先の技量で挑んでみよう。
 彼女からは見えないように……こっそりと握りの位置を変える。右手を鍔の根元に、左手を柄の下端に。剣先を機敏に動かせるよう、握り手の間を大きく取る。


 そして…餌を撒く。

 踏み込みながら剣を大上段へ大きく構え、敢えて足下の守りに隙を作り……彼女の剣を誘う。


 (……来た!)


 狙い通り、彼女が下段――こちらの足を狙い剣を突き出してきた。このままいけば此方が剣を振り下ろすよりも先に…彼女の剣が足を打ち据えるだろう。
 だが、そうはいかない。駆け出し、今まさに踏み込まんとする足を強引に突っ張り、急制動を掛ける。ほんの僅か、彼女の目測よりも外に身体を押し留め――刺突が届くまでの僅かな時間を稼ぎ――突き出された彼女の剣を振り下ろした剣で打ち払う……ように思わせる。

 両手で握り振り下ろされたヴァルターの剣と、片手で突き出されたノートの剣。その剣先どうしが触れ、硬質な音を立てた……直後。

 (ここ……だッ!!)

 振り下ろしていた軌道の剣に力の限り制動を掛け……強引に振り上げる・・・・・
 ほぼ同時、しかしながら立て続けに響いた二度・・の乾いた剣戟音。

 勇者として、血の滲むような鍛錬で培った…なけなしの膂力と技量で……振り下ろした剣を一瞬で切り返し、跳ね上げる・・・・・




 「んえ…?」


 ノートの手の中にあった筈の木剣は――真逆の方向から立て続けに叩き込まれた衝撃によって――あっけなくすっぽ抜け…

 くるくる回りながら、すっ飛んで行った。




 ――武器を取り落としたら……失格。


 右の手で握る木剣を勢いよく振り上げた姿勢のまま、飛んで行ったノートの木剣を目で追い……勝利を確信し、ほっと一息吐くヴァルター。高く昇った…間もなく南中に差し掛かろうかという陽射しが眼に入り、その眩しさに目が眩む。











 そのため……反応が遅れた。




 空を仰いだ視界が不意に陰り、緊張を解いていたヴァルターの目の前を何か・・が横切った。


 それは――先端が五つに分かれた棒状の影。
 それが一本。後を追うように……もう一本。


 しまった、と思ったときには既に遅く……ヴァルターの後頭部にそれら・・・が触れ、同時にしっかりと掴んでくホールドする感触に血の気が引いた。頭を掴まれたという危機感に急かされるように視線を戻し、まばゆい光でくらんだ眼が視界を取り戻すか否かというタイミングで……



 すぐ目の前に、二本のほっそりした
 それでいて健康的な…白い脚の生えた

 見覚えのあるホットパンツが迫っていた。



 二本の脚が生えた…見慣れた少女ノート履物ホットパンツ。……つまりそこ・・は………すぐ眼前に迫るそれ・・が覆うそこ・・は……



 「ちょブぇ!!?」
 「んひ…! つか、まえ」


 ノートはヴァルターの頭を両手で手繰り寄せ…そのまま正面から両肩に乗る。ヴァルターの呼吸器をノートの股間部が捉え、そのまま圧迫しながら更に追い打ちを掛けるように――両腿で頭をガッチリ挟み固定し……小さな身体でヴァルターの頭に抱きついた。ちょうど『かたぐるま』を前後逆にしたような体勢である。ちなみにこの時点でヴァルターは死を覚悟した。


 「あいっ!いっち! ………つぁ!!に!!

 可愛らしい掛け声とともに、えげつない刑が執行された。
 ヴァルターの肩の上、丸まっていた身体を勢いよく後方に反らせる。軽いとはいえ人一人ひとひとりの体重移動である。内股でしがみ付くようにガッチリと固定された頭は当然のように引かれ、バランスを崩し倒れ……そうになる。だが不幸なことにそれでは終わらなかった。
 背中方向に反り返ったノートはそのままの勢いで、ヴァルターを道連れに…振り子のように宙返る。急激な重心転移に直立が不可能になったヴァルターは当然の帰結として前のめりに傾いで腰を曲げてしまい……それによってノートの小さな頭と肩は中途半端に開かれたヴァルターの股下を勢いそのままに潜り抜け………



 「おヴブぇァ!!??」


 一回り以上は体格に差がある筈の、小柄なノートの身体に振り回され……ヴァルターの身体が一回転。背中から・・・・地面に・・・悲惨な勢いで叩き付けられた。
 叩きつけられた衝撃のまま投げ出されたヴァルターの両脚を小さな手が掴み、そのまま両脇に抱え込み……


 「あ゛痛だだブだだだだブェ痛痛おブ痛痛ぇブア゛ア゛だヴェだだダメダメブぁダメ!!!!」
 「んいっ! んいっ! んいっ!」

 両腿と股間部と臀部とで頭と顔と胸を圧迫固定し、両脇で両足を固定し、ダメ押しとばかりにぼすんぼすんと身を上下に弾ませる…執行者ノート。
 叩きつけられた背中から頭に響く衝撃を追うように、背や腰や膝裏の筋が引き伸ばされる激痛に襲われ、更には上下運動するノートに合わせて断続的に呼吸器を圧迫され、悲痛な叫び声を切れ切れに上げる……被害者ヴァルター。

 「ぐぇダメダメダメブェギブギブギブぇギブギブギブギブ!! 審判!! 降参ギブ!! 審判!!!!」
 「えっ……? あっ!? そ、そこまで!! そこまで!! そこまで!!!!」
 「んいっ! んいっ! んいっ!」
 「ヴァアアァアァア゛ア゛ア゛!!!!」



 僅か数瞬後。練兵場の片隅から……宙に飛ばされた木剣が地に落ちる音が響く。

 剣を取り落とす・・・よりも――ノートの敗北条件よりも先に満たされてしまった、背中から・・・・叩き落とされた・・・・・・ヴァルターの敗北条件。
 練兵場がひときわ大きな歓声と笑い声と……約一名の悲鳴で満たされる中。


 勝者を告げる審判員の声が響き……

 全戦全勝、無敗の模擬戦王者ノートが誕生した。
 勇者ヴァルターは医務室へ緊急搬送された。

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