勇者が救世主って誰が決めた

えう

66_救世主が勇者って誰が決めた?

 いったい誰が呼び始めたのか定かではないが……あの子が『天使ちゃん』と呼ばれていたのは覚えている。
 確かにあの子の儚げな容姿と可愛らしさは、天使と呼んで差し支えないと思っている。その点には心底同意せざるを得ない。


 そんなあの子が。ただでさえ天使そのものである、あの子……ノートが。

 華やかさなど皆無な普段着とはうって代わって可愛らしい……
 天使じみた衣装に身を包んでいるのだ。


 一目見たときは……魂が抜けるかと思った。


 耐性のついているハズの私でさえ、このザマなのだ。これは冗談ではなく、……本当に何人か昇天するんじゃないだろうか?



 ………………


 酒呑み達と、彼らの喧騒で満ちた大広間。
 隣接する控え室の扉が開かれ、主賓である勇者一行が姿を表すや否や。


 一瞬、広間の音が………消えた。




 今回の祝勝会は、そもそもが無礼講。単純に飲んで騒ぐだけの気軽な宴である。
 パーティーなどという表現は適切とは言えず、むしろ宴会と言ったほうが近いだろう。

 単純に酒を飲み騒ぐために集まった筈の者たちが、その本来の目的すらも一瞬忘れるほどに………彼女の印象は鮮烈だった。


 頭の先から足の爪先まで白く煌めく、白雪の妖精のような造形の少女。その小柄な身体を飾るのは、純白地に上品な金糸が散りばめられた天鵞絨ベルベットのイブニングドレス。
 白と……金。豪奢であるにも関わらず、下品さを感じさせない…繊細な装飾に彩られた主賓・・………『少女勇者』ノート。
 大きく開かれた背中や剥き出しの腕は、纏う身体の未成熟さなど意に介さず……えも言われぬ色気を醸し出している。



 ………そう、『主賓』なのだ。


 何を隠そう、いや隠すまでもなく、とうの本人以外全員の共通認識だったのだが………現在カリアパカで話題となっている『勇者』とは…ノートのことであった。
 そのため当然ながら誰も彼も……商館の従業員は勿論、ネリーやヴァルターまでもが、この場において『勇者=ノート』と捉えて行動していた。
 今回の宴の主役もノートだと認識していたし、そのつもりで進めていた。ノート本人も了承しているものだと思い込んで、着々と準備を進めていたのだった。


 しかしながら、一方の『主賓』にして『少女勇者』、一人だけ綺麗に飾り立てられ、爪先を覆わんばかりの裾を踏みそうになりながら、ちまちまと歩を進めるノート本人だけが………この段階においても『主役はヴァルター』だと思い込んでいた。

 飾り立てられた自分の役割は、『勇者ヴァルター』を立てまくることだと………ただ一人思い込んでいたのだった。



 「あ……あるたー、………だい、じょ、ぶ?」
 「俺は問題ないが………お前は大丈夫なのか?」
 「んい……わたし、やくめ………へい、き」
 「……そうか」


 とうの本人は『勇者ヴァルター』の手を引き、人波の最中へと恭しくエスコートしたつもりだったのだろうが………

 周囲の人々の目には………付人の手を必死に握りしめ、おぼつかない足取りで歩を進める、称賛慣れしていない初々しい『少女勇者』の姿となって映り。




 「あるたー、あるたー、……これ、おにく。……おいしい。たべて、おにく」
 「解った、解ったから。落ち着け、な? お肉は逃げないから。大丈夫だからな?」
 「あるたー、おにく、……わたし、とってきて、する?」
 「いいから! ノートが食べていいから!」
 「んいい………」


 ノート自身は『勇者ヴァルター』に仕えているつもりで、彼に料理を配膳しているつもりでも……

 周囲からは……付人に自分の好物を振る舞う、微笑ましい光景にしか見えなかった。




 「あるたー、あのひと、おさ・・の……ひしょ! えらいひと、あいさつ! する…して! …しなさい!」
 「はいはい………すみません、ご報告が遅れまして」
 「いえ、子細は聞き及んでおります。……私からも御礼を」
 「……恐縮です」
 「んい!」


 『勇者ヴァルター』の顔を立てようと、有力者へヴァルター本人を紹介しているつもりであっても……

 人前で喋るのが不得手な『少女勇者』が付人の手を借りて、なんとか挨拶をこなしている………といった印象に取って変わり。





 形式張った、参列者があれこれ長々と挨拶を述べるような……面倒くさい作法に則った宴ではなく。ただ皆で飲み食いするだけという宴の内容と、密かに周囲へと目を光らせる従者ネリーたちの尽力もあって……『主賓』が挨拶をしなければならない相手は、ほんの数人に留まった。
 下心や興味本意で声を掛けようとした輩は、側に控える長耳族の少女の人を射殺さんばかりの視線に射抜かれ……ときには――周囲の人に感付かれない程に静粛性の高い――実力行使でもって………『主賓』への接触を遮られていやた。


 そのため、結局最後まで気づかれるボロが出ることは無かった。


 ノート本人はヴァルターをアピールしきったつもりでいたし、ネリー達はノートの功績と人々の反応を誇らしく感じていた。


 宴を通してのノートのがんばりは………
 結果として『人前に立つのが少し苦手な美幼女勇者と、仲睦まじく世話を焼くイケメン従者』という印象を……
 ノート本人にとって、あらゆる点で甚だ不本意な印象を、ノートの知らぬ間にカリアパカじゅうに広める結果となってしまったのだが。


 ノート本人がそのことに気がついた様子は、最後まで無かった。






 「あるたー、あるたー。みんな、いってる、ひと。ありがとうって。ゆうしゃ、ありがとう、いってる」
 「そうだな。よく頑張った」
 「んい。 ……めあ、だいじょぶ? あるたー、あり、がとう」

 タダ飯を存分に食らい、満足げに帰路についた四名。
 悠々と歩く二名と、周囲に目を光らせガン飛ばしながら歩を進める一名、そして……抱えられた一名。


 「………すみません………ノート……様………皆様……すみません………」


 商館の従業員……侍女服姿の少女達に可愛がられ、食べたこともないであろう様々な料理を絶えず勧められていたメアは………命令や指示には逆らえない性格に加えてもともとの少食さが災いし、ヴァルターの腕の中で完全にダウンしていた。

 ノート自身の着付けや身支度に掛かりっきりだった二名、ネリーとヴァルターに代わり、メアの身のまわり……入浴や洗髪、お仕着せに至るまで全て……商館の侍女たちに任せっきりにしてしまっていた。
 結果的に…見違えるほど可愛らしく着飾られたとはいえ……
 見ず知らずの他人に流されるに任せていたメアは、ノートの指示だからと、泣き言や不満のひとつも溢さず従っていた健気なその姿は……ぐったりと、青い顔をして詫びつづけていた。


 ぱんぱんに膨れたおなかを圧迫しないように、仰向けにされた状態で……ヴァルターの腕のなかに抱かれた体勢。
 ……お姫様だっこである。


 「めあー……おなか、だいじょぶ? くるしい?」
 「……はい…………すみ、ません………大丈夫、です」
 「消化器の働きが弱ってんだろうな……。長耳族エルフ謹製の胃薬飲ませたから、じき楽になるとは思うが……もう少し我慢できるか?」
 「………すみません、………ぼく、なんかに……高価な、ものを」
 「気にするな! その程度の薬なら作るのは容易い。それになにしろ……お嬢の大事な子だからな! 何かあったら大変だ」
 「んん! めあー、だいじ! ……ねりー、ありがと」
 「………ご褒美に一緒に寝てくれる?」
 「んい? いいよ?」

 無言で喜びを噛み締めるネリーを引き連れ、四名は宿へと戻っていった。
 その晩、左右を好きな娘に挟まれたネリーは、ひどくご満悦だった。





 ………………




 「まって。それ、ちがう。……はなし…ちがう」


 翌朝。

 宿に迎えに来た長の遣いに率いられ、長と再び面会を果たした三名、勇者一行。メアはおなかの調子が優れないため、シアと一緒にお留守番である。
 そこで歓待の言葉もそこそこに告げられた、約一名にとって驚愕の事実に……約一名は顔色を喪った。


 「わたし……ちがう……… あるたー、がんばった、あるたー」
 「………しかし、既に町中が大賑わいで……勇者ノート様のお姿を一目拝みたいと」
 「ゆうしゃ! あるたー! んん、んいい……わたし、ちがう! ゆうしゃちがう! あるたー! ちゃんと、せつめい」
 「ちょっと待てノート……えっ?」
 「えっ? お嬢……えっ?」
 「………んえ?」



 そこにきて、ようやく周囲と自分との認識の齟齬、そして自分の置かれた……投げ込まれた立場を把握した、彼女ノート

 ヴァルターを目立たせるためだと思っていたことが……全て彼女を目立たせることとなってしまった。
 侍女メイドが慣れない動きづらい面倒くさい服を着せたのも、ヴァルターに花を持たせるためてはなく……単に彼女を目立たせるためだった。

 その結果……カリアパカにおいて絶大な人気と知名度を得るに至っ(てしまっ)た、『少女勇者』ノートは。


 それらの事実を……ただ一人、今になって思い知り……



 「………んえ、………うええ…」


 恥も外聞もなく泣きながら……
 がっくりと、膝から崩れ落ちた。







 「………勇者、様?」
 「ちがう………わたし、ちがう……」


 ………その後。
 半ば鬼気迫る気迫とともに伝えられた、ノート曰く「しんじつ」。人質を救出したのも賊の首魁を打倒したのも船を手配したのも全てヴァルターの功績であるという「しんじつ」を伝えられ………

 「おさ、さま! しんじつ! ひろめ! つたえる! ぜったい!」
 「え、えぇ…………畏まり、ました……?」
 「んい!」

 戸惑った様子でヴァルターを見遣る長の視線に曖昧に頷き返し……ノートの本心、『可能な限り目立つのは避けたい』という願いを察したヴァルターは、了承の意を示した。
 ネリーは若干不満そうな顔をしていた。やはり彼女としてはノートがちやほやされるほうが嬉しいのだろうが……最終的にはノートの意思を尊重しようと言う結論に至ったようだ。



 「………その、しかしながら……勇者様のお姿を拝見したいという人々の声が」
 「にげよう」
 「………はい?」


 逃げよう。ノートの決断は、早かった。


 誠に不本意なことに、ノートの顔は『勇者として』知れ渡ってしまっている。そこは長の活躍に期待するとしても、一朝一夕では事実の修正捏造は果たされないだろう。
 なのでほとぼりが冷めるまで……(都合のいい)真実が広まるまで、カリアパカを離れよう………もとい、一刻も早くとんずらしようという結論に至ったようだ。

 「あるた、ねりー、にげ………んいい、かえる! じゅんび! ……いそぐ!!」
 「……おう」
 「まぁ……了解」
 「んい! よよしい!」


 何度もいうが、元々ここに来るためだった目的……卵の返還は既に果たしている。古大蛇皮の鞘袋と剣も、昨日既に受け取っている。

 であれば、この町に思い残すことはない。
 思いと裏腹に広まってしまった誤報事実は、むしろ自分たちに都合が悪い。


 あまりにも唐突な事態に、それでもなんとか引き留めようとする長の言葉も虚しく……ノートに急かされ、尻を叩かれ、逃げるように長の館を後にした。







 「んいいい………んいい…………」
 「お嬢これダメだわ。目立たないようには無理だわ」
 「ノート………凄い人気だな」
 「………ノート……様………すごい」

 憤りに任せて周囲を急かすノートと、彼女に急かされ宿をチェックアウトした一行。
 現在彼らは身体強化魔法を遠慮なく発動しながら、押し寄せる人波を躱し、掻き分け………人の多いカリアパカを縦横に疾走していた。
 身体強化魔法が十全に使いこなせないメアは昨日に引き続き、大人しくヴァルターの腕に抱えられている。

 「メア……口を閉じてるんだ。舌を噛むぞ」
 「……は、……んん、…………んっ」
 「良い子だ」
 「こんなときに口説くな馬鹿!」
 「ばーか! あるたーばーか!」
 「酷くないか!?」


 先陣を切るネリーは上空シアからの視界をもとに、なんとか包囲の薄いルートを通り……幸いにも人々に捕まることなく、兵員詰所へと到達した。
 物言いたげな兵士をノートの剣幕が押し返し、預けていた馬を引き取るや否や……

 「急げ! 追手が来るぞ!!」
 「んいい……! わたし! だいじょ!」
 「忘れ物無いな? この様子だと暫くは戻って来れんぞ」
 「んい!」
 「んんーんんん大丈夫です



 湖畔の町、カリアパカの恩人たる『勇者』一行は……

 文字通り逃げるようにして、カリアパカを出奔した。





 ………………



 「……あるたー」
 「………何でしょう」


 街道を西へ、追っ手が掛からないのを……安全であることを確認し、ノートが口を開いた。
 なお例によってノート単独で乗馬は出来ないので、ネリーの前に抱えられるように跨がっている。メアは同様にヴァルターの前。
 相変わらず一頭は荷物持ちとなっており、時折その上でシアが羽を休めていた。


 「あるたー、は……ゆうしゃと、しての………じばく、が、たりない」
 「………………ジバク?」
 「んい……そう、じばく。ゆうしゃの、じばく」
 「(資格?)」
 「(……自覚?)」


 『恨みます』と顔に書かれたような表情で、ノートがヴァルターを睨め付ける。その視線は(本人にしては)鋭く、その口調も(いつもに比べると)低く、(若干ではあるが)刺々しい。


 「あるたーは、ゆうしゃ、なの。……だいじな、こと。あるたーは、しあわせ、しないと。………ひとを、しあわせ、たすける。………わかる?」
 「……ああ。…だがそれは………それこそ救世主というなら、ノート」
 「だめ。…………わたしは、だめ」
 「な………ん……」

 みなまで言い切る前に、こうもきっぱりと明言されては……さすがに二の句が継げなかった。

 人々を幸せにするのが勇者ならば………自分などより余程勇者らしい彼女ノートが勇者となれば………そのほうが人々のためになるのではないか。
 そう思っての発言だったのだが……まるで心の内を見透かしたかのような完全否定。
 普段は何を考えているのか解らない、周囲に無頓着な彼女には似つかわしくない……あまりにもきっぱりとした、珍しく断言し切った……ある種の異変ともとれる様相。


 「わたし、は……だめ。あるたーじゃ、なきゃ……だめ」
 「………だから、それは………」
 「………ノート、様…… しかし、それは………何故……」
 「そう、そうだぞお嬢。何でお嬢じゃダメなんだ?」
 「……………んい……んい………ちがう…」



 あくまで、心に浮かんだ疑問を口に出しただけだったのだろう。
 ノートを除く三人が、軽い気持ちで口にした……その疑問。


 それに応えるノートの反応を目にしたことで、三人は自らの行いを……彼女に投げ掛けたその質問を、後悔せざるを得なかった。



 「……………わたし…は……あいなり、きゅせいしゅ、いわれた。………でも、………ちがう」

 意を決したように口を開いた……彼女ノートの、顔。


 悲嘆、諦観、絶望、虚無、慟哭、哀悼、

 そして………自嘲。



 「わたしは、……つみ、びと。……わたし、じゅうざい。………わたし、おかした………つみびと。………だから」


 様々な負の感情が入り交じり、壮絶な様相を呈した顔を彩るのは……頬に伝う透明な滴。
 見る者の心を引き裂かんばかりの、悲壮な表情で言葉を紡ぐ…未だ幼げな、ほんの小さな少女。


 「…わたしは……あくま。……ゆうしゃ、だめ。………いけない」




 この少女は、いったい何をしたのだろうか。
 そんな疑問が生じるよりも早く。

 この少女に、こんな顔をさせてしまったこと。
 まずそのことを……後悔せずには居られなかった。

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