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勇者が救世主って誰が決めた

えう

52_勇者と少女と得意分野

 なかなかに年期の入った……それでいて未だ衰えぬ堅牢さを保つ、石造りの外壁。
 街の東側に位置する、交易都市アイナリーの東門。そこから延びるのどかな街道を、のんびりと歩を進める集団があった。

 三頭の馬が一列連なって、街道を悠々と進んでいる。……しかし不思議なことに、人を乗せているのはそのうちの二頭。
 最後尾の一頭は、そう多くない荷物のみを載せ…前を進む馬に牽かれていた。


 最後尾の一頭を牽く馬に跨がるのは、小柄な人影が二つ。片手で慣れた様子で手綱を操るネリーと……彼女の胸の前で整った顔を歪め、めそめそと泣き続けるノート。
 …心の底から落胆している少女と、その保護者の一人である。

 空は清々しく晴れ渡り、絶好の行楽日和でもあるのだが…少なくとも真っ白い少女にとっては曇天、あるいは雨模様の様相であった。



 ひとりだけ下り坂の空模様、重く広がる曇天に甘んじるノート。
 その原因は、宿を出た直後に起こった。





 勇者の仕事……というよりは副業に当たるのかもしれないが、『魔物の退治』というお役目がある。
 都市と都市、あるいは村や集落を繋ぐ街道、その近辺に出没する危険な魔物を駆除し、道行く人々の安全を確保する……というものだ。

 ある程度の規模の集落であれば、自警団や周辺の砦、あるいは専門の業者などの力を借り、定期的にある程度の間引きを行っている。
 魔物の死骸から採れる素材は有用なものも多く、中には下手な家畜よりも美味な肉を持つものもいる。それらを狩ることで素材や肉を売り、それによって生計を立てる者さえいる程だ。


 だが……いくら定期的に駆除を行っていたとしても、魔物の脅威全てを排除することは出来ない。
 都市間の移動は護衛で固めるのが鉄則である。

 というのも、街道沿いとはいえ時折強力な……自警団などには到底手に負えない個体が出没することが、少なからずあるのだ。


 そんなときに重宝するのが、一般的に『狩人』と呼ばれる者たち……魔物の狩猟を明確な目的とし、それによって生計を立てる剛の者たちである。
 『勇者』と呼ばれるヴァルターもまた、『狩人』として活動する者のひとりであった。


 もっとも、勇者の行程自体が偶発的であり……狙って依頼できるようなものでは無い。
 そのため勇者の到来を知った集落は、近辺の危険な魔物の駆除依頼を、ここぞとばかりに持ってくるのが常である。

 なにしろ、そこらの狩人とは比べ物にならないほどの達成率、それでいてそこらの狩人とは比べ物にならないほどの低価格である。
 依頼を受けるかどうかは、勿論勇者本人の裁量によるものの……今代の勇者ヴァルターは真面目というか献身的というか……可能な限りの依頼を受けようとする、まさに『理想的な勇者』なのである。




 今回の出立も、こういった依頼のひとつであった。

 アイナリーの北東方角へおよそ三日、護岸高地を横切った先に広がる、巨大湖沿岸の集落。そこからアイナリーへと連なる街道付近に、とある強力な蛇の魔物が出没するという。
 そいつと、そいつの配下と思しき魔物の群れ。それらを駆除するのが、今回の目的である。


 ヴァルターの提言に、ネリーが苦笑混じりに同意する。加えてつい今朝がた同行の意を表した……一行の新たなる同行者ノートも、任せておけとばかりに意気込んで見せたのだった。




 しかしながら。
 問題が生じたのは、この後すぐだった。


 宿屋を後にした一行が向かったのは、東門付近にある詰所の支所。勇者一行には滞在中における軍馬借用権が与えられているため、そこであしを借りようという魂胆であった。



 そしてここで、事件が起こった。



 ヴァルターの乗る馬と、ネリーの乗る馬。小柄なノートはネリーの前に載せれば良いか……と考えていた保護者二人に対し、

 当の本人ノートが、
 真っ向から異議を唱えたのだった。


 当然のように保護者二人は説得に入る。小さなノートの体躯では騎乗が困難であろうことは、火を見るより明らかである。
 やんわりと現実を伝え、宥めすかす二人の声もなんのその。謎の自信をもって『だいじょうぶ』『のれる』『よゆう』を繰り返すノートは……周囲の生暖かい視線に根負けしたヴァルターがついに折れたことで、晴れて自分用のあしを手に入れたのだった。


 ノートの、不可解なほどの自信の出どころ。
 彼女は遠い遠い昔……未だ彼女がであった頃に、日常的に馬を駆っていた。移動として用いるのは勿論のこと、ときには戦場を駆け抜け敵を蹴散らし、文字通り手足の如く駆っていたのである。

 ……だが。そんなこと当然ながら知る由もない保護者たちにとっては、『こいつはいったい何を言っているんだ』以外の感想はついに浮かんでこなかった。
 また当の本人ノートでさえも、今の身体になってから騎乗した経験は、リカルドの前に載せられたのが数回だけ。
 自分一人で騎乗したことなど無いという事実が、完全に頭から抜け落ちていた。


 久方ぶりの事実確認になるが、
 彼女ノートは、とても頭が弱いのである。




 話を元に戻す。
 周囲の反対を押しきって、自分専用の軍馬を借りることに成功したノート。
 兵士たちに礼を告げて詰所を離れ、馬を引きながら堅牢そうな門扉を潜り、一行はアイナリー東門外広場へと辿り着いた。

 保護者二人の視線が揃って不安を訴える中。
 ノートは『さあ見てろよ』と言わんばかりに意気込み、鐙に足を掛ける。



 結果から言うと……五十mだった。




 そもそも自分一人で鞍に跨がることすら出来なかった。
 跨がったはいいが鐙に足が届かなかった。
 身体の小ささ故に大開脚を強いられることとなった。
 引っ込みがつかなくなったのか馬の腹を蹴って無理矢理走らせ、まともに身体を固定できずに振動で股間をしたたかに突き上げられ、思わず倒れ込み馬の首に必死に抱きつき恥も外聞もなく泣きじゃくり、保護者が大慌てで必死に馬を停めるまでに要した距離が……五十m。


 「……お嬢。私の前、乗るか?」
 「………………のる」
 「お嬢の馬、兵隊さんに返してくるか?」
 「……やだ」
 「………そっか。…じゃあ彼には……お嬢の代わりに荷物積んでもらおうな」
 「…………んい」


 沈痛な面持ちの一同により、積み荷の配置転換が行われて……暫し。
 先程の狂乱など、まるで気のせいであったかのように……穏やかな陽気の中を、のんびりと歩み進んでいく。


 「お嬢大丈夫だって。元気出そう? ……わかった。私と一緒に練習しよう、な? 私の上に跨がって良いから。私に跨がって練習して良いから!」
 「お前………最低だな……」



 ネリーの前に載せられ、気持ちのいい陽気の中をゆっくりと進みつつも……

 ノートは決して短くない間、
 どんよりと雲に覆われていたのだった。

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