勇者が救世主って誰が決めた
45_白い少女の新しいお部屋
数日後。
……案の定、宿屋の周りは大騒ぎになった。
どこからともなく噂が広がったのか……
路地を入った人気の少ない宿屋、その一階の食堂は……多くの街人で賑わっていた。
こっそり心配していた従業員の採用も、どうやらなんとか間に合ったらしい。
絶望的な様子ではなく、あくまでも『嬉しい悲鳴』といったところか。忙しさに目が回るような様子だが、幸いにもパンクするまでは至っていないようだった。
……数日前。
ノートが引っ越しをするという噂は、既にかなり広がっていた。そして彼らの関心はもちろん……『どこへ引っ越すのか』というものだ。
家を買うのでは。いや借りるのでは。いやいや彼女はまだ幼い、隊長の家にお世話になるのでは。
…もしかして、アイナリーを去ってしまうのでは。
噂と共に、いつのまにか不安が広がり……詰所の者たちへと、やんわりとした質問が相次いだ。
「お嬢の引っ越しさぁ。……噂でここまで騒ぎになるとは……正直思ってなかったんだが」
「いや……普通思わない。俺も思わなかった」
「えああ………」
「ぴぴ?」
ノートの現私室……もとい医務室で顔を付き合わせる、四人。
引っ越しのために招集された勇者に事情を説明し、これから準備に入ろうかといったところだ。
とはいえ、もともと持ち物の少なかったノート。引っ越しの荷物といっても、もともと剣一式と外套……そして貰いものの服くらいしか持ち物が無い。城が買える白金貨の束は、厳重に包まれノートの剣帯に収められている。
「作戦ってほどじゃないが」
一同を見回し、ネリーが口を開く。
「普通に道を歩くと、当たり前だが人目につく。なのでいっそ、屋根の上を跳んでこうと思う」
「ここから東区までか? ……俺達は良いがこの子…………いや、なんでもない」
「……んい?」
勇者から視線を向けられた少女は、可愛らしく小首を傾げている。身体のほうはもう心配していないが、指示がちゃんと伝わっているか。そこは心配だ。
「えっと……ノート、私、ついてきて。ネリー、ついてきて。わかる?」
「やうす。……ねりーに、ついていく」
「あーーーめっちゃ良い子ーーー!!」
まっすぐに見上げる少女の視線に、絶叫するネリー。思わず浮かれていた彼女だが、すぐに気を取り直す。
……今回走るのは整地された道ではない。危険の多い……そもそも走る想定はされていない屋根上なのだ。
「えっと……ノート、屋根の上。たてもの、うえ。走る。大丈夫?」
「んい。だい、じょうぶ。よゆう」
「……愚問だったな」
そうだ。考えてみれば、聞くまでもなかったた。
恐らくこの子……魔力も回復し、十全に身体強化を使えるノートは、この場の誰よりも身軽に動ける。人鳥であるシアは、そもそも屋根上を走る必要がない。
どうやら……心配する必要はなさそうだ。
リカルドを始めとする詰所の面々とは、予め打ち合わせは済ませてあった。
さすがに街の治安を守る立場上、屋根上を走っていくことには難色を示されたものの……最終的には『見て見ぬ振りをしてもらう』ということで、半ば無理矢理納得させた。
荷造りも済んだ。許可も(無理矢理)取った。
「お嬢。準備いいか? 忘れ物無いか?」
「んい! だい、じょーぶ!」
時間帯的には、まだまだ朝。朝食を摂った四人は準備を整え、先頭のネリーが窓枠に足を掛ける。
アイナリーの街は、まだそこまで賑わい出していない。昼前の混雑する時間を避けるためにも、手早く済ませなければならない。
それに、荷物を移して終わりではない。この子が私物らしき私物を持ち合わせていないことは、よく知っている。宿に滞在するのがどれ程の期間なのかは解らないが、色々と必要なものもあるだろう。
色々と、買い出しに連れていってやらなければならない。
なにはともあれ、善は急げだ。
「よしじゃあ行くぞ! 付いてこい!」
「んい!」
目指すは東区。路地裏の宿。
四つの人影は……お行儀悪く詰所を後にした。
……………
アイナリーの建築物は、石と木の混合構造であることが多い。
形を整えた石をガッチリと積み上げて壁を作り、太い木の梁を渡して床を組む。
私たちが拠点に据えた宿も、同様の造りであった。
馬車かかろうじてすれ違える程度の……お世辞にも広いとは言えない通りに面した、三階建てのなかなかに大きな建物。
一階部分は入り口正面やや左手に大きなカウンターが鎮座し、主人のおっちゃんが目を見開いて立っている。バーカウンターと宿の受付を兼ねているらしいその後ろには調理場と、昼食の仕込みに追われる従業員の姿が見てとれる。
右手に視線をやると……やや広い空間には幾つもの丸テーブルと、それらを囲むように配された椅子が並ぶ。テーブルの数は六つ、椅子は全部で三十ほど。そこは見ての通り、食事や飲物の提供が為される場所のようだ。
カウンターの脇には上半分がガラス張りの扉があり、そこには『宿泊者専用』の文字。ここから先は、部屋の鍵を持った者しか立ち入ることが出来ない。その扉の奥には男女別の浴室と水周り、そして客室へと続く階段が配されている。
「やどや! やどや! ここ? ねりー、ここ!?」
「ああそうだ! 結構いい感じだろ? というわけでおっちゃん世話になるぜ」
「えっ!? あの………えっ!? ………はい。 ………えっ?」
目を輝かせるノートを引き連れ、目を白黒させるおっちゃんを横目に、カウンター脇の扉へ向かう。
客室の鍵……部屋番号の彫られた札に繋がる鍵は、二本。そのうちの一本を使い、扉を解錠する。
「ここの扉は、開けたら閉める。他のお客さんの迷惑になるからな。あけたら、しめる。解るか?」
「んい…………あてたま、しねる?」
「しねは駄目だ。しめる。……こう」
最後尾の勇者が扉をくぐり、カチャリと施錠する。
「んい。ゆうしゃ、しねる」
「……しめる、な。しめる」
「しねる」
宿泊者・従業員専用スペースは、入って右手に水周りが集約されている。宿泊者専用の男女別トイレと、こじんまりとした浴室。その奥…階段脇の扉は、洗濯スペースへと続いている。
扉の真正面には、木製の階段。中ほどで一旦折り返し、二階…そして三階へと続いている。
「部屋は三階なんだけど……お嬢階段大丈夫か? 肩車する?」
「んいい……だい、じょうぶ。よゆう」
さすがに小さな子どもが宿泊することは考えられていないのか、手すりの位置は大人の腰のあたり。……まだ小さい彼女にとっては、お世辞にも余裕とは言えない。
「んいっ。……んいっ。……んいっ」
両手で手すりを掴み、半ばぶら下がるようにしながらも……一段ずつ懸命によじ登る彼女。
一見大変そうではあるが、その顔には……満面の笑みが浮かんでいる。
……喜んでいるのだ。宿屋へと来て。自分の脚で階段を上り。
そんな彼女のいじらしい姿を堪能しながら、決して急かすことはせず、勇者共々粛々と追従する。
二階と三階…客室階は、階段正面は突き当りまで廊下が通っており、その左右両側に部屋が並んでいる。二階は片側に五部屋、計十部屋。そして三階は片側三部屋、全六部屋。二階は寝台一つの一人部屋、三階は寝台二つずつの二人部屋である。
私たちはなんと……一人それぞれで二人部屋を借りるという暴挙に出ていた。
いや、勿論最初はそんなつもりではなかった。ちゃんと一人部屋にしようとしていた。さすがに勇者と同室は嫌なので、一人部屋を二つ借りようとした。
しかしながら元々そこまで繁盛していなかったらしく、我々がここを使いたいと申し出たとき、喜んだ主人は大盤振る舞いを見せてくれた。
一人部屋の代金そのままで、それぞれに二人部屋を宛がってくれたのだ。
……曰く、ただでさえ空室だらけの、持て余している客室であること。
私たちが長期滞在の予定であったこと。
そして……連れが勇者であったこと。
確かに『勇者御用達』という看板は、ある種の宣伝になるのだろう。
どこまでも人の良さそうな宿の主人……おっちゃんは、余らせていても仕方がないと、そして将来的な来客増加に繋がるからと……特別価格で三階を貸してくれたのだった。
そして、今回の頼みについても……同様に一人部屋価格で押さえてくれた。
さすがに申し訳なく思ったものの……「でしたら、食事はなるべくここで食べてって下さい。そうしてお金を使って頂ければ、それで充分です」との言葉に甘えることにした。
……小さいながらもよく食べるこの新しい住人にとっては、お安い御用だろう。
「わあああああ」
懸命な努力の末、やっと三階の客室へと到着した彼女。
鍵を開け、扉を開いたときの彼女の顔は……ごちそうさまでした。
「ねりー! ねりー! ここ、のーと、おへや? ここ!?」
「そうだぞ! 気に入ったか?」
「やうす! やうす!!」
ぱたぱたと可愛らしく駆け出す彼女を温かく見守り、私達は荷物を運びこむ。……とはいっても包みがたった一つだけなのだが。
階段を登り切って、すぐ左の部屋。そこがノートの新しい部屋だ。
三階の部屋は、寝台が二つ納められた二人部屋だ。寝床はもちろん、スペース的にも余裕を持った作りになっている。左側の壁際に二つ並んだ寝台と、小さな丸テーブルに椅子が二つ。旅人や行商人の利用も想定しているらしく、寝台の逆側の壁は丸々収納棚となっていた。
扉から見て真正面の壁には窓があり、幸いにも隣家の屋根の上から、それなりの眺望を得られている。いままでの医務室が一階だったこともあり、この眺めはかなり新鮮に映ったようだ。
部屋はしっかりと清掃が行き届いており、壁にも隙間は見られない。大通りと離れているとはいえ、それでも雑踏は殆ど聞こえない。
この部屋でこの厚待遇は、正直破格だ。
……しかし、引っ越しと意気込んだものの…包みが一つ。
いくらなんでも私物が少なすぎる。
「……後でお嬢の雑貨、買いに行くか」
「そうだな。……なるべく散財したほうが良いんだろ?」
「ああ。いい意味でお前の顔を覚えさせなきゃなんねぇ。頼むぞ勇者」
「了解だ」
外見相応の無邪気さでもって、自分の新居を堪能している様子のノート。
それは…彼女自身が空腹で音を上げるまで続いた。
……案の定、宿屋の周りは大騒ぎになった。
どこからともなく噂が広がったのか……
路地を入った人気の少ない宿屋、その一階の食堂は……多くの街人で賑わっていた。
こっそり心配していた従業員の採用も、どうやらなんとか間に合ったらしい。
絶望的な様子ではなく、あくまでも『嬉しい悲鳴』といったところか。忙しさに目が回るような様子だが、幸いにもパンクするまでは至っていないようだった。
……数日前。
ノートが引っ越しをするという噂は、既にかなり広がっていた。そして彼らの関心はもちろん……『どこへ引っ越すのか』というものだ。
家を買うのでは。いや借りるのでは。いやいや彼女はまだ幼い、隊長の家にお世話になるのでは。
…もしかして、アイナリーを去ってしまうのでは。
噂と共に、いつのまにか不安が広がり……詰所の者たちへと、やんわりとした質問が相次いだ。
「お嬢の引っ越しさぁ。……噂でここまで騒ぎになるとは……正直思ってなかったんだが」
「いや……普通思わない。俺も思わなかった」
「えああ………」
「ぴぴ?」
ノートの現私室……もとい医務室で顔を付き合わせる、四人。
引っ越しのために招集された勇者に事情を説明し、これから準備に入ろうかといったところだ。
とはいえ、もともと持ち物の少なかったノート。引っ越しの荷物といっても、もともと剣一式と外套……そして貰いものの服くらいしか持ち物が無い。城が買える白金貨の束は、厳重に包まれノートの剣帯に収められている。
「作戦ってほどじゃないが」
一同を見回し、ネリーが口を開く。
「普通に道を歩くと、当たり前だが人目につく。なのでいっそ、屋根の上を跳んでこうと思う」
「ここから東区までか? ……俺達は良いがこの子…………いや、なんでもない」
「……んい?」
勇者から視線を向けられた少女は、可愛らしく小首を傾げている。身体のほうはもう心配していないが、指示がちゃんと伝わっているか。そこは心配だ。
「えっと……ノート、私、ついてきて。ネリー、ついてきて。わかる?」
「やうす。……ねりーに、ついていく」
「あーーーめっちゃ良い子ーーー!!」
まっすぐに見上げる少女の視線に、絶叫するネリー。思わず浮かれていた彼女だが、すぐに気を取り直す。
……今回走るのは整地された道ではない。危険の多い……そもそも走る想定はされていない屋根上なのだ。
「えっと……ノート、屋根の上。たてもの、うえ。走る。大丈夫?」
「んい。だい、じょうぶ。よゆう」
「……愚問だったな」
そうだ。考えてみれば、聞くまでもなかったた。
恐らくこの子……魔力も回復し、十全に身体強化を使えるノートは、この場の誰よりも身軽に動ける。人鳥であるシアは、そもそも屋根上を走る必要がない。
どうやら……心配する必要はなさそうだ。
リカルドを始めとする詰所の面々とは、予め打ち合わせは済ませてあった。
さすがに街の治安を守る立場上、屋根上を走っていくことには難色を示されたものの……最終的には『見て見ぬ振りをしてもらう』ということで、半ば無理矢理納得させた。
荷造りも済んだ。許可も(無理矢理)取った。
「お嬢。準備いいか? 忘れ物無いか?」
「んい! だい、じょーぶ!」
時間帯的には、まだまだ朝。朝食を摂った四人は準備を整え、先頭のネリーが窓枠に足を掛ける。
アイナリーの街は、まだそこまで賑わい出していない。昼前の混雑する時間を避けるためにも、手早く済ませなければならない。
それに、荷物を移して終わりではない。この子が私物らしき私物を持ち合わせていないことは、よく知っている。宿に滞在するのがどれ程の期間なのかは解らないが、色々と必要なものもあるだろう。
色々と、買い出しに連れていってやらなければならない。
なにはともあれ、善は急げだ。
「よしじゃあ行くぞ! 付いてこい!」
「んい!」
目指すは東区。路地裏の宿。
四つの人影は……お行儀悪く詰所を後にした。
……………
アイナリーの建築物は、石と木の混合構造であることが多い。
形を整えた石をガッチリと積み上げて壁を作り、太い木の梁を渡して床を組む。
私たちが拠点に据えた宿も、同様の造りであった。
馬車かかろうじてすれ違える程度の……お世辞にも広いとは言えない通りに面した、三階建てのなかなかに大きな建物。
一階部分は入り口正面やや左手に大きなカウンターが鎮座し、主人のおっちゃんが目を見開いて立っている。バーカウンターと宿の受付を兼ねているらしいその後ろには調理場と、昼食の仕込みに追われる従業員の姿が見てとれる。
右手に視線をやると……やや広い空間には幾つもの丸テーブルと、それらを囲むように配された椅子が並ぶ。テーブルの数は六つ、椅子は全部で三十ほど。そこは見ての通り、食事や飲物の提供が為される場所のようだ。
カウンターの脇には上半分がガラス張りの扉があり、そこには『宿泊者専用』の文字。ここから先は、部屋の鍵を持った者しか立ち入ることが出来ない。その扉の奥には男女別の浴室と水周り、そして客室へと続く階段が配されている。
「やどや! やどや! ここ? ねりー、ここ!?」
「ああそうだ! 結構いい感じだろ? というわけでおっちゃん世話になるぜ」
「えっ!? あの………えっ!? ………はい。 ………えっ?」
目を輝かせるノートを引き連れ、目を白黒させるおっちゃんを横目に、カウンター脇の扉へ向かう。
客室の鍵……部屋番号の彫られた札に繋がる鍵は、二本。そのうちの一本を使い、扉を解錠する。
「ここの扉は、開けたら閉める。他のお客さんの迷惑になるからな。あけたら、しめる。解るか?」
「んい…………あてたま、しねる?」
「しねは駄目だ。しめる。……こう」
最後尾の勇者が扉をくぐり、カチャリと施錠する。
「んい。ゆうしゃ、しねる」
「……しめる、な。しめる」
「しねる」
宿泊者・従業員専用スペースは、入って右手に水周りが集約されている。宿泊者専用の男女別トイレと、こじんまりとした浴室。その奥…階段脇の扉は、洗濯スペースへと続いている。
扉の真正面には、木製の階段。中ほどで一旦折り返し、二階…そして三階へと続いている。
「部屋は三階なんだけど……お嬢階段大丈夫か? 肩車する?」
「んいい……だい、じょうぶ。よゆう」
さすがに小さな子どもが宿泊することは考えられていないのか、手すりの位置は大人の腰のあたり。……まだ小さい彼女にとっては、お世辞にも余裕とは言えない。
「んいっ。……んいっ。……んいっ」
両手で手すりを掴み、半ばぶら下がるようにしながらも……一段ずつ懸命によじ登る彼女。
一見大変そうではあるが、その顔には……満面の笑みが浮かんでいる。
……喜んでいるのだ。宿屋へと来て。自分の脚で階段を上り。
そんな彼女のいじらしい姿を堪能しながら、決して急かすことはせず、勇者共々粛々と追従する。
二階と三階…客室階は、階段正面は突き当りまで廊下が通っており、その左右両側に部屋が並んでいる。二階は片側に五部屋、計十部屋。そして三階は片側三部屋、全六部屋。二階は寝台一つの一人部屋、三階は寝台二つずつの二人部屋である。
私たちはなんと……一人それぞれで二人部屋を借りるという暴挙に出ていた。
いや、勿論最初はそんなつもりではなかった。ちゃんと一人部屋にしようとしていた。さすがに勇者と同室は嫌なので、一人部屋を二つ借りようとした。
しかしながら元々そこまで繁盛していなかったらしく、我々がここを使いたいと申し出たとき、喜んだ主人は大盤振る舞いを見せてくれた。
一人部屋の代金そのままで、それぞれに二人部屋を宛がってくれたのだ。
……曰く、ただでさえ空室だらけの、持て余している客室であること。
私たちが長期滞在の予定であったこと。
そして……連れが勇者であったこと。
確かに『勇者御用達』という看板は、ある種の宣伝になるのだろう。
どこまでも人の良さそうな宿の主人……おっちゃんは、余らせていても仕方がないと、そして将来的な来客増加に繋がるからと……特別価格で三階を貸してくれたのだった。
そして、今回の頼みについても……同様に一人部屋価格で押さえてくれた。
さすがに申し訳なく思ったものの……「でしたら、食事はなるべくここで食べてって下さい。そうしてお金を使って頂ければ、それで充分です」との言葉に甘えることにした。
……小さいながらもよく食べるこの新しい住人にとっては、お安い御用だろう。
「わあああああ」
懸命な努力の末、やっと三階の客室へと到着した彼女。
鍵を開け、扉を開いたときの彼女の顔は……ごちそうさまでした。
「ねりー! ねりー! ここ、のーと、おへや? ここ!?」
「そうだぞ! 気に入ったか?」
「やうす! やうす!!」
ぱたぱたと可愛らしく駆け出す彼女を温かく見守り、私達は荷物を運びこむ。……とはいっても包みがたった一つだけなのだが。
階段を登り切って、すぐ左の部屋。そこがノートの新しい部屋だ。
三階の部屋は、寝台が二つ納められた二人部屋だ。寝床はもちろん、スペース的にも余裕を持った作りになっている。左側の壁際に二つ並んだ寝台と、小さな丸テーブルに椅子が二つ。旅人や行商人の利用も想定しているらしく、寝台の逆側の壁は丸々収納棚となっていた。
扉から見て真正面の壁には窓があり、幸いにも隣家の屋根の上から、それなりの眺望を得られている。いままでの医務室が一階だったこともあり、この眺めはかなり新鮮に映ったようだ。
部屋はしっかりと清掃が行き届いており、壁にも隙間は見られない。大通りと離れているとはいえ、それでも雑踏は殆ど聞こえない。
この部屋でこの厚待遇は、正直破格だ。
……しかし、引っ越しと意気込んだものの…包みが一つ。
いくらなんでも私物が少なすぎる。
「……後でお嬢の雑貨、買いに行くか」
「そうだな。……なるべく散財したほうが良いんだろ?」
「ああ。いい意味でお前の顔を覚えさせなきゃなんねぇ。頼むぞ勇者」
「了解だ」
外見相応の無邪気さでもって、自分の新居を堪能している様子のノート。
それは…彼女自身が空腹で音を上げるまで続いた。
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