勇者が救世主って誰が決めた
46_従者と勇者と買い物メモ
東地区の裏路地に建つ、三階建ての…ノートの新居となった宿屋の、一階。
お昼どきを迎え、私達はとりあえず食事を摂ることにした。
「服はあるんだっけ? ……あるか? 無いな。服も買わねぇと」
「あと靴だろう。ちゃんと足に合った履物を見つけないと」
「了解靴な。服と、靴。あとは何だろうな…何も無さ過ぎて見当つかねぇ………。とりあえず優先順位立てねぇと」
「毛布の一枚でもあった方が良いのでは? 子どもは体温調整が苦手だろう、体調を崩さんとも限らない」
「寝る環境変わったからな。候補に入れとくか。あとは何だ……ほか何か欲しいもんあるか? お嬢?」
「……ん? ………んい、ほしい…たべる?」
「食べない食べない。もうちょっと待って。もうすぐだから」
午後から買い出しに行くにあたって、とりあえず買わなければならないものを列挙していく。とはいえ女の子の一人暮らしに必要なものなど……自分達にはなかなか思い浮かばない。
勇者はあまり期待できないだろうし、何を隠そう私もあまり自信が無い。エルフの一人立ちはやや毛色が異なる上、私はその中でもひときわ異端だった。
とりあえず我々はダメだ。誰かに意見を求めるのが最適だろう。そう思い……周囲に視線を巡らす。
先刻はおっちゃん一人だったカウンターには、給仕と思しき従業員が二人、作業しているのが見て取れる。注文した昼食を準備してくれているらしく、この分だともう少しで料理が届きそうだ。
食堂部分の客は、今のところ私たち三人だけ。……シアは念の為、部屋で留守番して貰っている。ノートのお陰で以前よりは受け容れられたといえ、あの子のことを住人全員が認知しているわけではない。無用な混乱は避けたい。
……ただでさえ、これからしばらくは混乱の見通しなのだ。
食堂の丸テーブルを囲む、私たち三人。
厨房とカウンターで作業している従業員の視線が、こちらに集中しているのを感じる。
………いや、『こちら』というのは些か語弊があっただろう。彼ら彼女らの視線は、この小さな白い少女…ノートに注がれていた。
先程、昼食を摂りに降りてきたところで…おっちゃんに質問を受けた。
「ネリー様、その……先日仰っていた『もう一人』というのは…まさか」
「ああ、この子だ。まだ小さいが良い子だぞ。そんなに心配は掛けないと思うし……もし何かあったら勇者が責任取る」
そういえば『もう一部屋借りたい』としか言っていなかった気がする。後で説明しようとしていたような気もするが、正直忘れていた気がする。
「い、いえ! そこは大丈夫です! いやー本当夢のようですよ!」
「んな大げさな……ほらお嬢、挨拶しような。あいさつ」
「んい、んい、……のーと、です。……よろしつ、おねまいします」
従業員一同があからさまに大喜びしていたのが、ついさっき。
……そう遠くないうちに、ノートがここにいることは広まるだろう。
「お……お待たせしました!」
それからヴァルターとあまり進捗のない相談をすること暫し。
ぎこちなさが隠し切れない様子の、まだ年若い給仕の女性により、食事が運ばれて来た。
本日のメニューは温かい丸パンとスープ、根野菜と肉の煮込み、そして葉野菜のサラダ。宿泊客の食事メニューは基本的にお任せであるが、別料金で食堂の提供メニューから追加することも出来るらしい。
しかしながら、基本メニューだけでも充分な量だ。ちゃんと日替わりでメニューを用意してくれるらしいので、その点もありがたい。
さすがに三人分は量があるのか、それとも他に客がいないからか。給仕の女性二人とおっちゃんの計三人、ホール係総出で料理を運んできてくれた。
「ごはん! ごはん! たべて、いい? ねりー、いい?」
「ああ。いいぞ。ゆっくり食えよ」
「んい! いままきます!」
「いただきます」
待ちきれない様子ではあったが、律儀に食前の挨拶を述べると……ノートはいそいそと食事に取り掛かった。小さい手と口を精一杯動かし、身体中で幸せを表現しながら、食事を堪能する。
その様子を目にし、自然と手が止まる。自分の顔が緩むのを感じる。
ふと見ると、給仕の女性と主人のおっちゃんも……調理場の従業員も、ノートに視線が釘付けであった。
「少し、いいか?」
「………えっ? は、はい! すみません!」
「いや、こっちこそいきなり申し訳ない」
料理を持ってきてくれたおっちゃんに声を掛ける。正直私たちの意見だけでは、あまりにも自信がない。
「お嬢……ノートの身の回り揃えようと思うんだけど、女の子の一人暮らしって何買えば良いかね? ……恥ずかしながら私らじゃ…服くらいしか思い浮かばなくて」
「そうですね……」
顎に手を当て、ノートを見据えて考え込むおっちゃん。そういえば彼も仕事中だっただろうに、仕事の手を止めてしまった。何から何まで申し訳ない、今後どこかで恩返しも考えておかなければ。
そしてお嬢は周囲の視線など一切気にせず、相変わらず自分のペースでもくもくと食事を続けている。頬をいっぱいにして口を動かすその様子はどこか小動物じみていて、控えめに言ってとても可愛い。
「水周りが各階一箇所しか無いですので……飲み水を入れられる水筒やカップがあると良いのではないでしょうか。あとは入浴後に身体を拭く布や、着替えなり洗濯なりに使う籠……といった感じですかね? ……まあ、このあたりはお貸しすることも出来ますが」
「おお」
言われてみればその通りだ。私達は当然のように持っているため『新しく揃える』という認識から抜け落ちていたが、水筒やカップが無ければ何かと不便だろう。
というか、私たちの旅道具の中に見落としが色々ありそうな気がする。手提灯や財布、普段使いのポーチなんかも使い慣れているのがあったほうがいいだろう。そのあたり改めて当たってみる必要がありそうだ。
「…なるほど、参考になった。ありがとう」
「いえいえ。また何かありましたらお申し付け下さい」
「ああ。……あー、多分もうすぐ騒がしくなるけど……申し訳ない」
「いえいえそんな! 光栄ですよ、ウチなんか選んで貰えて」
しきりに恐縮しながらも、おっちゃんは戻っていった。
私たち自身、ノートの人気っぷりは理解しているつもりだ。今日の買い出しを終える頃には恐らく所在が露見し……ともすると住人たちが押し寄せているかもしれない。
いや、別にやましいことをしているわけでは無い。堂々としていれば良いのだが、彼女目当てに大勢が詰めかけると……正直どうなるかは解らない。
尤も、それはこの宿にとって望ましいことなのだろうが。
だがそもそもアイナリーの治安は割と良いほうだ。誰彼構わず出入りできた詰所に居座っていた際も、大した問題は生じていなかったのだ。いよいよともなれば私たちが目を光らせていればいい。
……少なくとも私は、この子をずっと見ていても飽きない。
今もこうして、懸命にもぐもぐと口を動かして眦を下げ、白く細い喉を動かして嚥下する彼女。………ああ、可愛い。食べてるお嬢可愛い。食べちゃいたい。
「ねりー」
「んお? どした? お嬢」
ぼーっと見つめる私の視線に気づいたのか、ノートが顔を上げる。
整った顔で可愛らしく小首を傾げ、
「ごはん。あったかいの、おいしい。……たべて」
彼女にしては珍しい、若干むすっとした声色で…告げた。
早く食べろと、冷めないうちに食えと、至極尤もなご指摘を下さった。
ふと、横に目を向けると……同意だとばかりに頷く勇者。
気が付けば料理に手付かずなのは私だけだった。二人は既に半分近く片づけている。
……この子は本当に、よくできた子だ。
お昼どきを迎え、私達はとりあえず食事を摂ることにした。
「服はあるんだっけ? ……あるか? 無いな。服も買わねぇと」
「あと靴だろう。ちゃんと足に合った履物を見つけないと」
「了解靴な。服と、靴。あとは何だろうな…何も無さ過ぎて見当つかねぇ………。とりあえず優先順位立てねぇと」
「毛布の一枚でもあった方が良いのでは? 子どもは体温調整が苦手だろう、体調を崩さんとも限らない」
「寝る環境変わったからな。候補に入れとくか。あとは何だ……ほか何か欲しいもんあるか? お嬢?」
「……ん? ………んい、ほしい…たべる?」
「食べない食べない。もうちょっと待って。もうすぐだから」
午後から買い出しに行くにあたって、とりあえず買わなければならないものを列挙していく。とはいえ女の子の一人暮らしに必要なものなど……自分達にはなかなか思い浮かばない。
勇者はあまり期待できないだろうし、何を隠そう私もあまり自信が無い。エルフの一人立ちはやや毛色が異なる上、私はその中でもひときわ異端だった。
とりあえず我々はダメだ。誰かに意見を求めるのが最適だろう。そう思い……周囲に視線を巡らす。
先刻はおっちゃん一人だったカウンターには、給仕と思しき従業員が二人、作業しているのが見て取れる。注文した昼食を準備してくれているらしく、この分だともう少しで料理が届きそうだ。
食堂部分の客は、今のところ私たち三人だけ。……シアは念の為、部屋で留守番して貰っている。ノートのお陰で以前よりは受け容れられたといえ、あの子のことを住人全員が認知しているわけではない。無用な混乱は避けたい。
……ただでさえ、これからしばらくは混乱の見通しなのだ。
食堂の丸テーブルを囲む、私たち三人。
厨房とカウンターで作業している従業員の視線が、こちらに集中しているのを感じる。
………いや、『こちら』というのは些か語弊があっただろう。彼ら彼女らの視線は、この小さな白い少女…ノートに注がれていた。
先程、昼食を摂りに降りてきたところで…おっちゃんに質問を受けた。
「ネリー様、その……先日仰っていた『もう一人』というのは…まさか」
「ああ、この子だ。まだ小さいが良い子だぞ。そんなに心配は掛けないと思うし……もし何かあったら勇者が責任取る」
そういえば『もう一部屋借りたい』としか言っていなかった気がする。後で説明しようとしていたような気もするが、正直忘れていた気がする。
「い、いえ! そこは大丈夫です! いやー本当夢のようですよ!」
「んな大げさな……ほらお嬢、挨拶しような。あいさつ」
「んい、んい、……のーと、です。……よろしつ、おねまいします」
従業員一同があからさまに大喜びしていたのが、ついさっき。
……そう遠くないうちに、ノートがここにいることは広まるだろう。
「お……お待たせしました!」
それからヴァルターとあまり進捗のない相談をすること暫し。
ぎこちなさが隠し切れない様子の、まだ年若い給仕の女性により、食事が運ばれて来た。
本日のメニューは温かい丸パンとスープ、根野菜と肉の煮込み、そして葉野菜のサラダ。宿泊客の食事メニューは基本的にお任せであるが、別料金で食堂の提供メニューから追加することも出来るらしい。
しかしながら、基本メニューだけでも充分な量だ。ちゃんと日替わりでメニューを用意してくれるらしいので、その点もありがたい。
さすがに三人分は量があるのか、それとも他に客がいないからか。給仕の女性二人とおっちゃんの計三人、ホール係総出で料理を運んできてくれた。
「ごはん! ごはん! たべて、いい? ねりー、いい?」
「ああ。いいぞ。ゆっくり食えよ」
「んい! いままきます!」
「いただきます」
待ちきれない様子ではあったが、律儀に食前の挨拶を述べると……ノートはいそいそと食事に取り掛かった。小さい手と口を精一杯動かし、身体中で幸せを表現しながら、食事を堪能する。
その様子を目にし、自然と手が止まる。自分の顔が緩むのを感じる。
ふと見ると、給仕の女性と主人のおっちゃんも……調理場の従業員も、ノートに視線が釘付けであった。
「少し、いいか?」
「………えっ? は、はい! すみません!」
「いや、こっちこそいきなり申し訳ない」
料理を持ってきてくれたおっちゃんに声を掛ける。正直私たちの意見だけでは、あまりにも自信がない。
「お嬢……ノートの身の回り揃えようと思うんだけど、女の子の一人暮らしって何買えば良いかね? ……恥ずかしながら私らじゃ…服くらいしか思い浮かばなくて」
「そうですね……」
顎に手を当て、ノートを見据えて考え込むおっちゃん。そういえば彼も仕事中だっただろうに、仕事の手を止めてしまった。何から何まで申し訳ない、今後どこかで恩返しも考えておかなければ。
そしてお嬢は周囲の視線など一切気にせず、相変わらず自分のペースでもくもくと食事を続けている。頬をいっぱいにして口を動かすその様子はどこか小動物じみていて、控えめに言ってとても可愛い。
「水周りが各階一箇所しか無いですので……飲み水を入れられる水筒やカップがあると良いのではないでしょうか。あとは入浴後に身体を拭く布や、着替えなり洗濯なりに使う籠……といった感じですかね? ……まあ、このあたりはお貸しすることも出来ますが」
「おお」
言われてみればその通りだ。私達は当然のように持っているため『新しく揃える』という認識から抜け落ちていたが、水筒やカップが無ければ何かと不便だろう。
というか、私たちの旅道具の中に見落としが色々ありそうな気がする。手提灯や財布、普段使いのポーチなんかも使い慣れているのがあったほうがいいだろう。そのあたり改めて当たってみる必要がありそうだ。
「…なるほど、参考になった。ありがとう」
「いえいえ。また何かありましたらお申し付け下さい」
「ああ。……あー、多分もうすぐ騒がしくなるけど……申し訳ない」
「いえいえそんな! 光栄ですよ、ウチなんか選んで貰えて」
しきりに恐縮しながらも、おっちゃんは戻っていった。
私たち自身、ノートの人気っぷりは理解しているつもりだ。今日の買い出しを終える頃には恐らく所在が露見し……ともすると住人たちが押し寄せているかもしれない。
いや、別にやましいことをしているわけでは無い。堂々としていれば良いのだが、彼女目当てに大勢が詰めかけると……正直どうなるかは解らない。
尤も、それはこの宿にとって望ましいことなのだろうが。
だがそもそもアイナリーの治安は割と良いほうだ。誰彼構わず出入りできた詰所に居座っていた際も、大した問題は生じていなかったのだ。いよいよともなれば私たちが目を光らせていればいい。
……少なくとも私は、この子をずっと見ていても飽きない。
今もこうして、懸命にもぐもぐと口を動かして眦を下げ、白く細い喉を動かして嚥下する彼女。………ああ、可愛い。食べてるお嬢可愛い。食べちゃいたい。
「ねりー」
「んお? どした? お嬢」
ぼーっと見つめる私の視線に気づいたのか、ノートが顔を上げる。
整った顔で可愛らしく小首を傾げ、
「ごはん。あったかいの、おいしい。……たべて」
彼女にしては珍しい、若干むすっとした声色で…告げた。
早く食べろと、冷めないうちに食えと、至極尤もなご指摘を下さった。
ふと、横に目を向けると……同意だとばかりに頷く勇者。
気が付けば料理に手付かずなのは私だけだった。二人は既に半分近く片づけている。
……この子は本当に、よくできた子だ。
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