勇者が救世主って誰が決めた
40_魔王と女王と勇者の剣
「あの子はずーっと昔……私の配下だった子の一人でね。少々寝坊助なところはあるけど、根は真面目な可愛い子だったよ。懐かしいなぁ……」
『わ、わ、わ、あの、わ、あわ、わわ』
先生がのほほんと思い出話に花を咲かせている。傍らには不可視の鎖で地に縫い止められた、人蜘蛛の少女。この子とわたし…先生以外の二人(?)は……目の前の様子を呆然と見つめている。
「昔っから思い込みが激しいというか……頑固というか…………眷属想いだったもんなぁ……懐かしいなぁ」
のんびりとした声とは明らかに場違いな…狂気的な光景。
見上げる程に高く、気圧される程に巨大な女王蟻が……耳障りな音と瓦礫を盛大に撒き散らしながら、壁の一部分をひたすらに乱打している。
女王が執拗な攻撃を加えている、一点。
わたしの記憶が正しければ……そこは……勇者がいたはずだ。
『いた、は正しくないね。いるが正解だ』
『そんなあ』
繭はおろか、この空間全体に張り巡らされている、人蜘蛛の防護魔法。それを易々と引き千切り、壁や床を騎士型以上に割り砕きながら、立て続けにその剛腕を振り下ろし続ける女王。
明らかにやばい。やばすぎない?勇者しんだ?
『いやーなかなかやるね、生きてるよ彼。……いやむしろすごいのは私か? 私の支援魔法凄すぎ?』
『せんせい、あの、せんせい、あれ、……あの、あれ』
『ははは、ちょーっと予想外だったね。恐らくこの子の願いが……『助けてほしい』、『勇者を止めてほしい』という願いのみが、届いてしまったからだろうね。不完全な転生で自我もあやふや。…危険だよ、こいつは』
『あわ、あわわわ』
驚いたことに、勇者はまだ生きているという。……目の前の光景があまりにも衝撃的過ぎて、これに巻き込まれて生きているということが信じられないが、生きているという。
……少なくとも、今はまだ。
『そうだねぇー……さすがに女王は彼の手に余るかな……』
『そん、なに』
『私の直々の配下だったからね。そんじょそこらの魔族とは比べ物にならないよ。………それに寝惚けてるのか、少々正気を欠いてる。危険だね』
『……このままだと、ゆうしゃ』
『はっはっは。……まぁ、やばいかな』
こともなげに、先生は言い切った。
『あの子は……本来この時代に居てはいけない存在だ。戦闘力はご覧の通り。あの頃よりも盛大に弱体化した人族に勝ち目は無い。……まぁ君も似たようなものだが、あの子は輪をかけて危険だ。なにせ人を殺すことに何の躊躇もない』
『あえ……あええ……』
『良くも悪くも眷属想いだからねぇ……割と最悪なタイミングのお目覚めだよ。ヒトに対する報復も充分考えられる』
『だ、だめ……! とめ、ないと…』
『……そうだね。少々蟲魔を甘く見ていたようだ』
一度世界を滅ぼした、あのとき。……人族の都を焼き払う引き換えとして勇者の力を借り……ほかの配下共々、確かに殺したと思っていたのだが。どうやら彼女の眷属…人蜘蛛の能力を甘く見ていたようだ。恐らく死の間際の女王の中身…『魂』を引き上げ、人知れず眠りに就かせていたのだろう。
……完全に無力な卵の状態では、さすがの私でも見つけ出すことは不可能。
いや。完全に殺したと思い込んでいた。
千七百余年前の戦争では、女王単騎で国ひとつを滅ぼした程の……動く災厄。
本格的に動き出す前に止めなければ、比喩ではなく人が滅ぶ。
『出るしか無いかね。……いけるね?』
『とうぜん。……わたしも、ゆうしゃ』
『…そうだったね。良い子だ』
であれば……人蜘蛛(この子)には眠っていて貰おう。これから行うこと、そしてその行く末を見られれば……絶対に私達の望む結果とはならない。
「悪く思うな…というのも無理か。 ………シュラーベ・テーア、イル」
[き、きき、き………]
人蜘蛛の何かを訴えるような視線が……ついに途切れる。
変化のない少女の表情。その瞼が、ゆっくりと落ちる。拘束に懸命に抗っていた身体から力が抜け……動きが止まる。
「……急ごう。ここから先は任せるよ。…間に合うかな」
『んい、わかった。……ぜんりょくで、いく』
元々軽かった身体だが…今はそれ以上に軽々と動ける。
身体は『全盛期』とまでは行かなくとも……魔王による魔法支援のお陰で、それ相応の運動能力は備わっている。
であれば問題ない。大昔に一度戦った……一度殺した相手だ。不覚は取らない。
「ある・りーまーら。 ら・りいんふぉーす。あーで、ら・えくすてんど。……あーで、ら・まーだー。…………いる」
人蜘蛛の防御魔法の供給が途切れ、振動と崩落が大きくなっている。さっさと片付けなければ、勇者と仲良く生き埋めだ。勘弁願いたい。
「………んい」
軽く勢いをつけて駆け出し、とりあえず女王の横っ腹に飛び蹴りを叩き込むべく、跳躍する。
身体の継ぎ目、節の部分。甲殻を纏う生命にとって共通の弱点部位であるそこへ、鋭い加速で得た運動エネルギーを脚に乗せ……一気に叩き込む。
『……おれない』
『………折る気だったのかい』
鈍く響いた音とともに……女王の巨体が、宙を舞った。
『コーマ、メイ・クラフタ。……シュターク・ヴィント』
体勢を崩しつつもその巨体で踏ん張り、踏みとどまった女王。
しかしながら先生の拘束魔法、不可視の鎖がその巨体に絡み付き、動きを封じる。
………あれ、封じてない…?
『いやー参ったね。簡略詠唱じゃ足止めにしかなんないわ。力ずくで振り解かれる』
なんと。ちくしょう、いそがないと。
勇者はどこだ。ちゃんと生きてるんだろうな。
引き伸ばされた…周囲の時間の流れがゆっくりと感じられる感覚の中、勇者を探す。
先程まで女王が砕き続けていた壁際、ぽっかりと開けられた巨大な穴。
その中……ほぼ中央に、勇者は立っていた。
肩で息をしながら。その顔を恐怖で引きつらせながら。
しかしながら……目立った怪我も、被弾した形跡もない。
「あれ……ゆうしゃ、ぶじ……?」
「………………………ノート………か?」
「………んい、……やうす」
二本の白剣を構え、引きつった表情でいながら……あの乱打を捌き続けた勇者。
軍をを滅ぼし、城塞を打ち砕き、国をも殺した動く災害……その執拗な攻撃を、一度も受けることなく凌ぎ切った勇者。
『へぇ……ちょっと見直したよ。これなら充分使えそうだね』
「…んい。……つかえ、そう」
「………え?」
どうやら…わたしたちの思っていた以上に、彼は強そうだ。
「ゆうしゃ。あれ、とめる。もうひと、がんばり」
「…………ああ。なんとか…止めないと」
「そうだね。奴を止めないと人は滅ぶ。……残念だがこれは脅しじゃ無い」
視界の先。拘束に抗い続ける女王の巨体が、膨れ上がる。
魔力の鎖が……魔王の拘束が悲鳴を上げる。
「急ごう。……ズィー・アーデ、メイ・クラフタ。リ・インフォース……イル」
「わたし、が、くずす。…ゆうしゃは、じゃくてん。ねらって」
「…心得た」
ついに、女王が拘束を引き千切る。
対抗呪文や対結界魔具でもなく、単純な肉体強度と馬鹿力でもって、強引に拘束呪文を打ち砕く。
「あーで。りじっと、いる」
身体全強化の上から二重に重ねた自己強化に、更にもう一枚……これで四重。
外装硬化を体表面に展開すると同時、そのまま女王の脚を蹴り飛ばす。
身体の外に纏った外装硬化の魔法は、そのまま強力な斥力魔法となる。身体を覆う斥力の鎧は、巧く使えば攻防一体の強力な鎧でもあるが、肌に触れたもの全てを……防具や装備さえも弾き飛ばすデメリットが存在する。
…………が。元々何も身に着けていなければ、全く何の問題もない。潤沢な魔力で多重強化されたわたしの蹴りが、女王の巨大な脚を思い切り蹴り払う。
女王の体を支えるために、地面に突き立てられていた脚が……地を抉りながら弾き飛ばされる。
だが…………硬い。
ここまで強化して尚、関節を折り飛ばすことが出来なかった。やはり有効打と成り得るのは『勇者の剣』……対魔力生命体特攻武器でなければ、こいつには通らない。
しかしそれでも。女王はその巨体故に重量もきわめて大きい。その巨躯を支える脚が一本払われれば、他の脚に掛かる負荷は当然増える。
攻撃に用いようと、大きく振り上げている二本の前足。重量を支えている四本のうち、今しがた蹴り払ったのが……左中の一本。そのまま左後ろのもう一本、破壊は諦めて先端部分を蹴り飛ばし……
ついに踏ん張ることが出来なくなり、女王は左に大きく傾き、腹が地に着いた。
勇者に向かって一撃を繰り出そうと振り上げていた前足も、体重を支えようと地に打ち付けられ、攻撃の機会を逸している。
『コーマ。コーマ。メィクーア。トレーフドリーフ。ホールァ、ラーファ』
白兵戦に集中するわたしの中で、先生が詠唱を続ける。
われながら……いや、われわれながら反則じみていると思う。こんな立ち回りを繰り広げながらも、先生は妨害されることなく詠唱を続けられる。
「スィレィア、カヴァート。今度こそ逃しはしない。……シュターク・ヴィント・アーデ。イル」
先生の織り込んだ魔法詠唱、その発動句がわたしの口から零れ、
今ひとたび、拘束の魔法が女王を縛り上げる。
先程とは違い、詠唱節も念入りに。おまけに女王はバランスを崩し、踏ん張りの効かない体勢である。
……さすがの女王とて、これは振りほどきようが無い。
………とはいえ、わたしたちに残された時間も少ない。
「勇者!胸だ!!心核を!!」
叫んだときには、既に彼は動いていた。
重ね掛けされた魔王の強化魔法により、速さと正確さを格段に増した足さばきで駆ける勇者。巨体を支えようと地に突き立てた女王の前足、その前腕部を駆け上がり、上端に達するや身を屈め力を貯め……
跳躍と同時。
引き絞られた弓が射られるように、真っ直ぐ突き出された右手の剣が、
堅固な胸殻を貫き、背にまで突き抜け、……そして光が爆ぜた。
狂ったように上がっていた女王の声が止み、
数瞬置いて……その巨体が傾き……
盛大な砂埃と地響きを立て、ついに女王は倒れ………
そして二度と動かなかった。
『わ、わ、わ、あの、わ、あわ、わわ』
先生がのほほんと思い出話に花を咲かせている。傍らには不可視の鎖で地に縫い止められた、人蜘蛛の少女。この子とわたし…先生以外の二人(?)は……目の前の様子を呆然と見つめている。
「昔っから思い込みが激しいというか……頑固というか…………眷属想いだったもんなぁ……懐かしいなぁ」
のんびりとした声とは明らかに場違いな…狂気的な光景。
見上げる程に高く、気圧される程に巨大な女王蟻が……耳障りな音と瓦礫を盛大に撒き散らしながら、壁の一部分をひたすらに乱打している。
女王が執拗な攻撃を加えている、一点。
わたしの記憶が正しければ……そこは……勇者がいたはずだ。
『いた、は正しくないね。いるが正解だ』
『そんなあ』
繭はおろか、この空間全体に張り巡らされている、人蜘蛛の防護魔法。それを易々と引き千切り、壁や床を騎士型以上に割り砕きながら、立て続けにその剛腕を振り下ろし続ける女王。
明らかにやばい。やばすぎない?勇者しんだ?
『いやーなかなかやるね、生きてるよ彼。……いやむしろすごいのは私か? 私の支援魔法凄すぎ?』
『せんせい、あの、せんせい、あれ、……あの、あれ』
『ははは、ちょーっと予想外だったね。恐らくこの子の願いが……『助けてほしい』、『勇者を止めてほしい』という願いのみが、届いてしまったからだろうね。不完全な転生で自我もあやふや。…危険だよ、こいつは』
『あわ、あわわわ』
驚いたことに、勇者はまだ生きているという。……目の前の光景があまりにも衝撃的過ぎて、これに巻き込まれて生きているということが信じられないが、生きているという。
……少なくとも、今はまだ。
『そうだねぇー……さすがに女王は彼の手に余るかな……』
『そん、なに』
『私の直々の配下だったからね。そんじょそこらの魔族とは比べ物にならないよ。………それに寝惚けてるのか、少々正気を欠いてる。危険だね』
『……このままだと、ゆうしゃ』
『はっはっは。……まぁ、やばいかな』
こともなげに、先生は言い切った。
『あの子は……本来この時代に居てはいけない存在だ。戦闘力はご覧の通り。あの頃よりも盛大に弱体化した人族に勝ち目は無い。……まぁ君も似たようなものだが、あの子は輪をかけて危険だ。なにせ人を殺すことに何の躊躇もない』
『あえ……あええ……』
『良くも悪くも眷属想いだからねぇ……割と最悪なタイミングのお目覚めだよ。ヒトに対する報復も充分考えられる』
『だ、だめ……! とめ、ないと…』
『……そうだね。少々蟲魔を甘く見ていたようだ』
一度世界を滅ぼした、あのとき。……人族の都を焼き払う引き換えとして勇者の力を借り……ほかの配下共々、確かに殺したと思っていたのだが。どうやら彼女の眷属…人蜘蛛の能力を甘く見ていたようだ。恐らく死の間際の女王の中身…『魂』を引き上げ、人知れず眠りに就かせていたのだろう。
……完全に無力な卵の状態では、さすがの私でも見つけ出すことは不可能。
いや。完全に殺したと思い込んでいた。
千七百余年前の戦争では、女王単騎で国ひとつを滅ぼした程の……動く災厄。
本格的に動き出す前に止めなければ、比喩ではなく人が滅ぶ。
『出るしか無いかね。……いけるね?』
『とうぜん。……わたしも、ゆうしゃ』
『…そうだったね。良い子だ』
であれば……人蜘蛛(この子)には眠っていて貰おう。これから行うこと、そしてその行く末を見られれば……絶対に私達の望む結果とはならない。
「悪く思うな…というのも無理か。 ………シュラーベ・テーア、イル」
[き、きき、き………]
人蜘蛛の何かを訴えるような視線が……ついに途切れる。
変化のない少女の表情。その瞼が、ゆっくりと落ちる。拘束に懸命に抗っていた身体から力が抜け……動きが止まる。
「……急ごう。ここから先は任せるよ。…間に合うかな」
『んい、わかった。……ぜんりょくで、いく』
元々軽かった身体だが…今はそれ以上に軽々と動ける。
身体は『全盛期』とまでは行かなくとも……魔王による魔法支援のお陰で、それ相応の運動能力は備わっている。
であれば問題ない。大昔に一度戦った……一度殺した相手だ。不覚は取らない。
「ある・りーまーら。 ら・りいんふぉーす。あーで、ら・えくすてんど。……あーで、ら・まーだー。…………いる」
人蜘蛛の防御魔法の供給が途切れ、振動と崩落が大きくなっている。さっさと片付けなければ、勇者と仲良く生き埋めだ。勘弁願いたい。
「………んい」
軽く勢いをつけて駆け出し、とりあえず女王の横っ腹に飛び蹴りを叩き込むべく、跳躍する。
身体の継ぎ目、節の部分。甲殻を纏う生命にとって共通の弱点部位であるそこへ、鋭い加速で得た運動エネルギーを脚に乗せ……一気に叩き込む。
『……おれない』
『………折る気だったのかい』
鈍く響いた音とともに……女王の巨体が、宙を舞った。
『コーマ、メイ・クラフタ。……シュターク・ヴィント』
体勢を崩しつつもその巨体で踏ん張り、踏みとどまった女王。
しかしながら先生の拘束魔法、不可視の鎖がその巨体に絡み付き、動きを封じる。
………あれ、封じてない…?
『いやー参ったね。簡略詠唱じゃ足止めにしかなんないわ。力ずくで振り解かれる』
なんと。ちくしょう、いそがないと。
勇者はどこだ。ちゃんと生きてるんだろうな。
引き伸ばされた…周囲の時間の流れがゆっくりと感じられる感覚の中、勇者を探す。
先程まで女王が砕き続けていた壁際、ぽっかりと開けられた巨大な穴。
その中……ほぼ中央に、勇者は立っていた。
肩で息をしながら。その顔を恐怖で引きつらせながら。
しかしながら……目立った怪我も、被弾した形跡もない。
「あれ……ゆうしゃ、ぶじ……?」
「………………………ノート………か?」
「………んい、……やうす」
二本の白剣を構え、引きつった表情でいながら……あの乱打を捌き続けた勇者。
軍をを滅ぼし、城塞を打ち砕き、国をも殺した動く災害……その執拗な攻撃を、一度も受けることなく凌ぎ切った勇者。
『へぇ……ちょっと見直したよ。これなら充分使えそうだね』
「…んい。……つかえ、そう」
「………え?」
どうやら…わたしたちの思っていた以上に、彼は強そうだ。
「ゆうしゃ。あれ、とめる。もうひと、がんばり」
「…………ああ。なんとか…止めないと」
「そうだね。奴を止めないと人は滅ぶ。……残念だがこれは脅しじゃ無い」
視界の先。拘束に抗い続ける女王の巨体が、膨れ上がる。
魔力の鎖が……魔王の拘束が悲鳴を上げる。
「急ごう。……ズィー・アーデ、メイ・クラフタ。リ・インフォース……イル」
「わたし、が、くずす。…ゆうしゃは、じゃくてん。ねらって」
「…心得た」
ついに、女王が拘束を引き千切る。
対抗呪文や対結界魔具でもなく、単純な肉体強度と馬鹿力でもって、強引に拘束呪文を打ち砕く。
「あーで。りじっと、いる」
身体全強化の上から二重に重ねた自己強化に、更にもう一枚……これで四重。
外装硬化を体表面に展開すると同時、そのまま女王の脚を蹴り飛ばす。
身体の外に纏った外装硬化の魔法は、そのまま強力な斥力魔法となる。身体を覆う斥力の鎧は、巧く使えば攻防一体の強力な鎧でもあるが、肌に触れたもの全てを……防具や装備さえも弾き飛ばすデメリットが存在する。
…………が。元々何も身に着けていなければ、全く何の問題もない。潤沢な魔力で多重強化されたわたしの蹴りが、女王の巨大な脚を思い切り蹴り払う。
女王の体を支えるために、地面に突き立てられていた脚が……地を抉りながら弾き飛ばされる。
だが…………硬い。
ここまで強化して尚、関節を折り飛ばすことが出来なかった。やはり有効打と成り得るのは『勇者の剣』……対魔力生命体特攻武器でなければ、こいつには通らない。
しかしそれでも。女王はその巨体故に重量もきわめて大きい。その巨躯を支える脚が一本払われれば、他の脚に掛かる負荷は当然増える。
攻撃に用いようと、大きく振り上げている二本の前足。重量を支えている四本のうち、今しがた蹴り払ったのが……左中の一本。そのまま左後ろのもう一本、破壊は諦めて先端部分を蹴り飛ばし……
ついに踏ん張ることが出来なくなり、女王は左に大きく傾き、腹が地に着いた。
勇者に向かって一撃を繰り出そうと振り上げていた前足も、体重を支えようと地に打ち付けられ、攻撃の機会を逸している。
『コーマ。コーマ。メィクーア。トレーフドリーフ。ホールァ、ラーファ』
白兵戦に集中するわたしの中で、先生が詠唱を続ける。
われながら……いや、われわれながら反則じみていると思う。こんな立ち回りを繰り広げながらも、先生は妨害されることなく詠唱を続けられる。
「スィレィア、カヴァート。今度こそ逃しはしない。……シュターク・ヴィント・アーデ。イル」
先生の織り込んだ魔法詠唱、その発動句がわたしの口から零れ、
今ひとたび、拘束の魔法が女王を縛り上げる。
先程とは違い、詠唱節も念入りに。おまけに女王はバランスを崩し、踏ん張りの効かない体勢である。
……さすがの女王とて、これは振りほどきようが無い。
………とはいえ、わたしたちに残された時間も少ない。
「勇者!胸だ!!心核を!!」
叫んだときには、既に彼は動いていた。
重ね掛けされた魔王の強化魔法により、速さと正確さを格段に増した足さばきで駆ける勇者。巨体を支えようと地に突き立てた女王の前足、その前腕部を駆け上がり、上端に達するや身を屈め力を貯め……
跳躍と同時。
引き絞られた弓が射られるように、真っ直ぐ突き出された右手の剣が、
堅固な胸殻を貫き、背にまで突き抜け、……そして光が爆ぜた。
狂ったように上がっていた女王の声が止み、
数瞬置いて……その巨体が傾き……
盛大な砂埃と地響きを立て、ついに女王は倒れ………
そして二度と動かなかった。
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