勇者が救世主って誰が決めた

えう

29_危険と安全と選択肢

 目が、覚めた。

 目に映るのは、雲ひとつない青空。
 背中に感じるのは、ごつごつした小石と砂利。


 ……からだが、とても重い。

 ………あしが、とても痛い。


 手足に送った『動け』という命令に対して…からだがそれに従うのが、遅い。
 やっと動いたと思っても………動かす手足にものすごい抵抗を感じる。

 まるで水のなかでもがいているように……
 身体が、思うように動かない。



 「………こんな、ばっかり」

 つい先日まで、毒にやられてろくに動けずにいた身としては慣れたことだが…こうも寝たきりでは、何のために島を出たのか解らないではないか。
 せっかく受け入れてくれたリカルドのためにも、寝てばっか生活は返上しなければ。



 ………リカルド


 「!!そうだ、りかるの!!」

 大事なことを思いだし、(自分の中では)素早く起き上がる。
 身体に掛けられていた愛用の外套が、ばさりと地面に落ちる。砂埃が付いてしまうだろうが、それどころじゃない。きょろきょとろ周囲を見回し、目的の人物が二本の・・・足で・・立ち上がっているのを見て、心からの安堵を洩らした。


 「……りかる、の。 ………よか、った」
 「……………ノート…」

 起き上がったわたしに気づき、ちゃんと言葉を返してくれる。

 でも、どうしたのだろう。



 リカルドだけではない。彼の部下の兵士たちも、ネリーも、………勇者さえも、険しい顔で一方向を睨み付けて……

 ………武器を、構えている。



 [ギギ、ギ………  目、ガ……覚メタ、カ]

 金属の擦れるような耳障りな声が、耳に届く。
 ものすごく嫌な予感にそちらを振り向き………絶句した。


 ……そう、だ。
 あいつらを一匹とはいえ取り逃がした以上、こうなることはある程度予測できた筈だった。
 あのときは、他に選択肢がなかった。リカルド達を死なせないためには、そうするほかなかったと心から思っている。




 だからといって。


 立ち塞がるヒトガタの魔蟲、三騎・・を見てしまったことの慰めには……これっぽっちもならないのだが。





 「……わあ……まずい」

 これは、どう考えても、まずい。
 わたしを守るように、皆が警戒体制を敷いてくれているが……いざ襲い掛かられたら果たして数秒堪えられるか。

 わたしの身体は今や、完全に弱体化してしまっている。
 無理矢理身体を動かしていた魔力は完全に枯渇し、足裏の症状を抑え込んでいた鎮痛魔法も、沈黙している。満足に身体を動かすことすら困難。一歩歩くごとに足裏を刺激が襲い、背骨の内側にぴりぴりと響くような、なんともいえない刺激に耐えなければならない。

 ………どう考えても、戦えない。



 そこまで考えて、違和感を覚える。
 その違和感を裏付けするかのように、音が響いた。


 [我ラ、ハ……… 用ガ、アル………  ギギ………… ソコノ、幼体………ヒトツ、ノミ]
 [ギ ギギギ……  ……ヒト、ノ、群レ、 ……生存、可能性、ナイ]
 [生存、望ム、ハ……… ソノ幼体、我ラ、与エル、 ……我ラ、主、ノタメ… ……幼体、用ガアル、ノミ]

 「……んい。 …なる、ほど」
 「………ッ!こいつら…ふざけやがって!!」
 なるほど、いきなり襲い掛かってこないだけましかと思ったが、なかなかどうして条件が厳しいではないか。ネリーなんかは怒りも露に、犬歯を剥き出しにして吼えている。他の者たちも声には出さずとも、だいたい同様の表情を覗かせている。

 つまるところ、……もちろんこの場にいる者たちも含めた、人々を殺し尽くされたくなければ……蟲どもやつらのところへ来い、という申し出らしい。


 ……とはいえそもそも、魔物がわたしを率先して害することは、無い筈である。
 あの島・・・の中心部で相対し、生存本能が全力で警鐘を鳴らし、……股間から漏れ出る生暖かさで内股を濡らす羽目になった元凶の、超災害級の魔物たち。暴力と理不尽と絶望が形を成したような彼らですら、この身体には一定の敬意を持ってくれているようだった。
 であれば目の前のこいつら程度、到底おしっ……恐怖を漏らす程でもない文字通りの蟲ケラが、魔王の加護をもつこの身体を害する可能性は低いだろう。

 考えてみれば先程の一件も、こちらから殺しに向かっただけだった。



 リスクは、恐らく……少ない。

 リターンは……好きな人たちの、生命の保障。


 拒絶した場合は………全滅。




 なんだ。考えるまでもなかった。



 「………やくそく、できる…の?」
 「……………ノート?」
 表情のわかりづらい『奴ら』と、視線がぶつかる。
 顔色や目線から思考を察することは出来ないが、わたしには魔王の権能がある。朧気とはいえ、ある程度は思考を、意思を、読み取ることは可能。
 「……あなた、たち、が。 んい……ひと、おそわない。 ………それは、ほんと?」
 [ギ、ギギ、 ……偽リ、 虚偽、 嘘、 ……否定]
 「おそわない。………それに、うそは、ない?」
 [ギギ……  …ナイ、断定、 人ノ群レ、危害、 終ワル]
 「…待て。………待て、ノート。………おまえは……何を…」


 意識を集中し、奴らの思考……意思を、読み取ろうと気張る。
 …どうやら今の言葉に、嘘偽りは無さそうだ。また同時にこいつらが、わたしに危害を加えるつもりが無いこともわかった。彼らがわたしに望んでいることまでは解らなかったが、どうやら助けてほしい、何かをしてほしいと思っているということまでは、知ることが出来た。

 意思の疎通が図れる程度の知能をもつ魔物であれば、直接言葉を交わせなくとも、その意図を知ることが出来る。この世界で恐らく自分のみが可能な、戦うこと以外の、今持てるわたしの能力ちから
 ……魔王のからだ、めっちゃ便利。


 とりあえず、状況はわかった。
 蟲どもは何かを助けてほしいと、わたしに同行を求めてきた。
 その代わりに今後、人を襲うことはないと……危害を加えることはないと、そう目の前のこいつらは確約した。
 そして魔王の権能もちの自分には、こいつらの思考がわかる。わたしには、こいつらの嘘は通用しない。……まあそもそも嘘をつくのは人という生きものだけだという話もあったか。まあ今はどうでもいいが。

 恐らくここまで知っているのは自分だけだが、こうして落ち着いて考えてみると、腑に落ちる部分もあるように思えた。

 ……そもそも、人々を人質にとられたとあっては、元より選択の余地は無かったのだが。
 先日の、蟲の大群による襲撃。あれは恐らくは先見隊のようなものだったのだろう。今回のような襲撃があったことから、本隊はもっと大きな規模だろう。魔殻蟲の全容は知れない。ヒトガタのような(比較的)強力な個体も、どれ程存在しているのかもわからない。

 リカルドや、ネリー、シア、兵士のみんな、……アイナリーのみんなの安全が確保されるのなら、……そうする価値もあると思う。
 ここ数日の付き合いとはいえ、おいしい食べものを食べさせてくれたり、身のまわりの世話を焼いてくれたり。どこの馬の骨とも知れないわたしに良くしてくれた、アイナリーの人たち。

 ……その人たちの、安全が買えるなら。
 それも、いいか。べつにしぬわけじゃないし。


 「…んい、わたっ、た」
 「ノート!?」
 「ついて、いく。………だから、やくそく」
 「何を言っている!?止めろノート!!」
 「馬鹿!!お前死ぬ気か!?」
 勇者が驚愕とともに振り向き、ネリーも『信じられない』といった顔で詰め寄り、肩を両手で掴んでがくがくと揺すってくる。
 二人の……いや、ここにいる全員の懸念は、尤もだと思う。しかしながらリスクとリターンをかんがみると、現状それしか手段は無い。…繰り返しになるが、奴らにわたしを害するつもりは無いのだ。


 だから。

 「だい、じょうぶ。 ……みんな、あんぜん」
 「……ノート!!」
 「んい、……だいじょ、ぶ」

 そりゃあ本当に「人々のために、お前が死ね」と言われれば、当然のように抵抗しただろう。不安が全く無いかと聞かれれば、無いとは言えない。
 わたしはまだこの世界を満喫していない。死にたくは、ない。

 だが現状、これが最も有効的な手段なのだ。
 彼らに付いていき、奴らの頼みとやらを聞く。恐らく奴らの『主』とやらが関係してくるのだと思う。わたしに何をさせるのかは解らないが、わたしを名指しで指定するくらいだ。わたしにも出来ることだろう。


 だから、大丈夫。

 「だから、ぜったい。 ……やくそく。ひと、おそわない。ぜったい」
 [ギギギギギ………  絶対、断定、 …人ノ群レ、危害、 終ワル]
 [同意、……断定、スル、 ……危害、否定]
 […同意、………危害、ヲ、終ワル、 人、生存]
 「……んい」
 ならばよし。行くとしよう。

 「駄目だノート……! やめて……やめてくれ…!!」
 「………んんん、んいいい」
 尚も縋りつき、食い下がるネリー。どうしてそんなに悲壮な顔をしているのか。
 彼女のことは好きだし、心配してくれるのはとてもありがたいが……今生の別れでもあるまい、そろそろわかってほしい。

 「ねりー、ごめん、ね。 ……また、こんど」
 「!? お前……」
 硬直するネリーの手をそっと解き、後ろ髪を引かれる思いで、彼女に背を向ける。
 しかしながら先程まで大騒ぎだったネリーが、急に静かになってしまった。これはこれで心配だが、これ以上こじれるのも大変そうだ。
 「ひろって。……はこんで」
 そのままヒトガタへ向かい、そう告げる。今のわたしは勇者はおろか、並の一〇歳児より足が遅い自信がある。日が暮れるまで掛かりたくなければ、運んで貰った方が賢明だ。
 幸い、蟲とはいえどもその程度の知恵はあったのか、軽々と持ち上げてくれた。鋭い爪を畳み、痛そうな突起に触れないように担ぎ上げてくれたのには、若干ではあるが感心した。

 ……その担ぎ方がいわゆる『おひめさま抱っこ』なのは気に食わないが。今のわたしはこんな様だが、元々は男だった身だ。そんな自分が軽々と担ぎ上げられ、一切の表情を崩されなかったのには……色々と複雑な心境だった。
 「んいいいい………くやしい」
 [ギギ、ギギギギ…… 行ク、 動ク、 …備エヨ]
 「んい……わか、った」

 わたしの収まりを確認したのか、ヒトガタ共が一様に振り返る。
 ……そうだ、忘れていた。


 「ゆうしゃ、わたしの、けん。 ……あと、まんと」
 突如として投げられた言葉に、ヴァルターがこちらを見る。


 「もってて。……あとで、かえして」


 拾っておいて。無くさないように。
 他のひとにこういうことを頼むのは気が引けるが、下僕ゆうしゃになら気負いしない。遠慮なく雑事を押し付けることが出来る。
 とうの勇者は聞いているのかいないのか、ぽかんと目と口を開いたまま。あほ丸出しだった。


 「んん。 ………………あとで、かえして」


 ちゃんと聞いているのか。この下僕は。
 怒っているアピールをするように。気持ち睨み付けるように、再度告げる。

 その返事を確認するまで待たずに、
 ヒトガタが足を屈め……その肩に隠され、勇者は視界から消えた。


 その直後。
 ヒトガタの跳躍による急激な加速度で、抱え込まれた体勢のわたしの頬は押し潰され…


 同時に、意識も押し潰された。






 …………


 ……………………





 三騎のヒトガタが去ったあと。
 そこには呆然と立ちすくむ、十ばかりの人だけが、残された。

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