勇者が救世主って誰が決めた

えう

22_疑念と不安と適材適所

 「オーテルが健在だというのは……本当なのか?」
 「んだよ?お前も信じてくんねーの?傷付くわー」
 「……あるたー、ひどいやつ」
 「……ぴゅぴぴ」
 ネリーの友達使い魔シアとの視覚共有により、アイナリーよりも陸路でおよそ三日の距離にある町……オーテルを偵察した結果、今後の方針をある程度定めることが出来た。
 ……のだが、勇者様はどうやら信じられない様子。


 「せっかくシアがひとっ飛び行って来てくれたのになー?街で可愛い女の子と遊んでた勇者様は信じてくれないんだってよー」
 「ぴゅ……ぴゅぴ……」
 「しあ、かわいそう……よし、よし、いいこ」
 「いや……その………」
 三人の責めるような視線に耐えかね……気まずさに目を逸らす勇者。遠く離れたオーテルの様子を伺うことが出来たのも、シアの視界とそれを共有するネリーの協力あってのことだった。



 使い魔と使役者との間には、魔術的な繋がりが生じている。
 それを利用したもので、使い魔の五感を一時的に重ねる術が存在しており、それは今回のような偵察において高い効果を発揮する。
 五感の感度そのものは使い魔本来のものに依存しており、術者はあくまで『間借りしている』だけ。使い魔の知覚できる以上のものは、術者も知覚することが出来ない。
 ……蝙蝠の視覚で広く遠くを見渡したり、犬の視覚で赤や緑を識別することは、ほぼ不可能なのである。

 そのような点から見ても、獲物を見定めるための極めて良好な視力を持ち、大きな翼に風を纏い高速で自在に飛翔でき、足掛け三日の距離をひとっ飛び出来る人鳥ハルピュイアは、索敵や偵察において無類の高性能を誇っていた。



 「お前はいっつもそうだよな?自分の見たことしか信じられねーからって、何でもかんでも自分でやろうとしてさ?」
 黙ったまま、何も答えられないヴァルター。
 目の前のエルフの少女……保護者を自称するネリーの言うことは、事実であった。かつて自分が勇者たるべく修練に明け暮れていた頃は、何もかも自分の目で見て、自分の耳で聞いたことでしか判断しようとしなかった。
 ……他人を、信用しようとしなかったのだ。

 とはいえ、その度にネリーからのお説教もあり、最近はやっと他人のことを信用し始めたと思ったのだが。
 「人一人で集められる情報なんざタカが知れてんだよ。得意不得意があってなんぼなんだからよ。得意な奴に任せりゃ良いんだって」
 何か凹むことがあると、連鎖的に悪い癖が顔を出してくる。
 可愛いお嬢ちゃんとぶつかったことで、抱えていた不安が蘇ったのだろうか。しかしながらその後の彼は、彼女の影響もあって落ち着きを取り戻しているように見える。
 …落ち着いてさえいれば、こいつは問題ないのだが。

 「………それともやっぱ…私らが信じられねーか?」
 「そういう……わけでは………」
 ……途端に顔を伏せ、表情を曇らせる勇者。
 「……悪い。意地の悪い聞き方したな。………まぁ行きゃ分かるさ。私らを信じとけって」

 他者を信じろ。私を信じろ。
 彼を励ます際によく口にした言葉。それを聞いてか、納得したような……落ち着いた表情になってくれた。それでこそだ。

 「…んで、出発はいつだ?」
 「明日一日、準備に当てる。明後日の朝だ」
 「……お嬢と離れんの嫌だなぁ」
 「んい……? ねりー、しゅ、ぱつ?」
 「そうなんだよ……気が重いわー……」
 オーテルへの出発が明後日。つまりノートを可愛がれるのは、今日明日の二日しか残されていない。

 「揉んだり舐めたり吸ったりは……さすがに無理だよなぁ」
 「……何サラッと漏らしてんだ」
 「………? ……んーい?」

 可愛らしく首をかしげる、白い少女。
 その姿を見つめるネリーの視線は……とても熱の篭ったものだった。






 「と!いうわけで!今日はここで寝させてくれ!!」
 「お、落ち着いてください!ネリー様!」

 今までにない気迫でケリィに詰め寄るネリー。
 ケリィの認識として、彼女は勇者様の付き人であり、勿論無下に扱うことのできない相手である。その相手が勢いよく頭を下げ、地に這いつくばるかという勢いで頼み込んできたのだ。混乱も仕方のないことだろう。
 しかもその頼みの内容というのが、また混乱に拍車をかけていた。


 詰所の医務室で、ノートと一緒に寝させてほしい。


 反対はしないけれども、さすがに私の一存では決められない。お姫ちゃんも人の付き合いが苦手というわけでは無いだろうが、他者と同じ部屋で二人っきりで眠るというのは、さすがにノート本人の了承も必要だろう。

 ………そう応対をしたところ、反ってきた返答に度肝を抜かれた。




 『二人っきり』ではない、と。


 「…………ハル……ピュイア……?」
 「ぴゅ……?」
 いつのまに。いつのまに魔獣が……人鳥が兵員詰所に。しかもあろうことかお姫ちゃんと抱擁を交わし……物凄く馴染んでいる?

 「ネリー、様?この子は……」
 「私の眷族。シアだ。……隠してて悪かったな。人はこの子に…あまりいい反応しないだろ?」
 「……っ、申し訳ございません」
 「いや大丈夫だ。慣れてる。……それにほら見てみ?いい子だろ?かわいいだろ?」
 「そう……ですね……。こんなに大人しい子は……初めて見ました」
 「……ぴゅう」
 人鳥といえば人族にとって駆除対象とされる、殺し殺される関係の種族ではあるが……目の前の小さな人鳥の穏やかそうな顔は、……とても害意のあるようには見えない。
 小さな身体と少女然とした造形は、落ち着いて見ればなるほど可愛らしい。


 「……お姫ちゃんは、良いですか?」
 「んん……? んい……ねりー、いっしょ、よる?」
 「ええ……ネリー様とご一緒でも」
 「んいい、やうす。 ん……やうす…………いい、よ」
 頭を縦に振り、許可の意を示すお姫ちゃん。

 ……そしてその瞬間の、ネリー様のガッツポーズ。
 それはもう物凄く腰の入った、本気の喜びようでした。




 今晩の安寧と至福の時間を確保し、喜び勇んで買い出しへと赴く。モチベーションも天と地、気合の入りようも桁違いだ。
 しかしながら、自分は自分の務めを果たさなければならない。あの志は立派だが少々頼りない勇者をしっかりフォローし、誤りを正し、導き、そして不足を補う。
 それが陛下より拝命した………いや、拝命するよりも前から臨んでいた、私の仕事だ。


 背嚢に収まるように、必要物を書い足し支度を整えていく。オーテルまでは片道三日の道のりであるが……万が一、先日の偵察後にオーテルが陥落、都市機能が喪失していては、あちらで補充を行うことも出来ない。最悪、無補給で往復できる分の備えはしておかなければ。

 幸いにして、荷運びの脚は馬車が借りられる。橋渡し役の隊長格とその小隊が同行してくれるのだ、二人と一匹旅よりも幾分気は楽だが………こちらはこれでも勇者様ご一行だ。

 恥ずかしいところは見せられない。



 今夜のご褒美を前に、気合い充分で望んだネリーの荷造りは、日が暮れるまで続いた。

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