キャラ選択で異世界漫遊
検兵の見解
俺は己の放った言葉をこれ程までに悔やんだのは初めてだった。
静かに向き直った人物はおよそ平民では着ることのない贅沢な白いローブをまとい、他の者とは一線を画する存在感があった。
フードに隠れていても彼の者の鋭く冷えた視線が自分を値踏みしているのが分かる。しかし、これは仕事だ。例え何者であろうと事情を把握しないで退くことは出来ない。剣柄を握りしめ覚悟を決める。
「っ、帝都交易の要である検門でこの様な騒ぎを起こすとはいったい何を考えているのだ!」
情けないが声が震えぬよう腹から声を出すと白ローブが隣にいる小柄で素朴ながらも愛らしい女性を気にする素振りを見せた。
「この者がどうかしたのか?」
問えば、女性はこの世の終わりでもあるかの様な悲壮感を身に漂わせていた。そう言えば、抱き付かれていた様に見えたな……襲われたのか?
「ええ、彼女が倒れたので介抱していたんです」
心地好い落ち着いた声からまだ年若いのだと知った。そして、事もあろうに女性に確認するまでもなく彼の言葉が正しいのだと信じかけ、そんな自分に愕然とした。
「それは本当か?」周囲を見渡せば、恐る恐る頷く者達が数人いた。女性は首が取れそうな程に激しく頭を上下していた。
「そうか。なら、よし。戻って整然と列に並びなさい___あぁ、待て。貴方は着いてきてくれ」
女性と共に去ろうとしていた白ローブの彼を呼び止めた。この者をそのまま通す訳にはいかない。
なぜなら検兵に問われた時でさえ顔を隠したままだったのだ。疚しい事がないなら姿を見せて身の潔白を証明するのが普通だ。
傲慢な貴族なら身分を笠に揉め事など一蹴するはず。それですらないのなら、単に身ばれを避けたい者か厄介事を持ち込もうとする者……
俺は検兵の屯所に彼を連れていく事にした。無言で俺の後を着いてくる彼からは相変わらず冷たい視線が注がれている。
__誰か交代してくれ。
キリキリと痛む胃に嘆かずにはいられなかった。
「さぁ、入ってくれ」
ボロ小屋と揶揄される屯所の扉を開いて招き入れる。テーブルを挟んで向かい合わせに置かれた椅子の一つを手で示せば、白ローブの彼はスッと流れる様な動作で腰かけた。
「少し狭いが詳しい話を聞くなら十分だろう」
悟られぬ様に嘘を見抜く"嘘つき草"を棚から用意した。
「詳しい話ですか?……先の彼女が急に立ち止まり、不審に思った私が見ていた目の前でフラりと倒れたので助けた。それだけですよ。」
"嘘つき草"に変化なし。真実か。
「その助けたとされる時に不思議な光が見えた。あれは魔法だろう?」
彼が初めてそこで動揺を見せた。
「助ける為とは言え人が大勢いるなか、しかも門の前で許可なしに魔法を放てば牢に入れられたとしても文句は言えないのだぞ?__何故、魔法を使った?」
たっぷりと間を開けた後に彼が口を開いた。
「……薬を手に持っていたなら使っていましたよ。彼女を見ぬ振りで順番を抜かすのは気が引けますし」
少し拗ねた様な言葉にやはり若いのだと思う。そして、これも本当。調書に質疑応答で得た詳細を書き込んで行く。さて、次が本題だ。
「経緯は把握した。なら、入国する際における身分の確認をしたい。入国許可証かギルドカードを提示してくれ」
大勢の前での顔ばれを防ぎたいだけなら両方、あるいはどちらか1つでも提示出来る筈だが彼は首を横にふった。
「どちらも持っていません」
身を明かすつもりはない。
ピリッと張りつめた空気と鋭さを増した視線が彼の意思を言外に物語っていた。最初に感じた只者ではない気配といい__もしかしたら、この若者は密命を受けている使者なのではないか?
「そ、そうか。なら帝都に入る為には入都税10,000Eが必要だ。後日、ギルドカードか入国許可証を持ってきて貰えれば5,000Eが返金される。ただし、入国許可証の有効期限は1ヶ月間だから滞在期間が長期となる場合は更新が必要になるぞ」
通常通りの手続きに移るべく彼から一度視線を外し、棚から魔道具のペンと入都申請書を取り出そうと引き出しをあさる。
 __コト
硬質な物が奏でる微かな音に俺は動きを止めてそちらを見た。すると、先程まで何もなかったテーブルの上には碧玉の宝石がひっそりと輝く指輪が置かれていた。
「っ!?」
碧色はこの国を象徴する色。そして皇族に受け継がれる至高の色。まさか、この若者は皇族の影者!?嘘だろ、皇族が陰で暗躍している事件に触れてしまうなんて俺はッッ
「これは私の大切なものです。売れば10,000Eなど軽く下らないでしょう。此の指輪を質として預けますので今回だけ通して頂けませんか?後日、改めて入都税を支払いに参ります……きちんと"礼"もさせて頂きます」
フードから覗く作り物めいた口元がうっすらと笑みを浮かべた。
ヒィッ!!消される!!?
「いや、此は無くせないモノだろう!大事に持って行ってくれっ、いや、持って行って下さい!」
「入都税は」
「要りません!調書も此方で書き換えて措きます!」
俺の言葉に真意を探る彼の冷たい眼差しが突き刺さる。
「つまり、私に協力してくれると?」
「はい!ですから俺っいや私めの事はどうかっ」
「勿論、分かってますよ。安心して下さい」
耳に心地好い落ち着いた声に喜色が混ざり視線が柔らかいものに変化したのを感じたが、"見逃された"俺はそんな些細な事に構っていられなかった。
彼の気持ちが変わる前に此処から去ってもらわねば!!
「さ、その指輪をしまって下さい。お早く。他の者に見つからぬ内に裏戸から抜けて下さい」
彼が指輪をはめるのを確認してから席を立ち、壁と一体化している隠し戸へと彼を誘う。
彼は擦れ違い様に「ありがとう」と小さく口にした。その一言に込められた思いに彼の本質を垣間見た気がした。そして、それは戸を潜り去る直前だった。
「貴方になら良いかな……」
何も無い空中から突如として彼の手に小瓶が現れた。見事なガラス細工の中でタプンと揺れる透き通った赤い液体は何とも神秘的に見えた。
「此は特級HP回復薬です。効能はHPを70%回復させるもの__もしも大怪我を負うような事態があれば使って下さい」
聞いたことの無い秘薬を俺に押し付けるように握らせた若者は「お世話になりました」と逆光で目がくらむ程の真っ白な世界へ颯爽と消えていった。
パタンと戸が閉じるとまるで白昼夢を見ていた気になってくる。なんたって皇族の影者に出会ったのだから。あの心が冷える眼差しには身が縮む思いをしたが……若者の生きてきた境遇がそう彼を変えたのだとすれば不憫にさえ感じた。
"ありがとう"
恥ずかしそうでいて本当に嬉しいのだと伝わってきた短い言葉。そして、最後に渡された傷薬?らしい秘薬は此方の身を按じたもの。
もし、彼が普通の人生を歩めていたなら素直な好青年に成っていたのではないか……
彼の此れからの人生が少しでも明るくあれば、そう願わずにはいられなかった。
俺はたかが検兵だ。彼のような者にしてやれる事など__
静かに向き直った人物はおよそ平民では着ることのない贅沢な白いローブをまとい、他の者とは一線を画する存在感があった。
フードに隠れていても彼の者の鋭く冷えた視線が自分を値踏みしているのが分かる。しかし、これは仕事だ。例え何者であろうと事情を把握しないで退くことは出来ない。剣柄を握りしめ覚悟を決める。
「っ、帝都交易の要である検門でこの様な騒ぎを起こすとはいったい何を考えているのだ!」
情けないが声が震えぬよう腹から声を出すと白ローブが隣にいる小柄で素朴ながらも愛らしい女性を気にする素振りを見せた。
「この者がどうかしたのか?」
問えば、女性はこの世の終わりでもあるかの様な悲壮感を身に漂わせていた。そう言えば、抱き付かれていた様に見えたな……襲われたのか?
「ええ、彼女が倒れたので介抱していたんです」
心地好い落ち着いた声からまだ年若いのだと知った。そして、事もあろうに女性に確認するまでもなく彼の言葉が正しいのだと信じかけ、そんな自分に愕然とした。
「それは本当か?」周囲を見渡せば、恐る恐る頷く者達が数人いた。女性は首が取れそうな程に激しく頭を上下していた。
「そうか。なら、よし。戻って整然と列に並びなさい___あぁ、待て。貴方は着いてきてくれ」
女性と共に去ろうとしていた白ローブの彼を呼び止めた。この者をそのまま通す訳にはいかない。
なぜなら検兵に問われた時でさえ顔を隠したままだったのだ。疚しい事がないなら姿を見せて身の潔白を証明するのが普通だ。
傲慢な貴族なら身分を笠に揉め事など一蹴するはず。それですらないのなら、単に身ばれを避けたい者か厄介事を持ち込もうとする者……
俺は検兵の屯所に彼を連れていく事にした。無言で俺の後を着いてくる彼からは相変わらず冷たい視線が注がれている。
__誰か交代してくれ。
キリキリと痛む胃に嘆かずにはいられなかった。
「さぁ、入ってくれ」
ボロ小屋と揶揄される屯所の扉を開いて招き入れる。テーブルを挟んで向かい合わせに置かれた椅子の一つを手で示せば、白ローブの彼はスッと流れる様な動作で腰かけた。
「少し狭いが詳しい話を聞くなら十分だろう」
悟られぬ様に嘘を見抜く"嘘つき草"を棚から用意した。
「詳しい話ですか?……先の彼女が急に立ち止まり、不審に思った私が見ていた目の前でフラりと倒れたので助けた。それだけですよ。」
"嘘つき草"に変化なし。真実か。
「その助けたとされる時に不思議な光が見えた。あれは魔法だろう?」
彼が初めてそこで動揺を見せた。
「助ける為とは言え人が大勢いるなか、しかも門の前で許可なしに魔法を放てば牢に入れられたとしても文句は言えないのだぞ?__何故、魔法を使った?」
たっぷりと間を開けた後に彼が口を開いた。
「……薬を手に持っていたなら使っていましたよ。彼女を見ぬ振りで順番を抜かすのは気が引けますし」
少し拗ねた様な言葉にやはり若いのだと思う。そして、これも本当。調書に質疑応答で得た詳細を書き込んで行く。さて、次が本題だ。
「経緯は把握した。なら、入国する際における身分の確認をしたい。入国許可証かギルドカードを提示してくれ」
大勢の前での顔ばれを防ぎたいだけなら両方、あるいはどちらか1つでも提示出来る筈だが彼は首を横にふった。
「どちらも持っていません」
身を明かすつもりはない。
ピリッと張りつめた空気と鋭さを増した視線が彼の意思を言外に物語っていた。最初に感じた只者ではない気配といい__もしかしたら、この若者は密命を受けている使者なのではないか?
「そ、そうか。なら帝都に入る為には入都税10,000Eが必要だ。後日、ギルドカードか入国許可証を持ってきて貰えれば5,000Eが返金される。ただし、入国許可証の有効期限は1ヶ月間だから滞在期間が長期となる場合は更新が必要になるぞ」
通常通りの手続きに移るべく彼から一度視線を外し、棚から魔道具のペンと入都申請書を取り出そうと引き出しをあさる。
 __コト
硬質な物が奏でる微かな音に俺は動きを止めてそちらを見た。すると、先程まで何もなかったテーブルの上には碧玉の宝石がひっそりと輝く指輪が置かれていた。
「っ!?」
碧色はこの国を象徴する色。そして皇族に受け継がれる至高の色。まさか、この若者は皇族の影者!?嘘だろ、皇族が陰で暗躍している事件に触れてしまうなんて俺はッッ
「これは私の大切なものです。売れば10,000Eなど軽く下らないでしょう。此の指輪を質として預けますので今回だけ通して頂けませんか?後日、改めて入都税を支払いに参ります……きちんと"礼"もさせて頂きます」
フードから覗く作り物めいた口元がうっすらと笑みを浮かべた。
ヒィッ!!消される!!?
「いや、此は無くせないモノだろう!大事に持って行ってくれっ、いや、持って行って下さい!」
「入都税は」
「要りません!調書も此方で書き換えて措きます!」
俺の言葉に真意を探る彼の冷たい眼差しが突き刺さる。
「つまり、私に協力してくれると?」
「はい!ですから俺っいや私めの事はどうかっ」
「勿論、分かってますよ。安心して下さい」
耳に心地好い落ち着いた声に喜色が混ざり視線が柔らかいものに変化したのを感じたが、"見逃された"俺はそんな些細な事に構っていられなかった。
彼の気持ちが変わる前に此処から去ってもらわねば!!
「さ、その指輪をしまって下さい。お早く。他の者に見つからぬ内に裏戸から抜けて下さい」
彼が指輪をはめるのを確認してから席を立ち、壁と一体化している隠し戸へと彼を誘う。
彼は擦れ違い様に「ありがとう」と小さく口にした。その一言に込められた思いに彼の本質を垣間見た気がした。そして、それは戸を潜り去る直前だった。
「貴方になら良いかな……」
何も無い空中から突如として彼の手に小瓶が現れた。見事なガラス細工の中でタプンと揺れる透き通った赤い液体は何とも神秘的に見えた。
「此は特級HP回復薬です。効能はHPを70%回復させるもの__もしも大怪我を負うような事態があれば使って下さい」
聞いたことの無い秘薬を俺に押し付けるように握らせた若者は「お世話になりました」と逆光で目がくらむ程の真っ白な世界へ颯爽と消えていった。
パタンと戸が閉じるとまるで白昼夢を見ていた気になってくる。なんたって皇族の影者に出会ったのだから。あの心が冷える眼差しには身が縮む思いをしたが……若者の生きてきた境遇がそう彼を変えたのだとすれば不憫にさえ感じた。
"ありがとう"
恥ずかしそうでいて本当に嬉しいのだと伝わってきた短い言葉。そして、最後に渡された傷薬?らしい秘薬は此方の身を按じたもの。
もし、彼が普通の人生を歩めていたなら素直な好青年に成っていたのではないか……
彼の此れからの人生が少しでも明るくあれば、そう願わずにはいられなかった。
俺はたかが検兵だ。彼のような者にしてやれる事など__
コメント
あしや
(あ´-`)大変嬉しい御言葉ありがとうございます!
ショウ
面白いです!すごい面白いです!。