キャラ選択で異世界漫遊

あしや

白の存在

 御使いが天へと還ってから玲子は目録インベントリを操作していた。

 倉庫には数千に及ぶアイテムが雑然と収納されている。その為、目当てのアイテムを取り出し辛く、あらかじめ初級HP回復薬ライフポーションや初級MP回復薬マナポーションなど必要そうなアイテムを直ぐに使えるようアイテムバックへと移し変えているのだ。

「よし、こんなものか……あ、ついでにローブも出しておこう」

 ローブは汚れも防いでくれるだけじゃなく、フードを被れば雨風日射しを緩和する冒険者にはうってつけの衣装だ。__とか適当な理由を託つけてただ異世界らしい格好がしたかっただけだった。

 目録インベントリから白色のローブを取り出すと何もない空中から玲子の手元に突如としてローブが現れた様に見えた。

(これは人前で目録インベントリから直接アイテムを取り出すの止めておこう。取り出すにしても手元を隠したり、あたかも鞄から取り出した様に見せないとね)

 玲子は取り出したばかりのローブ__上級貴族NPCから一定の好感度を得るとプレゼントされるユニークアイテム[貴公子のローブ(白)]を着込む。

 白い艶のある生地に銀の刺繍が嫌味なく施されいる。着た際のシルエットさえ品があり美しい当に童話の皇子然とした容姿のアレイスタークにピッタリのローブだ。

「準備おっけ、身嗜みも大丈夫……よし、行ってきます!」

 気合いは十分。いざ廃礼拝堂の扉を開け放つ。
 青く澄みわたる大空のした、柔らかな緑の草原がどこまでも続いている。
 その先にはゲーム風景のような中世ヨーロッパに近い街並みが広がっていた。そして関所らしき門には人影が列をなしている。

__最初の目的地にあそこにしよう。

 玲子はフードを深く被ると申し訳程度に舗装された道を歩き出した。

◆◇◆◇◆



 かれこれ1時間ほど歩き続けて玲子はようやく門にたどり着いた。

「__よし。通って良いぞ。次!」

 門では検兵が荷馬車の積み荷を1つ1つ確認しては通行を許可していた。
 当然、荷物が多ければ1人当たりに割かれる時間が増えてしまい全体として遅々とした進行になっていく。その為、遠目で見て分かっていた通り門前には通行許可を求める人々で長蛇の列が出来上がっていた。
 
(まさか異世界に来て直ぐに行列に並ぶとか思わなかったな。けどまぁ、何か訳ありみたいだし仕方ないか)

 疲労感だけではなく困惑や不満といった負の表情を浮かべている彼等を観察した玲子は呑気に構えるとゆらりと白ローブを揺らして最後尾に加わった。

 すると、背後の気配が気になったのか前に並んでいた小柄な女性が反応してチラッと肩ごしに振り返り、平民では着ることのない贅沢なローブを目にしてギョッと驚き勢いよく前を向いた。

 稀に高貴な方々が御忍びで王都を遊ぶ際に平民に扮する事があるらしい。そうとは知らぬ平民が絡んでしまい、気付いたときには時既に遅く不敬罪として捕らえられたなんて洒落にならない話も……

 小柄な女性は背筋をピンと伸ばし緊張に身を固くした。玲子の注意を引かないように僅かな身動ぎも封印して静かに息を殺す。

 決死な覚悟が滲むその背に「前、進んでますよ?」と声をかけるのは躊躇われた玲子だった。

(この娘、一体何するつもりなんだろ)

 怖れから挙動不審となっているとは知る由もない玲子は、突如としてフラッシュモブよろしく1人時間停止を行いだした小柄な女性を固唾を飲んで見守った。

 女性は視線が向けられているのを感じて更に萎縮してしまう。
 動かない女性と彼女をじっと見つめる貴族(仮)。
 玲子の後ろに並んだ者達や後続がない事を不審に思い振り返った者は緊迫した二人を目の当たりにし、貴族(仮)に目を付けられた女性を憐れむのだった。

「う~」
 やがて過度なストレスと長時間に渡る疲労が祟り女性が失神する結果となった。

(セーフ……何かするんじゃなくてただ具合が悪くなってたのね。あー、吃驚したなーもぅ)

 地面に倒れる前に女性を抱き抱えた玲子は安堵に肩を落とす。
 ドッドッと早鐘を打つ心臓を宥め、改めて腕の中にいる女性をみるとすこぶる顔色が悪かった。しかも、若干苦しそうな。

 玲子はアイテム鞄から状態異常を回復させる薬を取り出そうと目録インベントリを開く。表示された目的の薬瓶に触れる寸前にハッとした。そう、手元を隠せるものがないのだ。

(流石にローブの袖から取り出して見せるのは無理が……ぁ)

 不意にアレイスタークが持つスキル 状態異常回復ライフパージが頭に浮かんだ。my物のスキルがこの世界で発動するか分からない玲子は事実試してみる以外の選択肢はない。

状態異常回復ライフパージ
 アレイスタークの落ち着いた声がスペルを紡ぐ。

__瞬間、世界が歓喜した。
 と錯覚する程に美しい光が弾け、キラキラと輝く粒子となって玲子と女性に降り注いだ。

 [課金エフェクト:舞台演出]が発動したのである。
 効果は単純。ポーズ又はスキル発動における場面での劇的な演出を醸し出すもの。
 このエフェクトはオシャレ装備の拡張アイテムに分類され、装備している間は常時発動(パッシブ)となる。もしも装備から外すのを忘れたまま戦闘を行えばスライム一匹倒すだけだとしても無駄にかっこ良く(画面が煩いとも言う)仕上がるのだ。

 何故そんなものを持っているのか玲子の言葉を借りて簡単に説明すると「着飾った愛キャラはかっこよく撮りスクショしたいよね」だ。
 因みに玲子と同じ考えの者だけでなく、my物で寸劇を披露して遊ぶコアなプレイヤーからも需要があったソコソコ人気のアイテムだったり。閑話休題。

「な、なんだあの魔法は!?」
「凄く綺麗……」
「おい、あの娘さんは無事なのか?」
「目がぁああ(ry」

 ザワザワとにわかに騒然とし始めた周囲に玲子は羞恥心で軽く死にたくなった。
 なんたって厨ニを患いし者が如く二次元の言葉を唱えたのだ。そのうえ願ってもないのにスポットライトで照らされ__現在進行形で大勢の好奇な視線に晒されているのだから。

 玲子の精神がガリガリと猛スピードで削られていく中、気を失っていた女性が震える瞼をゆっくりと開いた。

「ぅ~ん。あれ、私どお__っほ!?」
 さ迷う視線がいやに近い"白"を捉えた。瞬く間に全てを思い出した女性は言葉を途中で呑もうとして失敗した。
「(おっほ!って吹くわ)っ、大丈夫ですか?」

 その耳に心地好い落ち着いた声音に女性がポ~と聞き惚れた。

「はぃ、大丈夫です」
 恍然と見上げた先にあったのは、贅沢な白ローブのフードの下に隠されていた精巧な人形かと見紛う程に整った面。
 そして、穏やかな気性なんだろうと印象を抱かせる瞳の色は

「碧……色?」
 信じられないと呟きを洩らす女性に玲子は眉尻を下げ曖昧に笑う。その時、アレイスタークの聴力が玲子に厄介事が迫っていると告げた。
 ついっと女性から視線を外し、玲子がそちらを見れば荒々しい足音と共に検兵が向かってきていた。

「何をしているお前達!このような所で魔法を放つとは非常識だぞ!!」

 腰にある剣柄に手をかけながら叱責を飛ばす検兵。確かに厄介だと玲子は苦虫を噛み潰した。
 いつまでも女性を抱えているつもりはなく、華奢な背を支えながら1人で立たせた。そして玲子も僅かなローブの乱れを直すと険しい雰囲気の検兵に対峙するのだった。

 

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