リフレイン・フェイト
リフレイン・フェイト
僕は、よく夢を見る。夢と言っていいのかな
昔、とても昔に経験したかのような、空想とは思えない記憶の断片みたいな、懐かしさえ感じる、そんな夢を見る。
夢から覚めてしまうとほとんどが思い出せないのだけど、懐かしさだけは心の中に残り続ける。 
僕にとって、この夢を見ることが心の安らぎだったりする。
けど、そんなものに意味はないのだろう。
奴隷という、現実は変わらないのだから――。
======================
僕は、薄暗い、家具が何も置かれていない部屋で、一人体を丸め、うずくまっていた。
いつものことだ。仕事が終わると、疲労と空腹で動けないので、エネルギーを使わないために、なにもせず、こうしてうずくまるのだ。
痛い。身体中が悲鳴を上げている。
なぜ、あんな風に、雑に“人間”を扱えるんだろうか……。
いや、僕は人間ではないのかもしれない。
僕は、生まれつき、体が人間のそれとは違かった。いや、詳しくいうと体の内部の機能は、人間とほぼ同じだ。
普通に腹も減るし、眠くもなるし、疲れもする。
だが、常人より、身体能力がかなり高いのだ。
筋肉質の大人でも持てない、重い荷物も軽々と持てたりするし、実際に競争したりとかはしたことないけど、多分、足も相当速い。
これだけ聞くと、メリットだけしかないと思うよね。けど、見た目も、人間とは少しだけ違うんだ。
僕の頭にはツノがが生えている。
小さなツノが生えているんだ。
ただ、それだけ。
それだけで、僕は、奴隷商人に売られたんだ。
二年前まで一緒に暮らしていた肉親からね。
奴隷として売られたことは、確かに辛かった。
毎日、人間としてではなく、道具として扱われて、少しでもミスを犯すと、僕を飼っている主人に何度も殴られる。
だが、体の傷などいつかは治るのだ。僕の場合は、通常の何倍よりも速いスピードで
けど、心は違う。
心の傷は、そう簡単には治らない。もしかしたら、一生治らないかもしれない。
僕は、ずっと一緒に暮らしていた両親に裏切られたことが、辛かったんだ。
その日の昼、自宅の玄関の扉が二度、ノックされた。
いつもなら、母か父かのどちらかが扉を開けて、訪ねて来た者に、決まって「どちら様でしょうか?」と聞くはずなのに、両親は下を向いて俯いたまんま、動こうとはしなかった。
おかしいとは感じていた。
だが、こんな日もあるか、と思った僕は、玄関の扉を開け、本来なら両親のどちらかが言うはずの言葉を初めて僕が言った。
「どちら様でしょうか?」
その瞬間だった。
扉の向こうにいた、30代後半の男が僕の細い腕を掴んだ。そして、かなりの力で引っ張られ、玄関外に引っ張り出され、頭から袋を被され、もう一人の仲間に腕を紐できつく縛られた。
突然のことで、抵抗出来なかった。
僕は必死で、何度も何度も父さん! 母さん! と叫んだ。
両親は俯いたまま動かず、最後に聞いた声が、
許してくれ……。だった。
そこで、全てが分かった。
今まで、両親は僕と暮らすのが嫌だったのを、ずっと我慢していたこと、そして、僕のことを裏切ったこと。
分かった後、すぐにでも腕の紐を腕力で引きちぎり、逃げる事は可能だったが、もうどうでもよくなった。
頭に被された袋の中は、何も考えたくなかった僕には丁度いいほど、暗く、視界を閉ざしてくれた。
馬車に連れ込まれ、ガタガタと揺れながら、ある場所で止まった。
体感時間的には1時間と少しぐらいだった。
馬車から、強引に運び出され、袋を取られると、そこには煉瓦造りの大きな屋敷が佇んでいた。
僕を、強引に家から連れ出した男はその屋敷の扉を二回、強く叩くと、一人の年老いた男が中から出て来た。
服装は、かなり清潔で、外見から地位が高いものだとすぐに分かった。
年老いた男は、こちらに歩いて来て、僕の前まで来ると、笑顔でこう言った。
「お前は、今から私の所有物だ。奴隷としてここで働いてもらう。お前の名前は、これから666番だ」
奴隷――。
当時、10歳の僕でも、さすがに意味は分かる。
この国は、かなり昔から「奴隷制度」が存在していた。
まさか、自分が奴隷になる日が来ようとは思ってもいなかった。
そこで、僕の心は、静かに崩れていった。
これが、僕の、奴隷になった経緯だ。
うずくまっている、僕の耳に、歩く音が聞こえて来た。
食事か――。
すぐに分かった。
それ以外、ここに来ることはありえないから。
僕には、不気味がって誰も近づこうとしないんだ。僕の何が怖いんだろう。
扉が、キィーーと、音を立てて、あかりと共に人が入ってきた。
「おい、666番。食事だ。食え」
うずくまっていた僕は、ゆっくり立ち上がり、扉の前に置かれた食事を手に取り、即座に口に運んだ。
埃被ったパンと一杯の水。
これが、僕の夕飯だ。
実は、食事は朝と夕方の二回。必ず支給される。内容はパン一個と水一杯で変わりはないが……。
僕の他にも奴隷はたくさんいるのだが、僕以外は食事は一回だけだ。
なぜかって?
僕は、常人より力もスタミナも段違いなため、仕事量が他の奴隷より多い。
そのため、餓死などで簡単に死なないよう、食事が一回多い。
長い年月、僕を奴隷として使いたいのだろう。
はっきり言うと、死んだ方がマシなほど辛い生活だ。
食事が多いからと言って、幸せということではなかった。むしろ生き地獄が長引くだけだ。
僕は、一度死ぬことを決意して、何日も断食をしようとした。
だが、断食は朝の食事、一回目で断念することになる。
部屋に入ってきた男たちに、床に抑えつけられ、口から無理やり食べ物を詰め込まされたのだ。
それから、僕には仕事中にも自殺をさせないように監視が付くようになった。
自分から命を絶つこともできなくなった僕は、諦めて死ぬまで働くことにしたんだ。
その際、感情なんてものは邪魔でしかない。
辛い、苦しい、なんて思ってしまったら、もっと地獄になってしまう。
そこで、僕は
感情を全て捨てることにした――。
だから、最近少しだけ楽に感じるようになったんだ。
さぁ、明日からも、きつい仕事が待ってる。
食事を済ませた僕は、再び丸くうずくまり、目を閉じた。
そこで、僕の記憶はプツッと途切れた。
体に張り付くような痛みが走る。
歯がカチカチと音を立てていた。
――寒い。
凍てつくような寒さで僕は目を覚ました。
いつものことだが、寒いもんは寒い。ボロボロの雑巾みたいなシャツを一枚しか着ていないから当たり前だ。
うずくまっていた体を、もっと縮こませて寒さを凌ごうとした。
その時だった。
こちらに歩いて来る足音が“二つ”、床を伝え、耳に入ってきた。その足音が何のために来たものかは、すぐに把握した。
少し早いが、食事だろう。
体感的にいつもより10分ほど早いと感じたが、まぁ、こんなこともたまにはあるだろう。
だが、なぜ二人で来た? 食事を運ぶのに二人もいらないだろ。
いつものように、扉がきしみながら開き、パンと水一杯が乗っているであろう、皿を持った男ともう一人、僕と同じ歳くらいの金髪の少年が隣に立っていた。
「666番。こいつは新しく入った奴隷だ。ここの生活のことを教えてやれ」
そういうと、男は皿を床に置いて、部屋から出て出て言った。
一人、残った少年は、僕を見るや否や笑顔になり、明るい表情で、頼まれてもいない自己紹介を突然してきた。
「僕は、22番です! どうぞお見知り置きを! 666番!」
何でこいつは、ここまで明るいんだ。これから生き地獄の奴隷生活が始まるんだぞ。
しかも、なんで敬語なんだ。
僕は、あらかた心の中で突っ込みを済ませ、素っ気なく挨拶を返した。
「うん。よろしく」
この二人の出会いが、運命の歯車を動かすこととなる
昔、とても昔に経験したかのような、空想とは思えない記憶の断片みたいな、懐かしさえ感じる、そんな夢を見る。
夢から覚めてしまうとほとんどが思い出せないのだけど、懐かしさだけは心の中に残り続ける。 
僕にとって、この夢を見ることが心の安らぎだったりする。
けど、そんなものに意味はないのだろう。
奴隷という、現実は変わらないのだから――。
======================
僕は、薄暗い、家具が何も置かれていない部屋で、一人体を丸め、うずくまっていた。
いつものことだ。仕事が終わると、疲労と空腹で動けないので、エネルギーを使わないために、なにもせず、こうしてうずくまるのだ。
痛い。身体中が悲鳴を上げている。
なぜ、あんな風に、雑に“人間”を扱えるんだろうか……。
いや、僕は人間ではないのかもしれない。
僕は、生まれつき、体が人間のそれとは違かった。いや、詳しくいうと体の内部の機能は、人間とほぼ同じだ。
普通に腹も減るし、眠くもなるし、疲れもする。
だが、常人より、身体能力がかなり高いのだ。
筋肉質の大人でも持てない、重い荷物も軽々と持てたりするし、実際に競争したりとかはしたことないけど、多分、足も相当速い。
これだけ聞くと、メリットだけしかないと思うよね。けど、見た目も、人間とは少しだけ違うんだ。
僕の頭にはツノがが生えている。
小さなツノが生えているんだ。
ただ、それだけ。
それだけで、僕は、奴隷商人に売られたんだ。
二年前まで一緒に暮らしていた肉親からね。
奴隷として売られたことは、確かに辛かった。
毎日、人間としてではなく、道具として扱われて、少しでもミスを犯すと、僕を飼っている主人に何度も殴られる。
だが、体の傷などいつかは治るのだ。僕の場合は、通常の何倍よりも速いスピードで
けど、心は違う。
心の傷は、そう簡単には治らない。もしかしたら、一生治らないかもしれない。
僕は、ずっと一緒に暮らしていた両親に裏切られたことが、辛かったんだ。
その日の昼、自宅の玄関の扉が二度、ノックされた。
いつもなら、母か父かのどちらかが扉を開けて、訪ねて来た者に、決まって「どちら様でしょうか?」と聞くはずなのに、両親は下を向いて俯いたまんま、動こうとはしなかった。
おかしいとは感じていた。
だが、こんな日もあるか、と思った僕は、玄関の扉を開け、本来なら両親のどちらかが言うはずの言葉を初めて僕が言った。
「どちら様でしょうか?」
その瞬間だった。
扉の向こうにいた、30代後半の男が僕の細い腕を掴んだ。そして、かなりの力で引っ張られ、玄関外に引っ張り出され、頭から袋を被され、もう一人の仲間に腕を紐できつく縛られた。
突然のことで、抵抗出来なかった。
僕は必死で、何度も何度も父さん! 母さん! と叫んだ。
両親は俯いたまま動かず、最後に聞いた声が、
許してくれ……。だった。
そこで、全てが分かった。
今まで、両親は僕と暮らすのが嫌だったのを、ずっと我慢していたこと、そして、僕のことを裏切ったこと。
分かった後、すぐにでも腕の紐を腕力で引きちぎり、逃げる事は可能だったが、もうどうでもよくなった。
頭に被された袋の中は、何も考えたくなかった僕には丁度いいほど、暗く、視界を閉ざしてくれた。
馬車に連れ込まれ、ガタガタと揺れながら、ある場所で止まった。
体感時間的には1時間と少しぐらいだった。
馬車から、強引に運び出され、袋を取られると、そこには煉瓦造りの大きな屋敷が佇んでいた。
僕を、強引に家から連れ出した男はその屋敷の扉を二回、強く叩くと、一人の年老いた男が中から出て来た。
服装は、かなり清潔で、外見から地位が高いものだとすぐに分かった。
年老いた男は、こちらに歩いて来て、僕の前まで来ると、笑顔でこう言った。
「お前は、今から私の所有物だ。奴隷としてここで働いてもらう。お前の名前は、これから666番だ」
奴隷――。
当時、10歳の僕でも、さすがに意味は分かる。
この国は、かなり昔から「奴隷制度」が存在していた。
まさか、自分が奴隷になる日が来ようとは思ってもいなかった。
そこで、僕の心は、静かに崩れていった。
これが、僕の、奴隷になった経緯だ。
うずくまっている、僕の耳に、歩く音が聞こえて来た。
食事か――。
すぐに分かった。
それ以外、ここに来ることはありえないから。
僕には、不気味がって誰も近づこうとしないんだ。僕の何が怖いんだろう。
扉が、キィーーと、音を立てて、あかりと共に人が入ってきた。
「おい、666番。食事だ。食え」
うずくまっていた僕は、ゆっくり立ち上がり、扉の前に置かれた食事を手に取り、即座に口に運んだ。
埃被ったパンと一杯の水。
これが、僕の夕飯だ。
実は、食事は朝と夕方の二回。必ず支給される。内容はパン一個と水一杯で変わりはないが……。
僕の他にも奴隷はたくさんいるのだが、僕以外は食事は一回だけだ。
なぜかって?
僕は、常人より力もスタミナも段違いなため、仕事量が他の奴隷より多い。
そのため、餓死などで簡単に死なないよう、食事が一回多い。
長い年月、僕を奴隷として使いたいのだろう。
はっきり言うと、死んだ方がマシなほど辛い生活だ。
食事が多いからと言って、幸せということではなかった。むしろ生き地獄が長引くだけだ。
僕は、一度死ぬことを決意して、何日も断食をしようとした。
だが、断食は朝の食事、一回目で断念することになる。
部屋に入ってきた男たちに、床に抑えつけられ、口から無理やり食べ物を詰め込まされたのだ。
それから、僕には仕事中にも自殺をさせないように監視が付くようになった。
自分から命を絶つこともできなくなった僕は、諦めて死ぬまで働くことにしたんだ。
その際、感情なんてものは邪魔でしかない。
辛い、苦しい、なんて思ってしまったら、もっと地獄になってしまう。
そこで、僕は
感情を全て捨てることにした――。
だから、最近少しだけ楽に感じるようになったんだ。
さぁ、明日からも、きつい仕事が待ってる。
食事を済ませた僕は、再び丸くうずくまり、目を閉じた。
そこで、僕の記憶はプツッと途切れた。
体に張り付くような痛みが走る。
歯がカチカチと音を立てていた。
――寒い。
凍てつくような寒さで僕は目を覚ました。
いつものことだが、寒いもんは寒い。ボロボロの雑巾みたいなシャツを一枚しか着ていないから当たり前だ。
うずくまっていた体を、もっと縮こませて寒さを凌ごうとした。
その時だった。
こちらに歩いて来る足音が“二つ”、床を伝え、耳に入ってきた。その足音が何のために来たものかは、すぐに把握した。
少し早いが、食事だろう。
体感的にいつもより10分ほど早いと感じたが、まぁ、こんなこともたまにはあるだろう。
だが、なぜ二人で来た? 食事を運ぶのに二人もいらないだろ。
いつものように、扉がきしみながら開き、パンと水一杯が乗っているであろう、皿を持った男ともう一人、僕と同じ歳くらいの金髪の少年が隣に立っていた。
「666番。こいつは新しく入った奴隷だ。ここの生活のことを教えてやれ」
そういうと、男は皿を床に置いて、部屋から出て出て言った。
一人、残った少年は、僕を見るや否や笑顔になり、明るい表情で、頼まれてもいない自己紹介を突然してきた。
「僕は、22番です! どうぞお見知り置きを! 666番!」
何でこいつは、ここまで明るいんだ。これから生き地獄の奴隷生活が始まるんだぞ。
しかも、なんで敬語なんだ。
僕は、あらかた心の中で突っ込みを済ませ、素っ気なく挨拶を返した。
「うん。よろしく」
この二人の出会いが、運命の歯車を動かすこととなる
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