椿姫

コレット

紅藍両将軍が率いる軍馬隊は、行きとはうって変わり、ゆるゆると貴陽への道を歩んでいた。
   
武官達はちらちらと両将軍を見ていた。
   
麗玉は打ち沈んでいるように無言で馬を進めていた。


「今日は、ここで寝ようか」
   

楸瑛の一言で武官達が一斉に馬を降りて、天幕を張り始めた。
   
麗玉も馬を降りた。


「ごめんね、牡丹。疲れたでしょう?」
   

麗玉は愛馬を労わるように撫でた。

牡丹は鼻を鳴らし、顔を麗玉の首に擦り付けた。
   
麗玉は牡丹を武官に渡し、岩に座り込んだ。
   
暫くそうしていて、楸瑛の声で少し寝ていたのだと分かった。
   
皆で乾飯を食べ、寝る体勢になる。
   
麗玉はふらりと歩き出した。
   
そして、ちょっとした丘に座り込んだ。
   
その後から抱きつくようにして座った楸瑛の肩に頭を預ける。


「ねぇ………」

「ん?」

「……私って無力だね………っ。官吏を、秀麗を守るため、に、武官になって……っ………なの、に……っ!」
   

麗玉は嗚咽を我慢出来ずに、何度も息を吸った。

けれど、息を吸う度に涙は零れて止まらない。


「秀麗は……死ぬ覚悟なんだ……っ!
   やだ、や、やだよぉ………秀麗まで、秀麗、まで……い、いなくなった…ら!私………っ!」
   

楸瑛はそっと麗玉の前で交差している腕に力を込めた。
   
麗玉はそのしなやかで強靭な腕に、しがみついた。


「…大丈夫。大丈夫だよ。私がいるから。
   君が世界で一人になっても…私がいる」
   

楸瑛は子守唄を歌うように、そっと囁いた。

そして、気付かれないようにトンっと首筋を叩いた。
   
麗玉の瞼が落ち、深く眠りについた。
   
楸瑛はそっと麗玉を抱き上げると、天幕へと戻って行った。


「…藍将軍」
   

天幕に麗玉を寝かせ、頭を撫でていると、先程弓で門兵を射ろうとした武官が話しかけてきた。


「……今、一番辛いのは紅将軍ですよね。肉親を、もしかしたら喪うかもしれない。
   それは……きっと底知れない恐怖ですよね」
   

楸瑛は一つ頷くと、茶州がある方を見た。
   

そこには、暗い空が広がっていた。


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