椿姫

コレット

邪仙教

「藍将軍、紅将軍。馬で遠出しませんか?__茶州まで」
   

秀麗のその一言で、今、馬が使える者達で茶州まで全力で馬を走らせている。
   
秀麗達が朝賀で貴陽にいる間に、茶州では邪仙教という集団が、騒いでいた。
   
それと同時に、茶州の隅の方の村々では、とある病が蔓延していのだ。
   
それを聞きつけた影月は、単身、茶州鼓琳郡へと乗り込んだ。
   
一方、邪仙教は


『この病が広がったのは女州牧のせいだ。その女の首を取らぬ限り、病は収束しないだろう』


そんな噂を流していた。


「秀麗?大丈夫?生きてるー?」

「………なんとか」

「秀麗殿、喋ると舌を噛むよ」
   

秀麗は邪仙教の噂が根も葉もない事だと分かっていた。

しかし、彼女自身が行かなければ、終止符を打たなければならない。
  
 そして、病を治すために、医官や薬を山ほどもって茶州へと行かなければならない。
   
しかし時は一刻を争う。

故に、左右羽林軍から手数を割いて、茶州へと全力疾走しているのだ。


「……な、んで、麗、麗玉はう、馬…馬が、使える、の…」
   

秀麗は楸瑛に抱えられるようにして馬に乗りながら、隣を平然と馬を並走させる姉を恨めしげに見た。


「だって武官だもの」

「…………………」
   

秀麗は撃沈した。
   
楸瑛は苦笑して補足をいれた。


「麗玉には、私が馬術を教えたんだよ。最低限出来ないと、国武試に受からないからね」
   

そんなことを話していたら、目的地である、崔理関砦が見えてきた。
   
しかし、開いているはずの門が開いていない。
   
楸瑛と麗玉、秀麗は青くなった。


「禁軍旗は!?」

「掲げています!見えないはずがありません!」
   

軍馬達は土埃をたてて止まった。
   
聞いたこともないような怒号がとんだ。


「崔理関砦っ!貴様らの目は節穴かっ!」

「全関砦に通達があったはずだが!?何故門を開かない!」
   

崔理関砦の門兵達は首を竦めながらも応戦した。


「な、なんでオラ達ばっかり貧乏くじ引かにゃならんのです!」

「そ、そうだ!その女が来てからだ!殺せばいいんだろ!殺せ!」
   

楸瑛と麗玉の額に青筋が浮かんだ。

こいつら、なんて事を……!


「…藍将軍、紅将軍。自分、弓には自信があるんですが、射ってもいいですか」
   

一人の武官が馬を進め、二人に並んだ。


「はーはははは。やめておけ」

「矢が勿体無いからね」
   

二人は笑顔を浮かべたが、目が笑っていない。

全武官の背筋が冷えた。
   
突然。


「こらぁぁ!てめぇら!なぁに勝手なことしてやがる!!」
   

という怒鳴り声とともに、ゴンッという殴打音も聞こえてきた。

門兵達はそれぞれ頭を抱えてしゃがんでいる。
   
その声を聞いた秀麗は膝が擦りむけるのも気にせず、馬から転げ落ちるようにして降り、門へと走り出した。
   
それと同時に、高い門から人が降ってきた。地面に衝突する直前で、長棍で衝撃を吸収し、くるりと回って着地した。


「っよし。百点満点。姫さんは……っとと」

「燕青!!」
   

秀麗は地面を強く蹴って、燕青の首にかじりついた。
   
燕青はがっちりと秀麗を抱き抱え、破顔した。


「早かったなぁ姫さん。沢山の薬とか医官とか、ありがとうな」


「うん…うんっ」
   

秀麗はお日様の匂いがする燕青の髭に顔を埋めた。
   
燕青はぎゅっと秀麗を抱きしめると、麗玉と楸瑛に笑顔を見せた。


「藍将軍、紅将軍。ご協力ありがとうございました。お陰で助かりましたよ」
   

麗玉と楸瑛は顔をほころばせた。
   
秀麗は燕青から身を離し、二人に向き直った。


「藍将軍、紅将軍。ここまでありがとうございました。ここからは、もう大丈夫です」
   

一気に麗玉の顔が曇った。
   
楸瑛は馬上で一礼すると、馬首を返した。


「紅将軍、帰るよ」


麗玉はゆっくりと馬首を翻した。

そして、三歩ほど歩いた後、耐えられないとでも言うように、秀麗を振り返った。


「…っ…紅州牧」
   

秀麗は振り返って首を傾げた。


「……………どうか…………どうかご無事で……」
   

蚊の鳴くような、喉から絞り出すような声だった。
   

秀麗は微笑んで、"是"とも"否"とも言わなかった。


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