椿姫

コレット

木簡

「ふーーん。絳攸様と藍将軍をお供に、お忍びで妓楼に来たってわけ」
   

姮娥楼の入口の広間に秀麗の冷たい声が響く。
   
影月は姮娥楼に拾われる前何かをやらかしたらしく、
   最近下町で騒いでいる青巾党に目をつけられ、
   秀麗、静蘭と共に姮娥楼にやってきた。
   
そこにはまた何故か劉輝、絳攸、楸瑛もおり、
   秀麗は劉輝に軽蔑の眼差しを送った。
   
劉輝はふと先程楸瑛に教えられた事(妓楼=後宮)を思い出し、勢いにまかせて叫んだ。


「誤解だ秀麗!余はこんなところに来なくても自分のところでいくらでも出来る!」
   

その場にいた全員が額に手を当てた。

   


青巾党の目的、それはある"木簡"を集めること。

青巾党の根城にはその"木簡"が沢山集められているのだという。
   
【青巾党が今夜、"木簡"持参でこの姮娥楼に引っ越してくる】

という情報を掴んだ。


「ええええぇーー!?胡蝶姐さんが組連の親分さんーーー!?」
   

椿のいる室の階下から秀麗の絶叫が響いてきた。
   
__組連。

貴陽下町を制圧する必要悪。

その親分達は何も無しに王に対して、頭を下げる事をよしとしない。


「そうだよ、秀麗殿。組連を影で牛耳る女傑と言われている」

「…ひどい言いようだね、藍様」
   

椿はくすりと笑った。

そういえば初めて聞いた時驚いたものだ。
   
椿は簡単に上衣を引っかけ、ゆらりと踊り場に出た。


「おや、椿。珍しいねぇ」
   

胡蝶の一声に全員が椿の方を向いた。
   
椿はあまり、いや、滅多に人前に姿を現さない。


「……うむ。下から絶叫が聞こえてきた故の」
   

胡蝶は目を見開いた。

…まさか人前で姿だけでなく声も晒すとは…。
   
その横で楸瑛は呆気にとられていた。


「あ、椿姐さん。いらしてたんですね」

「うむ。先刻の叫びはそなたであったか」
   

楸瑛は暫くの間静止していた。
   
漸く声が出た時には椿は奥の室に戻っいた。


「秀…麗殿。何故椿を知って…」
   

秀麗はきょとんとして笑いながら言った。


「あぁ。椿姐さんには昔会ったことがありまして。よく帳簿付けを手伝ってもらうんです」
   
楸瑛にとって羨ましい限りであった。



「さぁ、やっちまいな!」
   
暫くして、胡蝶の声が外から聞こえてきた。
   
非武装派(秀麗・影月・絳攸)は物置へ、

武装派(劉輝・楸瑛・静蘭)は青巾党と対峙しに行った。
   
すぐに姮娥楼は男共の野太い声でいっぱいになる。


「…やっぱり僕も行きます。自分で探したいんです」
   絳攸はふぅ…と息を一つついて影月に向き直った。

「お前、喧嘩はできるか」

「…できません。すごく弱いです」

「そうか。俺も弱い。のびてる破落戸の懐を探ることくらいしかできんぞ」
   

影月の顔がぱっと明るくなった。




「きゃあ!?」

「こい!てめぇ人質に逃げ切ってやる!」
   
破落戸の懐を探っていた秀麗は、青巾党のお頭に捕まってしまった。
   

「秀麗さん!?」


影月は驚いたものの、お頭の腕にしがみついた。

しかし、お頭が腕をひと振りしただけで、影月は酒樽の方へと吹き飛ばされた。
   
がっしゃーんと大きな音を立てて、酒樽が割れ、影月は酒を頭からかぶった。


「影月くん!影月くん!」

「うるせぇ!だま__ぎゃっ!?」
   

絳攸の投げた小刀がお頭の脛をかすった。


「絳攸様!?」
   

絳攸は秀麗を床に押し付けるようにして覆いかぶさった。


「黙っていろ。俺に出来るのはこのくらいだ」

「このぉぉぉ!!」
   

来る!と思った衝撃は来ず、代わりに鈍い殴打音が聞こえてきた。
   
秀麗と絳攸が身を起こすと、そこには、のびているお頭と立っている影月。
   
しかし、影月の様子がいつもと違った。

優しげにたれている目は猫のようにつり上がり、
   柔和な雰囲気は消え失せ強い気が流れていた。


「………くそ……酒が…きれ…た」
   

影月はそう呟くとぱたりと倒れた。
   
絳攸は呆気に取られていたが、ふとお頭の足元に落ちている袋を見つけると叫んだ。


「あった!これだ!拾え、秀麗!」

「は、はい!え、これ…会試の受験札!?ちょっと冗談じゃないわよ青巾党〜!」
   

急いで受験札を集めていた秀麗に影が忍び寄った。
   
その影は兇手。


「秀麗!」
   

絳攸が影に気づき、叫んだ。
   
秀麗が自分の後ろを振り返りきる前に、重い布が二人に覆いかぶさった。
   
甲高い金属音の後、呻き声とどさりと倒れる音がした。
   
二人は恐る恐る布を取って音のした方を見る。


「……椿……姐さん……?」
   

椿は二人に背を向けるように立っていた。

その向こうには兇手が血に濡れて倒れていた。
   
椿はゆっくりと二人を振り返った。


「…怪我は無いかえ?」

「…は…はい」

「あぁ………」
   

振り返った椿の袖から、血が滴る双剣が覗いていた。
   
椿は双剣を振るい、付着した血を拭うとどこかへとしまった。


「秀麗!無事か!」

「影月くん、無事ですか?」

「絳攸ー大丈夫かい?…おや椿」
   

武装派三人が帰ってきた。
   
楸瑛は椿の足元に横たわる兇手を見、息を飲んだ。


「椿……これは…君が…?」
   

椿はやや時間を置いた後、こくりと頷いた。
   
楸瑛はもう一度兇手を見て、椿に視線をうつした。

そして瞠目する。


「椿!血が…!」
   

椿の左肩には一筋の切れあとがあり、そこから血がたれていた。


「本当!椿姐さん、手当てしますから来てください!」

「よい…このくらい…なんとも…」
   
椿はそう言って袖で傷口を抑える。

けれどそれでも鮮血は止まることなく袖口を紅く染め上げていく。


「いけません椿さん。傷が膿んでしまいます。お嬢様、手当てをしてさしあげて下さい」

「うん。ほら、椿姐さん。行きましょ」
   

椿は大人しく秀麗についていった。


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