椿姫

コレット

影月

「はぁ、つきましたぁ。……ここで…最後」
   

冬。

この時期、王都は一種独特の熱気に包まれる。

全国各地から多くの者達が貴陽に足を踏み入れる。
   
出自も年齢も多種多様な。
   
けれどたど一つ、同じ目標を胸に。
   
__絶望と希望。
       歓喜と落胆。
       光明と奈落。
       去る者と残る者。
   
一年で最も多くの感情が交錯し、これからの運命をも左右する。
   
__それは、国試・国武試最終試験のはじまり。






「秀麗ちゃん」

「あ、胡蝶姐さん」
   

姮娥楼での賃仕事も残り七日となった今日も、秀麗は姮娥楼で帳簿をつけていた。


「ちょいと聞いとくれよ。昨日うちに珍しいお客が来てねぇ」

「珍しいお客?」
   

秀麗が聞き返すのと同時に、上から「うぁぁぁぁあ!!」という叫び声と共にバタバタという音も聞こえてきた。


「おや、お目覚めのようだね」
   

室の入口に立っておろおろしている彼をみて、秀麗は顔をしかめた。


「…姐さん。見たところ、十二、三の少年に見えますけど…?」

「珍しいだろ?」
   

少年は優しそうに垂れた瞳でこちらを見た。


「…ここは…どこですかぁ?」




「じゃ、なんでここへ来たのかも覚えてないの?えと…杜 影月くん」
   

彼は杜 影月と名乗り、貴陽には用事があって来たらしい。

その道中、宿を探したところまでは覚えており、その後の記憶はないのだという。
   
影月を拾った上客は彼の滞在費を残していったが、影月は頑として受け取らなかった。
   
そのため、秀麗と共に姮娥楼の仕事を手伝い、そして邵可邸に泊まることとなった。


「……………」
   

その様子を麗玉は柱の影から"椿"として見ていた。

   


秀麗と影月が賃仕事を終え、姮娥楼から立ち去った直後、
    麗玉は階段の上からひらりと胡蝶のそばに飛び降りた。


「胡蝶、なんだか臭い」

「え、本当かい?風呂には入ったのだけど」

「違う。嫌な予感がするという事じゃ。
    妾は暫くここを動かぬ。色々頼む。座敷には上がらぬ」
   

麗玉は椿として活動する時、母の話し方を真似る。

"椿"は姮娥楼で絶対の存在。

それ程までに椿は大切な妓女なのだ。


「わかった。……あまり無茶するんじゃないよ」
   

椿はこくんと頷くと奥の室に戻って行った。


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