ノーヘブン

暇人001

#9 初クエスト②

 新たな魔法《神々の雷撃ステラ・トルトヌス》を作成したミカドはその使用をエルファンスに強要されていた。

「じゃあ、打ちますよ?」

「あぁ……あ、ちょっと待った」

「なんですか?」

「俺に防御魔法を張ってくれ」

「わかりました……って俺には張らなくていいって思ってないですか?」


 エルファンスはソレに笑って答える。

「当たり前だ!」

「ったくこの人は……《完全なる神壁パーフェクト・ウォール》」

 エルファンスが透明なガラスに囲まれる。
 それを確認したミカドは新たに使った魔法を繰り出す準備をした。

 自分の体に巡り回る魔力の流れその流れを速くし自らの魔力を高める。

 これは誰かに教わったとかではなく直感的に行なっている行為であり、そして恐ろしいことにその行為は魔術師にとって威力を向上させるという点では正しい行為であった。


「《神々の雷撃ステラ・トルトヌス》」

 魔法の使用直後、晴れ渡っていた空には今にも落雷を予感させるほどの雷雲が瞬時に立ち込めた。

「穿て雷よ」

 瞬間、複数の落雷が森を焼き払い大地を焦がし地盤を揺るがす。

 その落雷のうち1発がエルファンスを守っている壁に直撃する。

 絶対無比の最硬の壁だと思われていた防御魔法も直撃した箇所は黒く焦げそして、拳1つ分くらいのヘコみが出来ていた。

「おぉ……こりゃヤベェもん見ちまったな……」

「ヤバイ。このままだと森を焼き尽くしてしまう!《創造魔法》《海皇の神撃エンペ・ラメゼール》」

『ピピッ 《海皇の神撃エンペ・ラメゼール》の作成に成功。広範囲に水属性の攻撃魔法。威力は第8位階魔法程度です』

(よ、よし……これで火事はなんとなるはずだっ!)


「《海皇の神撃エンペ・ラメゼール》」

 発動と同時にミカド場所を渦の中心として周囲に莫大な海流が発生する。
 火の手を止めるのと同時に周囲の木々を根こそぎ呑み込んでいく。

 その木々は次第に渦の中心にいるミカドに必然的に引き寄せられる。
 それらの木々はミカドの5メートル手前で渦の中から突如として現れた黄金の三叉の槍トライデントにより粉砕される。

 無数の木々はまるでミキサーの刃に当てられたかの様に粉々になる。

 もう何本目の木だろうか。そんな事を考えさせてくれないほどの速さで駆け回る木を的確にそして速すぎる速度で貫き粉砕する三叉の槍。

 槍が繰り出される先には2つの光る何かがあった様にも見えた。

 渦の中心、不自然に作られた唯一の陸地に立つ事数分。エルファンスが防御魔法の中に入ったまま流されてきた。

 ミカドの脳内にはこのままでは串刺しにされて死ぬという最悪の光景がよぎる。

 どうにかこの魔法を解除するすべは無いのかと考えるが、この魔法を終わらせる詠唱のようなものは聞かされていない。

「くっ……なら《創造魔法》《消滅ラディファレーズ》」

「ピピッ 《消滅ラディファレーズ》の作成に成功。対象の魔法又はスキル等を消滅させる事が可能。推定魔法階級は第10位階です」


「な、なんかヤバそうなの出来たけど……使うしか無い!《消滅ラディファレーズ》」

 瞬間、海流が弾け飛び、渦に飲まれていた木々は数秒空をかけていた。


 ゴンッ

 鈍い音を立ててエルファンスを囲う壁が地面に着地する。
 それを確認し防御魔法を解除する。これに関しては魔力供給をやめれば解除できるので解除方法に関しては簡単なのである。

「な、なんなんだあの魔法は……」

 ミカドの防御魔法が無ければ、ミカドが魔法を解除していなければ、と考えたエルファンスは改めてミカドの驚異的な力を感じたのである。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」

「い、いやぁ俺はなんとも無いが……コレどうするんだ?」

 エルファンスの言うコレ・・とは周囲の木々のことである。火事を抑えるために森一帯を全てなぎ払ってしまったのである。

「創造魔法でなんとか……ならないかな……」

「試してみる価値はあるんじゃ無いのか?」

「ですね……《創造魔法》《森羅光林リェス・サトゥール》」

『ピピッ 《森羅光林リェス・サトゥール》の作成に成功。広範囲に特殊な木々を生成する』

「《森羅光林リェス・サトゥール》」

 ミカドを中心に樹木が生い茂り、その一本一本の幹は黄金に輝いており微量ではあるが魔力を感じさせる。

 そして、ミカドの立っている地面には巨大な青色の魔法陣が現れる。
 何か嫌な予感を察したミカドはエルファンスとともに急いで魔法陣の外へ出る。

 その瞬間青色の魔法陣は緑色に変色し途轍もなく巨大で群を抜いて高い一本の大樹が姿を現した。

 その大樹が世界樹・ユグドラシルと呼ばれ様々な英雄に力を捧げるようになるのはまだ先の話である。


「ヤバイヤバイヤバイ……」

「ミカド、今まで起きた出来事は全部見なかった事にして、入ってきた方向とは違う方向から帰ろうか」

「そうですね、それが良いです……」




「そう言えば1つ気になっていた事があるんだが聞いてもいいか?」

 しばらく森の中を歩いているとエルファンスが唐突に口を開きミカドに尋ねる。

「なんですか?」

創造魔法クリエイトってやつで作り出している魔法の名前はミカドが決めてるのか?」

「いや、考えていっているとかじゃなくて必要な魔法を想像するとその名前が頭の中にパッと思い浮かぶんですよね……だいぶ助かっているのも事実です」

「あの魔法名は全部神の啓示なのかもしれないな」

「うーん どうなんでしょうかね……」


 そんな話をしながら何食わぬ顔でレッドドラゴン討伐の一隊と合流するのだが──

「大丈夫だったんですか!?」

 ヴァンドにまず安否を確認されて森の中で何があったのかを全員に聞かれる始末となった。

 ミカドとエルファンスは口裏を合わせて二体の神が降臨し喧嘩を始めたと見え透いた嘘をついた。

 当然こんな嘘誰だって嘘だと理解できるが起こっている現象の規模が神が引き起こしたとしか説明できないほど大規模だっため疑念を抱きつつも頷かざるを得なかった。


「それじゃ、気を取り直して進もうか」

 エルファンスの指揮に皆んなが同意する。

「あ、ちょっと待ってください」

「どうした?珍しいなミカドが意見するなんて」

「いや、この馬車も壊れっぱなしじゃちょっと……」


 その言葉を聞いたヒョードは本当に小さな声で
 『ごめん』と言った。

「《修復リペア》」

 発動と同時に馬車は元どおりの姿を取り戻す。

「おぉ……相変わらずスゲェな」

「なんのなんの、では先を急ぎましょう」

 エルファンスとミカドが馬車に乗るそれを見てヒョードとヴァンドも馬車に乗り込む。


「な、なぁ……今の魔法って……」
「あぁ……間違いねぇありゃ固有魔法だ」
「ミカドとか言うやつかなりの手練れなんじゃ無いのか?」
「固有魔法を持ってるからと言って必ずしも強いわけじゃ無いだろ。もしかするとアレしか魔法が使えないかもしれない。とにかく俺たちは出来る限りの事をすれば良い」


 Aランク冒険者の馬車ではそんな会話が繰り広げられていた。


 馬車に揺られる事更に1時間──

 ようやくついたのは火山のふもとだった。


「お、ついたか」

 エルファンスはそう言いながら腰をあげる。

「そのようですね……」

 ヴァンドもエルファンスの言葉に相槌を打つと同時に腰を上げ、後を追う。

「ヒョードさん着いたみたいですよ」

「うん。わかった」

 ヒョードが腰を上げて立ち上がる、その時にフードと長い青髪で今まで隠れていた顔が見えた。
 彼の右目は吸い込まれるような青色の目でもう一方の目は周囲が黒く中心部分は赤色という禍々しいものだった。

「みた……?」

 ミカドの視線を感じ取ったのかヒョードは恐る恐るそう訊く。

「すいません……」

「いや……良いんだ。ただこのことは誰にも言わないでほしい。ヴァンドも知らないから」

「わかりました。失礼ですがそれは魔眼ですか?」

「よく知ってるね……ってまぁこんな見た目じゃ魔眼にしか見えないか……」

「い、いや!そういう意味で言ったんじゃ無いですよ!」

 ミカドはヒョードの持つ魔眼にどんな能力があるのかを聞きたくて仕方がないようだ。


「ヒョードさんのその眼には何が秘められているんですか?」

「はぁ……仕方ない。君にだけは見せておこう」

 ヒョードの声色が変わる。細々とした声から大人の男──低音ではあるが爽やかな声へと変化した。

 フードを取り、長い髪をかきあげる。

「コレが俺の全てだ」

 
 ヒョードの左目と左の首に巡らされている血管は赤黒く人間のソレとは全く異質のものだった。

「俺は半人半魔。半分は人間でもう半分は悪魔だ。そして俺の持つ魔眼の固有能力は力を解放すれば一時的にではあるが完全な悪魔になる事が可能だ。この状態であれば使える魔法は氷属性と水属性だけだが、力を解放すれば風属性と雷属性の魔法も行使することができる」

「ってことは……上位魔族ってことですか?」

「あぁ、そうなるな」
 
 普通の人間なら恐怖し逃げ出したくなるレベルだ。上位魔族は人間がどう足掻こうと勝てない相手なのだから。

「すごいですね!また、今度色々話を聞かせてくださいよ!」

「ははは、やはり君は他とは違うんだな。森に稲妻を落としたのも森を海流で呑み込んだのも新たな樹木を生成したのも全て君の仕業だね?」

「あはは……なんのことやら」

 魔眼の効力だろうか?とにかく筒抜けであることは間違いない。
 そう確信し更に魔眼という存在に興味を持つミカドであった。

「それじゃそろそろ出ようか」

「はいっ!」

 ヒョードは髪を下ろしフードをかぶり馬車をおりる。それに続くようにミカドも降りる。



「遅かったじゃねぇか。何してたんだ?」

 エルファンスがミカドに問いかける。

「いえ、少し準備をしてまして」

「そうか…… 皆んなもう覚悟は決まってるか?」


 そこに居合わせた全ての冒険者がコクリと頷く。

 その合図を待っていたかのようなタイミングで火山の頂上から赤い龍が姿をあらわす。

 顔、胴、翼、手足、尻尾、どれを取っても真っ赤なその龍の吐く息は辺りを緊張で包みこむ。

「Aランク冒険者は援護と魔術師の護衛を!我々高位冒険者で一気に叩く!」

 ヴァンドが指揮をとりそれに従うように皆んなが行動する。
 ただ1人ミカドを除いて。

「俺多分一番下のランクなんですけど……何したらいいんですかね……」

「しばらくは援護か護衛をしとけ」

 エルファンスが即答する。

 その真意は恐らく『お前が出たら直ぐに片が付いてしまう。だから危険になるまでは出るな』という意味だろうとミカドは解釈し受け入れる。

 ミカドはヒョードと目配せを、いや正確にはアイコンタクトを取ったわけではないがそれに限りなく近い行動をとりヒョードの援護に付く形となった。


「グオォォォッ!!」


 龍の咆哮により1人の冒険者が足をすくませた。

 それを見逃さなかったのは龍。あの巨体が信じられない速さで移動し、足をすくませた冒険者の首元に爪を当てる──直前。

「《完全なる神壁パーフェクト・ウォール》」

 ガインッ!

 途轍もなく硬いモノが更に硬い何かに弾かれる音が響く。

 尻をついておびいている冒険者の前には半透明の防護壁が突如として現れた。


「早く逃げろ!」

 ミカドが声を大にする。

「す、すまねぇ。助かった!」

 ミカドのその言葉に気を取り戻した冒険者、慌てて立ち上がり後方へと下り距離を取る。


「あのレッド・ドラゴン……」

 ヴァンドが呟く。

「お前も気づいたか」

 次にエルファンスが口を開く。

「「アレは凶化モンスター」」


 凶化モンスターとは通常よりもステータスやスキルなどが遥かに強化されたモンスターのことを示す。その原因は未だ解明されていない。


「どうする…… 俺の槍がヤツに届くとは到底思えない」

「ミカド〜。次の俺の攻撃が通じなかったらお前に全部任せる」

「え!?急に!?」

 ミカドが驚きから冷静を取り戻す暇も無く、エルファンスは今までに見たことのない量のオーラを身体中から放ち始めた。


「行くぜ……〈デモンズストライク〉」

 瞬間身体から溢れんばかりに噴き出していたオーラは右腕に集中し急速に形を変え、悪魔、いや魔王の腕を彷彿とさせるような禍々しくそして巨腕へと変化した。

 エルファンスはレッド・ドラゴンの直ぐそばまで異常な速度で移動し渾身の一撃を盛大に放つ。


 グォン

 何か強固なモノが形を変えて曲がる音が鼓膜を揺らした。

 曲がっていたのは龍の身体ではなくエルファンスの拳にまとわりつくオーラの塊だった。


「くっ……少しはやれると思ったんだがここまでとはな…… ミカド!チェンジだ!」

「あ、は、はいっ!」

 圧倒的な力の差を感じ取ったエルファンスはレッド・ドラゴンから距離を取るのと同時に冒険者全員に撤退命令を下した。

 ミカドを除く全ての冒険者はそれに従うように一斉に撤退を始めた、ただ一人フードを深く被った男を除いて。


「《氷獄の断罪レヴァーク・ジャッジ5st第5位階魔法》」

 他の冒険者たちが十分離れたのを確認してヒョードが魔法を放つ。
 その魔法は一瞬にしてレッド・ドラゴンは氷の巨像へと姿を変える。

「今の俺にできるのはココまでだ、今のうちに体制を整えて思う存分戦ってくれ」

「ありがとうございます」

 ヒョードはミカドの直ぐ近くまで寄って行きそう言って撤退した冒険者たちの後を追った。


 ヒョードの魔法が使用されたから十数秒後、氷付けされたはずの龍は氷を溶かし破壊活動を始めた。


「さて……コイツ・・・を使ってみるか」

 ミカドがそう言いながら握りしめたのは腰に携えた一振りの刀、覇滅刀インペリアルだった。

 ミカドは居合切りで、凄まじい勢いでこちらに急接近してくる龍の二本の腕と後ろの足二本をいとも容易く切り落とした。

 ズドンという鈍い音ともに巨体が地面に打ち付けられる。

「相変わらず凄まじい斬れ味だな」

「グオォッ!!」

 勝ちを確信したミカドはゆっくりと龍に近寄る。

 だが、龍もタダで転ぶつもりはさらさらないようだ。恐らく最期の力を振り絞り真紅の炎を吹いた。

「《完全なる神壁パーフェクト・ウォール》」

 ドラゴンのブレスは呆気なく、そして虚しい程に半透明の壁の前に無力と化した。

「《神々の雷撃ステラ・トルトヌス》穿て雷よ」

 雷雲がすぐさま立ち込め、一閃の稲妻が龍を穿つ。

 勝負はその一撃で全てが決まった。
 龍の脳は焼き爛れ、空洞ができている。

 エルファンスの本気の一撃を捻じ曲げた肉体をいともたやすく斬りとばす刀、そしてそんな肉体を持つ龍の脳天に風穴をあける程の威力を持つ雷属性魔法。

 通常であれば考えられない。通常で無くても考え難い威力を誇る二種の攻撃。その威力を距離を離れた場所で感じ取っていた男が1人いた。


「ははは……やはり君は特別な存在なのだな」

 ヒョードはフードの下で笑みを浮かべていた。


◇◇◇◇◇


「コレ……どうしたらいいんだ?」

 地べたに転がる龍の死骸をどう処理すれば良いか分からず戸惑うミカドの元にフードを被った男──ヒョードがどこからともなく現れた。

「流石だな。首から上だけを持ち帰りギルドに提出すれば報酬を受け取れるだろう」

「いつの間に……」

「ははは、固有魔法《転移テレポート4st第4位階魔法》を使ったのだよ」

「固有魔法?」

「あぁ、君も馬車を直した時に使っただろう?もしかして理解しないで使っていたのか?」

 コクリと頷くミカド。

「あはは……まぁ君の持つ高貴な魔力から察するに他にも様々な固有魔法を持っていると思うがそれはまた違う機会に話すことにしよう。とりあえず今はこの龍の処理をして皆んなと合流しよう」

「はい!」


 ミカドは腰に携えた刀で龍の首根っこを容易く切り落とす。

「面白い刀を持ってるんだな。聖剣……いや妖刀の類か?」

「神話に出てくる刀だとか……」

「なるほど、であれば覇滅刀インペリアルかもしれんな。大切に扱ってやれよ?」

「もちろんです!」


 ミカドは切り落とした龍の頭を片手で持ち上げる。

「では、戻ろうか」

「どっち方向ですか?」

「俺の固有魔法で一気に転移する。《転移テレポート4st第4位階魔法》」

 瞬間ミカドの視界は黒く覆われ、再び目に光が飛び込むようになった時にはエルファンスやヴァンドを含め他の冒険者たちが集まっている場所にいた。


「お、英雄の帰還か」

 エルファンスがそう呟くと他の冒険者たちはまるで勇者の帰還を見つめるかのようなキラキラとした目でミカドを見つめた。

「な、なんですか?」


「「「俺たちを救ってくださりありがとうございます……」」」

 何故か帰還後すぐに感謝の気持ちを伝えられるミカド。その理由はエルファンスの告げ口にあった。

「俺が本気で殺しに行ってもまるで歯が立たなかった相手だ。ここにいる全員が協力して立ち向かっても有るのは敗北のみ。そして俺の攻撃が届かないということは最大火力の勇者か魔王の攻撃でなければヤツの討伐は叶わなかっただろう。と言うことを撤退後コイツらに伝えておいた」


「そ、そうなんですか……で、でもたまたま雷が落ちてそれで──」

「わかっています。ミカドさんが自らの実力を隠すのには何か理由があるんだと思っています。この事は他の冒険者はもちろん家族にも言うつもりはありません。どうかご安心ください」

 Aランク冒険者の1人がそう言葉を紡いだ。

「はぁ……わかりました。では今回の出来事は全て見なかった事にしてください」


 そこにいた全ての立会人はその言葉に頷き承諾した。








 




コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品