少女と異世界。

時雨

21.賑やかな病室

 朦朧もうろうとした意識の中、声が聞こえた。

 ノイズがかかっているような、こもっているような感じで、なんて言っているのかは分からない。

 ただ、それはとても暖かく、頭の中で響くような不思議な声だった。

 そして、一言だけ、はっきりと聞き取れた言葉があった。

 「死なないで」






 目がさめると、目の前には真っ白な壁が広がっていた。……いや、これは天井か。


 どうやら僕は仰向あおむけに寝ていたらしい。

 起き上がろうとして、手に力を入れると、右手が何かに何か握っているような感触があるのに気づいた。

 視界をそちらにやると、椅子に座った金髪少女が僕の手を握りながら、ベットに伏せていた。

 「…マリス?どうして……あ、そうか、僕は…。」

 そうだ、僕は邪神の使いと戦っていて、ナイフを押し込んだところまでは覚えてるんだけど……ダメだ、その後のことは分からない。


 マリスがここまで運んでくれたのだろうか。というか、ここはどこなんだろ?

 すると、扉から一人の男が入ってきた。

 「お、意識は戻ったみたいだな。どこか痛むところはあるか?」

 そう言いながら僕の身体を一瞥いちべつすると、頷いた。

 「よし!無いみたいだな!無事で何よりだよ」

 好青年然とした顔つきと態度、格好から見るにこの人も冒険者なのだろうか。

 「えっと、どちらさんでしたっけ?」

 「おっと、そうだな、自己紹介がまだだった。俺はラビっていうんだ、よろしくな!」

 「ラビさんか、僕は千夏だ」

 「さん付けはいらないって、ラビって呼んでくれよ」

 「あ、あぁ、えっと、それでどうしてここに?」

 このラビという男はいったいどういった関係の人なのだろうか。

 「ん?あぁ!そうだった!みんなに知らせなきゃな!ちょっと待っててくれ、呼んで来るから!」

 そう言って、慌てて出て行ってしまった。

 「何だったんだ、あの人……」

 「う……うぅん……」

 すると下から声がうめく声が聞こえてきた。

 「あれ?寝ちゃってたのか、おれ……」

 「あぁ、おはようマリス」

 そう声をかけると、バッとこちらに顔を向けてきた。

 「チナツ!? 身体は大丈夫なのか?」

 こうして顔を見て、声を聞くと、本気で心配してくれていたようだ。

 「あぁ、何とも無いよ。寝すぎて少しだるいぐらい」

 そうだ、あの後どうなったのかマリスなら知っているだろう。

 「あ、そうだ。邪神の使いがどうなったか分かる?」

 「あぁ、それなら……」

 「それなら、ちゃんとギルドに報告しといたぜ」

 そう言ったのは金髪の何だかチャラい見た目をした男だった。

 「俺はダイスって名前だ。ラビから聞いてなかったか?後もう一人、ニーナってやつもいるんだが……」

 「あぁ、もしかしてさっきラビが言っていたみんな```っていうのは…」

 「おう、多分俺らの事だな。……って、ニーナのやつまだ来ないのか?ラビは治癒術師の人呼んで来るって言ったし、遅れて来るのは分かるんだが……うわっ!?」

 するとダイスの後ろからローブを着た、女性が飛び込んできた。

 「お、起きたってほんと!?」

 僕と目が合うと、すぐに駆け寄ってきて

 「大丈夫?こことか、こことか痛むところはない?気分悪いとか無い?」

 そう言いながら体のあちこちを触って来る。

 「大丈夫ですよ、痛むとこないです……っていたたた!?」

 右手に潰されそうなほどの握力がかかってくる。

 「ま、マリス!手!手!力入れ過ぎだって!」

 「へ?手?……うわぁぁ!?何握ってんだよ!?」

 「ふごぉっ!?」

 腹に激痛である。もちろんマリスによるものだ。

 「うわぁ、入ったなぁ」

 そんな呑気なのんきなことを言ってくるダイス。

 キッとニーナを睨むと、そのまま部屋を飛び出てしまった。

 するとそこから恐る恐るラビが顔を出しながら、

 「えっと……治癒術師さん呼んできた……よ?」

 と、後ろに付いてきている人を指し示した。


 「おい、何があったんだよ。いきなり飛び出してきてビックリしたよ」

 「さぁ?何だろうな?俺らにゃわからん事情だろうなぁ?ニーナさんよ?」

 「え!?私のせい!?」


 「ゴホンッ、さてちょっとよろしいですかな?」

 わざとらしい咳払いとともに、茶髪に白髪の混じった髪に、眼鏡をかけている治癒術師と呼ばれた人が僕の近くに歩いてくる。

 ベッドの脇までくると、ちょっと失礼、と言いながら、僕の額に手を当てた。

 するとわずかに光った後、しばらくしてから、うん、と頷いた。

 「どうやら身体に異常はないみたいだ。怪我も回復しているようだ。ただ、体内の魔素がほぼ枯渇していたんだ。まだ安静にしておいたほうがいい」

 「まそ?なんですかそれ?」

 すると驚いたように全員がこちらを見てくる。

 え、なんか変なこと言っただろうか……?

 「おいおい、お前そんなことも知らないであんな奴と戦ってたのかよ……」

 「いいか?魔素というものはあらゆるものに流れているのだ。人やさまざまな生物はもちろん、水や空気、大地にすら含まれている。」

 「はぁ、それは知ってますけど……。その、枯渇するとどうなるですか?」

 「まぁ、元から魔素を持たずして生まれた者には関係ないが、持って生まれた者にとっては重要な身体の一部なのだ。なんらかの異常をきたすだろうな。」

 「なんらかの異常?例えばどんな?」

 「例えば、身体がだるくなったり、頭痛がしたり、意識を失ったりする。」

 なるほど……あの時の頭痛はそのせいだったのか……

 「まぁ、一応もう1日だけ休んでなさい。もう無理な戦いなんかするんじゃないぞ?」

 「はい、すいません…ありがとうございます」

 そう言って治癒術師はベッドの脇から離れると、扉のノブに手をかけたところで足を止めた。

 「お、そうだ。私の名前を言っていなかったな。私はガラード。一応この町で一番の治癒術師と言われているよ。よろしくな、では、また」

 そう言って、扉を出ていった。

 ガラードさんか、これからお世話になりそうだな。

 「そんじゃ、俺たちもここらで帰るとするか」

 「そうね!チナツさん、お大事にね!」

 「じゃあな、チナツ。また会おう!」

 そういってぞろぞろと扉を出ていった。

 静まる室内。

 さて、もう一眠りするかな……自分でも知らないうちに気張っていたのだろう。身体がなんだかまだだるい。

 5分もしないうちに眠ってしまった。

 これからギルドで大騒ぎになるのも知らずに。


 




 

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