いずれ地に咲く

作者 ピヨピヨ

花の話 二十一話

神様を前にした私は、初めどう反応したらいいかわからなかった。
だって神様だよ?
この世で一番すごい人じゃん。
流石の私でも、ちょっと戸惑いが隠せなかったんだよね…

そんな極めて微妙な雰囲気を壊してくれたのは、木霊ちゃんだった。
木霊ちゃんは私の肩から飛び降りて、臆することなく、不意に神様の元へテクテク走り出した。
そして神様の足にギュッと抱きつきながら、甘えるような鳴き声をあげた。

「ちょ、木霊ちゃん!?その人神様だよ!!」
「…いいの。」

神様はそんな木霊ちゃんを抱き上げ、よしよしと頭を撫でた。

「今までご苦労様…。」
「ン〜、ガンバッタ、ツカレタ、エライ?ネテイイ?」
「うん…偉いね…もう休んでいいよ。」

神様は優しい声色で木霊ちゃんを撫で続けると、木霊ちゃんは嬉しそうな表情であくびをしながら眠りについた。
大胆にも神様の腕の中で。

「……あの、神様。」
「…神様はやめて……ユリって呼んで欲しい。」
「…ゆ、ゆり…さま?」
「ユリがいいの。」

神様は少し嫌そうに眉を寄せた。
…なんだか子供っぽい反応に近く、これ以上意に反したら、軽く駄々をこねそうだ。

「じゃあ、ユリ……さっき見えたものはいったい何なの?アレは、カロン?でいいのかな。」

私は何となく分かっていた、さっきのアレは、きっと神様が見せてくれたんだろうと、だからあえて聞いてみた。
神様は、少し黙って私を澄んだ青の瞳で一瞥した後、こう言った。

「アレは、カロンであり、カロンじゃないものだよ。」
「昔のカロンってこと?」
「…近いけど、今は違う…魔物だし、もう人ではないから、記憶もない。」

神様は淡々とした口調で、私に近づく。そして私の手を掴んで歩き出した。
私は思わずその手を握り返し、彼女についていく。
道案内してあげる…と神様は言った。

「でも、彼は魔物の中でも半端者、自分から塞ぎ込んで、出会いの縁を自ら切り捨てて、一人閉じこもってしまったから…前世は人の命を奪うことに躊躇なかったのに、転生した途端、ダメになってしまった。」
「……。」
「…人は死ぬと川に行くの、その川を渡ることによって人は全てを忘れて、汚れが流される…大体そこで罪の浄化が出来るんだけど、彼は渡らないまま、転生したから、死神になるしかなかった。」
「…渡れない人は、死神になるの?」

死の先の川…聞いたことがある。
全てを洗い流す、清い川。

「…死神は人間しかなれないよ…渡れなかった人間は、その分溜め込んだ罪を償わなければならない…たとえどんなに時が経っても、死ぬことも老いることもない。償い切るまで、ずっと、そのまま。」
「…ずっと?」

神様は前を歩いたまま、うなずく。
私は胸がキュッと締め付けられるような、苦しさを覚える。
あんなことを、カロンはずっと前からしているんだ。

一体いつから?一体いつまで?

あんなことをしていなければならないんだろう。

本人は何も、覚えていないのに。

私が泣きそうになりながら、俯いていると神様は不意に足を止めた。

私は顔を上げる。すると神様と目があった。
その表情は、とても悲しそうだった。

「……ごめんなさい。本当は全部私が悪いの。」

神様は泣きそうな顔をして、声を震わせた。

「こんな世界を作ってしまったから、みんな不幸になってしまった……本当は。」

神様はそこで息が詰まったかのように言葉が止まった。
罰が悪そうに俯く神様を前に、私は解けかけた手をギュッと握る。
手放してはいけない。
そう思って、食いつくように私は神様を元気付けた。

「…ユリは何も悪くないよ。私はユリ神様を憎んだことなんて一度もないんだから。」
「……。」
「今のユリはすごく悲しそうだよ?神様が泣いてたら世の中も暗くなっちゃう!だから笑って、神様が笑ってくれてたら、私、それだけでとっても幸せだから!」

神様は握られた手をじっと見ながら、私の言葉を静かに聞いた。
そして、小さな声でありがとうと私に言って顔をあげる。
それはどこにでもいる少女のようなあどけない顔で、本当にこの人が神様なのかと疑ってしまうほど、か弱く繊細に思えた。

「…ありがとう。」

神様はまた、そう言った。





「木霊ちゃん、起きないね……ユリの腕の中ですごいリラックスしてる…。」
「仕方ないよ、長い間あの人を見てくれてたんだから。」
「見てくれてた?」
「一応ね…忘れてるとは言っても、少なからず縁みたいなものは繋がってるから、前世みたいなことを繰り返すことも少なからずあるみたいなの。お目付役、みたいなものかな…この子は。」

神様は色々教えてくれた。
多分、人間の私が知らなくてもいいことも、話しちゃってるんじゃないかな。

「本当は、あの銃の人がいるからいいんだけど、ちょっと心配だったから。」
「ふーん……なんか難しいかも、私には何がなんだかって感じ。」
「そうだろうね…」

神様は不意に足を止めた。
あたりをいつの間にか囲んでいた霧が薄く空気に溶けていく。
あっという間に、その場所は森の入り口に変わった。
そう、あのカロンのいた森の。

「さぁ、選んで。あなたが行きたいところに。教会でも、どこでも。」

私は戸惑いながらも、朝日の木漏れ日を写した白い手を離した。
神様は森の影にゆっくり後ずさっていく。
その白い輪郭はあっという間に暗闇に溶けていった。
まるで白昼夢を見ていたような心地。
肌に当たる太陽がとても暖かい。
振り返ると、明るい日差しが村へと続いているのが見えた。

白いスイセンの花が、いくつか咲いている。
ポケットからお金の入った袋を取り出す。
フリージアさんがくれた、大事なお金。
ウィリさんの命を奪って、くれたお金。

このお金はどう使えばいいだろう。
このまま前に進んで、村の教会に行けば、とりあえず生活は安定する。

きっと私は明るい場所で生きていくことができるんだ。


そう。




私は今、選択を迫られている。





私は明るい未来を目指して歩き出すことにした。

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