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いずれ地に咲く

作者 ピヨピヨ

花の話 二十話

「……どうしてなの?」

涼しい落ち着きのある声が湖面を滑る。
それと同時に微かな風が吹いて、少女の見事なまでに白く肩まである髪を、花のように揺らす。

「私になぜ、拳銃を向けるの?」

何処か浮世離れした声色に、子供のような無邪気な疑問が載せられる。
そんな少女に拳銃を向けていた青年は、ゆっくりと間違いに気づくように、拳銃を下ろした。

「…ねぇ、あれがカミサマなの?」

私は一部始終を見ながら、肩の木霊に問いかけると、木霊はコロコロと正解を表す音を鳴らす。

「…こんなところに迷い込んではいけない。早く帰るところに帰ったほうがいいよ。」
「……帰るところなんてない。」
「……何か…望みがあってここに来たの?」

カミサマは歩みを進めながら、囁くようにそう呟いた。
不思議な響きを持つ声からは感情は読み取れない、しかしよく通る声だった。
青年はまるで懺悔をする純情な信者のように、目の前のカミサマを見上げる。
そして枯れた声で

「俺を殺してほしい。」

と言った。
私は目を見開いた。
殺してほしい、なんて…まるで。
動揺する私に、青年は続ける。

今までの残酷な記憶と思い出。
受けてきた扱い。
そして、大事な友人との記憶。

それらはとても、悲しいことのように思えて、その一つ一つが私をどうしようもない気持ちにさせる。
そして、同時にこうとも思えた。
この人は…踏み間違えた道を正すことが出来たんじゃないのかと。

「…俺は、生きていてはいけない…しかし自分で死ぬことさえ、怖くて仕方がない、散々人を殺めておいて笑われるかもしれないが、俺は、自分で死ぬことがどうしてもできない……だから、他者である者に殺してほしいんだ。」
「……。」

ずっと黙っていたカミサマが、口を開く。

「あなたは大事なものに気付けていないんだね…こんなにも世界に溢れていて、こんなにも様々な色形があるのに…目に見えるものも有れば、目に見えないものも有るのに…いや、だからこそ、見逃してしまったんだろうね。」

カミサマは哀れな蒼い眼差しを、青年に注ぐ。
そして優しい声で歌うように呟いた。

「あなたは、みず、を与えられていたことに気づけられなかったんだね。」

その声に青年のぼんやりとしていた瞳が輪郭を鮮明に持つ。
まるで、ずっと辿り着けなかった問いの答えを見つけたような、ハッと目覚めたように青年は顔を上げる。
同時に泣きそうな顔になった。

「あなたがこの世に生まれたのは母のみず
あなたが成長できたのは食物のみず
あなたを傷つけ殺したのも歪んだみず
あなたを受け入れてくれたのも人々のみず
あなたに同情し友人でいてくれたのもみず
世界は愛で満ちているんだよ。カロン。」
 
何処か憐むような、愛おしいものを愛でる声は、まるで残酷宣告をする様に穏やかだ。
この人が、カロンが道を踏み外し、戻れなかった理由。
決して、人を傷つけたくなかった筈だった人の行き着いた末路の原因。

「…でもねそれに気付けなければ、ないのと一緒なんだよ。」

そう


気付けなければ、ないのと一緒


青年の瞳から、ゆっくりと水が溢れる。
確かな重力に従い、何度も何度も水の滴る音が聞こえ、痛々しい背中が微かに震える。
やがて、押し殺したような声が口から漏れる。

「…今更…それを知ったところで……何も変わらない……俺は、正すチャンスを貰えるほど、人を生かしたことなどないのだから。」

諦めと疲弊の色。
お願いだから、そんなこと言わないで。
きっとやり直せるよ。
そう言いたいのに、開いた口を私は再び閉じる。
それを言ったところで、あの人はきっとこう言うのだろう。

黙れ、何も知らないくせに。

と、あの時みたいに遠ざけられるだけだ。

「それでも、死にたいのなら…私はあなたの望みを叶えるだけ…」

そう言うと、少女はカロンの前に座り、スルリとカロンの首に両手を絡ませる。
ひゅっと息を飲む。
待って…まだ、助かる道がある筈だから。
心臓がドクドクと波打ち、体が冷える。
助けなくちゃいけないと思うのに、動けない。

徐々に力を入れているのか、くぐもった声が聞こえてくる。それでもカロンは抵抗一つしないまま受け入れている。
やがてくぐもった声が弱々しく、微かに痙攣する体もぐったりと力が抜けていく。


このままじゃ、



本当に死んじゃう。





「…やだ……こんなの…。」








その時だ。

「ーーーーーーッ!!」

少女の腕を鷲掴み、グッと半ば強引に引き剥がしたのだ。
私と少女は目を見開いて驚いた。
その腕を引き剥がした張本人は…

カロン自身だったからだ。

呆然とする私達を他所に、激しく咳き込むカロンはその場に膝をつき喉を抑えて、呼吸を徐々に整えていく。
そして、今までと打って変わり真っ直ぐな目を少女に向けた。
その目つきは明らかに、カロンのものではない別人のものだ。

「あなたは…カロンではないね。」
「………はっ…なんでもお見通しってことか。さすが我が主神。」

口元をニヤリと歪め、目を嫌らしく細める男は、口調まで変化している。

「悪いがまだ死なすわけにはいかないんだ、だからちょっと体を借りさせてもらった。先程の無礼は許してほしい。」
「…だいぶ無理している?」
「ははっ、体を使うのは慣れてないんでね、時間はあまりないだろう…率直にお申し立てするよ。」

そう言うと男は深く息をついた。
そして一度目を閉じて、やがて意を結したかのように、こう言った。

「もう一度やり直させるチャンスを与えてほしい。」

その言葉に今までのような人を嘲るような調子はなかった。
少女はみじろぎ一つせず、男に耳を傾けている。

「あともう少しなんだ、やっと望みのものが手に入る。だから新しい人生をコイツに与えてほしい…できれば綺麗さっぱり中身を空っぽにして。」
「…転生させるってこと?」
「ん?あぁ、多分それ。なぁ、頼むよ、我が主神。これは全部俺のせいでもあるんだからさ。」
「……。」

転生?それは一体何なんだろう。
生まれ変わるって意味なのかな?

「あなたのせいではないよ。全部、私のせいなんだ…私がこんな世界を作ったからいけないんだ。」
「……意外だな、神様がそんな謙虚でいいのか?俺はてっきり、もっと無責任で残酷で俺らのことなんかちっとも気にしてないと思った。」
「……。」
「我が主神よ、そんな目でコイツを見ないでやってくれ…コイツを哀れんでいいのは俺だけだ。」

そう言って俺は立ち上がり、少女の頭をポンポンっと軽く撫でた。
なんだか不自然な光景に私は思えた。
だってあれは神様なのに、あんな易々と触って、なんだか親子みたいに見えててしまう。
その時、少女が一瞬こちらを見たような気がした。
一瞬どきっとしたけど、次の瞬間には別の方向に視線は向いていた。
気のせい?だったのかな。

「わかった……この人を転生させてあげる。でも、この人は人を殺しすぎた、だからまともな役目を与えられない。きっととても悲しい仕事だ。きっと寂しく辛い思いをする……でも一度だけチャンスをあげる。」

男の手が少女の頭から離れると、少女の白い毛が糸のようにはらり、と跡を引いた。

「それは今から300年後、この人に白い花をあげた人だけが、彼を幸せにできるよ。それをあの人は拒絶するか、優しく受け止めるかで、全てが変わる。あなたの性質も少し変えてあげる、だからそのチャンスを逃さないで。」

そう言いながら、少女は水辺に身をかがめ、小さな手で少しばかり水をすくう。
こぼれないように慎重に運びながら、男にしゃがむように指示した。
男は素直に応じた。

「この水はね、ある川につながってるの。これを飲めば、全てを忘れることができる…生き物だけだから、きっとあなたは覚えてるんだろうけど。」

少女は手の先を、男の下唇に当てる。
そしてゆっくり手を傾けさせ、水を少しずつ男に飲ませた。
男はそうしたのちに、やがて瞼をゆっくりと時間をかけて閉じた。
まるで、長い眠りにつくかのように、ゆっくりと…
少女は、一つため息をつく。

そして私の方を、今度は、完全に視線を合わせた。

彼女は私の存在に気付いていた。

でも私は驚くこともなかったし、なんとなくこれは見るべき、大事なものだったと知っているような、不思議な気がしたからだ。

私は彼女に向けて、一歩前進する。

すると今まで、ほとんど白黒だった世界は、見る見る色を取り戻し、その場にいたカロンの姿も、拳銃も、周りの景色も少し変わっていた。
変わらないのは、私の前に立つ一人の少女だけ。

目の前には神様がただ、存在していた。

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