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いずれ地に咲く

作者 ピヨピヨ

花の話 十九話

…。

……。

……いや、あれカロンじゃないよね。

私は現れた青年の姿をじっくり見ながらそう考え直した。
たしかに髪色も目つきも瞳の色も同じだ。
でも、決定的に違うところが一目でわかる。

歳だ。

どう見てもカロンより若く見える。
強いて言うなら、若い頃のカロンみたいな、そんな感じ。
それに、なんとなく雰囲気が違う。
ぐったりとしていて、なんだか酷く辛そうに見える。
そんな彼が私に向かって歩みを進める。

「え……?…わっわわ!」

ぶつかる…!と思って手を前に出すと、なんとその手は青年の体を突き抜けてしまった。
びっくりしていると、青年はそのまま私を透けるように通り過ぎていく。
まるで、私のこと見えてないみたい。
というか透けるって…私、やっぱり死んでるんじゃない?

「もうなんか…意味がわからなくなってきたんだけど……あれがカミサマ…じゃ、ないよね。」

私は突然の現象に慄きつつ、青年の後に続こうと決意した。
だって、あんなに辛そうな姿の人を私は初めて会ったし、それに何故だろう…ついていかなければならない気がした。
さっきまで緑であふれた森は、銀色っぽい白と黒の世界になっている。
私が歩き出すと、肩に木霊ちゃんが乗ってきた。
ついて来てくれるらしい。





あれは一体誰なんだろう。
なんであんなに辛そうなんだろう。
あれは…若い頃のカロンなのかな。
周りの景色も、様子も違うし…まさか時が戻ったなんてことあるのだろうか?
木霊ちゃんがやった…とはあまり思えない。

岩につまづきながら、小さな湿地に足を入れないように、赤ずきんを追う狼のように、後ろから静かに付いて行く。
すると、視界が一瞬くらんだ。
いつのまにか、開けた場所に出てしまったようだ。
大きな湖がある、霧がゆっくりと水平に移動している水源。
なんだか神秘的な場所だった。
青年は疲れ切ったのか、その場に立ち尽くし、おもむろに手に持った銃を自分の顎に当てる。
引き金を引くために指をかける。

でも、その手は震え、力が入らないのか拳銃を落としてしまう。

青年は泣き出しそうな声を絞りながら、息苦しそうに呼吸をした。


死ねないんだ…あの人。

「…かわいそう…」

自分で言ったその言葉に、ハッとした。
かわいそうって何が?死ねないことが?
違う…ここまで辛くなるまでに、誰もあの人を救えなかったってことが、悲しいんだ。
死ぬしか道がない…それだけ思いつめられている。

カロンもそういう人達ばかり見てきたのかもしれない。


「……シオン…すまなかった………」

水中で息を吐くような呟き。
私はその人の後ろ姿を、木の後ろから見ることしかできない。

その時だ。



ーーピチュンーーーー

湖面に波紋が広がった。
湖の真ん中に目を向けた私は、霧の向こうに目を凝らす。
その水音はどうやら青年にも聞こえたらしく、彼も視線を同じ方向にゆっくりと向ける。
その場所は霧が一段と濃く、白い雲のようだったが、やがてそこからあるものが出てきた。

それは白い…子供の足。

やがて、そこから現れたのは白いネグリジェをつけた白髪の女の子だった。

そして私は直感する。
あれは神さまだ。
どう見たって、あれは人でも魔物でも、精霊ですらない。

この森だけじゃない、セカイの神さま。
白い、ユリの神様。
そう呼ぶにふさわしい見た目だった。
神様は、悠々と湖面を歩き、青年の方へ向かう。
初めのうちは青年も呆然としていたが、ハッとしたように、銃を少女に向ける。

ピタリと少女が足を止めた。






家に着いた。
私の我が家だ。

私は馬を適当に森に放すと、締め切り埃の舞う玄関の扉を開けた。
もう、遠出することもない。
中に入り、扉を閉めると締め切った室内は一気に暗くなる。
元から薄暗く、森でも特に陰るこの場所は昼の時も室内には明かりが必要だった。
しかしながら、今は明かりをつける気力はない。

まずは水でも飲もうと、台所に向かおうとしたその時。
つい、いつもの癖で、玄関の棚の上に手を滑らせる。
そこはいつも、帰ってきて一番先に拳銃を置く場所だった。
あぁ、癖になってるのか…と内心呆れながら、指を滑らせていると。

カタッ

何か、固いものに指が当たった。

冷や水を頭から被せられたような感覚が全身わ襲う。
いや、そんなはずはない…そう思いながらそれに指を這わす。
形を確かめると、次は手にソレを握る。
手に馴染む、冷たい鉄の感触。
身覚えのある、質量。
恐る恐るソレを見てみると

「ーーっ!なっ」

私は息を飲むとソレを咄嗟に床に投げつけた。
薄暗い部屋の中、床の上を滑るソレは回転しながら、窓から差し込む明かりの下に転がり出る。

その拳銃は艶かしい金属の輝きを放って、動きを止めた。

ソレは間違いなく、私の拳銃だった。

私は息を荒げながら、拳銃から遠ざかるようにして、壁にもたれかかる。
そのまま身体中の力が抜けていくように、ズルズルとその場に膝を立てて座り込んだ。

なんだこれは…
どういうことなんだ。

「乱雑に扱うのはやめてほしい。」

突然聞こえた声の方を見ると、正面の窓、ちょうど私との間に拳銃を挟んで、誰かが立っていた。
私は当然、見知らぬ者が家にいることに動揺したが、その声は酷く聞き覚えがあった。
まるで昔に会ったことがあったように、挨拶もなしに、ソレは窓の外を見ながら私に問いかける。

「そんなことをしてもし、俺に傷がついたら次こそお前を殺してやるからな?」
「お前は誰だ?」

もう訳がわからなかった。
なんで捨ててきたはずの拳銃がここにあるのか。
なぜ見ず知らずの他人が私の家に上がりこんでいるのか。
わからない。
一体なにが起きているんだ。

「…やっぱり覚えてないか…物覚えの悪いやつだ。俺はいつだってお前のそばにいたのに。」
「……?」
「まぁ、久しぶりにこうした形で会えたんだ。色々言いたいこともある、話し込もうじゃないか?主よ。」

そう言いながら、ソレはゆっくりこちらに顔を向ける。ちょうど外からの光で逆光になり、それは相変わらず顔は見えなかったが、青紫色の瞳だけは夜の月のようにはっきりと浮かび上がっている。
紫色の瞳がそう普遍的なものとは思えない。今まで自分以外では見たことがないからだ。
自分以外…?そうだ、自分以外では見たことがない。
ならば、今、目の前にいるのは…

「お前は昔から何も変われないのか?カロン。」
「なんのことだ。」
「その自己中心的な考え方だよ。傷つきたくないからって、あぁまでしてあの子を脅して遠ざけて、こんな人が来れないような辛気臭いとこに引きこもって、挙句には仕事まで放棄…流石に目に余る。どれだけ自分が好きなんだよ。」
「別にそうしたつもりは…」
「仮にそういう意図がないとしてもだ。無意識のうちにやっているなら余計にタチが悪い。」

くつくつと男は笑う。しかし、すぐに無表情な冷たい目に変わる。

「せっかくのチャンスだったんだよ、俺という呪いを解く、唯一のチャンスを、お前は追い返したんだ。」

静かなトーンで男は私を睨みつける。
唯一のチャンスを追い返した?
まさかあの娘のことを言っているのか?

「…俺にはな、所有者を不幸にする…って呪いがかけられているんだ。」
「……。」
「せっかくカミサマがくださった切り札だったのにな、結局お前は永遠にそのまま暗闇で陰気なタニシみたいに生きていくんだ。愚かなことだよ。死ぬことさえお前には許されないんだから。」

一体何を言っているのか、わからない。
呪いがあるから俺はこんなに不幸なのか?
それともあれを追い返したからこうなったのか?
何もわからない。
何もわかりたくない。
ただわかるのは、もう私には救いがないということだけだ。
絶望感に身も心も食い尽くされていくような気がする。もうこのまま、私は暗い場所で、永遠に後悔しながら生きていくのだろうか?
目の前の男は私の前に歩み寄り、跪いて、俯く私の顔に手を添える。

「…信じていたのにな、お前のこと。」

きっと私は今、この男と同じような顔をしているんだろう。
なんとも形容しがたい表情だ。

「お前なら、俺の願いを叶えてくれると思っていた…しかし、こうなってしまった以上、もう俺たちは救われない。なぁ、あるじよ、俺を恨んでもいいんだ。恨まないとやっていけないだろう?お前をこうも落ちぶれさせたのは、他でもない、俺自身呪いなんだから。」

なんだか不思議な心地だ。
まるでこいつを恨む気にはなれない。
こいつを恨むのは筋違えだ。

こいつの望みとは一体何なのだろう?
私は漠然とそう思った。

「恨まない、もう、全部どうでもいい。」

俺がそう言うと、男は黙ってゆっくりとその姿を煙のように消してしまった。
再び訪れた静寂に身をまかせる。

そして扉の向こうに目を向け、ゆっくりとまぶたを閉ざした。

もう来るはずのない、ノックの音を
再び聞きたいがために。




するはずのない音に、耳を澄ました。

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