いずれ地に咲く

作者 ピヨピヨ

花の話 十八話

「カルミアは本当に優しい子ね。」

花畑の中、お母さんは柔らかく微笑みながらそう言った。
私は渡そうとした花かんむりを手に持ちながら、首をかしげる。
なんだかわからないけど、褒められた!

「うん!カルミア誰にだって優しくするよ!お母さんにもお友達にも!」

私はお母さんに褒められて、純粋に喜んでいた。
だから、その時のお母さんが微かに悲しそうに顔を歪めたのを、私は知らない。

「お父さんもいたらよかったのになぁ〜」
「ええ、そうね。」
「せんそう終わったら帰るって言ってたのに…もしかして迷子になってるのかな?」
「………」

お母さん…ごめんなさい。
私が何も気づけなくて、お母さんに苦労ばかりかけて…

「じゃあ、今からお母さんが迎えに行こうかしら。」
「え!本当?…お母さんも行っちゃうの?」
「大丈夫…すぐ戻ってくるからね。」
「うん…わかった。」
「待っててね、ここにいてね。」
「わかった、私、いい子にしてる。」
「いい子ね、カルミア。」
「うん。」
「カルミア…。」
「なあに?」



「お母さんのこと、好き?」

お母さん………何も気づけなくてごめんね。



頬に熱い何かを感じる。
薄く目を開けると、ぼんやりとした視界になんだか小さく可愛い小人が見えた。

「カルミア?カルミア!オキタ??」
「…えっ、木霊ちゃん?」

私は倒れ込んでいた体を起こす。
周りを見渡すと、大きな背の高い木々が太い蔦に覆われ、あたりにうっそうと茂っている。
少し見覚えがあるのは、それがあの森に似ていたからだ。

「なんで木霊ちゃんがいるの?…というかここはどこ?私さっきまで花畑に…」

そこまで言って私は思い出す。
そうだ、私はあの時カロンに押し倒されて、それで、拳銃で…私を…

「カルミア?目カラヘンナノ、デテル。」

私は言われて初めて自分が泣いていたことを知った。当たり前だ、すっごく怖かったんだから。

「私…なんだかとっても怖かった。私、死んじゃったのかな…」

今でも体が震えてくる、自分自身を抱きしめるようにして、生まれてくる動悸を治める。
私はあの時、きっと撃たれて死んじゃったんだ。
だから、こんな所にいるのかもしれない。
そんな不安から涙がポロポロ流れてくる。

「ウウン、カルミア、イキテル!イキテルヨ!」

木霊がぴょんぴょん飛び跳ねて、私に元気よく伝える。

「アノトキ?コダマ、タスケタ、アイツガ、ウツマエニ、ココマデトバシタ!ダカラ、ウタレテナイノ。ダカラ、カルミア、イキテル!イキテルヨ!」
「飛ばした…って。」

そういえば、フリージアさんが言っていたような気がする。
木霊は私たちより大きい魔力が使えるって。
もしかして……それ?

「ダカラ、お礼、ホシイ!カルミアノオニクチョウダイ!!ゼンブ、ゼーンブ、チョウダイ!!オニク、トーッテモ、ウマイノ!!」

木霊は食い気味に私に攻め寄る。
目がなんだかキラキラしてるけど…おにくってなんのことなんだろう?
私、おにくなんて持ってないしなぁ。

「ごめんね…おにく?はあげられないけど、これで我慢して?」

私は持っていた籠からスイセンを二、三本目取り出して木霊に渡す。

「?オニク……ジャナイ…………ンー?デモ、オハナモスキ!」

なんか不満げだったけど、喜んでくれたようで良かった。
さて、私、これからどうすればいいんだろう……せめて、誰かいたらいいんだけど。

「コダマ、カミサマニモ、オハナアゲル!」
「?カミサマ?それってこの森の神さまなの?」
「ウウン…チガウヨ?シロイ、ユリのカミサマナノ。」
「ユリの?……もしかしたらその人に会えば、道を教えてくれるかも。」

我ながら、私ってついてるな。
早速木霊ちゃんに案内して貰おう、そう思って声をかけようとしたその時。
木霊がピタッと動きを止めた。

ざわッ…と木々が震えるような音が聞こえたような気がして、あたりが静まり返る。
森に色がなくなった。

「……木霊ちゃん?」

「…キタ。」

えっ…と声を上げる間も無く、私はあることに気づく。
何かがこちらに向かってくる音がする。
思わず固まって、体が静止した。

もしかして、魔物?…………
…いや、違う。

ゆっくりと枯葉を踏みしめやってくる何かの気配、人の荒い息遣いの音。
明らかにこちらにどんどん近づいてきて、酷い匂いが私の向かって左手側から漂ってくる。
木々の合間に、ソレが姿を見せた時、私は思わず息を飲んだ。

現れたのは血だらけの青年。
まるで怨念そのもののように、よろめき憔悴しながらこちらに向かってくる姿は、恐いを通り越してなんだか痛々しかった。

でも、私が息を飲んだのはその風貌じゃない。

「………、カロン……?」

青年はゆっくりとその青紫色の瞳をこちらに向けた。







「行ったか…」

私は肺に溜まった煙を押し出すように呟く。
本当は気絶でもなんでもして、村の近くに捨てていこうと思ったんだが、まさか籠に木霊がいるなんていうのは予想外だった。
まあ、手間が省けたから良しとしよう。
ふと振り返って、花に囲まれて眠っているようなフリージアに目を向ける。

「……。」

放っておけば、そのうち別の同族が持っていくであろう死体に、何故か今まで抱いたことのない感情が湧いた。
我ながらよく殺せたものだ。
まるでまだ生きてるかのようだ。
そんな縁起でもない、極めて不謹慎なことを私は思った。

「…俺があの時、引き金を引かなければ、お前はまだ生きていたんだよな…」

ああ、まただ。
そうやって私は後悔する。
いい加減もう疲れた、本当に疲れた。
こんな仕事、もうやりたくない。
やればやるほど、辛いし、自分が嫌になってくる。
まだ暖かい銃を憎らしげに見ながら、ギリギリと力を込めて握る。

「……こんなものが、あるから…」

ただのモノに対して、何故だか憎悪の感情を抱く。
そして気づいた。

これさえなければ、もう仕事をしなくていいのではないかと…

「……。」

私達、人でないものにとって役割とは、存在価値そのものだ。
それを切り捨て、失くすということは、暗闇でたった一つの灯火を吹き消すこととなんら変わりはない。
それくらい大事なもので、失くしては生きていけないと私は今まで思っていた。
だから、今まで肌身離さず持ち歩いていたんだ。

拳銃を見れば見るほど、そんな自分が愚かしく見えてきた。

拳銃をゆっくり手から滑らせる。
まるでフィルムのようにゆっくりと、重たいソレは簡単に私の身から離れ、地に落ちた。

光沢を放つそれから何歩か後ずさると、私は背を向けて彼女がくれた馬車に乗って、手綱を引いた。

自分がしていることが、どれだけ恐ろしいことか、わかっていた。
しかしこれでもう、煩わしいものは無い。
仕事も、死にたがりの彼らとも、あの嫌な瞬間とも、縁を切ることができた。

カロンは自分が大好きなんだよ、だから…

ふっとカルミアの言葉が耳に蘇る。
あの言葉に私は確かな怒りを覚えた。
本気で殺意が湧いた。
それは何故か…わかっていた。

「初めてだったんだ。」

人に自分でも気づきもしない内側を見透かされて、動揺した。
確かにそうだと、自分でも納得して…それでも否定したかったんだ。

「図星だったってことだな。」

馬車は進む。
あの忌々しいモノから段々と遠ざかる。
それと比例して心臓が破裂しそうなほど鼓動し、息苦しくなる。
それくらい、恐ろしいことだ。
しかし、もうなんだっていい。
仕事しなくて済むと思うと、気持ちは楽になる。
帰ったら、少し横になればいい。
深く、深く、眠ってしまえばいい。

そう、理屈で片付けて、馬を急かした。

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