いずれ地に咲く
花の話 十七話
前にも、こんなことがあった。
別の恋人同士の妖精の片割れを殺した時だ。
彼らは人間よりも長生きなクセに、別れにとても弱い。
だから決まって片割れを殺した後には、私には同じことを言うのだ。
この、目の前にいる、エルフのように。
「…。」
私はこの一瞬という長い時間を何度感じて来ただろうか?
この瞬間は一番嫌いだ。
あの花と同じくらい、気持ち悪くなってしまう。
「…ごめんなさいね、やっぱり私、これから先彼なしで生きていくなんて、想像できないし、したくないのです。」
わかってる、わかってるんだ。
みんな似たり寄ったりなんだ。
気味が悪いぐらいに、同じことしか言わない。
「…今じゃなくてはいけないのか?」
彼女は不思議な顔をした。
私がそんなことを言うなんて、考えられなかったんだろう。
私だってこんなこと、今更言うつもりはなかった。
なかったはずなのに、気がついたらそんな言葉が出てきていた。
「今、死ななくてもいいじゃないか…今日、いや、数時間だけでも待ってはくれないだろうか…今だけ、今だけ待ってもらえないだろうか。」
言葉だけが先走るようだった。とにかく気持ちが急いでしまい、今だけでも彼女の寿命を延ばそうと、ぐちゃぐちゃに喋った。
しかし、そんな私の言葉は彼女の意思には響きはしない。
「…あなた、そう言って時間が来たらまた似たようなことを言うのでしょう?」
心を見透かされたような気分だった。
わかりやすく動揺する私に、彼女はやんわりと微笑んだ。
「あなたはずっと、私を恐れていましたね…あなたはずっと気づいていたはずです、私が初めから、死ぬつもりで来たことも、そのために私が最後の力を彼に使ったことも………だから、私のことを避けたのでしょう?今が悲しくならないように…自分自身を守るために。」
「……………。」
足元の花が風もないのに、揺れた。
「ウィリは……お前に生きていて欲しいと、言っていた。」
「……そう。」
「たとえ、自分がいなくなっても…生きていて欲しいと。」
「………そう……」
ウィリの最後の姿が頭をよぎる。
「…ウィリはそう、願っていた。」
「………………そう…」
彼女の目を見つめた。
不思議な色彩を持つ、金色の目はまるで宝石のように秘めた優美さがあった。
そしてその目には迷いの色は一切ない。
迷っているのは、私の方だ。
「…それでも……死にたいのか…」
できれば殺したくない。
「………ええ、死にたいです。」
なのに、私は既に諦めている。
殺さず、生かす…なんてことは初めから選択肢にないんだろう。私がここから逃げ出さない限り、あるいは私が死んでしまわない限り、それは避けることのできないことのように感じられた。
「そうか…」
ならば、さっさと殺してしまおう。
もう考えたくないんだ。
他人のことを考えて、気持ちを理解するのも。
自分のこれからの遠い人生を送る苦痛も。
誰かに感謝され、卑下され、非難されることも。
もう、疲れてしまった。
「ごめんなさい。」
拳銃に手をかけたその時、フリージアはそう呟いた。
両手で顔を抑えて、涙を流している。
「あなたの方がよっぽど辛いのに、こんなことを頼んでしまって…私って最低な人ね。」
銃口を、静かに彼女の方へ向ける。
「でも、これだけは覚えていて欲しいの。」
引き金に指を絡めて、意を決して前を向いた。
あとはただ引き金を軽く引けば、彼女の願いはいともたやすく叶うだろう。
いつもより拳銃が重く感じるのは、気のせいだと思いたいな。
銃口の先に立つ、彼女はゆっくりと手を顔から離した。
微笑みを浮かべた、穏やかな顔つきだった。
「私は、あなたを恨んでいないってことを。」
                               花が
                     散って
                                        花弁が
     静かに
                                     風に運ばれる
私は静かに引き金を引く。
どこか間違いだと気付きながら。
これが正しいことだと信じながら。
呪いながら、憂いながら、引き金を引く。
その時、不思議なことが起こった。
カチッ…
あたりに響いた切れの良い音、引き金が限界まで引かれて鳴る、そんな音が聞こえた。
思わず目を見開いて、拳銃を見る。
どこにも、今までと変わったところはない。
なんでだ…どうしてこんな時に。
「迷っているのね。」
彼女はそんな私の異変に気づいていないように、後ろを振り返った。
「きっと、彼…きっと、向こうで迷っているわ、昔からそう、方向音痴だったから…だから、早く行ってあげたいの……早く助けに行かなくちゃ。」
彼女は死ぬことを拒んでいない、真に死を求めている。
ではなぜ…さっきは引き金を引けなかったんだ?
一体…なぜ?
これは、死にたいと願うものを殺すモノじゃないのか……?
「カロンさん。」
思考する頭に終止符が打たれる。
リンと鳴る鈴のような声で、意識が戻された。
「もう、この世界に未練はありません…十分楽しんで生きました。……もう、大丈夫です。」
だから、ひと思いにお願い。
そんなどこか泣きそうな声に、私は今まで自分がどれだけ曖昧だったかを知った。
息を吸い込む。幾分か気持ちが良くなった。
再び拳銃を構えて、頭を目掛けて弾を撃つ。
今度は
上手くいった。
ぐらりと切れた人形のように、倒れる彼女。
何度も見た、仕事の風景。
これしか、選択肢はなかった。
だから、仕方のないことだった…
しかし、私は後悔した。
それは倒れていく彼女の少し後ろに、あの娘がいたからだ。
なんで?
どういうことなの?
「フリージアさん!!嫌、嫌だよぉ!ねえ、起きて!」
カロンに撃たれたフリージアさんは、安らかに目を閉じたまま、動かない。
あたりの花が赤く染まっていく。
「なんで!!どうして!?……いゃ…いやだよぉ…フリージアさん…」
私は泣きながら、何度も揺さぶって声をかける…でも、動かない。
「…フリージア、さん。」
悲しい気持ちがやがて怒りに変わる。
目の前で、ただ見ているだけの相手に。
「…何で殺したの?」
私はカロンを睨みつける。
多分今までにないくらい心は荒んでいたし、荒ぶっていた。
仲間を殺された狼みたいに鋭かったに違いない。
でもカロンは、動じることなく。
「殺してくれと頼まれたからだ。」
と言うだけ、だから私思わず叫んだ。
「そんなの理由になってない!!」
「理由にはなる。」
でもカロンはそんな私の叫びに落ち着いた声で返す。なんで?どうしてそんなに落ち着いているの?
「殺して欲しい、苦しんでいた、生きたくない、死にたい…それだけで死ぬ理由にはなる。俺はそれが仕事なんだ、だから人の仕事に口を出すな。ただの人間のくせに。」
「…そんな…でも、やっぱりおかしいよ!」
「何がおかしいんだ。」
「だって!私はフリージアさんにもっと生きていて欲しかった!もっと話したかった!もっと一緒にいたかった!!」
私が泣きじゃくりながら叫ぶと、カロンは一瞬目を見開いた…でも次の瞬間には私を押し倒していた。
びっくりして、カロンを睨みつけると、カロンは苦しそうな顔をしていた。
「…黙れ、何も知らないくせに。」
「黙らない…だってカロンはすごく身勝手だから。」
私は怖かった、声がプルプル震えていた。
「カロンは自分が傷つきたくないから、フリージアさんを遠ざけた。自分が嫌な思いしたくないから、冷たくなった。自分のために、自分が傷つきたくために、どれだけの人がそれに傷ついたと思ってるの。」
私は泣いていた、男の人に押し倒されるなんて初めてだったから。
「カロンは自分が大好きなんだよ、だから。」
「もういい。」
額に何か硬いものが当たる。
私はそれがすぐに拳銃だとわかった。
わかった瞬間、今まで留めてきた恐怖心が洪水のように溢れる。
「…そんなことしか、口に出せないのなら…」
「……嫌…」
ゆっくり引き金が引かれる。
私は泣きながら、ぎゅっと目を閉じた。
「死んだ方がましだ。」
別の恋人同士の妖精の片割れを殺した時だ。
彼らは人間よりも長生きなクセに、別れにとても弱い。
だから決まって片割れを殺した後には、私には同じことを言うのだ。
この、目の前にいる、エルフのように。
「…。」
私はこの一瞬という長い時間を何度感じて来ただろうか?
この瞬間は一番嫌いだ。
あの花と同じくらい、気持ち悪くなってしまう。
「…ごめんなさいね、やっぱり私、これから先彼なしで生きていくなんて、想像できないし、したくないのです。」
わかってる、わかってるんだ。
みんな似たり寄ったりなんだ。
気味が悪いぐらいに、同じことしか言わない。
「…今じゃなくてはいけないのか?」
彼女は不思議な顔をした。
私がそんなことを言うなんて、考えられなかったんだろう。
私だってこんなこと、今更言うつもりはなかった。
なかったはずなのに、気がついたらそんな言葉が出てきていた。
「今、死ななくてもいいじゃないか…今日、いや、数時間だけでも待ってはくれないだろうか…今だけ、今だけ待ってもらえないだろうか。」
言葉だけが先走るようだった。とにかく気持ちが急いでしまい、今だけでも彼女の寿命を延ばそうと、ぐちゃぐちゃに喋った。
しかし、そんな私の言葉は彼女の意思には響きはしない。
「…あなた、そう言って時間が来たらまた似たようなことを言うのでしょう?」
心を見透かされたような気分だった。
わかりやすく動揺する私に、彼女はやんわりと微笑んだ。
「あなたはずっと、私を恐れていましたね…あなたはずっと気づいていたはずです、私が初めから、死ぬつもりで来たことも、そのために私が最後の力を彼に使ったことも………だから、私のことを避けたのでしょう?今が悲しくならないように…自分自身を守るために。」
「……………。」
足元の花が風もないのに、揺れた。
「ウィリは……お前に生きていて欲しいと、言っていた。」
「……そう。」
「たとえ、自分がいなくなっても…生きていて欲しいと。」
「………そう……」
ウィリの最後の姿が頭をよぎる。
「…ウィリはそう、願っていた。」
「………………そう…」
彼女の目を見つめた。
不思議な色彩を持つ、金色の目はまるで宝石のように秘めた優美さがあった。
そしてその目には迷いの色は一切ない。
迷っているのは、私の方だ。
「…それでも……死にたいのか…」
できれば殺したくない。
「………ええ、死にたいです。」
なのに、私は既に諦めている。
殺さず、生かす…なんてことは初めから選択肢にないんだろう。私がここから逃げ出さない限り、あるいは私が死んでしまわない限り、それは避けることのできないことのように感じられた。
「そうか…」
ならば、さっさと殺してしまおう。
もう考えたくないんだ。
他人のことを考えて、気持ちを理解するのも。
自分のこれからの遠い人生を送る苦痛も。
誰かに感謝され、卑下され、非難されることも。
もう、疲れてしまった。
「ごめんなさい。」
拳銃に手をかけたその時、フリージアはそう呟いた。
両手で顔を抑えて、涙を流している。
「あなたの方がよっぽど辛いのに、こんなことを頼んでしまって…私って最低な人ね。」
銃口を、静かに彼女の方へ向ける。
「でも、これだけは覚えていて欲しいの。」
引き金に指を絡めて、意を決して前を向いた。
あとはただ引き金を軽く引けば、彼女の願いはいともたやすく叶うだろう。
いつもより拳銃が重く感じるのは、気のせいだと思いたいな。
銃口の先に立つ、彼女はゆっくりと手を顔から離した。
微笑みを浮かべた、穏やかな顔つきだった。
「私は、あなたを恨んでいないってことを。」
                               花が
                     散って
                                        花弁が
     静かに
                                     風に運ばれる
私は静かに引き金を引く。
どこか間違いだと気付きながら。
これが正しいことだと信じながら。
呪いながら、憂いながら、引き金を引く。
その時、不思議なことが起こった。
カチッ…
あたりに響いた切れの良い音、引き金が限界まで引かれて鳴る、そんな音が聞こえた。
思わず目を見開いて、拳銃を見る。
どこにも、今までと変わったところはない。
なんでだ…どうしてこんな時に。
「迷っているのね。」
彼女はそんな私の異変に気づいていないように、後ろを振り返った。
「きっと、彼…きっと、向こうで迷っているわ、昔からそう、方向音痴だったから…だから、早く行ってあげたいの……早く助けに行かなくちゃ。」
彼女は死ぬことを拒んでいない、真に死を求めている。
ではなぜ…さっきは引き金を引けなかったんだ?
一体…なぜ?
これは、死にたいと願うものを殺すモノじゃないのか……?
「カロンさん。」
思考する頭に終止符が打たれる。
リンと鳴る鈴のような声で、意識が戻された。
「もう、この世界に未練はありません…十分楽しんで生きました。……もう、大丈夫です。」
だから、ひと思いにお願い。
そんなどこか泣きそうな声に、私は今まで自分がどれだけ曖昧だったかを知った。
息を吸い込む。幾分か気持ちが良くなった。
再び拳銃を構えて、頭を目掛けて弾を撃つ。
今度は
上手くいった。
ぐらりと切れた人形のように、倒れる彼女。
何度も見た、仕事の風景。
これしか、選択肢はなかった。
だから、仕方のないことだった…
しかし、私は後悔した。
それは倒れていく彼女の少し後ろに、あの娘がいたからだ。
なんで?
どういうことなの?
「フリージアさん!!嫌、嫌だよぉ!ねえ、起きて!」
カロンに撃たれたフリージアさんは、安らかに目を閉じたまま、動かない。
あたりの花が赤く染まっていく。
「なんで!!どうして!?……いゃ…いやだよぉ…フリージアさん…」
私は泣きながら、何度も揺さぶって声をかける…でも、動かない。
「…フリージア、さん。」
悲しい気持ちがやがて怒りに変わる。
目の前で、ただ見ているだけの相手に。
「…何で殺したの?」
私はカロンを睨みつける。
多分今までにないくらい心は荒んでいたし、荒ぶっていた。
仲間を殺された狼みたいに鋭かったに違いない。
でもカロンは、動じることなく。
「殺してくれと頼まれたからだ。」
と言うだけ、だから私思わず叫んだ。
「そんなの理由になってない!!」
「理由にはなる。」
でもカロンはそんな私の叫びに落ち着いた声で返す。なんで?どうしてそんなに落ち着いているの?
「殺して欲しい、苦しんでいた、生きたくない、死にたい…それだけで死ぬ理由にはなる。俺はそれが仕事なんだ、だから人の仕事に口を出すな。ただの人間のくせに。」
「…そんな…でも、やっぱりおかしいよ!」
「何がおかしいんだ。」
「だって!私はフリージアさんにもっと生きていて欲しかった!もっと話したかった!もっと一緒にいたかった!!」
私が泣きじゃくりながら叫ぶと、カロンは一瞬目を見開いた…でも次の瞬間には私を押し倒していた。
びっくりして、カロンを睨みつけると、カロンは苦しそうな顔をしていた。
「…黙れ、何も知らないくせに。」
「黙らない…だってカロンはすごく身勝手だから。」
私は怖かった、声がプルプル震えていた。
「カロンは自分が傷つきたくないから、フリージアさんを遠ざけた。自分が嫌な思いしたくないから、冷たくなった。自分のために、自分が傷つきたくために、どれだけの人がそれに傷ついたと思ってるの。」
私は泣いていた、男の人に押し倒されるなんて初めてだったから。
「カロンは自分が大好きなんだよ、だから。」
「もういい。」
額に何か硬いものが当たる。
私はそれがすぐに拳銃だとわかった。
わかった瞬間、今まで留めてきた恐怖心が洪水のように溢れる。
「…そんなことしか、口に出せないのなら…」
「……嫌…」
ゆっくり引き金が引かれる。
私は泣きながら、ぎゅっと目を閉じた。
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