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いずれ地に咲く

作者 ピヨピヨ

とある兵士の話 十五話

青年は思い出していた。
少年の時代、全てを自らの手で消し去ろうとしたあの日のことを。
初めて銃を握り、神父を手にかけた感触を。
花の匂い、あの花の白さ、あの美しさを。
一から、やがて全てに至るまで、鮮明に思い出した。

そうだ、私は兵士だ。
何人もこの手で、人を殺めてきた。
今頃、何を怖がっているのだろう。

足元に転がる屑のような手が、青年の足をとても弱々しく掴む。
しかしその力には確かに生きようとする決意があった。
青年はその様子を見ていた。
生きようとする意思のある弱い者は、助けを求め、必死にしがみつくように青年の足を掴む。
他の者も同じだった、青年に助けを求めた。
必死に手を伸ばす者もいた、死にたくないと叫ぶ者もいた。
騒めきの中、様々な音がぐるぐると部屋を旋回する。

しかし、その騒めきは突如として響いた銃声により、収束した。
どちゃりッと音を立てて、目の前の黒い人は崩れ落ちる。






青年は考えるのをやめた。

青年は歩き出した。歩きながら流れ作業のように黒い人に次々発泡した。
発泡すると同時にその体は跳ね、黒く血ともつかないような液体が辺りに飛び散る。
息を呑む音、始まる怒りの声、罵声。
しかし一定の間隔で鳴り続く銃の音に、彼らは恐怖した。
そして青年がどんなに誹謗中傷されても、怒りも悲しみも慈悲もないのだと悟ると、一種の諦めのようなすすり泣きと、死にたくないと狂ったように囁き続ける声で部屋はいっぱいになった。

青年はあの少年を思い出していた。
今の狂ったありえない状況から逃げるために。
自分の正気を保つために。
この仕事が終われば、また、シオンに会えると確信的ではない理想を頭に描いた。

シオンに会えば、この胸の乾きが満たされるような気がした。
シオンに会えば、またあの日々がやってくるような気がした。
シオンに会えば、××の本当の意味に気づけるような気がした。

何故自分がこれほどまでに彼に会いたいのか分からなかった、しかし、それでもいい。
彼に…私は。
その時だった。

「…やぁ…元気にしてたかな…?」

唐突に耳に入った声に、足が止まる。
騒めきの中で消え入りそうな、柔らかい声。
聞き覚えのある、彼の声。
銃口の先に目を向ける。仰向けに寝かされた病患者は黒い錆に顔半分を侵食されていた。
おぞましい顔は愛おしげにこちらを見つめている。
その時初めて、目の前でたった今殺めようとしていたものが、今まで会いたかった相手であることを知った。

「…シオン。」

名前を呼ぶと、その目はさらに愛おしそうに細くなる。

ああ、なんで…

なんでこんなところにいるんだ。

「また会えるなんて思わなかったよ…神さまも随分酷いことするね。」

頭の中でシオンの姿が何度も何度も横切る。その姿はとても目の前の彼と似つかない…それくらい酷い姿だ。
もう既に、彼は…

「でもよかった…最後に君に会えて…僕、君に殺されるなら、死んでもいいや。」
「…シオン。」

こちらの気持ちを知って知らずか、黒で侵食した顔は穏やかな笑みを浮かべるように、歪んだ。

あんなに見たかった笑顔は、こんなに醜いものだっただろうか…?

「……?…泣いてるの?カロン……ふふ、大丈夫だよ、僕ね不思議と怖くないんだ。君に会えて、本当に嬉しいんだ。ずっと好きだった君に、最後に××されるなんて、幸せなんだよ。」

手にどろっとした生温かい感触が伝う。
不思議と嫌悪が湧かないのは、それが彼の手だからだ。
青年の手を優しく撫でたあと、彼は銃に手を滑らせ、銃口をしっかり自分の胸に向けさせる。
頬に熱い何かが流れていく。

「僕を殺して、どうか、君の手で。」
「……、いやだ。」
「ほら、泣かないで…僕も手伝ってあげるから。」

そう言うと彼は銃に掛けてあった指を、上から押すように握りしめ始める。
拳銃を持つ手は震え、力が入らない。
しかしそのことなど知っているように、彼は銃を両手で支えた。

「やめろ…」
「僕、君の幸せだけを祈ってます。いつか君が幸せになれますようにって。」

声は震えていた。

「だから、生きてて。」
「…シオンッ!!」

今まで自分でも聞いたことのない声に、シオンはハッとこちらを見た。

「やめろ…」

なんとも言えない、醜い顔になっているらしい私にシオンは一言だけ…

「君のことは忘れないよ。」

そう言った後に引き金を引いた。

鮮明に私の頭はその光景を記憶した。
飛び散った血は弧を描いてブーツや体にシミを作る。
今まであんなに強い力で押さえつけていた手は、支えるものがなくなった肉と骨のように、私の手から離れていく…
その手はもう、彼のものではない。
体も骨も肉も、もうそこに彼はいないのだ。
私が、殺した。

ぅぅうわわあああああああぅぅぁぁぁあああん

考えることを始めた瞬間、周りの音がピントを合わせた映写機のように頭になだれ込んだ。
周りを見渡し、絶望に暮れる。
まだ、こんなに奪わなければならないのかと。
初めて命を奪うことに、とてつもない恐怖を覚えた。

もし、私が××に気づいていたなら、こんなことにはならなかったのだろうか?

なぁ、シオン。

教えてくれ。





重い扉を開けると、気持ちの悪い嫌な匂いが顔に当てられる。
光の道筋は倒れ伏した人の形の黒い血肉をてらてらと生々しく照らす。
まさに惨状といえる地獄絵の中に、生き霊のように立ち尽くした青年は、長くなった黒髪をだらりと垂らしながら、俯いている。
男はその姿に、思わず身震いした。
なんと、美しいのだろう。
まるで黒い宝石だ、血に濡れ汚れに満ちてさらに輝きと深さを増した私だけの美しい騎士。
男は死体を踏みつけ、愛用の靴が汚れるのも構わず青年に近寄る。
しかし青年は微妙だにせず、足元のこと切れた若い少年兵の死体に視線を注ぎ続けている。
あぁ、またか、と思ったが構わなかった。
どうせ、すぐに忘れるだろう、彼はもう私のものなのだから。

「カロン君?上手くいったようじゃないか、君ならきっと上手くいくと思っていたよ。」

青年に声を掛ける…が、微妙だにしない。
黒の隙間から暗い紫色が暗く淀んでいた。

「さあ、聞こうじゃないか…君の問いの答えを。」

その言葉に微かに瞳が動き、まるで男を睨むように見据える。
ゾワッと総毛立つような恐ろしく妖艶な眼差しを受け、男は喜びに満ちた。やはり他の奴らを先に行かせて正解だった。この瞳は私だけのものだ。と思った。
青年はゆっくりと囁くように言った。

「……私は、神さまを肯定も否定もしません。…ただ、私は………。」
「ほう、では言ってみなさい。私はどんな答えでも受け入れてみよう。」
「……。」

青年は一つ間をおいて、男の元に歩み寄ってきた。男は抱きしめたいくらいの喜びと驚きを感じたが、我慢して青年の行動を優先させる。
青年は驚くべきことに、男の肩に顔を預けるようにして寄りかかってきた。

「…神は確かに、存在すると思うのです。それは常に見ている、そう、この瞬間もずっと…」

耳元で囁かれる青年の声は低く、詩人のように落ち着いた声であったが、同時に男は死の宣告を受けたようなぞわりとした感覚を覚えた。

「素晴らしい…あぁ、その通りだ。神は常に私たちを見据えている、見守り、見殺しにしている。君は真理を見つけた素晴らしい人間だ。」

男は恐怖にも似た興奮から、青年を抱きしめる。血が付こうが関係ない。
そしてさらにそれに力を込めようとした時。








「………違う。」

冷静に聞こえた声と銃声。
胸を貫いた確かな弾丸の感触。
男は目を見開き、青年から後ずさる。
ぼたぼたと滴った赤黒い液体が胸を抑えた手から流れていく。
青年は自らの拳銃を男に向けたまま、次は足を撃った。
撃たれた足は力を失い、強制的に跪くような形で男は青年と対峙する。
疑問が湧いた…なぜ?なぜ私を撃つんだ?
男が口に出ようとした言葉は溢れてきた血に変わり口からゴボゴボ音を立てて吐き出された。

「俺が真っ当な人であったことなど、一度としてなかった。」

肺に穴が開き、息ができない中、青年の声はまるで神の啓示のように男の頭に響く。

「俺は死神だ。」

響いたまま、遠く暗くなっていく意識。
やけに響く声だけが、鮮明に残りあとは腐って朽ちていく。

「人間じゃない。」

「人を惑わし、死へと導く悪魔。」

「それが俺の正体だ。」



青年のその声には何の感情も無かった。
ただ一つもう部隊には帰れないだろうと思った。もうあそこには帰りたくない。
疲弊したまま、すでに事切れた男の横を過ぎ、教会を出た。
そのまま、何も考えず森の中に入った。



どこに行けばいいか分からないままに。

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