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いずれ地に咲く

作者 ピヨピヨ

とある兵士の話 十四話

最近は夢をあまり見ない。
あの私そっくりの悪魔が出てくることもなくなった。
だから、最近は良く眠れている…というわけでもない。
夜に眠った感じはなく朝は起きた気がしない。
夜は起きていた記憶はない、ふと気がつけば朝になり、昼はなんだか掴み所のない白昼夢を見ているかのようだった。
ただゆらゆらと陽炎のように、意識はいつも濁って、気がつけばいつも目の前には死体の山があった。
いつもいつも、知らない奴の死体ばかり。
味方か敵か、日に日に分からなくなっていく自分が恐ろしかった。
休みたかった。
二度と目覚めぬくらい深く眠りについて、文字通り一生起きなければいいと思った。
しかし、それすら叶わない。

戦争とは、そうゆうものだ。
だから、疑問は生まれない。
希望を殺し、理性を殺し、文化を殺し、国を殺し、愛情を殺し、信頼を殺し、人を殺す。
そして何も生まない。
感覚も殺されて、疑問を持つことさえ人々は感じない。


「…っおえ…」

生まれてきた不快感に苛まれ、またトイレに閉じこもる。
前まではこんな吐くまで気に病まなかった、むしろ機械みたいに何も感じなかったはずなのに。
吐いたものを流し、しばらく深呼吸をする。
コツコツとドアをノックする音が聞こえ、外から隊長が声をかけてきた。

「大丈夫かい?」

心配してくれてるのか、あの初老はトイレまでついてきたらしい。

「はい…すみません、もうだいぶ良くなりました。」
「そうか…くれぐれも無理しないようにな、私は紅茶でも用意しよう。」

そう言ってドアから遠ざかって行く足音を聞き、青年は洗面台で口と手を洗い洗面所を出た。


応接室に入ると既に紅茶の食器が二つテーブルに置かれて、ゆったりとした匂いを湯気とともに上げている。
既に一つは使われているが。

「大変失礼しました…おまけに紅茶まで用意してくださり、恐縮です。」
「いやいや、そんなことは気にするな…さぁ、前に座りなさい。」

片手で前のソファに座るように促される。
黒くツヤツヤしたソファは普段兵士達の使うベンチと違い、常に柔らかくいい匂いがし、おまけに汚れ一つない。
これが階級の差というものだ、貴族生まれとは生まれた頃から贅沢な暮らしが普通なのだ。
軽く会釈して(本当は座りたくはないが)ソファに座る。

「気分は良くなったかな?カロン君…やはりこの前ので心労がたたったのかな?」
「…えぇ……まぁ。」
「そうかい、そうかい、そういえば今日はかなり痩せて見えるが、ちゃんと食べているかね?君のような青年はもっと食べなくては体が持たなくなるぞ?私がまだ君ぐらいの時は食べ盛りでね、あの頃はとても平和だったよ。」

正直なところ、吐いてしまうから痩せているのもある、しかしながら配給が足りてないからという理由の方がこの場合は当てはまるような気がする。
毎日毎日あれだけの食料で大量の兵士が動けるはずもなく、戦死するのと同じ割合で餓死している兵士達のことを知っていてこんなことを言っているのだろうか。
そんなことを考えながら、美麗な食器で青年は紅茶を一口飲んだ。
独特の香りにはまだ慣れない。

「ところでカロン君、提案は呑んでくれそうかね?私の護衛係になるという。」
「……。」

ティーカップをゆっくりとおろし、膝の上で両手で包み込む。
手に伝わるぬるい温度が、なんとなく苦手だ。
もちろん、この男も嫌いだ。

「…なぜ、俺なんかを護衛にしたいんですか?」
「なぜって?当たり前だろう…君はとても優秀だ、いつも戦地から怪我ひとつ無く血まみれで帰ってくる…まさに私の理想とする騎士だよ…それに。」

初老はそこで言葉を切り、頬杖をついた。
そして青年の姿をまるで舐めるように見つめる。

「君はとても美しい…毎日毎日血濡れて帰ってくる君に私は惹かれたんだよ、君には申し訳ないことをしたね、私は君のその姿が見たいがために何度も戦地に送ったんだよ……だが、わたしは気づいたんだ。君のような者はあんな汚いところにいてはいけない、わたしの手元に置いておくべきだと。」
初老はおもむろに立ち上がり、青年の元による。

「……何も心配することはない、君は何も考えずただ私の提案を呑み込めばいいのだ。提案とはそうゆうものだ、わかるかね?」

肩に置かれた、かさつき香水の匂いがする手をどんなに払いたかっただろうか。
しかし、提案を呑まなければならない。
提案は命令と同じだ。
それに疑問を持ってはならない。
答えは簡単だ、ただ二文字を言えばいい。

それだけだ。





数ヶ月ほど経ったある日、青年はシオンのことを思い出した。
彼は元気にしているだろうか…?
護衛という肩書きを背負い、青年はふと思う。
柔らかい物腰の、自分より年の若い、あの金髪。
気になり始めたら、寝るときもどこにいる時も、彼の仕草や表情、声を思い出す。
あのなよなよした、女々しい少年。
周りの男達とは違い、なぜか気を許し、よく話し生活した日々が今は懐かしい。
シオンといる日々はまるで水が満ちているかのように、充実していた。
今は全くあの頃のような感覚はない。

むしろ、渇いている気がした。

「彼のことがそんなに気になるのかい?」

シオンの行き先について隊長に何度か尋ねたことがあった。
その度に隊長は、うやむやに回答をし、時には別の話題にし、嘘をついたり、無視をしたりした。
避けているのは明らかだった。
青年はしばらく考えを頭で整理した。

なぜ、知りたいか…
なぜ、彼に会いたいのか…
わからない………しかし、ただ気になって仕方ないのだ。

「はい。」
「……なぜ?お前はてっきり誰にも興味を持たず、冷酷で完璧な人間だと信じていたのに…なんでそんな、普通のことを気にするんだ?」
「……。」
「………君はあの下っ端とどう言った関係なんだ?」

明らかに苛立ちを見せる隊長をよそに、青年は少し目を泳がせた。

「ただの同僚です…数ヶ月だけ、一緒の部屋で暮らしていました。」
「…本当にそれだけなのか?」 
「……それだけです。」

それだけ言うと、隊長は青年を恨みがましく睨んだ。
しかしそれは一瞬だ。
すぐに表情を戻し、何かを考え始め、やがて笑いながら、隊長は青年にこう言った。

「彼のいるところに案内してあげよう。」



行き着いた場所は教会だった。
しかし既に廃墟と化した、古く大きな教会だ、今は医療所として使われている。
中に入ると薬剤の匂いとともに、何度も嗅いできた血肉の匂いが鼻腔につく。
白衣を着た医学者達が、隊長を見ながら会釈する…そしてなぜか、青年に目を合わせようとしなかった。
まるで、何かを後ろめたいこと隠しているような、よそよそしさだ。
なんだか嫌な予感が背筋をなぞる。

何か恐ろしいものに近づいている気がした

が足を止めることも出来ず、やがて一つの大きな扉の前まで来た。
隊長は青年にこう言った。

「この世界は呪われている…世界にはかつて安寧と温厚、平和が満たされていた…しかし、それは今までただのおとぎ話に過ぎなかったのだ。世界は歪み均衡は崩れ、さまざまな国が蠱毒のように喰らいあっている…戦争、テロ、偽善、独裁、貧困、イジメ、餓鬼、劣悪、世界はそれらで満たされた。」

隊長は青年に拳銃を渡す。

「しかし私にはそれらが偶然起こったようには思えなかった、美しい宝石にわざと血肉を垂らすように、私には過去を尊ぶような行為に感じ、美しいとさえ感じた。そして狭間から漏れる尊き輝きに私はもう一度会いたい…君という完璧な宝石を私は汚したい、犯したい、壊したいのだ………この気持ちがわかるかね?」

分からなかった。
彼が何を言っているのかさえ、半分も理解出来なかった。

しかし手に伝わる重い銃の感触から、自分が何をさせられるのか、わかってしまった。

何故。

昔から俺はこう、のこのこついてきてしまうのだろうか。

「君は、神を信じるかい?」

扉が重い軋んだ耳障りな声を上げるながら、その口を開けた。
中には沢山の人、らしきものが何体も布の上に転がされていた。
皆、体が腐敗し何故かカビたように全身が真っ黒だった。
強烈な匂いだ。

思わず足がすくんだ。
後ずさりそうな体は隊長の手によって背中を押され、青年は部屋に足を踏み入れた。
足元の人がピクッと反応した。
まだ、生きている。

助けて…助けて…助けて…
至る所から自分に向かって囁かれる声。
この部屋にいる人々はまだ生きている。
それを知ったとき、今すぐこの場所を離れたい衝動に駆られた。

「その答えはここの掃除が終わってから聞くとしよう、頼んだよ、カロン君。」

そう言って隊長は扉を閉めた。
暗闇になった部屋には微かなランプの灯りがついた。
逃げ場はもう何処にもない。





次で兵士の話は終わる予定です!
長く本編置きっぱですんません!!

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