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いずれ地に咲く

作者 ピヨピヨ

とある兵士の話 十二話

毎日毎日人が亡くなっていくのは事の真理だ。
だから疑わない。
誰も今の現状に疑問を厭わない。
それが戦争だから。

戦火に立ち竦んだ青年は、ふっとそう思った。
足元にはさっきまで立って銃をこちらに向けていた兵士が血を流しながらこちらを睨みつけている。

生きる意志があるのは、いいことだと思う。
少なくとも、今の自分よりは人間らしい。

青年は兵士の頭に銃を向ける。
すれば、兵士はさっきまでの敵意を捨て、絶望色に顔色を変える。

「殺さないでくれ…っ、俺が死んだらッ、リリーは…頼りが…。」

男はその場にまるで神に贖罪をこうかのように、跪いて懇願した。
血の流れる足を引きずりながら、青年の構えた銃に手をかけ、必死に銃先を逸らそうとする姿は実に健気で醜かった。

…リリー…とは誰のことだろうか。

ふと、青年はそんなことを気にした。

こいつの娘だろうか?嫁だろうか?
それともフィアンセだろうか?
もしかしてペットとか…?
まぁ、顔も見たことないしな。
きっと大事な人なんだろう。

青年はそう理解した、しかし躊躇なく引き金をゆっくり引いた。
兵士はそれに合わせて大きく目を見開く。
まるで目の前に人の形をしたナニカが現れたような反応。
人でないものを見たような、驚きと恐怖。
銃声と共に、兵士は首を仰け反らせ、そのまま真横に倒れた。
遅れて血が弧を描いて辺りを赤く染め始める。

罪悪感が湧いたが、それ以上は何も思わなかった。

それが彼の毎日であり、当たり前だった。

青年は踵を返して、元来た道を辿る。
コンクリートの建物は冷たく、黒く焦げた跡がいくつもあり、肉の焦げた嫌な臭いで満ちていた。
生き残りがいないか、くまなくチェックし、味方の死体を跨いで外に出る。
弾丸の臭い火薬の匂いが鼻腔を刺激する。
肺に入った淀んだ空気を吐き切るように息を吐く。

息が白い。
冷たい風によって、体がひんやりと冷やされてゆく。
ふと、視界にちらつく白いものがあった。
青年は顔を上げた。

「……雪か。」

空からは雪が、ゆらゆらと精霊のように揺れながら、地上に向かって降り注いでいた。
青年にとって世界はいつも灰色で、
からっぽに見えた。
今日はそれを深く実感する日だなと、青年は向こうから来る迎えの軍車を見ながらそう思った。



「また、あいつだけ帰って来たぞ、ほかの奴らは全員敵兵にやられたらしい、かなりの人数だったらしいが、なんでいつもあいつだけ生き残ってくるんだ?ほんと気味悪りぃよな。」
「噂では仲間を見殺しにしたり、敵兵の隊を一人で全滅させたとかあるけどさ、本当かどうかわからないじゃないか、でも、何も言わないっていうことは……やっぱり何個かの噂は本当だってことなのか?」
「どちらにせよ、頼りにはなるけどさ、喋らないし、暗いよな…隊長には好かれてるみたいだけど。」

どこかの若い兵士達はそう語る。
いつかのあのおしゃべりのように、密かにそして悪意もなく。
名前の知らない母国の戦争。
毎日、同じように起きて生活する寮はいつも話題が同じなような気がした。
昨日の夜は隣のいびきで眠れなかった
明日は朝から戦地に行かなくちゃいけないから憂鬱だ
今日の飯はまずい
家族に早く会いたい
などなど、色々あるが、一番は決まって
この戦争はいつ終わるのか、だ。
しかし終わりは見えない。

「悪魔…というか、なんというか、死神みたいだよな…」

そんな言葉を、廊下の曲がり角で聞きながら、青年は自分の寮に戻った。
手には明日の攻め入る施設の見取り図が握られている。
明日はここへ、仲間と一緒に潰しに行くのだ。
また、一人だけ帰ってきてしまう…そんな気がしたがこれも任務だと割り切る。 
別に見殺しにしてはいない、ただいつのまにか皆、死体になって転がってる。
慣れたその風景は、瞬きするたびまぶたの裏に張り付いて、まるで映写機のように日常の世界にも薄っすら見える気がする。
こんな生活をして、もはや自分が正常なのかわからない。
しかし今は…
ただ言われたことをすればいいだけだ。
それが今の正しい行為なのだと、改めて噛み締めた。





そうやって、また戦地で青年は一人きりで、死体の作った紅い血だまりを歩く。
さながらそれはまるで苺をすり潰して辺りに散乱させたように、ぐちゃぐちゃに飛び散って人の形をした肉にこびりついた。
また、いつものように辺りを見渡って生き残りがいないかをほぼ惰性に近い感じで調べてゆく。
どうせ、生き残りなんていない、いつも、そうだった。


しかし



今日は違った

「誰か…誰かいないの?」

まるで迷子のような泣き声が青年の足を止めた。
視線をかすかに声の先に向け、足を運んだ。
崩れた大きな壁に寄りかかって、足から夥しい量の血を流して死んだ仲間に呼びかける金髪の青年と目が合った。
自分より、少し年下に見える、味方の兵士は青年を見た瞬間、安堵したように息をついた。
そして、

「君が生きていてくれて、よかった。」

そう言った。

兵士の名前はシオンと言った。




「すまないね…助けてもらった挙句、僕なんかと一緒の部屋になってしまって…」
「別に謝る事じゃない。」

青年はさっきから謝ることばかりしてくるシオンにぶっきらぼうに言う。
あの部隊から生きて帰って来れたのは、彼と自分だけだった。
それ以外はやはり、無残な死に方をして血溜まりに濡れていた。
そして何故シオンが一緒の部屋に寝泊まりするようになったかというと、実にその理由は単純で残酷だった。
初めから生きて帰って来る期待は毛頭なく、部屋を別の人に譲ってしまったらしい。
だから未だに一人分の空きがある自分に回って来たらしいのだ。
そのことに青年は嫌な顔一つしなかったが、シオンはやたらとまるで女みたいに謝ってくる。
鬱陶しい。

「いつまでも女々しいことばかりするな。」

そう何度も言いかけたが、やめた。
自分の気にすることじゃない、そう思ったからだ。
どうせ、優しくしても死んでしまう可能性が少しでもあるなら、へたに優しくなんかしなくてもいいだろう。
そう思って出来るだけシオンと距離を置き、交流を避けようとした。
しかしながら、シオンの方は彼のことを好いたのか、目を合わせたり、半端義務に近い挨拶をするたび嬉しそうに笑った。
長く接して生活するうち、青年も気を許してたわいのない会話をするシオンと友人になった。
長い間あまりに人との関わりをしてこなかった彼は、会話を長くは続けられなかったが、シオンはそんなことほとんど気に留めていない様子で金髪の髪を耳にかけ、愛らしく笑った。

これはシオンの癖。
対して髪も長くないし、その行為自体なんら不自然に感じない。
しかし仕草が、少し変だった。
なんとなく、口では言い表せないが、やっぱり彼は女々しい。

「君って…噂で言うほど怖くないね…」
「まぁ、そうかもな。」
「ふふ…僕、もっと怖い人を想像してた、みんな言うんだもん、怖い、怖いって。」
「知ってる。」

青年が無愛想に返事をして、立ち上がる。
隊長に呼び出しを受けたからだ、行かなければならない。
正直、隊長は苦手だ。
理由は色々とある。

「ねぇ、隊長っていつも呼び出すけど、何で呼び出されてるの?」
「分からん。」
「え?」
「紅茶やら、花瓶の水の入れ替えとか、誰でも出来ることをやらせてくる…正直男と同じ部屋にいるだけで吐きそうなのに勘弁してほしい、気持ち悪い。」

ついつい不満をこぼすと、青年はシオンが静かになってしまっていることに気づいた。
振り返ると、シオンと目が合う…がしかしシオンはその視線を微かに下にしそらした。

「…僕のことも、きらい?」

そう言われて、やっと自分の何気ない言葉に彼が傷ついていたことに気づいた青年は、急いで言葉を返した。

「いや……お前と一緒にいるときは…そんなに嫌じゃない、他のやつよりは好きだよ。」

そう、言った。
シオンはその一言に微かに瞳孔をキュッと縮め、驚きと喜びを感じたようななんとも言えない表情になった。
しかしすぐに顔を背け、早く行っておいでよ、と言って彼はベッドに横になった。


青年がやがて部屋を出て行くと、シオンは先程言われた言葉ばかり気になって眠れなかった。
あんな事言われると思っていなかったからだ。
嬉しかった…飛び上がるほど嬉しかった。

「…っごほっ…こほっ…」

彼の高鳴る鼓動と同じように、咳がこみ上げおもわず口を抑えて咳き込んだ。
大したことない咳だったが、彼は少し確かな違和感を感じた。
ふと抑えた腕を見ると、なんだか見覚えのないシミが目についた。

なんだろう…これ…

触ってみるが違和感はない。
だから、特に気にも留めないまま、彼はベッドに沈んで静かに眠りについた。

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