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いずれ地に咲く

作者 ピヨピヨ

とある兵士の話 十一話

霧の出た寒さを感じる朝



それは小さな猫だった。
見つけた時には、かなり衰弱していて、早く助けなければすぐ、死んでしまうと思った。
少年は木のうろの中でうずくまる猫に手を差し出そうと手を伸ばした。
しかし、その猫は少年の手を拒絶した。
身を守るため、ではない。
猫は少年が怖かっただけだった。
少年は悲しかった。
   
助けてあげようと思ったのに…

だから何度もそこに行って助けに行った。
でも、猫は少年を拒絶し続けた。
持ってきた食べ物を食べなかった。
綺麗な白い手を何度も引っ掻いた。
そして猫は苦しみ続けた。
体の傷に膿がたまり、ハエが卵を産んでいる。
それを少年が初めて見たとき、あぁ、もう無理だなと静かに悟った。
猫はうじに身を食われていくんだ。
ジクジクって…生きたまま痛みを味わうんだ。

痛いだろうな…
苦しいだろうな…

「待っててね…すぐに助けてあげるから。」

少年はそう言って、次の日拳銃を片手にやってきた。
そしてそれを、ゆっくり虫の息の猫の小さな頭に向けた。
猫はそれまで少年を見ると唸り声をあげていたが、その日は何故か静かだった。
少年は最後に猫の頭を撫でた。

「じゃあね…」

引き金を引いた。




神父の持っていた拳銃は、何故か弾がなくても撃てた。
しかし、誰もそれに気づかなかった。
少年もそれに気づいてはなかった。
何故ならそれは少年しか使えなかったから。

少年の住まわせている家の庭には、スイセンの花が咲いていた。
少年はその花が嫌いだった。
白い花の匂いを嗅ぐだけで、いにしえない恐怖を感じる。
なんとなくこれから先、この花を好きになることはなさそうだと少年は思った。

猫を埋め終わると、少年小さく息を吐いた。
なんとも言えない達成感を少年は感じていた。
命を奪ったことには何も感じない、ただ、猫を苦しみから救ってあげたことが、少年の中でまるでいいことをしたような…そんな快感を得ていた。
ちゃんと最善を尽くして助けようとしたし、何より本当の苦しみから解放してあげれた。
結果的に殺してしまったことは、確かに許されないことかもしれないが、助けを素直に求めなかった猫のせいだと結論づけた。

墓石を持ってこないと…そう思って立ち上がると森の奥から視線を感じた。

「…?」

森の奥に視線を向けると、何がこちらを見つめている。
少年はもっと目を凝らした。
暗い暗い木漏れ日の漏れないほど深い暗闇から、2つの紫色がこちらを見据えている。
その目と視線を絡めた瞬間、少年の体はまるで石のように固まった。
怖かったから、ではない。
本当に動かない。

なんだ、これ…

少年がたじろいでしていると、その2つの紫色を持つものがこちらに歩みだした。
だんだんと暗闇で輪郭を保つだけだった姿が、木漏れ日に照らされる。
明るい日差しにさらされた姿は、人の形をしていた。

ザッ、ザッ、ザッ…

足音が遠くのものから近くのものになってゆく、その距離はもう何メートルもない。
少年は逃げようと思った、しかし体が動かない。
ふと鼻腔の奥に嗅いだことのある匂いがした。
それは少年が生き物を殺した匂いに似ている。
たくさん殺した時の匂いだ。
ふと思い出した、その記憶。
たくさんの人が道に倒れてのたうちまわる映像が脳裏をかすめた。

ソレは初め迷彩柄の軍服を着ているように見えた、しかしそれは滲み酸化した血の跡が深緑色の軍服が汚してそう見えただけだった。
男は少年の前まで来ると、静かに足を止めた、饐えたような血の匂いがする。
それと、何かが焦げたような変な匂い。
少年は目線だけを動かして、男の顔を見た。
しかし、日差しがちょうど当たって暗い顔に浮かぶ虚ろな深い紫色しか見えない。

魔物じゃない…

でも人間でもないソレは、深く息を吐いた。
寒くないはずなのに、その息は白かった。

「。」

不意に男は低い声なにかを言った。
少年には不思議だった。 
その声は妙に親近感を感じたからだ。

「あなたは…誰?…魔物?」

少年の問いに対して、男は寒い霊気を放ちながら、

「お前はひどいやつだな?」

そう少しドスの効いた声で言った。
あまり歳入ってないようで、その声は若かった。

「適当に理由をつけて、最善を尽くしたフリをする…その猫だって、見つけた時に大人を呼べばよかったじゃないか…そうすれば助かったんじゃないか?」
「………」

突然何を言い出すのだろう。
少年は得体の知れないソレを見上げて、息を飲んだ。

「結局、お前は自分のことしか見ていない。」

男は両手を広げて、やれやれと呆れたようにため息をついた。
その手には、見覚えのある拳銃が握られている。
少年は思わず手元の拳銃を見やる。

同じだった。
持ち手の装飾から、銃の型、傷の位置や大きさまでそっくりそのまま。

「お前は猫が死ぬのを待っていた、猫の傷にハエがたかるのを、そのハエが卵を産み付けるのを、やがて生まれたウジが猫を食いだすのを…ウキウキしながら、楽しみにしながら、猫の苦しそうな顔を見て、いつ殺そうか?まだ生かしてみようか?なんて考えながら……なぁ?」
「……。」
「しかしまぁ、それが無邪気っていうんだから、笑える、だが俺はお前のそうゆうとこ、嫌いじゃない。」

男はニッといやらしく笑う。

「俺が見込んだだけはある…ずっとお前みたいなやつのものになりたかったんだ、あんな神父なんかより、お前の方が幾分かマシだったしな。」

神父

その言葉を聞いただけで、少年は体を強張らせた。
男はその様子を楽しんでいるみたいだった。

「考えてみろよ?齢10の男の子が何十人もいる村の大人子供を1人で殺せると思うか?銃に触ったことのない奴が、いきなり相手の急所を判断して撃つことができると思うか?…とゆうか疑問に思った事は無いのか?」
「……。」
「全部俺のおかげなんだよ?お前があの時ずいぶん絶望した顔をしていたからなあ…ちょっとかわいそうになったわけだ、感謝してくれよ?」
「あなたは……悪魔?」

少年がそう問いかけると、男は黙って、少年に一歩近づく。
その一歩はまるで死が歩み寄ってきたかのような、ぞわりと鳥肌が立つような重みがあった。

「……いいや?俺は呪い…銃にこびりついたサビみたいなものだ。」

男は言った。

「そしてお前の姿をしている、今のお前の姿だ。」
「…今の…?…でも僕と全然違うよ?」
「当たり前だ、これはお前の夢だからな?」

夢?そんなはずない、だってあの時。
猫を殺した時の感覚がまだ確かに残ってる。
命を奪ったその感覚を
覚えている。

「そりゃ、現実でも人を殺しまくってるからな?手にも足にも頭にも目玉にも体全てがそれを覚えてる、だから夢でも感じるんだろ?」
「………………


違う…。」

少年は頭を抱えた、酷い頭痛が走ったからだ。

血の匂い、煙の匂い、弾薬の匂い、薬の匂い、肉と骨の焦げた匂い

それらが鮮明に蘇ってくる。
気持ち悪い、嫌な臭いが。

「僕は…悪いこと、なにもしてない…。」

吐き気がして、腹を強く蹴られたみたいに痛みだす。
喉が息を吸うたび、入ってくる空気を拒むようにヒリヒリ痛みだす。

「じゃあ、何故お前は苦しむ?痛がる?隠したがる?…自分を何故そんなに大切に守ろうとする?周りの××に気づこうとしない?他者に送るべき××まで自分のものにしようとする?」

その言葉は、まるで耳に入らなかった。
頭を掻き毟るように、引っ掻いた。
視界がぐるぐるする。
ただ自分は無実だという譫言を、繰り返し呪いの呪文みたいに唱える。 

僕は悪いことをしていません


男はそんな哀れな少年をしばらく眺め続けていたが、やがて興が冷めたように、あるいはなにかを諦めたように、言った。

「忠告はしたからな。」

その言葉に反応して、少年はゆっくり顔を上げた。
目の前には黒い何かがある。
目の焦点が合うとそれは自分に向けられた銃口だと気がついた。

自分が今まで使っていた拳銃
それが自分に向かって閃光を放つのを、僕は…





私は初めて見た。





スプリングの悪いベッドが軋む。
まるで長い眠りから目覚めたように、青年はゆっくりと上身を起こした。
暗い部屋の中、青年はしばらく俯いていたが、やがて部屋に差し込む月明かりに気がついて顔を上げた。

「……っ」

喉が誰かに締め付けられたように、痛みだす。
思わず手で抑えるが痛みが引くわけじゃない。
自然に止むのを待つ。
手からは鉄の錆びたような、匂いがする。
やがて痛みが止むと、青年の視線は机の上に無動作に置かれた拳銃に向けられた。
控えめな装飾が月に当てられ銀色に光る。

青年は少しだけそれを睨んで舌打ちをうつ。
再びベッドに横になる。
青年は目を閉じて、すぐ眠りに落ちた。



まぶたに焼き付いた死体を見ながら

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