いずれ地に咲く

作者 ピヨピヨ

花の話 九話

「彼が病を患ったのは、もう30年も前になるの…きっかけは他国の流行病、徐々に体が朽ちてゆくそんな病。でも死なない、死ねない私達は、こうやってあの方に殺されてでしか死ねない…」

私とフリージアさんは、綺麗なレンガ街を抜け、少し霧のある幻想的な森の小道を歩いた。
朝じゃないのに、霧がかった森はなんだか神聖な場所のようで、私はフリージアさんの後を見失わないように手を繋いだ。
カロンはウィリさんの希望で家にいる。
ウィリさんがカロンと話がしたいと言ったからだ。

「それがあの方の役目、私だって状態を維持する役目がある、花の種が死なないように魔法をかけるの、だから花は咲く、ウィリの病の進行を留めることもできる。でも、ずっとじゃない。」

ここまで来るまでに、私達は2日かかった。
少なくとも、フリージアさんカロンのところに来るまでさらに2日、4日も病に伏せた恋人を放っておくわけない。
でもその魔法を使っていたとしたら、それも可能なのだろう。

「死んじゃうって、怖いのかなあ。」
「さあ…私だって想像つきませんけど…でも、あの人のことだから…きっと天国へ行くでしょうね。」

寂しそうに笑うフリージアさんは、私達が花畑に着くまでウィリさんとの思い出話をしてくれた。
ウィリさんと色んな国を旅したこと。
ウィリさんと色んなものを見てきたこと。
ウィリさんと初めてデートしたこと。
たくさん、してくれた。

「ウィリは人間に憧れて、人間の街に住む為に必要な姿を変える魔法を会得しに、ルージアっていう国に行ったの。私は前から姿を変える魔法が使えたけど、一緒行こうとした。
でも、あの国は今病が流行ってるから、僕だけが行くって……。
あの時にちゃんと、止めておけば良かった…。」
「フリージアさん…。」
「もう、遅いのにね。」

暗い目になったフリージアさんの顔に、明るい日差しが当たる。
目の前には、白いスイセンの花がまるで雪のように咲いていた。
霧のゆっくりとした風に、戯れるように撫でられ、濡れた花弁を揺らした。

「綺麗…。」

思わずそんな言葉が漏れた。
もっと私が本を読めたなら、もっと良い表現ができたと思うんだけど、残念ながら私は字が読めないから、こんな言葉でしか表現ができない。
もっと本を読んでおけばよかった。





「フリージアさんが私のお母さんだったらよかったのになぁ」

私が花を摘みながらそんなことを言ったら、フリージアさんは少し驚いたような顔になって、なんで?って訪ねた。

「なんとなく…。」

もちろん、なんとなくなんかじゃない。
フリージアさんは私のお母さんと違って、私を捨てたりしなそうだったから。
それに優しいし、一緒に暮らしたらとても楽しそう。

「あなたのお母さんは優しい?」

私はその言葉を聞いて、途端に胸が苦しくなった。
痛みを表すと、涙が出る前に感じる、息苦しい痛み。
優しいのか、なんてわからない。
捨てたのが、優しさからなのかもわからない。

「っ……うん、優しいよ!」
「そう、それは良かったわね。」

フリージアさんはそう言うと、作っていた花冠を私に優しく被せてくれた。
改めて間近に見るフリージアさんは、綺麗だ。
ブロンドの豊かな髪、不思議な光沢のある瞳。
整った顔立ち。
ああ、この人だったら、私を幸せにしてくれたのかもしれない…
そんなことを思ってしまうほど、私も、そしてフリージアさんも疲れていたのかもしれない。

「私もあなたみたいな子供が欲しかった…。」

フリージアさんは鬱くしく笑うと、私のたいして綺麗でもない頭を、優しく撫で抱きしめてくれた。
私はそんなフリージアさんが、とても愛おしくなって…ぎゅっと抱きしめた。

ほんの一瞬かもしれないけど、フリージアさんとほんとうの家族になれた気がしたのは、もしかしたら気のせいなのかもしれない。
それでも、私は構わなかった。
気のせいでもいいから、ずっとこうしていたいと思っていたから。

そこで私は思い出した。

こうやって抱きしめてくれた。
あの柔らかな感覚。
花の香り。
そして声

「カルミアは世界で一番かわいい、大切な私の宝物。」

優しい声と髪をなでる感触。

「どれくらい好き?」
「好きよ、世界で一番好き。」
「ほんと?」
「ほんとよ?どんな宝石よりもどんな花よりも、カルミアが大好き。」

愛おしいと言う気持ち。
思わず笑ってしまった。
くすぐったい位幸せな思い出だったから。
もう来ない未来だとしても。






「ここの花を家に持って帰りましょうか?」

フリージアさんはそういうと、白い朝露に濡れたスイレンを手に取った。

「じゃあ!私も手伝う!いっぱい取ってウィリさんに持って行こ!」 
「それはいい考えね、ウィリもこの花がとても好きなの。」
「じゃあ長持ちする積み方を教えてあげる!見ててね。」

そうして私がフリージアさんの隣に座って、花の積み方を教えようとした時、遠くの木々が大きく揺れた。
遠くの方から、風の音がどんどん近づいてくる。

「きゃあ!」

遅れてこちらにも強風が吹き、視界が白くなる。
花びらが顔に当たって、思わず顔を手で覆った。
痛くはない。
すぐに風は止んだ。
もう、なんなの?

「びっくりした〜、ねえ、フリージアさん…。」

私はフリージアさんの方を見て、困惑した。
フリージアさんはいつのまにか立って、家の方をじっと見ていたからだ。
それだけじゃない、目が
なぜか潤んでいた。
きれいな瞳に、だんだんと水の幕が張り、そのまま一筋、涙を流した。

「…フリージアさん?どうしたの?痛いの?」
「……っ」

そのままフリージアさんは、倒れるようにその場に跪き、か細く嗚咽を漏らしながら、肩をわなわなふるわせて泣いた。
私はフリージアさんはなんで泣いているかわからなかった。
ただただ、フリージアさんを慰めていた。
ただ見ていて感じた事は、その泣き方が、
まるで大切な何かをなくしてしまったかのような泣き方だったことだった。

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