いずれ地に咲く
花の話 八話
神父様を殺して、悲しむ人々がいなくなってから、村は静かになった。
鳥の鳴き声も、村人が飼っていた犬も、その他の動物も、みんなどこかへ行ってしまった。
ただ風が鳴らしていく、木の葉の擦れる乾いた音と、死体を引きずっていく砂利の音だけが、村にこだましてゆく。
ズッ…ズッ…
力にはそこそこの自信があった少年にも、大人の死体は重く、子供のように抱えてゆくことは出来なかった。
ズッ…ズッ…
腐敗が進んでいる死体は、引きずるたびに血とは違う、粘り気のある臭い液体を皮膚に滲ませていく。
少年は皮膚には出来るだけ触らないように運んでいたが、衣服を掴んでいても、手は粘って、激しく臭った。
少年の目には嫌悪と気持ちの悪さから、涙がホロホロと溢れる。
どうしよう、あと何人もいるのに…
終わりのない死体運びに、メンタルが折れそうになる。
埋めなくてはいけないのに、埋めなければ村中が死臭で満ちてしまう。
そこまで考えて、少年はある事に気付き、硬直した。
足音が聞こえる。
大人の足音だ。
こちらに走ってくる。
少年の体に冷たい雨が降ったように、背すじが凍った。
どうしよう…どうしよう!
少年はその場に座り込み、途方に暮れた。
とうとう若い男の姿が見え、男がこちらに気づくと、何かを後ろに叫んで、少年に駆け寄った。
少年は殺される覚悟で目を瞑った。
しかし、若者は安堵に息を漏らし、予想外の言葉を言った。
「生き残ったのは君だけかい?」
「…?」
少年ははじめ思わず、目を見開いた。
若者は傍の死体を見ると、一瞬顔をしかめたが、何かを悟ったように、少年を抱きしめ…
「怖かったね…もう、大丈夫だからね。」
「あ…あの…。」
「もう何も喋らないでいいよ、辛かったね、苦しかったね…。」
と言った。
若者はこの死体を殺したのが、少年だとは知らずに、温かすぎるほど言葉を浴びせてくる。
少年は呆然としながら、後から来た若者の仲間に連れられ、村を初めて出た。
その人たちは、自分の村に親を殺されたかわいそうな少年として、受け入れさせた。
「君が生きていて良かった。」
初めてそんなことを言われた時、少年の中に熱いような、目覚めるような感覚が溢れた。
「君が生きていて、良かった。」
少年はその衝動をよく知っていた。
そして、取り憑かれていた。
「君が生きていて、良かった…?」
殺意という衝動は、自分でも気づきのしないところで蝕んでいた。
暗い部屋だった。
夜目が利く私でさえ、目を凝らさなければ、そこにある家具やベッドに横たわる者に気づかないぐらいだ。
そして匂い。
肉が蒸されたような、生っぽい匂いが鼻をつく。
「…ッ」
後ろにいるカルミアが思わず顔をしかめたのが、見ないでもわかった。
案内をしてくれたフリージアが、恋人の体を拭くためにタオルを取りに行ったため、今ここにいるのは3人だ。
「……あぁ、…フリーがお客さんを連れてくるなんて…何年ぶりかなぁ…。」
不意にホッと息をするかのような、か細く掠れた声が闇から聞こえる。
フリーと呼ぶところから、二人の仲の良さを感じる。
「お前がフリージアの愛人か…?」
「…えへへ……まぁ、そんなところだよ…。君が、弔い人(とむらいびと)なんだね…。」
のそりと、闇でぼんやりと輪郭を持つ者が起き上がる。
いや、起き上がろうとしたが、体制を崩し、私は慌ててその体を支えた。
彼の体は、まるで体温を持たず、そして固かった。
「ごめん…僕、臭いだろう?」
「慣れてる。」
近くにあったランプを点け、彼をベッドに寝かせる。
包帯だらけでろくに肌も見えない男は、薄い蒼い瞳だけ光に反射した。
その瞳がちらっと後ろにいるカルミアを捉えた。
「やぁ、女の子もいたんだ…こんにちは。」
力なくベッドの中で手を振る彼に、カルミアはゆっくりと近づいてゆく。
近くにくるにつれて、匂いもきつくなるが、カルミアはあまりそれを気にしない素ぶりでベッド脇に来た。
私は幼いながらも、見かけで人を判断しないこの少女を、少し見直した。
「わ、私カルミア…あなたの名前は?」
「僕かい?…ウィリだよ。」
汚れた包帯に顔を隠していても、彼が微笑んだことは間違いなかった。
鳥の鳴き声も、村人が飼っていた犬も、その他の動物も、みんなどこかへ行ってしまった。
ただ風が鳴らしていく、木の葉の擦れる乾いた音と、死体を引きずっていく砂利の音だけが、村にこだましてゆく。
ズッ…ズッ…
力にはそこそこの自信があった少年にも、大人の死体は重く、子供のように抱えてゆくことは出来なかった。
ズッ…ズッ…
腐敗が進んでいる死体は、引きずるたびに血とは違う、粘り気のある臭い液体を皮膚に滲ませていく。
少年は皮膚には出来るだけ触らないように運んでいたが、衣服を掴んでいても、手は粘って、激しく臭った。
少年の目には嫌悪と気持ちの悪さから、涙がホロホロと溢れる。
どうしよう、あと何人もいるのに…
終わりのない死体運びに、メンタルが折れそうになる。
埋めなくてはいけないのに、埋めなければ村中が死臭で満ちてしまう。
そこまで考えて、少年はある事に気付き、硬直した。
足音が聞こえる。
大人の足音だ。
こちらに走ってくる。
少年の体に冷たい雨が降ったように、背すじが凍った。
どうしよう…どうしよう!
少年はその場に座り込み、途方に暮れた。
とうとう若い男の姿が見え、男がこちらに気づくと、何かを後ろに叫んで、少年に駆け寄った。
少年は殺される覚悟で目を瞑った。
しかし、若者は安堵に息を漏らし、予想外の言葉を言った。
「生き残ったのは君だけかい?」
「…?」
少年ははじめ思わず、目を見開いた。
若者は傍の死体を見ると、一瞬顔をしかめたが、何かを悟ったように、少年を抱きしめ…
「怖かったね…もう、大丈夫だからね。」
「あ…あの…。」
「もう何も喋らないでいいよ、辛かったね、苦しかったね…。」
と言った。
若者はこの死体を殺したのが、少年だとは知らずに、温かすぎるほど言葉を浴びせてくる。
少年は呆然としながら、後から来た若者の仲間に連れられ、村を初めて出た。
その人たちは、自分の村に親を殺されたかわいそうな少年として、受け入れさせた。
「君が生きていて良かった。」
初めてそんなことを言われた時、少年の中に熱いような、目覚めるような感覚が溢れた。
「君が生きていて、良かった。」
少年はその衝動をよく知っていた。
そして、取り憑かれていた。
「君が生きていて、良かった…?」
殺意という衝動は、自分でも気づきのしないところで蝕んでいた。
暗い部屋だった。
夜目が利く私でさえ、目を凝らさなければ、そこにある家具やベッドに横たわる者に気づかないぐらいだ。
そして匂い。
肉が蒸されたような、生っぽい匂いが鼻をつく。
「…ッ」
後ろにいるカルミアが思わず顔をしかめたのが、見ないでもわかった。
案内をしてくれたフリージアが、恋人の体を拭くためにタオルを取りに行ったため、今ここにいるのは3人だ。
「……あぁ、…フリーがお客さんを連れてくるなんて…何年ぶりかなぁ…。」
不意にホッと息をするかのような、か細く掠れた声が闇から聞こえる。
フリーと呼ぶところから、二人の仲の良さを感じる。
「お前がフリージアの愛人か…?」
「…えへへ……まぁ、そんなところだよ…。君が、弔い人(とむらいびと)なんだね…。」
のそりと、闇でぼんやりと輪郭を持つ者が起き上がる。
いや、起き上がろうとしたが、体制を崩し、私は慌ててその体を支えた。
彼の体は、まるで体温を持たず、そして固かった。
「ごめん…僕、臭いだろう?」
「慣れてる。」
近くにあったランプを点け、彼をベッドに寝かせる。
包帯だらけでろくに肌も見えない男は、薄い蒼い瞳だけ光に反射した。
その瞳がちらっと後ろにいるカルミアを捉えた。
「やぁ、女の子もいたんだ…こんにちは。」
力なくベッドの中で手を振る彼に、カルミアはゆっくりと近づいてゆく。
近くにくるにつれて、匂いもきつくなるが、カルミアはあまりそれを気にしない素ぶりでベッド脇に来た。
私は幼いながらも、見かけで人を判断しないこの少女を、少し見直した。
「わ、私カルミア…あなたの名前は?」
「僕かい?…ウィリだよ。」
汚れた包帯に顔を隠していても、彼が微笑んだことは間違いなかった。
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