性欲戦線 -30歳・童貞・魔法使い-

ノベルバユーザー186244

第二話 ケーキ、変身、魔法使い

 上着を脱いで楽な状態になると、アグネットは解説をしてくれた。
「何処から話すか……。あ、食べながらでいいぞ」
「あっはい」
「じゃあ、お前が選ばれた理由から話すか」
 寛容にも食べながら聞くのを許してくれたアグネットに感謝しながら、ケーキを開封する。最近のコンビニの進化は著しいもので、中々のクオリティをしたものが多く売られて、このケーキも例に外れず凝っている
「そもそも人間には正の因子、負の因子、そして何も持たない者の三種類存在する。正の因子を持つ者の殆どが生涯を華々しく、簡単に言うとリア充でいられる。それに対して負の因子を持つ者は非リア充の定めをもつ悲しき者たちだ。しかし時おり、正の因子を持ちながらも非リア充、負の因子を持ちながらリア充として輝く存在がいる。そしてそのうちの正の因子を持ちながらも人生を悲しく生きる者共、そいつらが魔法使いになるのさ」
  私が買ったのはチョコレートケーキで、三層の色の違うスポンジを覆うようにチョコレートをかけ、その上にチョコクリームを少し。そこにふんわりと乗せられたイチゴが色のアクセントとなっていて見た目がよい。
 まず覆っているチョコのみを食べてみよう。パリッと気持ちの良い音をたてて割れた破片を口へと運ぶ。すると直ぐにチョコレートが熱で溶け、程よいカカオの苦味が広がる。続けて今度はフォークでケーキの先端を取る。スポンジ自体は美味しいのだが、甘味は少なく、三種のスポンジの間にあるクリームが少々甘い。上に添えられたチョコクリームを少量掬うと、これがもっとも甘かった。
 もしやと思い、切り分けたケーキにチョコクリームと一緒に食べてみる。するとどうだ、調節された各々の甘味がコントラストのように感じられる。イチゴもほんの少しかじってみれば酸味と甘味が双方を引き立てあい、とても美味しい。コンビニ、やはり侮れない。
「ふぅ」
「お前本当に話聞いてるか?」
「あ」
 ケーキを存分に楽しんでいたらアグネットのことなど忘れており、話も聞きのがしていた。
「しゃーねーな。ま、特に覚えなきゃいけないことなんてないから続けるぞ。
 大事なのは、魔法使いの存在意義だ。お前ら魔法使いは別に不名誉な称号を与えるためにしてる訳じゃねえ。しっかりと仕事があるんだ。それが、怪人の退治だ。
 基本負の因子持ちは結婚することができない。性風俗に行くか、自慰するか。しかし、やはりそいつらは非リア充だ。リア充等に対する怨み辛みってもんは生まれちまう。そんな怨念や行き場のない精液ども、まあ精エネルギーが合体し具現化された存在、それが怪人」
 この話、笑い話のようだが実はかなしい話ではないのだろうか。負の因子という生まれついた呪いのせいで怪人が産まれ、その怪人を運のよかった非リア充が倒す。非リアが産んで非リアが倒す、そんな生産性のないことを私はこれからやらされるのだ。
「怪人をお前は倒す訳だが、まさか生身で倒せると思ってるわけないよな? 勿論しなきゃいけないのさ。
 変身を」
 アグネットはニヤリと笑う。そして私も笑う。
「コスチュームは?」
「お前の好きな感じに想像してみろ。その通りになるから」
 なんとハイテクなのだろう。だが自由に出来るとなると迷ってしまう。コスチュームがおもいつかない。
「じゃあ考えろよ、変ー身!」
 何処からか取り出したステッキを私に向け唱えると、キラキラとした謎の光が私を包み込んでいき、眩しさに目を閉じる。しかし戸惑いながらも頭では真面目に考える。
 変身。私の世代からすると変身と言えばライダーだ。しかし、お題は魔法使い、それだと女児向けの可愛いプリプリした感じのほうが似合って反対にライダーは魔法使いは似合わない。いや、そういえば魔法を使うライダーもいたな。
 そんな自分の考えが読まれ、反映されてしまったのか。
「どんな感じに……って、完璧に魔法使いのライダーだな」
 そのライダーまんまのコスチュームになってしまった。しかし、着心地はとても良い。元々着ていた服はどこにいったのか分からないが地肌へのフィット感が並ではないし、なにより身体に漲るパワーがすごい。今なら何でも出来そう、という圧倒感たるや。
「うーん、これじゃあだめだな。版権的に」
「版権関係あるんですね」
「おう、下手な格好で暴れてる所を一般の人に撮られたらそこの会社に迷惑がかかるだろ? 私たちは正義なんだ、人様に迷惑はかけちゃいけない」
 かっこいいことをいっているが、あぐらで股をかき反対の手でステッキをクルクル回し、あくびを噛み殺していると、風貌はとてもかっこいいものではない。
 うーん、とアグネットは暫く目を閉じて唸りながら思案していた。その間私はこのコスチュームのお陰で漲る力が面白く、その場でジャブを軽くしたり跳び跳ねたり遊んでいた。壁を蹴ってみようかと思い付いた辺りで唸り声が止む。
「お前の名前亀入ってるし、玄武モチーフのライダーで行こうか」
 コスチュームの締め付け感が気に入っていたので、これとあまり差異が無いとなるとありがたい。
 はいや! と可愛い掛け声でもう一度私は光に包まれ、今度は目を微かに開けて様子を見守る。ライダーコスチュームは粒子に変化して光に溶け込み、全裸になってしまい慌てて隠す。全裸になった直後もう一度足元から粒子が集合し変化してコスチュームを構築していき、光で真っ白になった空間で無数の白金の粒子がうごめく姿は神々しさを感じさせた。数秒で全身構築されたようだが、体感的には数十秒から一分ちょっとにさえ思える。
「変身に感動したか知らねえけど、姿を見ろよ」
 アグネットの声で意識が戻り、いつのまにか現れた全身鏡に私の姿が写る。
 玄武がモチーフと言うだけあって、全体的に厳つさや禍々しさを見受けるフォルム。「玄」の意味である黒を基調とした暗めの色で統一されているみたいだ。西洋兜には角が生え、人が殺せそうなほどおかしい主張の強さの肩当て、膝にも角。気のせいか股間の部分にある小さな前掛けのようなもののデザインが誰かの顔にも見えてきた。まるでブリーフのクロッチ部分を鼻に当てているような……。
「というかこれ、本当にライダーモチーフなんですか?」
「ああ」
 何当たり前のことを? という風に聞き返されて私は逆に困ったが、このフォルムではこの疑問は正しいだろうともの申す。
「これ、ライダーというより怪人側ですよね?」
 こんなにも厳つくて貫禄のあるライダーはいないであろう。百歩、いや千歩譲ってライダーであったとしても、魔法使いではない、戦士職だ。
「こまけえこたぁいぃんだよ!」
 大雑把なおっちゃんみたいな口調で意見をぶっ飛ばしケラケラと笑っていたアグネットが急に振り向き窓を見る。様子がおかしい。
「……おい、仕事のようだ」
 目付きが変わった。今までのふわふわとした目元ではなく、何かを凝視しキリッとしている目。私は脳裏に先ほど説明を受けた怪人の話がフラッシュバックする。ついに戦闘なのだろうか。早くも緊張してしまったのか、無意識に唾を飲み込む。アグネットが窓から目をはなす事なく立ち上がり、命令を下す。
「そーいや窓閉めてなかったわ。閉めてきて」
 ずっこけた。文字通りずっこけた。思えば空き巣じゃ無かったことに安心した直後、魔法使いになるというもうひとつの爆弾によって、窓を閉めるという思考はかきけされていた。流し目でアグネットを見ると、直前までと声のトーンもまるで違い、振り向いた顔はニコニコとしていてまるでイタズラが成功した悪ガキのようだ。私はのそりと立ち上がると、腹立つような笑いかたをするアグネットを横目に早足で窓に向かう。丸められたティッシュや紙切れが妙に落ちているベランダに不信感を抱きながらも、窓に手にかけ力をいれようとしたとき、遠くに紫色の光の柱が立っているのが目に入った。どう考えても不思議現象なのだが、私はそれよりも危険性や謎の焦りを感じた。
 光の柱が徐々に小さくなるのを見届けていると、ふわりとベランダの柵の上にアグネットが降り立つ。
「冗談だよ、それよりいくぞ。本当に初仕事だ」
「はい!」
「いい返事だ」
 そう返すとアグネットはしゃがみ込んで、一、二のと小声で掛け声をつけ。
「三!」
 そう大きく叫んで跳んだ。ぐんぐんと離れていき、小さいからと言う訳もあってすぐに姿は見えなくなった。しかし、進行方法の先にあるのはあの光だ。あれは怪人が原因なのだろうか。
「というかあれ? おいてかれッ__!?」
 取り残されたということに焦った瞬間胸倉をつかまれるような感覚に襲われ、抗えないまま引っ張られ宙に浮かんだ。恐怖に襲われるが強い力はひくことなく、それどころかどんどん強まり速度も早まっていく。
 体感時間さえわからないような恐怖を味わっていると、急に肩と腕に強い衝撃を受けた。何様か、といつの間にか閉じていた瞼を開くと、世界は横になっていた。
 いや、自分が寝転がっているだけである。視界には背を向けたアグネットの姿があり、おもむろに立ち上がりアグネットの下へむかいつつ周囲を見回す。他の建物よりも高い、ここはビルの屋上だ。
 再度柵の上に仁王立ちするアグネットのななめ後ろに立つと、こちらを見ずにななめ下を指さす。
「あれだよ」
 その指の先には、異形の生物が夜の道を闊歩していた。
「あれが、怪人だ」
 私の初戦闘が、今、始まる。

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