オカルト先輩 ~異世界怪異譚~

ふぁらや

「話を続けよう。その昔、この世界の治安がもっと悪かった時の話だ。各国はブリッジに軍を送り、ここを本部として他国への牽制にしていた、そうなるとその動きを知るために密偵がブリッジに送られる」

 先ほど想像した拷問が再び頭に浮かんだ。

「今でこそブリッジは住民登録と都市に入る入市の際に登録で人の数を把握しているが、昔は違う。人が数人消えてもわかるはずがなかった」

 実は表沙汰にはならないが今でも他国の密偵がこのブリッジに来ることはある、だが監視を付けて動向を見るだけで済ます。昔はどうだったかは資料を読まずともわかった、疑わし気は罰せよ、一度疑われたら無事では済まない。密偵が、あるいは密偵ではないのに密偵と疑われた者がこの軍事倉庫で。
 でも、もっと非道なことも。

「それだけじゃないですよね?」
「なにが?」
「もっと非道なことも行われてたはずです」
「何でそう思う?」
「だって教えて、、、」

 教えてもらった、そう言おうとしていた口を手で塞いだ。驚いた。頭の中に勝手に作り上げられていく想像は何かが作ってくれている。それは私に教えるためだと直感でわかってしまっていた。
 叫び声を、私が出しそうになってしまった。

「こいつはお前には、叫ぶ必要はないようだ」

 その瞬間、気付けば私の足は動いていて扉に飛び付いていた、開いて外に出る、私の心はそうしていた、だが身体と現実がそうはさせなかった。
 扉の取っ手が見つからないのだ。行き場をなくした両手は扉に叩き付けるしかなかった、どんっ、と重厚感のある音が響く。
 外では扉の左側に私の腰より少し上の位置にあった、だが中には無いのだ。慣れてきたとはいえ暗い視界の中、取っ手を探すが、無い、どこにも無い。厚い扉が大きな壁となり、のし掛かるような絶望を与えてきた。

「どうしよ、、、っ!?」

 突然小さな音が聞こえた、声が聞こえた、私でも先輩でもない、気付けたことに驚くほど小さな声。それは水面の小さな小さな気泡が弾けるような小さく湧く声、だがその声がぽんぽんと徐々に増えだす。出れずに抑圧された気泡が歪み潰れ無様でも飛び出して叫びを挙げるているような嫌な声、止められない、どこから聞こえるのかもわからない、出来ることは耳を塞ぐだけ、叫び声を聞きたくない。その場にしゃがみこみ耳を塞ぐ。暗闇に独り、私は立ち止まり、深く深く沈む。

 どれくらいそうしていただろう、数秒かあるいは数時間か、ふと先輩に言われたことを思い出した。
 闇の中で止まったら独りで死ぬ、這いつくばってでも進んだら多少は良く死ねる。結局死ぬんかい、と心でつっこみをいれると、不思議と立てる気がした。
 突然、とんっ、と軽く背中を押された気がした。

「おい、何してんだ?」
「え?」

 ゆっくり顔を上げると目が眩んだ、光が見えた、先輩が扉を開けていたのだ。実はここに入って一時間も経っていなかったのだが、その光はひどく懐かしく感じた。

「見ろ、この扉はな仕掛けがあるんだ」

 魔法とか言い出したら負けだ、とも言って私の都合お構い無しに開ける手順を勝手に教えてくれた。
「まずここ」と示された場所には指が入る程度の窪みがある。先輩はそこに指を入れて指を引っかけて引くと扉の一部が飛び出して取っ手となった。

「この扉は外開きだが、押してみても開かない」

 先輩は押して見せるが本当に開かず、さらに引いても開かない。さらに嫌らしいのは取っ手は手を離すと戻ってしまい再び引っかけ出さないといけなくなるのだ。

「外の取っ手ががたついての覚えてるか?あれも仕掛けだ、外の取っ手を引くと仕掛けが外れ開くが中から開ける時はこうする」

 取っ手を掴み、上げる、下げる、そして手を離す、すると取っ手が扉に戻った瞬間、カチッという仕掛けが動いたような音がした。

「これで開くようになった、見てろ」

 先輩は一度扉を閉めて、さっき説明した通りにすると、すんなり扉は開いた。

「これは中に閉じ込めた人が逃げたさないよう、そして出れない恐怖を味あわせるためのものかもな、さっもう帰るぞ」

 目の前に先輩の細くて色白い手が差し出された。いつか立ち上がれない私に差し出されたその手を掴んだらこんな生活が待っていた。でも私はその手を掴む、這いつくばってでも進むために。

 立ち上がり、絶望の象徴のように感じた厚い扉を抜けた時に背中から何かが離れた気がした。振り返ればゆっくりと独りでに扉が閉まっていく、そこになぜか誰かと会えなくなるような寂しさを感じてしまった。
 私は扉が完全に閉まるまで軍倉庫から目を離さなかった。

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