オレンジの片割れ。

七瀬杏樹

ふたつの磁石。

「じゃあ、サクライ。また明日」
「うん。ばいばい」

 オオヤに向け手をゆるゆると振る。オオヤはそんな私の様子を見てコクリ、と頷く。そして、オオヤは私に背を向けたまま歩き出す。一歩一歩遠ざかるその背中はオレンジ色に染まっていく。眩しくて反射的に瞬きをしたくなったけれど、見えなくなるのがもどかしくて、目の前が歪む。
 私は足が床に固定されたみたいで指一本、動かせなかった。
 オオヤの出身小学校と、私の出身小学校は違う。お互いにそれぞれの学校の学区の端っこだったけれど。
 私らの地元の最寄り駅はちょうど私とオオヤの家のあるあたりのちょうど真ん中に建っている。私の家は北口からいくのがベスト。オオヤの家は真反対の南口____私らの駅では中央口を通過するとすぐ。
 だからここでお別れなのはどうあがいても変わりはしない。明日はクラスメイトが全員揃う。明日は後輩たちが整頓してくれた教室にいる。その時、机は黒板の真正面を向いているだろう。
 だから、明日も今日みたく話せるとは限らない。もしかしたら、これが最後かもしれない。

 ……これが最後?そんなん嬉しいわけない。中央口から出て帰れないわけじゃないのだ。嫌なら、追いかければいい。単純明快。
 それでも。
 私はただ、立ち尽くすだけ。せめて忘れないように。オオヤの背中を忘れないように。見失わないように。
 人は、声から徐々に忘れていくんだそうだ。記憶がポロポロ崩れていく。風化するとはよくいったものだよ全く。
「大屋」
 呼ぶ声は風に乗って流れた。流すんならさぁ、オオヤの耳元まで運んでよ。存外耳の遠いオオヤにせめて今だけでいいから、私の音を残して。
 いつか大屋は私のことを綺麗さっぱり忘れてしまうでしょう。避けられることではない。だけれど、少しでも大屋の記憶にとどまっていたいんだ。

 オレンジの光中に大屋の背中が見えなくなって、私は無意識に握りしめていた右手から力が抜ける。しばしそこに立ち尽くしてははっとひとり笑う。自らを嘲笑う。
 そうでもしないと泣いてしまう。
 回れ右をして薄暗い北口へと私は歩く。歩けば歩くほど大屋の、あの笑顔を思い出してしまって私はなんて馬鹿だろう、と天《そら》を仰いだ。

 そのオレンジは腹が立つほど美しかった。その天《そら》は雲ひとつなかったのに、うっすらと霞をまとっていた。

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