失敗しない寿命の使い方

ぽた

ひとまずは昼食。そして――

 と、意気込んでいたのも束の間。
 時間があると分かれば、下手に根を詰めて何も出ないよりは頭を柔軟にしようと、とりあえずは日常を送ることにした。

 那由多の家を後にした樹は、町に戻って空を見上げていた。
 天高く真上に昇り世界を照らす太陽を眺め、もう昼頃になっていたことに気が付く。
 家に帰って紫苑の手料理を食べても良かったのだが、せっかく天気も良いからと、紫苑とコンタクトを取るべく狭い路地に入った。

 そっと壁に触れ、唱えたのは『リンク』の魔法。
 離れた特定の相手と対話をする際に用いるものだ。
 行使された相手は、自身の魔力に小さな波が立つにことでそれに気付き、使用者同様、スペースに余裕のある壁に触れて魔力を流すことで術が成立する。

 繋がったことで壁に浮かんだ五十センチ程の光の渦が、次第にその中心から相手の顔を映し出す。
 相手が応じなければ成立しないこの魔法は、大体が余裕をもって応じるものである。しかし、樹のリンクに応じた紫苑は、少々息を切らし、どこか落ち着かない様子で「こんにちは」と声を発した。

「こんにちは。は、いいんだけど……大丈夫? 忙しかった?」

 主たる樹を最優先とし、自分のことを後回しにする癖がある紫苑のことだ。何かの最中であったにも関わらず応じた、ということもあろう。
 そんな心配を抱く樹に、紫苑は頬を染めてごにょごにょと、辛うじて聞こえる程度の音量で、

『清掃途中で汚れまして、その……ゆ、湯浴みをしておりましたゆえ、衣類を――』
「え、あ、ごめん…! 早く着て、直ぐに着て! 待ってるから!」
『すみません』
「謝るのは完全に俺の方――っと、それよりも早く」
『はい。では――』

 そう答えて、紫苑はリンクで捉えられる視界外へと移動した。

―――

『それで、どのようなご用件でしょう?』

 いつも通り、ピシッとした服装に着替えて改め、再び紫苑が顔を覗かせていた。

「うん、用って程ではないんだけど。お昼時で天気も良いし、今日は外で食事でもって思って」
「それは大変魅力的ですね!」
「うわっ!」

 声がしたのは背後。
 慌てて振り返った先二メートルの所に、その姿はあった。
 樹が転移魔法の使用が出来ることを知っていたとは言え、何度使われても慣れないのは、一瞬間だけ残像を残してから消えるので、今のように背後から直ぐ声をかけられると、何事かと身構えてしまいそうになるからだ。

 紫苑は驚かせてしまった主に深々と頭を下げると、

「戸締りは問題ありません。私の身体がやや火照てっているのも、出来れば気にしないでください」
「分かった、分かった」

 投げやりにそう言いながら、壁から手を離してリンクを解除。

「やっぱり便利だよね、転移。いいなあ」
「そうですか? 生憎と私は、これ以外には何も使えませんから。どちらかと言えば、多彩な樹さんの方こそ羨ましく思えます」
「こっちだって、そんなことはないんだけどなあ。っと、それより。今日は紫苑のリクエストにしようと思うんだけど、どこが良い?」

 互いを褒め合う魔法話に花を咲かせるのもまた良かったが、いつまでもこの狭い路地にいるのもあれだと、話題を当初の目的へと戻す。
 今までならここで遠慮をされるのだが、今日は違って熟考する辺り、ただ主の意向を最優先するだけが使用人でないと理解しつつあるらしかった。

 そして、あれやこれやとぶつぶつ独り言交じりに考えて出した結論は、

「樹さんにお任せします!」

 前言撤回。前進などしていなかった。
 樹は呆れて頭を掻きながら、ならばと適当な店を提案した。
 最近この辺りに出来た飲食店で、聞く話では味も良く、小食にも大食いにも満足のいく食事を提供してくれるのだとか。
 紫苑もその店のことは知っていたようで、行ってみたいと思っていたなどと言う。

「嘘つけ」

 半分笑いながら突っ込みを入れたところで移動を開始。
 路地を出て大通りを目指し、歩き始めた。

 いつもと変わらぬ賑わいを見せるその通りでは、メイン通路を挟んだ両側で様々な出店が軒を連ねていた。
 大きな祭り前とあっての人通りは、新しい店どころか、古い店でも入れるかどうかといった数だった。
 新メニューを出して競い合う店もあれば、いつも通り鉄を打つ鍛冶屋に、変わらず綺麗なガラス細工を並べる店もある。

 これまで、こういった賑わいに参加する機会に恵まれなかった紫苑にとって、そこは正にお祭り騒ぎ。そこかしこに目移りして、人波の圧力以上に進まなかった。

 これほどの流れの中では、小さい紫苑など直ぐに埋もれて見えなくなってしまう。
 はぐれることだけは御免だと、樹は紫苑の手を取り、それを強く引かない程度の速度で歩いた。

「俺だけじゃなくて、そっちも握り返してくれないと。すぐに抜けちゃうよ」

 振り向きかけられる言葉に、非力な全握力でもって答える紫苑。
 それを受けて樹は引く力を一変。ぐいと自分に引き寄せるようにしながら、一気にその波をかき分けて端まで辿り着いた。

「酷い目に遭ったな。まったく、この通りを抜けなきゃ移動できないなんて。どこか、横道なんぞあってもいいものなのに」
「あ、でしたら――」

 紫苑はたった今抜けてきた人波の中心辺りの脇を指さした。
 そこには、細いが確かに整備された道と呼べる空間が。

「先に言ってくれない?」

 怒りはもっともであった。
 あらかじめそれを伝え、数々の店に目をくれなければ、わざわざ二人が苦労することはなかったのだから。

「す、すいません。珍しい光景だったので、つい」
「ついって……あぁそうか、ほとんど行ったことないって言ってたっけ」
「です。それに――樹さんに手を引かれるのが、ちょっと嬉しくて」

 頬に両手を添えて言う紫苑。
 不意打ちをくらった樹は、心臓が強く跳ねるのを感じると同時に、恥ずかしさから言葉を失って視線を逸らした。

「よく言えるな、そんな恥ずかしいこと。それに、私情は仕事に持ち込まないって言ってなかったか?」
「今はオフだからいいんです。樹さんの手、大きくて暖かくて、安心するんですよ」
「またそうやって――いいから行くよ、ほら!」

 そう言って、また手を差し出す樹。
 紫苑は満足気に微笑んでその手を取ると、今度は後ろではなく横に並んで、その大きい歩幅に合わせて歩いた。

 大通りを過ぎた道は、少しの足音だけが響く静けさだった。
 耳を澄ませれば後方から大通りで騒ぐ人たちの声が耳に届くが、意識をしなければ本当に何もないと言っていい、ともすれば風の音さえ聞こえてくる程だ。

 樹が自分の『普通』で歩くと、一回り小さい紫苑は、それより少し歩数を増やして歩かねば並べない。
 たまに、急に速足になる隣の少女に気付くと、樹はやや速度を落として歩く。が、それが上手く噛み合わず、どちらかが先に出たり、遅くなったりする。
 食事の時はあんなにも息が揃うのに、と二人して笑っていると、距離も時間も忘れ、気が付いた時には目の前に目的地の扉が。
 そこでようやく繋いでいた手を離し、店に向かい合った。

 周りの建物とは少し違う造り、素材の扉を開けると、途端に広がるのは芳醇な珈琲の香り。
 それに混ざって微かに漂うのは、魚か肉か、あるいはその両方かを焼いたものと、フルーツの甘味を乗せた爽やかな匂い。
 なるほど、とにかくバラエティに富んでいるというのは本当らしく、またそれらが喧嘩しあっていないのが何よりの驚きだった。

 ざっと店内を見渡すと客は点々と数名が座っているだけで、混みあっていると予想していただけに、余裕があるのはとても有難い。
 受付や給仕のいない様を見て席が自由だと気付くや、樹の先導で窓側一番奥の席を選んで座った。
 そこは、点々といた客が皆、中央か反対側の窓際だったのと、窓から差し込む柔らかな日差しとで、とても落ち着いた雰囲気になっていた。

「いらっしゃいませ」

 外見も内装も洒落た店にどんな店員が、と思っていた矢先にかけられた声は、低く、低く、ただただ渋いものだった。
 見るや、初老だが背筋の伸びた高い背に、片眼鏡に白い髭を揃えた、正に渋さだけを兼ね備えたような男性の店員が立っていた。
 店員はそのまま持ってきた水入りのコップを置くと、注文が決まったら呼べとだけ残して、カウンター奥へと戻っていく。

「何だか、落ち着いた大人の男性という感じの店長さんですね」

 メニュー両手に渋いおじさまが消えていった方を見て呟くのは紫苑だ。
 樹は運ばれてきた水を飲みコップを置いたところで反応する。

「年をとってもかっこよくありたいよね――って、店長さん?」
「はい。あの方が着ていらっしゃる制服の胸元に、異国の文字、制服と同色の糸で刺繍がありました。お名前はばくさんというみたいです」

 紫苑は事も無げにそう言う。今の一瞬でそれらを見ていた観察眼、異国の文字が読めることはなかなかに凄いことではあったが、樹は大して驚きはしなかった。
 過去の仕事柄を知っているだけに、そういった機会もあっただろうと思えるからである。

「名前も、何となく似合っている気がしますね」
「そうだね。さて、何を頼もうか」

 樹もようやくメニューを開き、中を確認。
 そこに書かれている文字がこの国のものであることに安心しながら、パラパラと頁を捲っていく。

 肉に魚に野菜、油ものにヘルシー路線と、何でもありの写真の並び。
 新しいものにチャレンジしてみたい気もやまやまだったが、ここは無難に、日替わりパンとスープの昼食セットを選ぶ。
 決めた様子でうんうんと頷く紫苑の目線の先には、明らかに異国の物と思しき麺類が。

 決まりました、という紫苑の言葉をきっかけに、先の店員を呼ぶ。
 程なくして歩いてやってきたその手には、大きな水の入った容器が持たれていた。

 二人の元に辿り着くや、メニューを聞くより早く、樹のコップに水を注ぎ足した。

「え、あ、ありがとうございます」
「いえ、お客人の様子を注視して行動するのが、我々の仕事ですから。そちらのお嬢さんも、ご納得で?」
「どういう意味ですか?」

 と、何故か明らかに白々しい様子の紫苑。
 不敵な笑みを浮かべて聞き返す相手に麦は、

「先ほど、自分の胸元に『目線だけ』をくれていたじゃありませんか。その眼に恥じぬ対応を出来たかどうか、とね」

 麦は自分の目を指しながら説明をする。
 じっと見ていたならば樹でも気付こうものだが、なるほど目線だけとあっては、道理で気付かないわけだ。
 それを目聡く見つける麦も麦。
 紫苑の眼に追い付ける老人なぞ、そうはいまい。

「バレていましたか。それに、よくお仕事をしながら樹さんの対応まで。いい眼をお持ちですね」
「いやいやこの程度。何なら、お二人のご注文も当ててご覧にいれましょう」

 そう言って、まだ目もくれていないメニュー表を閉じさせると、

「貴方は昼食のセット、お嬢さんはパスタですね?」

 パスタ、という名前に聞き覚えはなかったが、紫苑の様子から察するにおそらく合っているのだろう。
 何故かと問うや、答えはこうだ。

 先ず解説されたのはメニュー表のことだ。
 それは表紙を上に捲ると順に、野菜類、魚類、肉類、麺類、セットメニューを挟んで最後にドリンクとなっている。
 それらを特に注視することなく捲った頁の数、加えてそれが日替わりとあれば、遠目からでも予想がついたと言う。

 流石、豪語するだけはある見事な観察眼であった。

「如何ですかな?」
「完敗です。あ、じゃあ、紫苑の注文は?」
「――勘、でございます」
「へ?」

 それまで類稀なる推理を見た所為で期待値が高まっていた樹は、空気を抜かれた風船のように、しぼむように素っ頓狂な声を上げてしまう。
 麦は、何となく紫苑が麺類好きそうに見えたからだと言った。
 まさか当たるとは、と。

「それでは、作ってまいりますので少々お待ちを」

 唖然とする樹に笑顔を向けて頭を下げると、麦は厨房へと引っ込んだ。

「しかし凄いね。まさか当てられちゃうなんて」
「ええ、まったくです。少々怖くもありますが」
「どういうこと?」
「じきに分かります」

 それだけ言って、紫苑は水を一口飲む。

 そしてすぐに注文して品は運ばれて来て、樹に昼食セット、紫苑にパスタなるものがそれぞれ、目の前に並べられた。

 紫苑の言葉に訝し気な表情を浮かべながら、何ともなしに食事を始めようと端を手にした矢先、紫苑がそれを制して言った。

「樹さん、分かります?」
「それのこと? ならさっき、店長さんがパスタって」
「そうではなく――って、樹さんはメニューを飛ばして見ていたと言っていましたっけ」
「そのようだね」
「では改めて、麺類の頁を開いてみてください。はい、これ」

 流れで手渡された表を受け取り、言われた箇所を開く。
 色とりどり、使っている素材も異なる様々なパスタがそこにはあった。

「どれも美味しそうだね」
「ええ。では改めて、店長さんの行動をおさらいしましょう」

 と言われ、樹は思い出しながら考える。
 樹の注文であれだけの名推理を披露し、紫苑の注文は当てずっぽうで正解を得たと言った麦は、作るから待ってろと厨房へ戻った。
 確かに不自然ではあるが、それが何だと言うのだろうか。

 流れを想起しても分からず首を捻る樹に、紫苑が「では」と人差し指を立てた。

「私の前に置かれているパスタは、何パスタですか?」
「え? えっと……」

 樹は再びメニューに目を落として考える。
 見た目、麺に絡みつくものの色は白、クリームパスタだ。

「これだ、クリームパ――あっ!」

 言いかけて、何かに気付き止まったことで、紫苑が「そうです」と相槌を打つ。
 当てずっぽうだなんて、性質の悪い嘘もいいところだった。

 樹のメニューを言い当てた次の紫苑番、麦は『パスタ』とだけ告げた。
 一つ目を言い当てた後で当てずっぽうと誤魔化されたことで無意識の内に考えはしなかったが、この頁は丸々パスタのメニューだ。
 様々な料理を提供しているだけに、個々の数は少ない。パスタに於いてはトマトソース、ミートソース、そして紫苑が頼んだクリームの三種類のみ。
 頁さえ分かれば、そう告げることは容易い。

 異常なのは、運ばれてきたものだ。
 麦は、自身の推理に不正解と唱えない二人の様子からだけでそれを正解と取り、厨房に戻り、料理をし、運んできた。
 つまり、注文の確認をしていないのだ。
 それにもかかわらず、絶対の自信でもあるかのように、当然のように、クリームパスタを運んできた。

「そんなこと、出来るものなのか?」
「この頁が分かったのは、樹さんの時と同じ原理でしょう。それ以降は――これ以外の二つに目をやった一瞬、私の目や表情の僅かな変化でも見破ったのだと思います。無意識の内に、トマトが苦手だという意を示す、苦い表情でもしたのかと」
「目って……」

 それが本当ならば、出鱈目、規格外過ぎる観察眼だ。
 実際、樹や紫苑がメニューを眺めていた時間はそれ程長くはなかった。それもカウンターから目視していただけ。運んできた時のあの表情ーー一切の曇りがなかった。

「新しいお店であの年齢、あのスキル。あの方、このお店を開く前は一体、何をしていたのでしょう――と考えると、凄く怖くありませんか?」

 確かに、その通りだった。
 表情一つ変えぬ冷静さに加えてあの眼。あるいは、紫苑と似たような境遇にあったろうとも思える。

「ともあれ、いただきましょうか。人柄はどうあれ、香りは本物です」
「そ、そうだね。それじゃあ」

 手を合わせて、いただきます。
 何度目かになる外食で初めて、そのタイミングが少しずれた。

―――

 食事を終えて店を出る頃には、なかなかな時間が経過していた。
 紫苑が勘定の際、変わっていないように見える表情で、目だけで麦を睨みつけていたことは、あの観察眼の前には容易に悟られていたことであろう。

 しかし、あの冷静で物わかりのいい紫苑が、あそこまで感情を剥き出しにするとは。
 飲食店店主、麦。
 何者なのだろう。

 そんな疑念を抱きながらの帰路。
 大通り手前まで来ても、樹の隣を歩く紫苑の表情は依然として和らいでいなかった。

 いつもと違う雰囲気に圧倒されながらも、何とか場を明るくせんと言葉を尽くそうと試みる。

「ねえ、紫苑。今日の夕飯なんだけど――」
「しっ!」

 言い終える前に、紫苑が横から手を広げ、足を止めた。
 ぶつかりそうになる直前で樹もブレーキをかけると、紫苑にどうしたのかと尋ねる。
 それに対して何も返さない紫苑は、どこかピリピリとした様子を醸し出していて、まるで「喋らずご自分で」と言われているようで、樹は無言で周囲の様子を伺う。

 異常は明白だった。
 あれだけ賑わい、大勢の人が往来していたこの大通りに、一人としてその影を残しておらず、静まり返っていたのだ。
 風の音も聞こえない極限の静寂が、返って五月蠅く聞こえる程に。

「人除けの結界のようですね。主」

 紫苑は樹の指示を待った。
 樹のことを『主』と呼ぶのは、こういった事態の時だけ。
 それは紫苑の過去、樹の現職に理由があった。

 尋常ならざる事態を察し、紫苑に命令を下そうと口を開いた瞬間、

「おっそいですねぇ――」

 突如、背後に明確な殺気を感じた。
 それがあとコンマ数秒でも遅れていれば、命を落としていたやも知れなかった。

 ギリギリの所でステップを踏んで回避し振り返ると、樹がいた所、心臓の位置に小太刀が振り下ろされていた。
 構える人物は声音から男。その顔は目深なフードにより見えないが、背丈は紫苑とさほど変わらないか少し高いくらいと見える。

 男は一度舌打ちをすると、周囲に何らかの合図を出した。
 すると、どこに潜んでいたのか、ざっと見積もって三十は優に超える、男と同じフードをかぶった者が顕れた。
 そしてその大勢からは、ちゃんと殺せ、しくじってんじゃねぇと男を責める声が聞こえてくる。
 ある者は笑い、ある者は嗤い、またある者は哂っている、異様な光景。

 だが樹は、そのこと以上の恐怖を感じていた。

(これ――戻る前にはなかったことだ……!)

 襲撃までの流れの中で、誰かに襲われるなどということはなかった。
 戻る前と幾つか違うことは前にもしているが、その未来が下手によじれることもなかった。
 今回で唯一違う点といえば――

(那由多さんの家に寄った後、食事をしに紫苑を呼んだこと……か?)

 そう。
 何でもない、ただの日常の一幕だ。

「一刀目をしくじったんだ。あとは数出して殺すか」
「何人で行く?」
「五でいい。他の奴らは見学だ」

 男達は訳の分からないルールで人数を換算し、見るからに剛腕そうな者から華奢な者と、先の男以外のあらゆる見た目の五人が前に出た。

「ったく、闇討ちが楽しいんだろうが」
「まあ集団で叩くのも気持ちいいじゃん」
「殺せりゃ何でもいい」

 口々に己の欲望をばら撒く集団は、

「んじゃ――」

 中央で構える一番小柄な女の言葉を皮切りに、一斉に飛び出した。
 そして短剣、刀、鎖鎌とそれぞれ取り出し、どんどんと間合いを詰めて来る。

 周囲は囲まれ、逃げ場はなし。しかし人気がないならば――

「紫苑!」

 日常の会話ではなく、命令を下す時の声音で紫苑の名を強く呼ぶ。

「はい!」

 力強く応じる紫苑に対し、樹はそのまま無言で立ち尽くす。
 男達は何事かと嘲笑するが、尚も前進を続ける。

「一太刀でどうぞ。どうか遠慮なさらず」
「了解っと」

    樹は頷くが、未だその身体は微動だにしない。
  そして勇ましい五人と無防備な一人が衝突する瞬間、

「あ?」

 間の抜けた声を発したのは、一番にその切っ先が当たった一人の男。
 樹に刺さって赤くーー染まっていた筈の刀が、突如として顕れた長刀によって阻まれていたのだ。

 ほんの少し遅れて交錯する刃も、その全てがそれによって静止される。
 そしてその長刀を上段に構えていたのは、

「ちょっと遅かったね」

 樹が目線をやや下に向けると、そこには、男達と樹との間でしゃがみ込み、刀を構える紫苑の姿があった。

「申し訳ありません。埃避けの布をかぶせたままの状態だったもので、ほんの少し遅れを」
「そうだっけか。時短の為に、これからはかけない方が良いのかな」
「それでは錆びてしまいますよ――っと!」

 紫苑がひと際気合を入れて五つの剣線を払いのけると、男達は数歩引き下がって構えなおす。
 それにより間合いが出来たことを機に、紫苑はすぐ後ろの樹に刀を手渡した。

 受け取ったそれを腰に携え、そのまま流れるように刀身を鞘から抜きはらうと同時に、樹を中心に強い風が巻き起こった。

 紫苑を除く全ての者が手で顔を覆い風を凌ぐ。
 それは瞬間で勢いを増し、みるみる樹の全身を覆った。

「その目に焼き付けなさい、場違いな不届き者ども。この国の主であられる巫女様を護る刃の、その姿を」

 紫苑がそう言うや、とりわけ力が強そうに見える数名が小さく眉を動かす。
 そして先頭の一人が「なるほど」と呟いたすぐ後で、樹を包んでいた風が止んだ。

 携えた三つ尾が示すは抗えぬ運命。
 その白い長刀が祓うは、この世のあらゆる不浄。
 巫女の加護を受け、精霊をその身に纏い、繰り出されるは不可避の一刀。

 その名、

「貴様、『守り人』か」

 男が吠えた瞬間、樹と紫苑を除いた三十余名全て、樹が返した一刀で霧散した。

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