失敗しない寿命の使い方

ぽた

決意

 どれくらいかは分からないが、体感とは言え確かに時が止まっていた。
 かなり長い時間のような気もするし、その実はとても短いものであろうとも思える。
 樹が固まっている間に那由多が何も言わなかった所為もあって、自身の速くなった鼓動の音のみが聞こえる空間となっていた。

 次第に樹の呼吸が落ち着いていくのを見ると、頃合いとみた那由多は先を続ける。

 あらゆる時間の軸から外れた今の那由多には年齢の概念がなく、この容姿のまま固定されている。
 調律者と呼ばれるそれは、神からの啓示に従い、歪んだ理をただす存在であるという。
 誰に生まれ変わるでもない、誰に託せるものでもない、循環しない己の魂一つだけの確固たるものになることで、未来を視、歪みを正していく。
 ただ、調律者と呼ばれるだけあって、それは善でも悪でもない存在である。そもそも、Aというものから見たBが敵である場合、B視点ではそれが逆という矛盾を孕んでいる以上、どちらが善悪とはっきり分かることはないのだが。
 故に、絶対中立の立場である調律者たる那由多は、別に樹の味方をしているわけではない。

 歪みとは即ち、その時間軸では起こり得ないもの。
 過去から未来、未来から過去へと渡るような者を指し、啓示があれば――ということらしいが、であれば樹はどうかという話になる。
 当然な樹の問いかけに、那由多はその必要がないことを告げる。
 それは樹の側に肩入れしていることにはならないのか、と返すが、啓示がない以上は中立であると言える、というのが那由多の答えだった。

 調律者というシステムが世界に敷かれている以上、時間遡航者は今までにも出現していて、その彼らは自由に時間を飛ぶことが出来たという点が樹との違いだと那由多は言う。
 何かしらの因果からその力を手に入れ、自由に。
 が、そこにも大きな差異はあった。

 今までに現れた、那由多が正してきた時間遡航者たちは皆、例外なくそのままの状態で渡っていたことが分かっている。
 身体構造を探ってみれば、器官の欠陥はおろか寿命の収縮も起こっていない。

 代償があるということを踏まえて、那由多はこれを遡航ではなく『巻き戻し』と表現した。
 時間、日数を、その分の等倍でない年数でもって遡る。
 今までに例を見ない、樹は正にイレギュラーだということだ。

 そして最後に、啓示がないということは新しい調律者のような存在になったのかも、という一言を置いて、那由多は話を終えた。

 それを聞いて、樹の脳は返って冷静になった。
 那由多が一つ一つ丁寧に、下手に誤魔化し隠すことなく話してくれたからという理由もあるが。

 ともあれ正常に働く脳で出した考えは、

「じゃあ、大したことはないんじゃないんですか?」
「え?」

 那由多は口を開いて固まった。
 無理もない。包み隠さなかったとはいえ、告げるのをやや躊躇ったからだ。
 それだというのに当の本人にそんな反応をされると、誰だって唖然とする。

 ただじっと次の言葉を待つ那由多に、樹はいたって冷静に言った。

「もう何度か、ある程度の未来は見てきているんです。加えてトリガーが『殺されること』だと分かっているなら、そこそこ対策も出来るかと。と言っても失敗しているから何度も戻っているんでしょうけどね」

 自らの失敗を悔やみ、認め、それでも前を向いて笑顔をつくる青年に、那由多は重ねて言葉を失う。
 自身が調律者となった折、そんなに素直に受け入れることなど出来なかった。

 出会ったことのない類の人間に危うく情が湧きかけたところで、自身の役割を思い出し、表情を戻す。
 心からの笑みではなく、作りものの笑みへと。

「なるほど。まあ確かに突き詰めれば、殺されなければいいだけのこと。時間もあるようだし、そうならない方法を考えればいいか」
「ええ。すいません、いきなり来て長々と」
「ううん。言ったろ、そろそろ来ると――って。遠慮はいらないよ」
「ありがとうございます。それでは」

 結論は、案外あっさりとしたものだった。
 そう。死にさえしなければ、寿命が縮まることはない。
 敵国が攻め入ってくる前に手を打って、皆の命を奪わせない。
 ただそれだけの、難しい仕事。

 だがそれも、那由多が嘘を言っていなければの話だが。
 たった今、敵でも味方でもないと言われたばかり。捉え方によっては、あるいは那由多まで敵と認識することだって、次第によっては有り得るということ。
 そしてその那由多は、あらゆる時間の世界を視ることが出来るということ。
 その二つが、どのタイミングであっても存在していることを常に意識し、行動しなければならない。

 出来る限り慎重に行動し、策を労し、未来を変える。
 単純なようで難しい、大仕事の始まりだ。

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