暇な日常にスパイスを

ぽた

1-1

 人は、誰かに寄生しないと生きていられない生き物だ。
 ヒモとかそういう話ではない。
 良くも悪くも、学生なんかは特にグループを作りたがる。わちゃわちゃとただ日々を楽しむ為のもの、好きなものなど同じ事象を共有するもの、あるいは誰かを貶める為に共謀するもの。いくらでも、腐る程ある。
 最後の一つを取ってみても、その中で更なる分類が出来る。
 逆らえないからその大きな人間に寄生する者、反対に、一人ではやはり怖いからと威張って数に寄生する者、一緒になって実行しているようで、俯瞰で眺める傍観者、と。
 それは、あるいは『期待』とも呼べるものだ。
 あいつなら出来るとか、あいつなら使えそうだとか、あいつとなら上手くやれるとか。
 寄生とはいいかえれば、誰かが誰かに期待しているということなのだ。悪い意味で使っているわけでは、決してない。

 しかし、だ。
 そんな持論を持っている俺は、誰かに期待したことはないと思っている。
 それは周囲を見下しているのではなく、ただ自分のことは自分で済まさなきゃいけないという信念の下だ。
 俺は、自分の何かを成す為に人を利用し迷惑をかけるのが、とにかくも嫌いなのだ。他人が手伝ってくれたことでその何かを成せたとして、その分のそいつの時間は、俺の為に浪費されるだけでそいつ自身の為にはなっていない。
 それが嫌で、俺は周りを使うことは極力しない。

 だと言うのに。

「気にならないんですか?」

 瑠璃色の瞳を輝かせてとう聞いて来るのは、一つ学年下の後輩である田中たなかあおいという女子生徒。先輩が卒業して一人になって弦楽部に、今年入部してきた新入生だ。
 長い艶やかな黒髪に眼鏡をかけた小柄な容姿、それに似合った丁寧な言葉遣いは、今まで俺の辞書になかった『清楚』という言葉を追加させた。
 これは、昼休み、田中から呼び出しを受けての部室昼食を摂っている最中の台詞だった。

「せめて名詞でもキーワードでも、何でも良いから前置きをしてから問うてくれ」
「あ、そうでした。すいません、つい気持ちがはやってしまって」

 田中はしゅんとして、落ち着く為か野菜ジュースをストローからゆっくりと吸い上げ、大きく息を吐いた。

「今朝のことです。友人が『ちゃんと私を観察しててよ。人は毎日、とても多くの何かを失って、無駄にして生きている。すぐ近くで何か起こっていたとしても、見落として、まるで気付かないの――と、さて、では葵は今何を見落とした?』と」
「ほお」
「先輩?」

 弁当のグリンピースと人参をかき分けながらそんな返し方をした俺に、田中は不満そうな表情を浮かべる。

「聞いてるよ。続きは?」
「はい。私は答えられなくて、何か起こってた? と聞きました。するとその友人は『やっぱり、賢い葵でも頭は固いかー』なんて失礼なことを……いえ、そうではなく。友人は答えを教えてくれず、とにかくも悔しくて」
「それで俺を呼び出したのか」
「はい!」

 元気いっぱい、大変よろしいことだ。
 しかし、その『期待』の目に応えるわけにはいかないな。
 人を使うのは好みではないが、私欲に使われるのもあまり好きではない。
 田中には悪いが、今回は――

「他の友人に聞いてもダメだったんです。先輩しかいないんです!」

 目の輝きが違う。
 どうしてこうまで、自分の分からないことを分からないままにしておきたくないオーラを前面に出せるのだろうか。
 この便利な現代には、ネットというものもあろうに。
 まさかこいつ。

「携帯、持ってないのか?」
「そういえば。すいません、教室に置いて来てしまいました」

 目が泳いでいる。
 降りな状況に追い込まれると、こいつは決まって分かりやすく顔に出る。
 見ていて飽きないけれど、ずっとこうしてはぐらかし続けられるのも面白くない。

「はあ。今回だけだ」
「ありがとうございます!」

 俺のモットーも安いものだな。
 さて。

「お前は、その友人とやらからは目を離さなかったのか?」
「はい。頭部、顔、手元、どこにも変化はありませんでした」

 求めていたのは相手の手先くらいだったのだが、咄嗟にそこまで観察していたのは素直に関心出来るところだ。
 しかし、ここで論ずるはそこではない。

「今朝のその場では、お前たち二人きりで話していたのか?」
「いいえ。私とその友人と、もう一人いました」
「そうか。どのポジションに座っていた?」
「友人の横です」

 ふむ。

「お前の言った通り、注視しろと言った『その友人には』何も起こっていなかったんだ」
「どういうことですか?」
「まだ短い付き合いだが、お前の観察眼が優れていることは分かっている」
「そんな」
「だが、馬鹿正直すぎる」
「……ちょっと酷くありませんか?」

 上げた後で落とされて、口先を尖らせた葵はご立腹の様子。
 しかし、さっさと話しを終わらせてこの場を去ってしまいたい俺は、そんなことお構いなしに先を続ける。

「ちゃんと私を見ていろ、と言われたから、お前はその友人をじっと見つめて観察していた。その時点で負けていたんだ」
「目でも瞑っていれば良かったのでしょうか?」
「それじゃ何も見えんだろう」
「では何が……?」
「その友人は答えを自分から言っていただろう。『視野を広くもて』と」
「そんなこと言ってませんよ?」

 何を言っているんだといった風に首を傾げる。
 ここまで言って分からないとは。頭はいいのに、たまに抜けた返しをするよな、こいつ。

 俺は呆れて溜息をついた。

「捉え方の問題だ。『近く、見落とし、気付かない』というのはヒントだ。それは暗に、私を見るなと言っているようなものだ」
「ではどこを?」
「三人目だろうな。今からでも似たようなクイズを出して貰えば、すぐに答えは分かる筈だ」
「三人目……分かりました、ありがとうございます!」

 元気にそう言い残して、田中さっさと荷物を纏めて部室を出て行ってしまった。
 わざわざ呼び出され、挙句放置された俺は、文句の吐きどころもなく、また深い溜息を漏らした。


 そして放課後。
 俺は再び田中から、校門付近で待ってますとメールを貰っていた。
 大方答え合わせ辺りだろう。帰っても良かったのだが、俺は馬鹿正直に校門横で足を止めている。
 そこに、田中の姿はない。

 不意に、溜息をついたところで後ろから肩を二度叩かれた。
 ここにその姿を見つけなかった時、あるいはそうされることが分かっていたのかも知れない。
 振り返る必要もなく「遅かったな」と言った俺の前に周り込んで来たのは、やはり田中だ。
 悪戯な笑みも浮かべていない辺り、本当に遅れて来たらしい。

「先生から荷物運びを頼まれてしまいまして。一人寂しく職員室へ」
「担任か」
「ええ。ノートと資料と新しい黒板消しを。日直だったものですから」
「大変だな。ん? 一人? もう一人はどうした?」

 この学校が定める日直は、週番制で名簿の順二人ずつだ。
 一人寂しくというのはおかしい。

「先生が私に声をかけた瞬間、荷物を以って一目散に部活か帰路に」
「それはご愁傷様なことだ」

 まったくです、と田中は笑う。
 他人の落ち度に怒りを覚えないのは、こいつの美徳でもあった。

 歩き出した道の脇、歩道と車道との間にある桜の木は、すっかり緑色を深めていた。
 桃色の絨毯を敷いていた落花もどこへやら。
 夏の到来を思わせる変化は、俺を少し憂鬱な気持ちにさせる。

 吹き抜ける風が、木々に強くしがみつく葉を揺らす。
 そんな音だけが耳に届く静けさの中、自転車を手で押して横を歩く田中が口を開いた。

「先輩」
「何だ?」
「先輩は鋭い人なんですね」

 唐突な誉め言葉。
 なるほど、午後から再び挑んだのか。

「お前は真面目だからな。人を疑うことを知らんだけだ」
「友人を疑ってかかるのは、悪だと思います」
「屈折した見方をしろってだけだ。信用とかそういう話じゃなくてだな。わざわざいきなりそんな問題を出すんだ、何か裏があるのかもと思って当然だろう」
「私は思いませんでした…」
「そこが固いって言ってるんだよ」

 噛み合わない話し合いは結論を生まない。
 結局また俺が折れて「まあ何でもいい」と話しを打ち切った。

「先輩は曲がった人間なんですか?」

 流石に腹が立って、しかしやっぱり大きく溜息を吐いた。

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