のっとぱーふぇくと!!〜異世界転生の特典は呪いでした〜

琉凛猿

一章 八話 神殺し

まるで悪夢でも見ているかのようだった。あの口調。あの声。あの時味わったとてつもない痛み、抑えようのない苦しみ、気がおかしくなるほどの嘔吐感は、彼女によるものだったと悟ったからだ。そしてそれが理解できた頃には、恐怖と目の前の光景の惨さが相乗し、足だけでなく、体全体の震えが止まらなくなった。

体の奥底にある無意識達が、危険だと叫んでいるのがわかる。なんせユリスさんやミランさんの胸から、何か柔らかく脆いようなものを掴み、彼女らの血で真っ赤に染められた手が、突き出ているのだ。その手に掴んでいるものは、まだ脈を打ち、鮮血を飛び散らしていた。怒りは恐怖と驚きにかき消され、心の奥底で、肩を潜めていた。

「あれ?この前に殺してあげた子じゃん。何で生きてるんだい?しぶといとか、そういう問題じゃないよね?」

返答することが、できなかった。彼女の言葉には重みがあった。押しつぶされる程の重み。威圧感とでも言うべきなのか。俺が知っているアストレアとはまるで別人で、よく聞けば声のトーンも違う。まるで別人か、誰かが乗り移ったかのようで…

「ねえ、聞いてんの?」

右腕の肘から下が消し飛び、至る所に血が飛び散った。一瞬、なにが起こったかわからなかったのだが、凄まじいほどの血飛沫の量と、後に襲ってくる猛烈な痛みが、意識を覚醒させる。

「んあぁぁああ!!痛ぇええ!」

「やっと喋ったね。それにしても、流石、といったところか。」

痛みが恐怖を打ち消し、体の震えがなくなる。恐怖の限界を振り切ったのか、喋れるようにもなったが、痛みは常に襲ってくる。

「お前、アストレア…なのか…?」

「うん?だれそれ?…あぁ。この身体の持ち主か。ちがうよ。人間なんかと一緒にしないでもらいたい。僕はテミス。『秩序の神』と呼ばれる神だよ。」

「『秩序の神』?そんな奴がどうして…。てかあんた俺に執着しすぎだよ?何の用だよ。」

「口の聞き方に気をつけろよ。君は自分が何なのか、分かっていないのか?」

普段の彼女なら、絶対しないような不快そうな顔を浮かべる。

「…どういう事だ?」

「君はハデスに会っただろう。奴は死神なんて生温いものじゃない。世界に災害をもたらす『魔神』と呼ばれる存在なんだよ。」

「ハデスが?あの爺さん、ヤンチャしすぎだろ…。ってか魔神?もしかしてあの人やばい人?」

「ヤバイなんてもんじゃない。彼の力は強大だ。神々の中でも、彼に敵うものは『戦いの神アレス』様しかいない。そんな化け物の使徒など…。一万年前の二の舞になるとしか思えない。」

アレスって聞いた事あるなぁ。あ、ハデスの爺さんが面識があるって言ってた人か。でも、使徒だとか一万年前とか、俺が分かるはずもない話をごちゃごちゃ言われても…って感じなんだが。

時間が経つにつれ、徐々に、とてつもない程の寒気が襲ってくる。つい最近、似たような感覚を味わったのを覚えている。焼けるような熱さが寒さへと変わり、視界がどんどん薄暗くなる。真っ暗になった時には『死』が待っていた。先ほどの痛みが薄くなってきているのがわかる。痛覚が麻痺しているのだろう。死が足音を立てて近づいてくる中、必死に打開策を考える。

「俺はこの世界を乱すつもりはない。ただ幸せに暮らしたいだけなんだ。何故そうやっていつもいつも…。」

思えばいつでもそうだ。俺が悪いわけじゃないのに、いつも理不尽が俺を標的にする。運命というものに呪われていると、前の世界でも思ったことがあった。この世界では、幸せになれるかもしれない。そう期待した矢先にこれだ。もうそんなのは…

「イヤダ。」

俺の声ではない、誰かの声も聞こえた気がした。腕が再生し、力がみなぎる。自分の周りをオーラのようなものが纏っていた。アレスの顔は引きつり、恐怖を抱いているのが目に見えてわかる。さっきまでの俺は多分、あんな顔をしていたのだろう。そして、ある一つの魔法を発動させたのだ。

「神滅魔法」

同時に、体にとてつもない痛みが走る。体のあちこちを虫が食い破るかの如く。あまりの痛みに、顔を地につけ悶える。経験したことのない痛みに意識が飛びかけ、胃から消化しかけの朝飯が逆流する。身体中の魔力?というべきものが、再生したばかりの右腕に集まっていくのがわかる。

そして、思わず目を瞑ってしまうほどの光が放出され、激痛が止んだ。右手には、錆だらけの剣が握られていた。

「そ…それはまさか…。『ムラマサ』ではないか…。やはり一万年前の魔王と繋がっていたのか。ここで死ね!魔王め!」

話を聞く気など毛頭ない、という感じで飛び込んでくる。瞬時に身体強化を発動させ、ありったけの魔力を注ぐ。体を起こし、剣を構える。何故か、懐かしい感じがした。剣なんて、一度も持ったことがないはずなのに。

一閃。

…血飛沫が上がり、確かな手応えを感じた。自分でも、何故こんなにも洗練された動作ができるのか、疑問だった。アレスは、全身力が抜け倒れこみ、動かなくなった。 

「やった…。勝った。…あ。」

…そこで、思い出した。俺が切ったのはアストレア。無意識のうちに、斬り殺したのだ。罪の意識が、一斉に俺を責めてくる。静寂が更に追い討ちをかけ、罪悪感が心を蝕み、後悔してもしきれない。苦しい。怖い。憎い。そんなことも忘れて、殺す事だけに夢中になっていた自分が、憎い。

「あ…。リィ…!リィは?リィ!!!!」

「ここにいるよ、シオン。落ち着いて。」


その一言だけで、どれほど救われたことか。張り詰めた空気が一気に緩み、とてつもない安堵感が感じられる。そしてすぐに、感じたことがないくらいの眠気に襲われた。

「リィ、ごめん。ちょっとだけ…寝させてくれるか…。」

意識が、途切れた。三人の女の死体に、血だまりができた地面。その横で、1人の少女が心配そうに倒れた男を膝枕するという、異常な光景が広がった。












いいねやフォローが、とても嬉しいです。
自己満でなく、見てくださる人たちも楽しめられるように書きます!感想お待ちしております!


コメント

  • 現人神

    頑張って〜

    0
  • 鈴

    頑張って下さい!!

    0
  • Giru

    こうゆう展開すごく好きなのでこれから無理せず自分のペースで投稿頑張って下さい

    2
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品