勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

デーグ

「何の騒ぎかと思えば……やれやれ、本当に不愉快な連中だ
 見えているんだろう?神様さん。僕はこれでも結構忙しいんだよ。
 聞いているんだろう?お前達はいつもそうやって何かを利用して
 僕たちの邪魔をしてくる。直接戦う気がないのか、只の臆病者なのか」

 魔物の国から離れた上空でそう呟くのは爽やか青少年。
 だが、頭部からは禍々しい二本の角が生え、稲妻を放出している。
 右目から右肩にかけ赤い紋章が刻まれている。
 爽やかな顔には見合わない程の逞しい腕、身体全体が鍛え抜かれている。
 
 彼が真っすぐ見つめているのは今もまさに襲撃を受けている魔物の国だ。
 結界が破られ次々の天から天使が降り注いでいく。
 
「どちらにせよ、僕の計画を邪魔するなよ――これから楽しくなるのにさ」

 掌を天に掲げ、大量の魔力を送り込む。それは一瞬にして巨大化していく。
 太陽の様に明るく、その出量から空間が歪み始めて行く。
 それは彼が何時か訪れる戦争の時の為に創りだした技だ。
 魔石を秘めている者以外の生命体を消し去る凶悪なモノ。
 
 それ一つがまるで生きているかのように動き出す。
 鼓動を始め、血管の様なモノが次々と浮き出てくる。
 それは彼の怒りを体現しているのか、ぐつぐつと煮え滾っているかのように
 彼方此方から膨れ上がっては弾ける。
 
「こんな所で使う事になるとは思わなかったよ。
 本当であれば僕と同じ力を持っている者たちを倒した後に
 人間共に使おうと思っていたのにさ」

 既に彼が創り出したモノは身長の何十倍もの大きさに膨らんでいる。
 これだけ魔力を注いだと言うのにも関わらず本人は全く疲れの色を見せない。
 
「まぁ、これぐらいで十分だろうな」

 そう呟く、と掌を国に向かい降り下げる。
 巨大な割にすんなりとそれは落下を始め、あっという間に国に衝突する。
 正確には破られた結界にぶつかり、目が焼けるほどの眩い光を放出する。
 まるで世界全体の色が白一色に染まったかと錯覚するほどの範囲だ。
 それから爆発することも轟音も立てることもなく、光が収まる。
 そして何事も無かったかのように再び国の姿が出現する。

「どうだ?天使など何体寄越そうが雑魚に変わりはない――って
 もう逃げたのか、やはり神様と言うのは臆病なんですかね。
 所詮は――ん?この反応は?」

 天使が消滅した瞬間に神はもう彼の事を見てはいなかった。
 そのことに気が付いた大魔王デーグだったが、別に気になる存在を発見した。
 完全に興味がそっちに惹かれ、一目散に飛んでいく。
 
「だ、大魔王様!?」

 魔物の国に降り立ったデーグを見つけ首を垂れる一体のオーガ。
 先ほどまで天使と戦っていた為、身体は傷だらけになっている。
 膝をつくのも一苦労だが、大魔王が目の前にいる以上、仕方のないことだ。

「ん、ああ……確か君は此処の護衛をしている兵士の一体だったよね」

「は、はい、その通りです」

「そうか……君は兵士なのか。兵士がいたのにも関わらず何故こんなにも犠牲が出たんだい?」

「そ、それは、相手が未知の敵であって数が――」

「言い訳が聞きたいんじゃないんだよ」

 ズバッと彼が言い放ち、一瞬にして周囲の空気が重たくなる。 
 同時に微量の殺気が溢れ出し、兵士の肌を痺れさせる。
 兵士は恐怖に支配され、震え只々耐えることしかできずにいた。

「まぁ、終わったことは仕方がない。君、殺すね」

「え?ち、ちょっと待ってください!チ、チャンスをください!
 次こそは必ず守り抜きます!ぜ、絶対に――」

 大魔王デーグが手を差し出し手刀のポーズを取ると、
 兵士は顔色を変え一生懸命命乞いを行う。

「そうだね、じゃあ僕の事を楽しませてくれよ」

 広角を吊り上げ見るからに邪悪な笑みを浮かべてそう言う。
 
「楽しませるというのは……歌でもうたいましょうか?それとも躍って見せま――」

 チャンスを得た兵士は一生懸命楽しませる方法を提案するが、
 デーグはそれらの案をきっぱりと切り捨てる。

「つまらない……君、大切な者はいるかい?」

「は、はい……家族はいませんが、ペットなら」

「ほう、ペットか!そのペットやら今すぐ連れてきてくれるかい?」

「は、はい、直ぐに!」

 彼は急いで家に向かい、ペットである精霊を連れて来た。
 その間わずか2分だ。

「ほう!精霊か、これは珍しいな。そこまでレベルは高くない精霊だが、良いね」

 まだ生まれてから年月が経っていなく、言葉を喋ることはできなく、
 まだ小さく、掌サイズだがしっかりと人型で羽が生えている。
 これでデーグの機嫌を取れたと一安心した兵士であったが、
 彼はそこまで正常な心は持ち合わせていなかった――

「この前たまたま、森に言ったら怪我してて、保護したんですよ。
 珍しく懐いてくれたからこうして飼っているんですが、最近やっと笑顔を見せるように――」

「殺せ」

「は?」

「今すぐそいつを殺せ。そうすれば僕は楽しめる」

「で、でもこいつは――」

「どうした?命令を聞けないのか?じゃあお前の事を殺さないといけないねぇ」

 優しさも情けも何もない只快楽の為に――
 大魔王デーグの言葉を聞き、苦渋の決断をした彼は泣いていた。
 状況は飲み込めない小さな精霊は首を傾げ、彼と目が合うとニッコリと笑みを浮かべた――

・・・・

「ふんふん♪っと此処だ……これは何だ?」

 ご機嫌な大魔王デーグは本来の目的地でった宿屋の前で足を止めた。
 そこには街並みに似合わない金属でできた長方形のナニカがあった。
 そこにあった宿屋はそれに飲み込まれており跡形も残ってはいない。

「感じたのはこれが発している魔力……おっと?」

 その瞬間、長方形のボックスに幾つもの直線が入り込み、
 光を放ちながら開く――
 煙幕と同時に中から現れたのは魔物――ではなく、人でもない――

「少し不愉快なんだよねぇ」

 中から現れた人物はそう呟き、目の前にいる大魔王に向けて殺気を放った――

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