勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

ヤミたち



 鋭く尖った巨大な岩々に囲まれている渓谷の集落。
 岩にめり込む形で家々が建っており吊り橋が繋がっている家もあれば
 足場など一切ない家もあり様々だ。
 その集落に入る様な入り口など存在しておらず、
 唯一の侵入口は天に聳え立つ二つの岩々の隙間のみだ。
 
 その隙間からは空が広がっている。その上を自由に飛んでいるのは鳥――
 ではなく、全身が鋼の様に硬い鱗に覆われている生き物だ。
 例えそこに小さな虫や生き物でも接近するモノならば、彼らによって一瞬にして喰われる。
 唯一の入り口が彼らによって何人たりとも近づけさせない鉄壁の護りになっている。
 その為、この集落の存在は誰も知らない――そこに住む種族を除いて。

 そんな集落に建つとある家の中で
 長身長でベージュ色の長い髪をし、緑色の目の彼女はベッドから腰を上げた。
 そして寝ている間に収縮してしまった筋肉を思いっきり伸ばす。
 寝起きの為、彼女は衣服を身に付けておらず唯一首輪のみが彼女を装飾している。
 男性よりも立派な腹筋があるが、しっかりと女性らしく出るところは出ている。
  
「ほら、起きろ」

 十分に伸び終えた彼女は同じベッドで未だに横になっている同居人を揺さぶる。
 筋肉質な彼女とは違い細身の体が激しく揺らされ、
 気持ちの良い睡眠から強制的に叩き起こされ不快に思いつつも彼女は目を開ける。
 
「こら、睨むな睨むな」

「……今日何か予定あった?」

 眠たそうに片目をこすりながらそう問いかける。

「今日は狩りに行くと行っただろう」

 本来ならばドラゴニカである彼女は竜王の娘の為、
 食事など自らの手で用意しなくとも手に入るのだが、
 彼女と同居人はこの集落でかなり浮いた存在となっているのだ。
 同族以外侵入を許さないこの集落に竜人族ではないモノが暮らしている時点で
 幾ら竜王の娘とはいえ不満を抱くものは多い。

 それに加え、奴隷の証である首輪を付け、その上、
 同族である竜人を殺したことも集落全体に知れ渡っている為、
 彼女たちの存在を拒む声が多いのである。
 多いというだけであり、気にしない者もまた居るのだ。
 特にライラの親族たちは全くと言って良いほど気にしてないのだが、
 それでも彼女たちは自分たちの食事は自分で用意し、
 家も昔から放置され、他の家からは少し離れた位置に暮らしている。

「……忘れてた。今準備する」

 そうって朝の身支度を始める。
 傷一つ付いてない色白い肌と光沢のある美しい黒髪。
 全体的に細身であり、ライラと並ぶと体格の差が一目瞭然だ。
 身長も160cmと180cm近いライラとは結構離れている。
 だが、それでも力量は小柄な彼女の方が上だ。

「そういえば、ノイの迷宮、消えた。何か知ってるライラ?」

 互いに着替えながらヤミがライラに問いかける。
 ノイがソラの為に創った迷宮が消滅したことは当然、この二人も感じ取っていた。
 
「いや、何も知らないな。まさか、あの迷宮が攻略されたとは考え難いな」

「うん……じゃあノイが勝手に閉じた?」

「その可能性が高いだろう。と言っても理由もなしに閉じるとは思えない。
 近いうちにノイに直接会いに行くとするか」

「……場所分かるの?」

「いや、わからんぞ。まぁ、迷宮があった近くを探せば見つかるだろう」

「……無計画」

 ライラよりも先に着替え終わったヤミが余りにも無計画過ぎる彼女に対して、悪戯をする。
 服を着ようと裾から頭を入れ、両手と視界が奪われた瞬間を狙い脇腹を擽る。

「っ!!くぅ!ハハハハハッ――や、くゅ、やめ!くぅははははははあは――ッ!!
 ヤミよ、やめ――くぅはははははっはははは――っ!!」

 擽りが止み、大笑いさせられた視界を奪われた状態のままバタリと床に倒れ込む。
 ハァ、ハァと笑っている最中に出来ていなかった呼吸を必死にしている。
 そんな彼女を見下ろしながらヤミが満足そうな表情を浮かべている。

「もう少し計画してから行動すること」

「うぅ……ヤミがいじめる……」

 着替えを済ませた二人は家を飛び出し、ライラがヤミを背負い、
 翼を使い集落を抜け出し近くの森へと降り立つ。
 近くと言っても30kmは離れている森だ。

「何を狙うの?」

「ふむ、最近は野菜と魚ばかりだったからな今回は只管肉を狩るぞ」

「肉ね。じゃあ消し炭にするのはやめる」

「では、一時間後、此処で合流だ」

「わかった」

 そういうとヤミの体が漆黒の炎に包まれ、一瞬にして姿を消した。
 一人取り残されたライラはゆっくりと歩き出す。
 既に獲物の位置は気配で確認しており、そこに向かって歩くだけだ。
 弱い魔物はライラの気配を感じただけで逃げていく。
 強さに自信がある魔物は興味本位で近付いてきたりもするが、
 軽い殺気に触れるだけで尻尾を巻いて逃げて行く。

「さて、あくまで食料確保だ。綺麗に殺さないとな」

 そう呟く彼女の前には巨大な猪が別の魔物を喰らっている光景が広がっていた。
 此処まで接近しても猪が逃げないのは魔物ではなく動物だからだ。
 彼女から滲み出る魔力を感知することが出来ないのだ。
 殺気に気が付き振り返った時には既に遅い――

――ドンッ!
 
 一瞬にして距離を詰められ、殺気に気が付いた刹那、彼女の手が猪に突き刺さり、
 心臓を貫き血みどろの手先が反対側から飛び出す。
 一瞬にして急所を突かれた猪は何が起こったのかも分からず、手を抜かれ、
 自らの体から血しぶきがあがりそれを見つめつつ絶命した。
 
 飛び散る鮮血を浴びても平然の顔をし、血抜きを行う。
 猪の全長は180近い彼女の事を優に超え2mはある。
 それほどの獲物を仕留め、彼女の狩りは終わりを告げる。

「思ったよりも大きかったな。二人ならばこいつだけで十分だな」

 自分よりも大きく重たい巨体軽々と持ち上げ、先ほどヤミと別れた場所に向かう。
 
「獣臭いな……帰ったら風呂だ」

・・・・

「ん、いない……」

 ライラと別れて森の中を歩くこと数十分、
 魔物たちは尻尾を巻いて逃げて行き、動物たちはヤミが常時放っている
 強大な殺気によってすぐさま逃げ出す。
 彼女の行く先に獲物は無し。
 彼女は徐に腕を突き出し掌を虚空に向けた。
 
 すると掌から漆黒が溢れ出しあらゆる獣の形を創って行く。
 四足動物から翼の生えた動物――様々だ。
 
「肉、獲物を狩ってきて」

 たったその一言だけで生み出された漆黒の獣たちは森の中を走り回る。
 再び一人になった彼女は漆黒の炎で王座を造りそこに腰を下ろす。
 すると直ぐに放った子犬サイズの獣が戻ってきた。
 獣の口にはゴブリンが咥えられていた。口からはだらしなく舌が垂れ、既に絶命している。

「ん」

 ゴブリンを地面に落とすと再び獣は森の中へ消えて行く。
 それと代わるように次は漆黒の熊様な獣が姿を現した。
 まるで人間の様に二足歩行をし、そんな獣が背負っているのは大きな猪だった。
 顔がグチャグチャに歪んでおり辛うじて猪と判断できるレベルだ。

 それからも入れ替わりに様々な獣が獲物を捕らえヤミの前に差し出す。
 死屍累々あっと言う間に彼女の前には沢山の獲物が転がる。

「これぐらいあれば十分。それもって付いてきて」

 そう言って彼女は来た道を引き返す。その後ろを漆黒の獣たちが獲物を運び続く。
 その姿はまるで死を操るネクロマンサーの様だ。
 邪魔な木々は獣たちによって灰と化される。

「お、来た……って少し狩り過ぎじゃないかヤミ?」

 合流場所にやってきたヤミを見てライラは苦笑いをする。
 ライラは巨大な猪だけに対し、ヤミは大小様々な獲物を連れてきている。
 数か月は持つ肉の量だ。 

「私の炎に狩られる方が悪い」

「これで当分狩りに行かなくて良くなったな。
 取り敢えず一つにまとめてくれ」

「ん」

 漆黒の獣たちが一瞬にして姿を歪ませ、大きな風呂敷となり全ての獲物を包み込んだ。
 
「あ、この猪も頼めるか?」

「……言うのが遅い」

 ジトーとライラの事を見つめそう呟きつつも風呂敷の中に巨大猪も入れる。
 それをライラが軽々と背負い、大きく丸く膨らんだ漆黒の風呂敷の上にヤミが乗る。
 ライラの体から翼が生え集落へ飛び立つ――
 
「流石に重たいな」

「……私が太ってるとでも言いたい?」

「……獲物の量が多くて重たい」

 誤解されない言い方に言い直す。
 そんな下らないやり取りをしながら集落を降り立つ。
 
「おかえり、姉さん」

 集落に戻ってきた二人を待ち受けていたのは
 ライラと同じ緑色の眼をした短髪の少年だった。
  
「キニラ、どうした?」

「ちょっと姉さんに警告を――っ!」

 キニラと呼ばれた少年はライラの後ろから放たれる途轍もない殺気を受け、
 思わず言葉を詰まらせる。それに気が付き、ライラがヤミの頭に優しく叩く。

「こら、あれは一応、弟だ。別に殺気も敵意も向けても良いが、
 何か話があるようだから今は大人しく」

「……先に戻ってる」

 明らかに敵意丸出しの状態のままヤミは漆黒の風呂敷を解除してから家の中に入っていく。

「な、なんであの子あんなに敵意丸出しなの?何かしたかな?」

「気にするな、彼女はそう簡単に心を許さない。
 それで、警告って何?」

「不思議な子だね。姉さんが気に入る訳だ……それで警告の話なんだけど、
 父さんと母さんなんだけど、姉さんの……それとさっきの子を消すつもりらしいよ
 姉さんの存在が一族の恥だ~とか下らないことを言ってたよ。
 多分、味方は僕や兄さん、妹ぐらいかな。あとは殆ど姉さんを消すことに賛成。
 流石に竜王が乗り気じゃあね……僕たちは全力を尽くすけど、多分負ける。
 三日後、出来ればそれまでに逃げてくれないかな」

「そうか」

 大して驚くことはなかった。
 今まで殆どの竜人族がライラ達の存在を邪魔だと思っていたのだ。
 そして今回、二人が留守の間に竜王が発言したことにより、
 残り少ない者たちが邪魔派にまわってしまったのだ。
 
「警告は素直に受け取って置く。だけど、キニラたちが味方だとは思わないで置く」

「えぇ……酷いなぁ。まぁ、僕たちは本気だからね。
 姉さんが逃げないで戦うって言うのなら僕たちは本気で親に牙を向く
 三日間もあるんだ。じっくり考えてね」
 
 そう言い残し彼はライラの下から離れて行った。
 一人残されたライラは特に考えることもせずにとってきた獲物たちの処理を始めた。
 
 竜人族、伝説の種族と呼ばれており個体数は少なく、滅多に見かけることのない種族。
 他種族とはかけ離れた圧倒的な力を有し最も神に近い存在だ。
 寿命と言う概念は存在しておらず、衰えることを知らない。
 中には自ら容姿を老いた者へと変貌させる者もいるが、多くは20代から10代の容姿だ。
 また、竜人族の中でも始祖から血を受け継いでいるのが竜王と呼ばれ、
 代を重ねるごとにその力は強大なモノへとなっていく。
 
 もし、竜王とライラの兄妹全員が戦えば例え技量に差があったとしても、
 力で優勢になることは可能だろう。だが、問題は竜王だけではなく、
 竜王の妻が敵対するという事が最も厄介な存在なのだ。
 状態異常系のスキルを得意としており、竜人族で叶うモノはいないと言われる。
 無限に近い魔力を保有しておる彼女が繰り出す状態異常は留まることを知らない。
 戦うとすれば真っ先に狙うべきは竜王ではなく、その妻の方だ。

 だが、当然、そう簡単には狙わせてはくれないだろう。
 たった数秒遅れるだけでも彼女は状態異常スキルを発動する。
 竜王を瞬殺し妻を速攻狙いでもしない限りライラ達に勝利はない。

「どうする?」

 ライラから事情を聴いたヤミがそう尋ねる。
 家の中に運ばれた処理済みの肉を小分けにする作業をしながら二人は会話をする。
 
「どうするもなにも戦う気などない。別に集落を追い出された所で困りはしない」

「そう」

「まぁ、強いて言うならソラを連れてきて挨拶をさせるつもりだったんだが、
 少し面倒なことになりそうだ」

「……私がそんな勝手なことさせるとでも?」

 ヤミが手に持っていた肉が一瞬にして灰と化す。
 殺気が家内に充満する。窓ガラスがギシギシと悲鳴を上げ、
 家具全てから鳴ってはいけない音が鳴り響く。
 そんな途轍もない殺気を受けてもライラ特に驚いたりはせず平然と肩を竦める。

「そう怒るな。別にひとり占めしようという訳ではない」

「マスターの一番は私」

「まぁ、それは認めざる得ないからな。二番で良いさ」

 事実、彼女はこの五年間共に過ごし、如何にヤミがスラの事を想っているのかが
 痛いほどに伝わっている。

「やけに素直」

「実際にそれを決めるのはソラ自身だがな。
 まぁ、もっともこの完璧なプロポーションでイチコロだろうな!」

 気持ちで負けたとしても身体では負けてないとセクシーポーズをとりヤミを挑発する。
 
「私だって成長した。ライラになんて負ける訳ない」

 ライラに向かい仁王立ちし、グイっと胸を張り成長したとアピールをする。
 互いに家の中で可笑しなポーズを取り合っている異様な光景だ。
 
「……それで、これからどうするの」

 互いの胸がぶつかりあう距離まで近付き、ヤミが溜息を吐き、これからの予定について切り出す。
 ライラが戦う気が微塵もないことは理解できたが、そうとなればこの集落を去る必要がある。
 当たり前の事だが、何処に行くのかと言うのが一番重要だ。
  
「良くも悪くも目立つからな、取り敢えずは予定通りノイの迷宮があった場所に行く。
 その周囲でノイを見つけることが出来なかったらその時は……魔王城にでも行くか」

 この五年間でこの二人の戦力は大幅に成長している。
 だが、同時に彼女たちから自然と溢れ出す殺気や魔力により、通常の場所での生活は困難なのだ。
 普通の人間ならば近くにいるだけで吐き気を催し長時間その場にいれば狂人と化す。
 
「魔王城……久々、うん、それなら良いかもね。珍しく計画して偉い」

 行き先を決めただけで褒められるライラ。そのことから普段の無計画さが露見する。
 そんなことで褒められ、非常に嬉しそうにしているのもなんとも言えない姿である。
 行き先が決まった後の彼女たちの動きは素早い。小分けした食料を詰め込み、
 着替え等も全て持ち姿を消した。警告があったその日にはライラ達の家はもぬけの殻にへと。

「やっぱり何もない」

「そうだな、ノイの奴、一体どこに行ったのか……」

 集落を飛び出した二人が真っ先に降り立ったのはヘルノリア王国付近の森だ。
 本来ならノイが造った迷宮があるのだが、そこはまるで最初から何もなかったかの様に
 綺麗さっぱりに自然な状態へと変わっていた。
 
「周辺にもノイの気配感じない……もう近くにはいないよ」

「あの精霊王、気配が独特だから絶対に分かると思ったんだがな、
 此処の近くにいないとなると探すのは大変だ。魔王城に行けば何かしらの情報が手に入れば良いが……」

 ライラとヤミの気配察知能力はかなり広範囲にも及ぶものだ。
 ヘルノリア王国付近の草原を抜けた先にあるこの森のからでも余裕で王国全体の気配を察知できる。
 王国にもこの周辺にもいないとなれば、精霊王ノイはかなり遠くにいるという事になる。

 国々を虱潰しに探せば見つかるかも知れないが、デメリットが大きい。
 ノイ一人を探す為に態々目立ち、問題になる様な事は極力避けて行く。
 魔王城ならば魔王に加え、大魔王までがいるのだから何かしらの情報は持っているだろう。
 そういう考えでライラは魔王城へと向かう事に決めた。

「エリルスなら何か知ってる?」

「知らなくても大魔王ならばどうにかしてくれるだろう」

「そう」

「多分だけどな」

 ヤミが再びライラの背中に乗り魔王城に向かい飛び立つ。
 周囲が森だろうがお構いなしだ。バキバキと小枝事巻き込み空に飛び出す。

・・・・・

 二人の目的にである魔王城では現在、魔王ヴェラによる部下たちの訓練が行われていた。
 訓練場では7人の悪魔たちが武装をしている。ビシっと整列をし、前に立つヴェラの言葉を待つ。
 現在行われているのは精鋭兵の訓練だ。幾万もの悪魔の中から選び抜かれた者たちだ。
 
 赤のグラデーションのボブカット、燃え盛る灼熱の炎の如く赤色な瞳。
 この五年間で容姿こそ変わってはいないが、性格が更に厳しくなり強さは数倍にも膨れ上がっている。
 見た目は変わっていないが中身が鬼になっている。

「今回の訓練、私に一撃を入れることだ。それが出来た者から3分休憩に入れ。
 その次は魔王城の周囲を走れ、一周に付き3分休憩、全員が終わるまで続けろ。
 貴様ら全員で掛かって来い。開始!」

 厳しい訓練内容だが、彼らにとってこれは日常的なモノだ。
 唯一違う点と言えばヴェラに一撃を与えるという最大難度の内容が加わっているという事だ。
 幾ら精鋭とは言え、魔王との力の差は天と地と言っても過言ではない。
 只の悪魔である彼らが攻撃を与えるというのはかなり厳しい内容だ。

「どうした?来ないのならば私から行くぞ?その場合貴様らの命の保証はないがな」

 恐れから誰一人も動き出せない状況の中、ヴェラが更に追い打ちを掛ける。
 最初に動き出したのは精鋭の方からだった。一人が踏み込みヴェラとの距離を詰め正面から仕掛ける。
 全身に魔力を纏わせ身体強化を行いつつ、魔力を込めた拳を振りかざす。
 
「俊敏と力で勝てるとでも思ったか?」

「――っ!!!!」

 魔力が籠っているのにも関わらずヴェラは素手で止め、容赦なく掴んだ拳を握り潰す。
 血飛沫と共に悲鳴を殺す声が鳴る。それだけでは終わらず怯んだ部下に蹴りを入れる。
 防具を身に纏っているにも関わらずヴェラの蹴りはそれすらも砕き、体に減り込む。
 鍛えられた強靭な体を持つ精鋭でも玩具の様に宙を舞う。

 そんな仲間に目もくれずにヴェラの背後から忍び寄る精鋭兵。
 姿勢を低くし、先に脚を刈り取ろうとするが――

「背後に立つのはやめろ。加減が難しい」

――ドゴォーンッ!

 ヴェラに生えている尻尾が動き出す。
 鞭のように撓り、先はハンマーの様に重くなり、背後の悪魔に勢いよく振り下ろされる。
 一応加減はしたのだろう。その跡には血だらけの悪魔が虫の息になっていた。
 もし本気でやっていたのならば跡形も残ってはいない。

「鍛え方が甘かったか、弱すぎる」

 一瞬にして襲い掛かって来た二人を無力化し残念そうにつぶやく。
 
「どうした、貴様らも掛かって――ん?」

 突如物凄い勢いで遠方から近付いてくる二つの気配に気が付き、視線を動かす。
 今まで一歩も動かなかった魔王ヴェラが戦闘態勢に入るほどの気配。
 精鋭兵たちがその気配に気が付いた時には既に遅く――

――ドーンッ!

 上空から二人が降り立つ。
 間近で感じるその二人の只ならぬ気配に精鋭たちは怯み後退りをしてしまう。

「貴様らは……」

「ヴェラ、エリルスどこ?」

 降り立ったライラの背中からひょこっと飛び出たヤミが戦闘態勢をとっているヴェラに問いかける。
 
「ヤミとライラか、エリルス様なら自室で休んでいる。
 二人から動きだすとはかなり珍しいな何の用だ?」

「ノイの迷宮、消えた。情報が必要」

「は?迷宮が消えただと?それは本当なのか!?
 あいつの墓場だったんじゃないのか?一体何が――」

 迷宮が消えたことを知らなかったヴェラはその衝撃のあまり思わず 
 訓練中だという事を忘れ、ライラ達ににじり寄る。

「落ち着いてくれ。こちらも何も知らないんだ。
 だからこそ、大魔王エリルスに話を聞こうと此処に来たまでだ」

「大魔王様が何か知っていると良いが……っと、訓練中だったな。
 悪い、本当は案内してやりたいが二人で向かってくれ。今は部下の育成中でな」

「ふ~ん」

 ヤミが周りを見渡し倒れている二人と怯んでいる五人を確認し、状況を把握する。
 またライラも同じく、なんとなくだが把握した。 

「手伝うか?」

「ほう、それは嬉しいが……手伝いと言ってもな……
 そうだ、こいつ等に本当の戦いというモノを見せてやるか」

 一度、魔王レベルの戦い方を見せた方が良いのではないだろうか。
 幾ら訓練をしたとしてもいざと言う時に動けなければ意味がない。
 その時の為、高レベルの戦いを見せうるという考えだ。

「楽しそうだ、ヤミはどうする?」

「面倒、離れて見てる」

「そうか、二人がかりでも構わないのだがな」

 別に挑発をしたつもりはないのだが、ライラにとってそれは十分な挑発と取れる発言だった。
 最初は全く戦う気がなかったのだが、一瞬にして戦闘態勢に入る。
 溢れ出す殺気に兵士たちは負傷した者たちを運び巻き込まれないように距離を取る。
 
「魔王ヴェラよ、甘く見るなよ?」

「ほう、撤回しよう。一人相手でもこれは厳しそうだな」

「行くぞ?魔王ヴェラよ」

 ライラは一気に己の力を解放する。
 魔王の様な翼が生え、その翼には鱗がビッシリと張り巡らされており、
 一つ一つの鱗が鋭く鋭利なモノだ。立派な竜の証である巨大な尻尾。
 全ての爪が鋭利に伸び、獣よりも立派な牙が生え出す。
 そして竜王の血による力が引き出される。

 全身から半透明な赤色のオーラがライラの体を纏わりつく。
 エメラルドの様な美しい緑色の眼が薄っすらと光を灯す。

「なっ!?」

 音もなくライラの姿が消える。
 咄嗟に目で追うことをやめ、気配で位置を探し出す。

「そこか!」

 気配を強く感じた場所に向かい拳を放つ。
 予想通りにその拳の先にはしっかりとライラの姿があった。
 だが――

「何をしている?」

「っ!?」

 背後からの声に考えるよりも先に体が回避行動を取る。
 その判断が彼女の命を救う。
 先ほどまで居た場所が抉れ熱を帯び真っ赤に染まり煙が立つ。

「良い動きだ。もし当たっていたら――っ!?」

 もし当たっていたらただでは済まない。そう言おうとしたのだが、
 それは間違いだ。当たっていたらではなく、実際はほんの数ミリだが掠っていたのだ。
 ヴェラが創り出した最強と言っても過言ではない防具にひびが入り崩れ落ちる。
 
「当たっていたら?なんだって?」

「まさか掠った程度でこの威力とは……」

 思わず魔王であるヴェラが唾を飲み後退ってしまう。
 それを見逃さなかったライラは勝利を確信する。

「たった一撃。それだけで怯んだな?もう勝機はないぞ」

「ふっ、何を言うかと思えば、まだ此方の攻撃が――」

「怯んだ時点で終わりなんだよ」

「くっ!」

 目で追う事の出来ないライラの速度に加え、強烈な一撃が繰り出される。
 防具がない以上、防御に全力を注がなければ終わりだ。
 ガードポーズをとり、ライラの拳を防ぐ。
 一発一発が重たく、防御の全力を注いでいたとしてもかなりのダメージを受ける。
 
 徐々に皮膚が擦り切れ、出血をする。
 
「残念だが、お前は一度私に恐怖を抱いた。
 どれだけ強がろうとお前は心の何処かで常に恐怖を抱いている。
 それがお前の足枷となり私に追いつくことは無い」

「――っ!!私は大魔王エリルス様に仕える魔王ヴェラだっ!
 このまま負ける訳には行かない――っ!!!!」

 全く手も足も出ない状況だが、意地でもこの状況を打破しようと気合を入れる。
 自分が何者なのかと言うのを言い聞かせ、魂を震え立たす。
 何度も打たれている内にライラの動きにも慣れて来たヴェラはカウンターを狙う。
 突き出された拳を受け流しバランスが崩れたライラの横腹に一撃を喰らわせる。

 流石のライラでも魔王の一撃を喰らえば軽々と吹き飛ばされてしまう。
 だが、その勢いを空中で殺し綺麗に着地を決める。 

「ふっ、やっと本気になったのか。だが、もう遅い」

「ふざけるな、これからが――」

「上を見ろ」

「なぁっ!?」

 ヴェラの事を嘲笑いライラが空中を指さす。
 その先には彼女のオーラの同じ色の魔力塊が存在していた。
 今もなおそれは増大しており、ヴェラに狙いを定め何時でも止めを刺すことが可能だ。

「恐れを抱いた瞬間からお前の視野には私しか入っていなかっただろう?
 全て私の思い通りの展開だ。その時点で私の勝利は確定した」

「く……」

 負けず嫌いな彼女でもこの状況ではどうすることもできない。
 全く手も足も出ずに決着がついてしまった。魔王になってから久々に味わう屈辱。
 だが、不思議と負の感情と言うモノは沸いていなかった。
 確かに悔しいが、清々しいほど気分が良い。

「くはっははははは!いやぁ、負けたぞ。完全敗北だ。
 久々だ。私が此処まで手も足も出ずに追い詰められるの!
 流石に此処までやられると清々しいな。
 想像以上に貴様は強かった。だが、次は負けない。生憎、負けず嫌いなのでな。
 今度は貴様にこの気持ちを味わさせてやろう」

 声高々に笑い飛ばす彼女を見て戦闘態勢を解き、何時ものライラの姿に戻る。
 やれやれと言った感じに肩をすくめる。

「それはどうかな。私はこれからも強くなり続ける。
 二度と後悔しない為に、大切な者を守り抜く為に、私は強くなり続ける」

 この五年間で彼女は二度と大切な者を失わないように
 どんな理不尽な力が襲い掛かろうとも守り抜くことが出来る力を。
 ヤミと共に強くなるために地獄の様な鍛錬を積んできた。
 そしてこれからも彼女たちはそれを続けていくつもりだ。
 決してヴェラの努力が足りないと言う訳ではないが、ライラ達はヴェラよりも努力をした。
 それだけの話だ。この五年間の努力がこの力の差として表れているのだ。

「そもそもなぜ最初から本気を出さない?」

 離れた位置で戦闘を見守っていたヤミが近付き、ヴェラに対してそう言った。
 彼女の言う通りである。ヴェラは最初から本気を出しては居なかった。
 ライラの気によって多少本気を出さなくてはいけないとは理解したモノの、
 彼女の力量を測り誤ってしまっていたのだ。

「もしライラが敵なら殺されてた。本気でやるなら最初からやれ
 そうじゃないと絶対に後悔する。気付いた時には遅い」

 軽い気持ちで実戦形式の試合を開始してしまったが、
 二人に責められ、言い返すことが出来ないヴェラは珍しく反省をする。
 圧倒的な力に敗れ、指導を受ける。負けず嫌いなヴェラだが、
 二人の言う通りだと納得し、確かに最初から本気を出さなかったのは落ち度だと反省する。

「そうだな、確かにその通りだ。貴様らの事を甘く見過ぎていたのは事実だ。
 成長は感じ取れたが、本気を出すまでも無いと思ってしまった。
 だが、実際は本気を出したとしても勝てない程の力を付けていたのだな。
 すまない。次からは、いや、今から何が相手でも本気で相手をすることにする」

「それが良い。何事も失ってから気付くのは遅いから」

「ああ、そうだな……それで、大魔王様に会いたいんだったよな。
 お前らはもう帰って良いぞ。明日までに攻撃を与えられるように予習しておけ」

 未だに状況が掴めずに呆けている精鋭たちにそう声を掛ける。
 流石に言われて直ぐには動くことは出来なかったが、しっかりと返事をし
 多少の時間のラグが生じたが各々解散していった。

「こっちだ。ついてこい」

 切り替えが早いのは良い事だ。先ほどまで反省していたとは思えない程平常運転だ。
 ヴェラに案内されるがままにエリルスの寝室へとやって来た。
 しっかりとヴェラがノックをし返事を待ってから入室したのにも関わらず、
 ベッドの中でもぞもぞとしているパジャマ姿のエリルスの姿が目に映った。

「ん~どうしたの~」

「エリルス、ノイの迷宮消えた。何か知らない?」

 単刀直入にヤミがそう訊ねた。
 目を擦りながら何も考えていなさそうな間抜けの顔をしながらも彼女は口を開く

「ん~知らないよ~消えたことは知ってるけど~何もしらないかな~」

「そう……」

 ヤミが少し残念そうに肩を落とす。
 そんな彼女を見てエリルスは謝罪の言葉を口にする。
 だが、大魔王エリルスの発言は嘘である。
 本当は何故迷宮が消えたのかも今ノイがどこにいるのかも全て知っている。
 同時に、ソラが自らの力でヤミ達と合流したいと考えていることも知っている。

 何も考えていなさそうで実は色々と考えた結果の答えだったのだ。

「ノイの居場所も知らない?」

「知らないね~ごめんよ~最近忙しくて~今度暇になったら調べてあげるね~」

 と、今まさに暇そうにゴロゴロしているのだが、
 それでこそエリルスと言うところがあるので誰もツッコミはしない。

「……残念」

「まぁ~でも~ノイ自らの意思で消したことは間違いないと思うから~
 そんなに心配しなくても良いよ~我も何かわかったら直ぐ知らせるね~」

「うん、よろしく」

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